札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2011年12月29日木曜日

スガモプリズン・サリドマイド

昭和八十四年 1億3年万分の1の覚え書き』(伊藤善亮監督:日本 2009年)というドキュメンタリー映画を観た。

86歳になっても、戦い続ける一日本人に密着取材。太平洋戦争に出征し、後に戦犯として裁かれた飯田進氏。戦後の日本と共に歩んできた彼が、昭和八十四年(2009年)の現在も戦争の実態などを語り続ける姿を映すドキュメンタリーである。

戦争で派遣されたニューギニアで民間人殺害の罪で、敗戦後にBC級戦争犯罪人としてスガモプリズンに収監される。

一時は死刑宣告を受けるが、1956年に出獄。苦労しながら会社を立ち上げる。その後、長崎で被爆した女性と結婚し2児をもうけるが、長男の指が3本しかなく、前腕も短い障害児であった。その原因は原爆が原因ではなく、妊娠中に服用したサリドマイドが原因であると後に判明。

戦争犯罪だけでなく、薬害根絶がライフワークとなる。配偶者は40歳代で死亡し、息子も30歳代で、体調不良でありながら医療機関にかかることを拒否して死亡。死因は後にC型肝炎と判明。息子は何と二重の薬害被害者であったのだ。

次々と苦難が襲う人生が明らかになってゆく。時代がもたらした運命に翻弄されながらも、果敢に闘う飯田進氏。自分の置かれた状況や苦しさが些細なものに思えてくる。日本のこれまでのあり方や自分の生き方に再考を迫る映画である。(山本和利)

2011年12月28日水曜日

勝負師と冒険家

『勝負師と冒険家』(羽生善治、白石康次郎著、東洋経済新報社、2010年)を読んでみた。

将棋の天才と海洋冒険家の対談である。

以下に参考になる言葉を抜き書きする。

現在の若者達は、「夢を語るにも、余計な情報に振り回されている。自分がそこにない。」そうだ。自分を信じて一つのことに邁進することを勧めている。

「連敗中の相手ほど侮るべからず」「真剣勝負の感覚は『見切り』の感覚が大切。これは本当に真剣勝負の場でしか維持できない。」現場を離れると感覚が鈍くなるということか。

「負けない手を選んでいては絶対に勝てない。最後には踏み込んで勝負に出る。」
「いま持っている力を温存せずに早く使え。」確かに、知り得た知識は、講演やブログで早く公開しよう。

「夢に懸ける情熱は必ず相手に伝わる」それを持ち続けることが大変なのであるが・・・。

「近づいている運に気づく。師匠は反面教師でもある。あえてトレーニングを課す時代になった。」
「別の世界から学ぶことのほうが多い。」そう思って私も努力しているが、一歩間違えると雑学の蓄積になりかねない。

「目先のことを一回否定してみる。」「決して自分を裏切らない。苦しいことでも逃げないで受け入れる。」「自分で変化を求めてゆく。」

超一流の人にはそれ相応の覚悟が備わっていることがよく分かった。キーワードは「覚悟」。(山本和利)

2011年12月27日火曜日

さようなら、ゴジラたち

『さようなら、ゴジラたち』(加藤典洋著、岩波書店、2010年)を読んでみた。

著者は早稲田大学国際学術院教授。文芸評論家。

本書は複数の論文を集めている。その中の映画『ゴジラ』についての考察を取り上げよう。単に怪獣映画ではないかと思っていたら、この著者の深読みがすごい。ゴジラ映画は28作あり、それをすべて観ているようだ。
この映画は1954年に制作されている。1954年3月にビキニ環礁で米国が水爆実験を敢行。第五福竜丸が被爆し、乗組員の久保山愛吉さんが死亡。

「ゴジラは、なぜ南太平洋の海底深く眠る彼の居場所から、何度も何度も日本だけにやってくるのか」という問いから始まる。それは「ゴジラが亡霊だからである」。第二次世界大戦の日本人死者を暗示していると読む。

様々な者がゴジラの行動を分析している。ゴジラは銀座、桜田門の警視庁、国会議事堂を破壊しながら、皇居を踏みつぶすことをせず、海に帰っていく(川本三郎の指摘)。これに対して、戦争の死者であるゴジラは、天皇に会いに来たのだが、皇居には現人神であった統帥権者は既にいない。天皇は人間宣言して、新しい神たる米国の庇護下にあり、自分たちを見捨てたもうたのだ、と知って帰っていったと読む(民俗学者の赤坂憲雄)。

後半、「キングコングはなぜ米国にやってくるのか」についても考察している。別の論文で取り上げている、ハローキティや『千と千尋の神隠し』の考察も面白い。

本書の中心は自書『敗戦後論』に対する海外からの批判に反論した内容である。憲法第9条についての考察も興味深い(内田樹の憲法第9条についての考えに共鳴しているようだ)。
憲法第9条とゴジラがどうつながるのか。それは、ゴジラについて考察した『さようなら、ゴジラたち』の最後の文章に凝縮されている。

・・・、ゴジラはこれまで行かなかったところに行く。
行き先は、靖国神社。
ゴジラは、靖国神社を破壊する。

思想と行動をどのように繋げるのか参考になる書物である。(山本和利)

2011年12月25日日曜日

モールス

『モールス』(マット・リーブス監督:米国 2010年)という映画を観た。
スウェーデンで作られたバナパイヤー映画『ぼくのエリ 200歳の少女』のリメイイク版。ホラー小説家
スティーヴ。キングは「『モールス』はジャンルを超えた金字塔である、ただのホラー映画ではない、過去20年間における最高のアメリカのホラー映画である」と高く評価している。

雪に閉ざされた田舎町で残酷な連続猟奇殺人が起こった。そんな中、車の事故で頭から硫酸を被った男が病院に搬送される。そしてその男は手がかりとなるメモを残し病室から転落死してしまう。

主人公は12歳の男児。離婚の危機で精神的に不安定な母親と二人きりで暮らす。学校ではいじめにあっている。ある夜、雪の中を裸足で歩く隣に越してきた少女と出会う。

実はこの少女がバンパイアー。男児と少女はモールス信号で、壁越しに話をする。このエピソードから日本語タイトルは「モールス」としたのだろうが、英語タイトル「LET ME IN」の方がいいように思う。

スリラー映画としても楽しめるが、男児が12歳というところがこの映画の肝か。観る人によって様々な解釈ができそうである。(山本和利)

地域密着型チーム医療実習報告会

札幌医科大学では医学部と保健医療学部が合同で地域医療志向の医療系学生を育てる地域医療合同セミナーの講義が医療人育成センターを中心に行われています。我々地域医療総合医学講座もメンバーとして協力しています。

今回は12月21日16:30より記念ホール2F講堂に、学生の実習先である根釧地区、留萌、利尻地区の首長さんはじめ自治体関係の方、病院長はじめ事務方、福祉関係の代表者の方々を招いての実習報告会です。

地域密着型チーム医療実習は3年生の3グループ、地域医療基礎実習合同報告会は1年生で留萌3グループ、利尻4グループが発表しました。

個別のグループの発表は仔細にわたりますので、主なメッセージをまとめると

多職種連携と協働
・ 地域に出て医療職のチームワークを学んだ。
・ 多職種連携は例えて言うならまるでF1のピットチームのような役割。
個々の職が地域の医療に協力しベストを尽くす。
・ 多職種が協働することで色々な視点からの情報共有ができる。それにより患者さんへのアプローチ方法が増える。
・ 他の医療者、患者さんへの対応でもコミュニケーション能力が大切。
・ コメディカルの話をしっかり聞き、意見を尊重できる医師になる。
・ 様々な職種の方たちから教えられ、問いを投げかけられる事で自分の中に学びが形成できた。
・ 同じ医療福祉関係者にも色々な考え方や目的があり、ベストの選択は一つではない。協力しながらベターを求めていくことが大切。

地域と医療福祉の繋がり
・ 医療福祉従事者だけでなく、地域に支えられていることが実感できた。
・ 町が一つのホスピタルとして機能しているようだ。
・ 地域中核病院の役割を知ることができた。
・ 地域中核病院の中には行政と地域一体で新しい地域医療の仕組みを創りだそうとプロジェクトを立ち上げ取り組んでいる。
・ 地域のネットワークを作り、維持する事にはお互い顔の見える関係、まず信頼関係を構築することが大切。大きな街ではなく、町ではそれが育みやすい。
・ 生活体験(コンブ加工場、外来生物駆除、生物生態学・海洋生物採取)によりその土地の風土、産業、歴史、自然が人々の生活や健康に密接に関わっていること、そこにいる人々の思いを感じることができた。
・ 医農連携:果樹農園を患者さんに開放し、地域の資源を有効に使ってリハビリも行なっている試みに感心した。
・ 患者さんにとっては地域こそ生活の場であると知った。

実習を通じて
・ 告知について患者さんへの気持ちを思いやることの大切さを学んだ。
・ 胃瘻造設術を行なう事について、介護の負担やリスクなど様々な面から問題点を考えた。
・ 出産直後の女性(褥婦)さんへのインタビューから地域で命を育む事の意味を知った。
・ 老人介護施設で介護実習を行い、声かけ、食事介助、デイサービスの補助をしたが、自分たちの技術が無いこと、職員のプロフェッショナルな技術に気がついた。それと共に職員の仕草の細かな配慮にまで目が行くようになった。
・ 早期体験実習を通じて将来の医療者像にビジョンを持つことができた。
・ 知識だけでなく体験として記憶に刻めた。

実習を踏まえての提案
・ 医師になって未知の地域医療に長期間拘束されることを嫌う学生はいる。
・ 大学では経験できない、見えてこない地域医療の見学体験の追加を。
・ 地域医療を知っておくために、もっと地域での実習を増やして欲しい。
・ 地域で医療を体験すること自体が一つの学習であると思う。
・ 履修年数の見直しも検討。
・ 札幌医科大学の講義と共に平行して実習を行い、自分たちの到達度を測るとともに、医療人としての人格形成を測ることが大切。
・ 地域で必要とされているのは一人の自己犠牲ではなく、地域医療システム全体の改善が必要。
・ しかしシステムの改善では間に合わないほど極限にあると感じた場面も目にした。やはりそうなるとシステム改善の先駆けとなる人が必要。

各グループとも非常に真面目に取り組んできた様子がヒシヒシと伝わる熱いプレゼンでした。一つのグループは熱い思いを伝えるためにマイクを使わずに肉声で発表していました。

まだ医療の入り口に立った彼らがこうして地域に出向き、新鮮かつニュートラルな立場で彼らの問題意識を地域・大学双方への忌憚のないフィードバックを返してくれる事は大変重要な事だと思います。

特に彼らが一様に伝えていたのはコミュニケーションの大切さと、現場の医療福祉関係者や地域の人達から学ぶ喜びと学びの多さ、それによる自己啓発の大きさでした。

このような学生さんが実際に現場にでて、地域医療を支えてくれる事を願っています。(助教 河本一彦/稲熊良仁)

2011年12月24日土曜日

全国地域医療教育協議会

12月23日、東京田町の新潟大学東京事務所で開催された全国地域医療教育協議会の世話人会に参加した。

「全国地域医療教育協議会」を立ち上げてから、運営等についてメールで話し合われてきたが、今回、問題点の整理のため世話人が一同に集まった。

ます、文部省に会長らが挨拶に行ったことを報告。会員登録状況:会員数は106名。

その後、規約や会費について話し合われた。
2012年3月2日、13:00- 17:00で鹿児島大学主催の全国シンポジウムと並列で、東京の砂防会館で第1回目の総会を予定。そのとき、規約や会費についての事務局案を提示することになった。また現在進行中の全国調査の発表をする予定(地域医療教育の全国調査について。各大学の担当者にメールが送られている。回答締め切りは2012年1月17日)。

地域医療に打ち込んでいる人たちの情熱が伝わる会議であった。その後、懇親会が予定されていたが、北海道地区の天候不順による飛行機運航の混乱を懸念し、帰宅の途についた。(山本和利)

2011年12月23日金曜日

プリズム

『プリズム』(百田尚樹著、幻冬舎、2011年)を読んでみた。

本の帯の文句がすごい。哀しくミステリアスな恋愛小説。失恋でも、破局でも、死別でもない。かつて誰もが経験したことのない永遠の別れ。

解離性障害、多重人格を扱った小説である。多重人格の書物としてはD・ルイスが『24人のビリー・ミリガン』『ビリー・ミリガンと23の棺』が有名である。著者は末尾に25の参考文献を挙げているので、かなり勉強したものと思われる。

米国では1980年以後に患者が急増しているという。しかしながらその疾患自体を認めない者もいるようだ。もし存在するのだとしたら、総合診療医として診療をしていれば、慢性疼痛や転換性障害の患者さんに紛れて解離性障害の患者さんを見逃しているかもしれない。

狐に抓まれたような気持ちにさせられる小説である(本書では、狐がつくのも、解離性障害ではないかと述べているが・・・)。(山本和利)

2011年12月21日水曜日

12月の三水会

12月21日、札幌医科大学において三水会が行われた。参加者は13名。稲熊良仁助教が司会進行。初期研修医2名、後期研修医3名。他:8名。

研修医から振り返り5題。
ある初期研修医。1カ月の地域医療研修を報告。気温マイナス24℃になることもある診療所(2名体制)で研修。そこは電子カルテが導入されている。今回は写真を中心に発表。ケア会議(支援計画書)、往診、予防接種に参加。消防署の職員と忘年会。大震災被災地への支援内容の報告会に参加。1カ月に800名を診察している。病院とは違った学びがあった。

ある研修医。1カ月間の受け持ち症例を報告。マスクをした患者が実は顔面神経麻痺であった。咽頭炎の患者に抗菌薬を処方すべきか。孫が手足口病で発疹が前腕に出現。

アルコール離脱で困った59歳男性について振り返り。黒色便、吐血。便まみれで倒れていた。Hb;4.5g/dl、AST>3000,K:7.5mEq/l、BUN;120,BS:500mg/dl。緊急内視鏡で静脈瘤からの出血と診断。一般病棟に移ってから異常行動が出現。インスリン導入。精神科にコンサルト。その後も攻撃的な発言が続き、最終的に強制退院となった。
コメント:ウエルニッケ脳症になっていて、認知障害になっていないか。肝硬変の糖尿病管理は難しい。

ある研修医。マイコプラズマ肺炎が多い。組織球性壊死性リンパ節炎を経験。アルコール誤飲した2歳児(体重10kg、兄弟が指切断、虐待の疑い)。

28歳男性。咽頭痛、発熱。扁桃腺に白苔あり。セファロスポリンで症状軽快。その後、同様の症状が再発。WBC;17,000,CRP:7.0 ,抗菌薬で軽快。その後、頻脈で受診。WBC;27,000。CRP;3.0、βブロッカーで対応。画像検査で異常なし。この原因は何だろうか?

ある研修医。壊死性リンパ節炎を経験した。

19歳女性の右背部痛が5時間持続。尿管結石の既往。CVAこう打痛あり、尿潜血反応陽性。エコーで尿路に結石なし。ここで尿管結石と考えて対応した。その後、発熱が出現し腎う炎と診断した。抗菌剤で対応し、解熱して退院となった。病歴に影響されて、腎う腎炎の診断・治療が遅れてしまった。身体所見を重視すべきであると思った。
コメント:発熱が出てから抗菌薬治療で、問題ないのではないか。腎う腎炎の診断には問診と身体所見だけでよい。

ある研修医。家族に問題を抱える甲状腺未分化癌。刃物を振り回す幻覚患者に対応。糖尿病があり、体重コントロールができない透析患者。

ある研修医。腹痛、低血糖の2歳児。水痘が流行っている。抗ウイルス薬は原則使わないが、一応、そういう薬があることを母親には説明する。溶連菌感染症、伝染性紅斑。
子どもを診るのが怖くなくなった。流行性耳下腺炎を診たかった。乳幼児健診を行った。母親の悩みに答えるのが難しい。


今回はその後に地域医療合同セミナーに移動したため、中途で退席となってしまった。
前回に引き続き、様々な症例が提示され、議論も盛り上がった。受け持ち症例をエクセルにまとめて提示する方法を定着させたい。(山本和利)

2011年12月19日月曜日

オノマトペ

『「ぐずぐず」の理由』(鷲田清一著、角川学芸出版、2011年)を読んでみた。

著者は哲学者。大阪大学総長を務め、現在は大谷大学教授。

オノマトペ(擬態語)についての考察である。オノマトペの場合、観察描写を行い、概念によってではなく、感覚によってなされるところが特異なところである。魂に触れるところでオノマトペが声を上げる。

最初は「ぎりぎり」の考察。追い詰められて、煮詰まって、崩壊寸前に吐く言葉。さらに「ぎ」という音の考察。何か無理がかかったときに発生する音である。「ぎしぎし」「ぎゅうぎゅう」「ぎすぎす」・・・。なるほど。
ザ行のオノマトペには、身体が何かと摩擦を引き起こすだけでなく、体がぎしぎし軋むときのその感触を伝える。「ざらざら」「ずるずる」「ぞくぞく」・・・。

「ぐずぐず」は、身を引き裂かれる思いにさらされながら、いつまでも決心がつかない、宙ぶらりんのだれた姿。

「やれやれ」「よいしょ」「どっこいしょ」は感動詞。ふるまいや行動に反動をつける。オノマトペはそうした身体の振る舞いから隔たりをとるものである。

その後、「な行」「は行」「が行」等で始まるオノナトペについての詳細な記述が100ページ近く続く。雑誌に29回にわたって連載されたものをまとめたということなので、詳細な記述になったのであろう。言葉に興味を持つ者や文学関係者にとっては貴重な資料となろうが、それ以外の一読者には斜め読みも仕方ないかとも思う。

最後に、著者は「哲学書をオノマトペで書けたらいいな」と結んでいる。是非、執筆してほしい。本書を読んで、日常の会話の中にもっとオノマトペを入れなければと思い至った。(山本和利)

2011年12月18日日曜日

かすかな光へ

『かすかな光へ』(森康行監督:日本 2011年)という映画を観た。

教育研究者である大田堯(たかし)氏の教育に賭ける情熱を追ったドキュメンタリー映画である。93歳なのにかくしゃくとしている。教育学部で学んだ者によると教育界では30年以上前から教祖的存在という。

軍隊体験が人生を変えた。戦場ですべてを失い、ジャングルの中に放り出された。そこでは大学で学んだ知識は役に立たず、生き延びるのに役立ったのは生活に根ざす知恵と力を身につけた農民兵や漁民兵であった。その体験を糧に、敗戦直後、さまざまな職業の住民と共に“民衆の学校”作りに取り組む。そして、労働者の中に飛び込み共同学習というものを始める。阻害され荒んだ気持ちになっている村の不良青年と生活を共にし、彼らのつぶやきをガリ版に収録し、太田氏と生徒が心と心を通わせてゆく。しかしながら教育界にとって幸せな時代は敗戦の1945年から朝鮮戦争が始まった1950年の5年間であったようだ。

その後、国が教育方針をガラリと変える。家永教科書裁判に関わる。大田堯氏は幾つになっても人生の課題を見つけて、真正面から向き合っていく。93歳の今も続いている様子が映し出されてゆく。

講演では聴衆に基本的人権とは何かを問いかける。その中で彼が強調する教育観は次の3つである。
1)違いを認めること、
2)自ら変わること、
3)関わること、である。
その一貫した考えの基に、自然や生物との共生、障害者の教育・生活実践に関わってゆく。

教育とは、他者を「違っていいのだヨ」と認め、日々の生活の中で自分自身が成長しながら、他者と関わってゆくものである、ということだ。それは現実の中に垣間見えるかすかな光への道を求める行為である。

そう思って日々を過ごそう、学生と関わろう。気持ちを新たにした。(山本和利)

2011年12月17日土曜日

ショック・ドクトリン(上)

『ショック・ドクトリン(上)』(ナオミ・クライン著、岩波書店、2011年)を読んでみた。北米の経済理論が現在世界の荒廃を招いているということがわかる必読書である。

ニューオリンズの水害。
経済学者ミルトン・フリードマン(シカゴ学派)。経営者側の利益を守る方法を提示した。
壊滅的な出来事が発生した直後、災害処理をまたとない市場チャンスと捉え、公共領域に一斉に群がるような襲撃的行為を、著者は「惨事便乗型資本主義」と呼んでいる。

まず大惨事が起きると、国民は茫然自失の集団ショックに襲われる。そして一気に骨抜きになってしまう。本来ならしっかりと守ったはずの権利を手放してしまう。衝撃的な出来事を巧妙に利用する政策を「ショック・ドクトリン」と呼ぶ。ピノチェト政権下のチリ、イラクで実践されている。実際に起きたチリのクーデターでは3つのショック療法がおこなわれた。まずクーデター、次にフリードマンの資本主義ショック療法(国営企業の民営化、関税の撤廃、財政支出の縮小)、最後が薬物と感覚遮断を用いる拷問技術(企業の後援を受けた拷問:フォード財団が加担)である。最終的には大失敗に終わった(一部の大金持ちと世界有数の経済格差)。途中でピノチェトはアジェンデの方法をまねて、経済的破壊を免れたという。

英国におけるサッチャーリズム、ボリビアの事例が紹介される。危機から危機へと渡り歩き、誕生して間もない脆弱な民主主義生検の自由を奪うような政策を強引に推し進めた。1994年のメキシコのテキーラ危機、1997年のアジア通貨危機、1998年にロシア経済が破綻し、その直後にブラジルが続いた。そして、津波、ハリケーン、戦争、テロ攻撃に対して祭事便乗型資本主義が形をなしてゆく。

南アフリカ共和国は、マンデラによって素晴らしい出立をしたと思っていたが、実際にはフリードマンの手法に絡め取られて、白人企業は鐚一文賠償金を払わず、アパルトヘイトの犠牲者側が、かつての加害者に対して多額な支払いを続けるという構図だそうだ。

ソ連崩壊後のロシアの選択も同様に、「ピノチェト・オプション」を選択したということである。ソ連崩壊によるショックに国民が驚く間もなく、エリツィンはショックプログラムを採用し価格統制を廃止した。その結果、インフレによる貨幣価値の暴落で住民は老後の蓄えを失った。そして権力を握ったエリツィンは予算を削減し、国民の暴動を抑えるために警察国家へ走り始めた。そして一部の新興億万長者オルガルヒだけが「シカゴ・グループ」と手を組んで価値ある国家資産を略奪した。慈善家・投資家と知られるソロスも誘惑に勝てなかったという(所詮金儲け屋なのだろう)。エリツィンは権力にしがみつくため、独立を訴えるチェチェンと戦争を始めた。その後を継いだプーチンはエリツィンを免罪することを条件に権力に着き、大飢饉や天災もないのに恐怖国家へ突っ走った。ユニセフの推定では現在ロシアにホームレスの子どもが350万人に及ぶという。このような負の側面の原因は、シカゴ・プログラムではなく、ロシアの腐敗体質のせいにされた。その後、ロシアの「民営化」を手本として、アルゼンチン、ボリビアが続いた。ボリビアではベクテル社が水道料金を3倍にする「水戦争」を引き起こし、政権崩壊に繋がった。

今、プーチンは選挙不正疑惑で国民から見放されようとしている。一部の権力者・金持ちしか潤わないショック・ドクトリン。世界はこれからどこへ向かうのか。
下巻は未読。追って報告したい。(山本和利)

2011年12月16日金曜日

出張授業ライブ

12月16日、和歌山県立医科大学の2年生に「地域医療の現状と取り組み」という講義を行った。これまで3年間は4年生が対象であった。今年度から2年生に移行し12回のシリーズになったそうだ。県内・県外から有名な先生方の講義が既に行われており、個性的な内容が求められるところである。

教室に入ると150人収容の前の方には誰も座っていない。昨年まで4年生の60名に話していたのが、今回の2年生は112名と倍に膨らんでいる。まず講義はライブ感覚が大事であることを強調した(ライブは最前列が特等席なのに・・・)。

映画の話(ダーウィンの悪夢)を導入に「合成の誤謬」の話をした。医療界においても医師それぞれが自分自身の眼の届く範囲で一生懸命やっていても、総和として地域医療がうまくゆかないことに結びつけて話した。

次に実際に出会った患者さんの例を挙げながら、現実の医療の現場は混沌として、単純化できず一筋縄ではゆかないことを話した。

最後に、札幌医大の4年生にも話した地域医療再生の5つの作業仮説を述べた。(使ったスライドは90枚。)

講義をしているうちに、教室が静まり返って来る。一人ひとりが耳を澄ませ、傾聴しているのがヒシヒシと伝わってくる。時に学生さんに問いかけながら講義は進む(ビデオ撮影もされていたが、ビデオではこの空気は伝わらないと余計なことを口走ってしまった)。

講義時間を5分間残して感想を書いてもらった。ほぼ全員がA4用紙いっぱいに書いてくれている。学生それぞれ思いれの内容は異なるが、熱い授業であり、ライブ感覚が強いと褒めてくれる学生が多く、うれしくなった。私の本を複数読んでいるという3年生がワザワザ聴講に来てくれていた。

学生の感想を紹介しよう。私と中村哲さんの話から「それぞれが思うようにならない人生に意味を見いだせるまで必要とされている働きをし続けた結果が今にあるということに勇気づけられた」
「患者さんはどんな人なのか、そんな生い立ちで今何を考えているのか、悩んでいるのか。臓器だけでなく患者さんを診る、ということはそういうことで、地域医療だけではなく医師すべてにおいて求められていることであると強く感じ、曖昧さに対処できる心の強さや柔軟性を身につけてゆきたいと思った。」
「総合医のイメージが変わった(臓器を治すというより背景を重視する)」
「一度は若いうちに、地域で医療をしてみたい」
「困難な方を選択する人生を送りたい」
「これまでの授業と全く違う授業であった」
「熱いメッセージであった」
「医師に公的な使命があることを再認識した」

若者は、叩けば響く!今、若者が熱い!静かな教室に若者たちの思いが充満する至極の1時間半であった。(山本和利)

2011年12月15日木曜日

貧困のない世界

『貧困のない世界を創る』(ムハマド・ユヌス著、早川書房、2008年)を読んでみた。

著者は1940年生まれ。大学の経済学部長を勤める傍ら、大飢饉後に貧しい人々の窮状を目のあたりにして、その救済のためにグラミン銀行を創設した。これが多くの国際機関やNGO等の支援活動の模範となり、現在世界の1億人以上がマイクロクレジットの恩恵を受けているといわれる。2006年、ノーベル平和賞を受賞。

世界総所得の94%は、40%の人々にしか行き渡らず、残る60%の人々は、世界総所得の6%で生活しなければならない。世界人口の半分は一日当たり2ドル以下のお金で生活している。

ユヌス氏が創設したマイクロクレジット組織「グラミン銀行」について。
・30-40ドルを貸し出す担保不要のローンである。返済率は98.6%と予想に反して非常に高い。借り手はバングラテシュの貧しい女性であり、借り手自身がアイデアを出す。そうすることで、自己雇用を作り出す。アイデアを探り、それらを持続可能なビジネスに変えるである。銀行内部に五つ星の評価と報奨金制度がある。利益の最大化を目指さないのが特徴である。

この銀行は「ソシャル・ビジネス」であるそうだ。その特徴は、
・慈善事業ではない
・すべてのコストを回収する
・損失がない代わりに配当もないビジネス
・自己持続型
・投資家は自分の資金を取り戻せる
マーケットに貧しい人々の利益を保護するための合理的な規則とコントロールが必要である。

貧困を克服する「16箇条の決意」が掲載されている。
1. 規律、団結、勇気、勤勉
2. 家族の繁栄
3. 家の修理・新築を目指す
4. 野菜を育てる
5. 種まき
6. 家族計画
7. 教育
8. 清潔な環境
9. 簡易トイレ
10 清潔な飲料水
11 お金のかからない結婚
12 不正防止
13 みんなで大きな投資
14 互助
15 規則の回復
16 社会活動参加

グラミン・ダノン・ヨーグルト立ち上げの逸話が興味深い。

「消費者へのメッセージ」として次のものが掲載されている。
・本当にそれが必要か?
・再生不能資源を消費していないか?
・下取りしてくれるリサイクル店で買う。
・社会的責任のある家を建てる。
・世界市民としての消費。

学問を社会変革に適用したすばらしい事例である。バングラテシュの貧困克服に比べれば、日本の地域医療の再生など簡単そうに思えるのだが・・・。どうして出来ないのだろうか?(山本和利)

2011年12月14日水曜日

医師に必要とされる多角的能力

12月14日、医学概論Iで「医師に必要とされる多角的能力」の講義を1年生に行った。これは札幌市内の医療機関で行う実習の導入として企画されたものである。

まず、医師の仕事について高校生レベル向けに書かれた本の内容をかいつまんで紹介した。
後半、これまでに私が出会った様々な患者さんたちのことを提示した。リアルな社会の物事は、複雑で、不確実で、不安定で、独特で、価値観に葛藤があり、単純な対応ができないことを示した。

1年生は、目を輝かせて聞いてくれた。大変気持ちよく講義ができた。

講義終了後、「実習に望む意気込み」等を書いてもらった。たくさんの気づきが見やすい字で紙いっぱいに記載されていた。札幌市内での臨床実習、頑張ってきてください!(山本和利)

2011年12月13日火曜日

地域医療講義:総括

12月13日、札幌医科大学医学部4年生を対象にした「地域医療」コースの講義の総括を行った。

導入はドキュメンタリ映画の一場面から入り、学生に問いかけた。「洗濯ばさみを瞼に挟んでいる二人の少女の写真」「フランスの癌多発地域のこと」「家の前に山のような堆積物の前に立つ少年」等。
 
ここから、医療の話。1961年 に White KLによって行われた「 1ヶ月間における16歳以上の住民健康調査」を紹介した。日本も北米も大学で治療を受けるのは1000名中1名である。

後半は地域医療再生の話をした。初期研修終了後に1年間、地域医療に従事する案に比較的賛同者が多かった。

14回の授業を通じて、地域医療への理解が深まった、総合診療への道も選択肢に入れようと思った、地域医療実習が楽しみ等、例年になく好意的な評価が寄せられた。

学生諸君へ、理論と実情は理解しただろうから、今度は地域実習で現場の空気を感じ取って来てください。(山本和利)

地域医療と救急医療

11月8日、「地域医療と救急医療」について4年生に講義しました。

今回の講義の目標を三つ挙げます。
□ メディカルコントロール(MC) の意義を理解する
□救急救命士、特定行為を理解する
□東日本大震災のおけるMCの実例

病院前救護におけるメディカルコントロール(MC)とは、地域全体を1つの医療機関とみなして、医療機関内と同様の仕組みで傷病者に提供する医療サービスの安全と質を保証することです。

これにかかわる医師は、医療関連行為や医療機関選定に関する監督的な責務に加え、教育、危機管理、質の改善対策、財源確保などについても関与します。特に、医療関連行為と適切な医療機関選定については中核的な業務(コア業務)と位置づけられ、通常、以下に示す一連の作業を繰り返します。
① プロトコル作成(処置、搬送手段、搬送先等に関する)
② オンライン指示
③ 実施した結果についての評価、医学的分析(検証)
④ プロトコル・システムの修正。病院前救護を担う者に対する再教育
また北海道のような過疎・広域過疎地域のメディカルコントロール(MC)の工夫について三つを挙げます。

□ 過疎地域は医療資源が乏しいため、限られた医療資源を活用してMC体制を構築する必要があります。
□広域過疎地域にあっては、地域MC協議会が地域救急における中枢的役割を担う必要があります。
□地域MC協議会の連携や都道府県MC協議会による調整機能が必要です。

以上、地域全体をひとつの医療機関としてとらえ、地域特性に応じたプロトコルを作り 、MC協議会を通して多職種で「顔の見える関係」を構築することが大切であると考えます。(助教 河本一彦)

2011年12月12日月曜日

貧困と不正

『貧困と不正を生む資本主義を潰せ』(ナオミ・クライン著、はまの出版、2003年)を読んでみた。著者の『ショック・ドクトリン』を読んで衝撃を受けて、過去の著作に当たることにした。

著者は大学の講師であり、TV のコメンテーターも務める。著書『ブランドなんか、いらない』が世界的なベストセラーになった。本書は、2001年9月11日以降に行ったスピーチや寄稿文を集めたものである。

報道について。世界中で起こっている紛争についての偏った報道。米国の被害は報道されて悲しむことを強要されるが、アラブやアフリカの被害は報道されない。

世界中が文化を共有していると考える世界の「同質化」のプロセスが進んでいるが、それは幻想であり、一方通行であることを批判している。一握りの人間が自分の身の丈を超えて神話の世界(聖書、コーラン、文明の衝突、指輪物語、等)に生きようとすれば、普通に生きるその他の人間は必ず被害を受けることになる。

共産主義と資本主義の共通するところは、どちらも少数の手に権力を集中させ、どちらも市民を一人前の人間以下に扱う。(チェコの若者の意見)。資本主義の代替案は共産主義でなく、分権化である。

現在の世界の潮流(貿易論争、IMF,遺伝子組み換食品、抗議活動への弾圧、等)に抗う文章が収録されている。(山本和利)

2011年12月10日土曜日

田中さんはラジオ体操をしない

『田中さんはラジオ体操をしない』(マリー・デフロフスキー監督:オーストラリア 2008年)という映画を観た。

監督は、『フィリピン、私のフィリピン』のマリー・デロフスキー。カナダ国際労働者映画祭2009グランプリ受賞。

ラジオ体操を拒否して会社(沖電気)を解雇されたことに、30年間ギター片手に歌を歌って、抗議し続けている男性田中哲朗さんについてのドキュメンタリー映画である。

会社の社長が代わることによって、社員への締め付けが強くなる。会社のマンドリンクラブの部長として活動しながら、会社の整理合理化によって大量解雇された1350人もの元従業員を支援していた。会社はその時、左遷人事を行う。それでも田中さんは会社に対する批判を続け、職場の労働組合の役員選挙で会社が支持する候補と争う。泣き寝入りする者と戦う者とに区分けされる。田中さんは、会社への忠誠のシンボルとしてラジオ体操を捉えている。ラジオ体操は、昭和天皇の即位と関係して全国に普及したらしい。

映画は日本映画ではなく、オーストラリア映画となっているのは、監督が外国人だからである。音声は日本語と英語。

田中さんの日常や株主総会参加に備えての仲間との予行練習等、面白い映像が満載である。「難しいことしている訳ではない。簡単なことを30年間続けただけ」と田中さんは受け流すが、その継続が難しい。私もブログを毎日書くと決めてはみたものの継続することの困難を身にしみて感じている。

今、ドキュメンター映画が面白い。(山本和利)

2011年12月9日金曜日

心電図が読めなくてもわかる心筋梗塞

12月9日、特別推薦学生(FLAT)を対象にしたランチョンセミナーに参加した。学生9名、教官4名が聴講。今回のテーマは、松浦武志助教による「心電図が読めなくてもわかる心筋梗塞」である。

まず、心筋梗塞を疑う患者さんを学生に提示してもらった。
「胸が苦しい」「中年・高齢の男性」・・・知っていないと出てこない。
年齢、性別、主訴を提示すること。19歳の女性の胸痛では心筋梗塞は考えない。作詞、作曲、歌手で曲目を予想できるか。AKB48、石川さゆり、の例を提示。

冠動脈疾患の有病率を問診で設定。
1)痛みは胸骨の裏か、2)労作で誘発、3)安静で消失、の3つを訊く。

60歳台男性で3つあれば、事前確率は90%。
尤度比(likelihood ratio)の説明。どのくらい確率を上げ下げするかの指標。
耳たぶの皺の尤度比:2.3
老人環(角膜):3.0、と言われていたが、最近否定された。

症状
・両肩に放散:9.7、左腕に放散:2.2、右肩に放散:2.7、発汗:2.0、謳気、嘔吐;1.9
・呼吸性の変動:0.2、鋭い痛み:0.3、体位による変化:0.3、触診で誘発:0.25
・ニトログリセリンで症状が消失:1.0

病歴で心筋梗塞を疑ったがECGが正常であった。
心筋梗塞患者で初診時のECGが正常なものが30%いる。

血液検査
・CK-MB;2時間以内:陽性で50, 陰性で0.01、2時間以降:陽性で18、陰性で0.46。
・トロポニンI:時間関係なく:陽性で47, 陰性で0.03。

痛みのない急性心筋梗塞が、33%であったという研究を示す。高齢者、女性、糖尿病、は要注意!否定するには慎重に。

心筋梗塞の診断は、問診(COMPLAINTS)、身体診察、ECG,採血、胸部XP、適切な経過観察、で行う。

参考文献
・聞く技術(上)(下)日経BP社
・考える技術 第2版 日経BP社
・JAMA版 論理的診察の技術 日経メディカル社
・マクギーの身体診断学 診断と治療社

エンターテイメントな要素を入れて、問いかけながら行われたので、学生さんも楽しそうに参加していた。(山本和利)

2011年12月8日木曜日

How Doctors think

『医者は現場でどう考えるか』(ジェローム・グループマン著、石風社、2011年)を読んでみた。4年前に原書で読んだが、翻訳がでたので再読した。

著者はハーバード大学医学部教授。New Engl J Medのエディター。

医師が臨床医としてどのように考えるべきかを明確に教わっていない、と著者は主張する。EBMが急速に広まったが、医師が数字だけに頼って受動的に治療法を選択する危険を懸念する。医学は不確実な科学である。以上の点を踏まえて、一般の読者向けに書かれた本である。

はじめに紹介される患者さんは大変印象的である。15年間、医師の助言に従って食べ続けたが痩せ細った体重が増えない女性である。解決は「患者の言葉をよく聴けば患者が診断そのものを教えてくれる」から導かれた。

本書では、誤診につながりかねない認識エラーについて詳述されている。

自分自身が手を痛めて、複数の医師にかかった経験をもとに導き出された結論、「医師は自分の見たいものしかみない」という言葉が印象深い(私自身も講演でよく引用させていただいている)。

米国の医師と製薬・医療機器会社の癒着についても鋭く批判している。

医療の知識を増やす本ではないが、医師の思考がどのような傾向を持つかを知る上で、非常に参考になる本である。(山本和利)

2011年12月7日水曜日

初心を忘れず、志を高く

12月7日、旭町医院の 堀元進先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは「札幌市内の地域医療」である。

まず、いい塩梅に授業を受けるようにと。いつも診ている患者さんの紹介。札幌医大の臨床実習の様子を紹介。患者さんと一緒に歩むのが医師。分らないところから始まる。腹部触診など正常がわからない。自分の体で勉強する。知識はあるが、実施能力が不足している。診療に親しむことが大切。心電図について講義。心電図を読むときには2つの流れ。リズムの異常か、波形の異常かを読む。

在宅医療の話。場所は変わっても原則は変わらない。脳梗塞後遺症の患者さん。急性期以後の医療はどうなっているのか。リハビリの力は大きい。家が病室になる。家族が一緒に居られる。胃瘻造設患者、気管切開患者、脳梗塞後遺症など慢性期の患者を医師・看護師が支えているのだ。最低限のことはできる。「なんだか具合が悪い高齢の男性」が、ポータブルXPで肺炎と診断。帯状疱疹で脱水になった患者さん。褥瘡への対応。在宅医療の機械がすごく進歩した。出張入浴もある。電動車いす(補助制度で買える)。

「患者に希望を与える」。思いやり。医師会館でピアニストを呼んで、一人の患者さんのためにコンサートをした。ALS患者は呼吸筋麻痺で気管切開。喀痰吸引が問題となる。パソコンでコミュニケーションする。旅行が好きな患者を沖縄まで連れていった。医療者が患者の思いに寄り添うことが大事。

「患者さんの思い」を汲み取る。胃瘻、気管切開、肺がん、甲状腺がんで苦しむ患者さんのビデオを供覧。大学病院の医師を受診し、化膿性頚椎炎だったのにホットパックを処方された。患者さんから学生へ:面子を捨てて素直になって欲しい、患者のちょっとした言葉に耳を傾けて欲しい、とかすれた声で切々と訴えた。

「医師の眼」を広く、深く、遠くまで。ネパールの人々の生活している写真を提示。洗濯場で飲料水をとる。腹部膨満の患者の原因は寄生虫や細菌が多い。病院に行くことができない人も多い。骨折患者の牽引は建設用のブロックを使っている。

学生へのメーッセージ:やるべきことをやり、目標を見失わず、初心を忘れずに努力を続けるべし。試験に落ちるな!夢はその先にある。現代社会は知識が増えたが、知恵が減ってきた。一個一個バラバラなものを積み上げたもの。知恵:導きだされ、応用のもとになる。人間は部分よりなるが、全体として生きている。医師は、「基本」を実践しながら「応用」を身につけてゆく仕事である。だから、焦らず、ボチボチと。何よりも大切なことは楽しみを持てるように夢(「志」)をもつこと。(山本和利)

2011年12月6日火曜日

SP研修会

12月3日、札幌医科大学で、病院ボランティア室主催のSP研修会が行われました。

講師は大阪の倉橋広子先生、この道10数年の大ベテランです。受講生は病院ボランティア「フローレンス」の方々24名です。当講座から2名参加。

まず、「SP」とは皆さんご存知でしょうか?
勿論、自分は special, secret police位しか知りませんでした。も実は「模擬患者」という意味だそうです。

本学では5年生から病院実習(実際に病棟にでて各患者さんを担当する)が行われます。その際に、その患者さんがどのような経過で病気になったかなどを聞くことを「医療面接」と言います。例えば、胸痛の患者さんの場合ですと、LQQTSFA:Location(部位)、Quality(性状)、Quantity(程度)、Timing(いつから)、Setting(状況)、Factor(寛解・増悪因子)、Associated manifestation(随伴症状)などを念頭におきながら「病歴」をとっていくわけです。ただ、医学生に突然やりなさい、といってもできるわけがありません。そのための訓練として「SP」がいるというわけです。
実は「SP」にはざっくりと2つの意味があるのだそうです。

SP:Simulated Patient:模擬患者
  学生が病棟実習に出る前の「練習用」の模擬患者
SP:Standardized Patient:標準化された患者
  OSCE(医学部を卒業するための実技試験)のための模擬患者

同じ「SP」で、日本語では「模擬患者」ですが練習するためなのか、試験のためなのかでその役割は異なってくるようです。SPは一般のボラティアの方になっていただくのですが、実際の患者さんのように演技していただくわけで、どこがどのように痛むか、いつからなのかなどなど「シナリオ」を覚えていただけないといけません。また模擬患者にはまりきって面接後もその患者になりきってしまったり、また学生に対するフィードバックなども必要になり、かなり専門性のある役割でがあることを学びました。

このように書いてしまうと、かなり難しいという印象を受けてしまいますが、やってみると学生と仲良くなったり、「あの時自分が担当した医師が病院で働いているのを見てうれしかった。」などなど楽しいこともたくさんあるのだそうです。

びっちり2時間の研修会でしたが、倉橋先生の明るい、乗りの良い関西弁であっという間の研修会でした。(助教:武田真一)

2011年12月5日月曜日

舟を編む

『舟を編む』(三浦しをん著、光文社、2011年)を読んでみた。

著者は編集者として出版社に就職することを志望して就職活動を行っていたらしい。その活動中、文筆の才を見出され、作家に転進。29歳で直木賞受賞。著者の父親は上代文学・伝承文学研究者の三浦佑之氏である。

辞書を作りたいという男が辞書を一冊も作らぬまま定年を迎えることになった。定年までに後継者となる辞書向きの人材をリクルートしなければならない。といった辞書編集者の話である。そしてジグソーパズルの名人に目をつける。

「犬」という言葉の意味や、「声」についての考察も面白い。「辞書は言葉の海を渡る舟だ」という。タイトルもそれに由来する。辞書編集者は、ホンのちょっとした言葉の違いにも敏感である。こんな例を取り上げている。「のぼる」と「あがる」の違いは、「あがる」は上方へ移動して到達した場所自体に重点が置かれているのに対して、「のぼる」は上方へ移動する過程に重点が置かれる。たとえば、「あがってお茶を飲む」と言うが、「のぼってお茶でも」とは言わない。なるほど。

辞書の記載の仕方には一定の規則があるという。もちろん主観を入れてはいけない。その制限の下で、辞書の個性を出すことは至難なことであろう。「西行」の記述についてのエピソードが参考になる。地味な内容となりそうなのに、内気な男の恋の成り行き等が織り込まれ、読者を飽きさせない。この著者の扱うジャンルは多彩(陸上競技、仏教、林業、等)であり、かつ内容が面白い。要注目!(山本和利)

2011年12月4日日曜日

リアル・シンデレラ

『リアル・シンデレラ』(姫野カオルコ著、光文社、2010年)を読んでみた。

童話「シンデレラ」について調べているレポーターが、シンデレラは女性にとって理想なのか?と疑問を持つ。本の中のシンデレラはかなり出しゃばりだという。女性にとって最終的に玉の輿に乗ることが本当に幸せなのか?それへの解答としてとしてこの小説が書かれたと言えよう。

執筆に当たってこのレポーターに紹介されたのが、長野県の旅館の長女として生まれた倉沢泉(くわさわ せん)という女性である。母親に冷遇され、美しい妹の陰に隠れた人生のように見える。倉沢泉という主人公の子供時代からの生き様が丹念に多くの証言から浮かび上がってくる。・・・・。久しぶりに斜め読みをしなかった読み応えのある本である。

読み終えたとき、私もこんな風に生きられたらいいなと思う。最後の方で、主人公が子どものころに願った3つの祈りについて語る部分がある。3つ目の願いは最後のページまで語られない。それを知るとウーーン、なるほど、と唸る。少し涙が出て来た。

読み終わって、主人公のように、一生懸命生きたくなった。(山本和利)

2011年12月3日土曜日

PEACE

Peace』(想田和弘監督:日本 2010年)という映画を観た。
想田和弘氏は世界が注目するドキュメンタリー映画監督である。これまで、映像を撮るのが難しい分野に乗り込んで『選挙』、『精神(せいしん)』という映画を作っている。選挙運動の舞台裏や外来の精神科クリニックを舞台に、心の病を患う当事者、医者、スタッフ、作業所、ホームヘルパー、ボランティアなどが織りなす世界を映し出している。

本作は「観察映画」と銘打たれている。音楽やナレーションもなく、日本のある日常が映し出される。例えば、ある家に住み着いた野良猫の実態であったり、介護・支援を必要とする障害者や患者であったりする。

タイトルの「PEACE」とは、平和や映画の中で肺癌末期の患者さんが吸うタバコの銘柄か?

ボランティアに近い状態で患者さん・障害者を支える夫婦が車を使って、忙しく岡山市内を走り回る。ガソリン代や駐車料金もままならない。そこに街頭から民主党の鳩山総理大臣の演説が流れてくる。「福祉・医療を充実させます・・・」と。100円単位のレベルで切り詰めている庶民と億単位のお小遣いをもらう政治家とお金に対する感覚の乖離を炙りだす。

弱者の生活や思いと日本政治の貧困が見えてくる映画である。(山本和利)

2011年12月2日金曜日

激動予測

『激動予測』(ジョージ・フリードマン著、早川書房、2011年)を読んでみた。前回の著作は100年後の予測であったが、今回は10年後の予測だそうだ。

要旨は次のようになる。米国は1991年のソ連崩壊を受け、その圧倒的な軍事力と経済力をもって、意図せずして世界帝国になった。米国の力の中核をなしているのは経済である。その経済力を背後で支えているのが軍事力。米国大統領の指揮下で力による秩序の実現を目指す。そのためには、各地域の勢力均衡を図り、新しい同盟関係や国際機構を構築することになろう。米国は帝国になったがために、共和制の存続を脅かされている。

大陸ごとに米国がこれからの10年間にどのような戦略でゆくべきかが分析されている。さすが「影のCIA」と言われるだけあって、視点は世界平和や庶民のことはお構いなく、結局、米国が生き残るためにどうすべきかが書かれている。誠実で指導力のある大統領の指揮の下で、国民がしっかりと監視していかねければいけないという総括になっている。ないもの強請りのような気がするが・・・。(山本和利)

2011年12月1日木曜日

春を恨んだりはしない

『春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと』(池澤夏樹著、中央公論新社、2011年)を読んでみた。被災地の写真とともに著者の言葉が綴られている。

日本のメディアは、震災被害者の遺体はそこにあったにもかかわらず、その遺体を写さなかった。著者は被災地に赴いて、「今も、これからも、我々の背後には死者たちがいる。これらすべてを忘れないこと。」を誓う。

人は生きて暮らすうちに、いろいろなものに出会う。自然は人間に対して無関心だ。自然は時に不幸を配布する。自然には現在しかない。人間はすべての過去を言葉の形で心の内に持ったまま今を生きる。大きな出会いは「運命」として受け取られる。

震災を契機に、日本の今後の行く道を思考している。「昔、原発というものがあった」という時代を迎えたいと主張している。その実現に向けて政治が着実に動くことを期待している。まさに同感である。(山本和利)

2011年11月30日水曜日

科学的思考

『「科学的思考」のレッスン 学校で教えてくれないサイエンス』(戸田山和久著、NHK出版、2011年)を読んでみた。

本書は学生向きに書かれた啓発書である。2部に分かれており、第一部は科学的に考えることとはどういうことかが書かれている。第二部は賢い市民が持つべき科学リテラシーについて書かれている。

第一部.
まず、科学が語る言葉(科学的概念)と科学を語る言葉(メタ科学的概念)を区別しなければならない。それを理解した上で、「100%の真理と100% の虚偽の間のグレーな領域で、少しでもよりよい仮説を求めて行くのが科学という営みである」と考える。科学的であるとは、予言を当てることができる、その場しのぎの仮説や要素を含まない、すでにわかっていることを同じ仕方で説明できる、等が求められる。
 
推論は次のように分けられる。
■演繹
■ 非演繹
1)帰納法:個別の例から一般性を導く
2)投射;これまで調べた事例から、次のケースを推測する
3)類比:二つのことがらはこの点で似ているから、それ以外の点でも似ているかもしれない
4)アブダクション:今までわかっていたことだけでは説明できないが、新たな仮説を置けば説明できる

演繹的推論では、真理保存的であり、前提が正しければ結論も必ず正しいが、情報量は増えない。一方、非演繹的推論では、結論が必ずしも正しいとは限らないが、結論において、情報量が増える。

科学で重要なことは、反証事例を探すことである。「科学は反証に開かれている」(カール・ポッパー)。また、実験はコントロールされていなければならない(対照実験でなければいけない)。人間相手の実験をコントロールするのは結構難しい。プラセボ効果等があるので、一つだけ条件を変えて、他の条件は完全に同じ対照実験にすべきである。単独データでは、どれだけ高い確率で治ったとしても有効とはいえない。重要なのは高い確率ではなく相関である。それを診るために四分表を作成することが有益である。系統誤差を避けるために、ランダム・サンプリングが重要となる。また、相関から因果関係の推論は慎重にしなければならない。

科学・技術だけでは解決できない問題が3つある。
1)科学技術自体が希少資源であること

2)トランス・サイエンスな問題がある
・知識の不確実性や解答の現実的不可能性
・対象がそもそも不確実な性質を持つ
・価値判断とのかかわりが避けがたい

3)科学・技術自体が問題になる
・倫理の空白地帯をもたらす:出生前診断
・技術は本質的に不完全なまま社会に放たれる

第二部.
科学・技術のシビリアン・コントロールをしなければいけない。市民はこのための科学リテラシーを持っていないといけないが、市民の科学リテラシーは知識量にあらず。必要なことは、「科学がどのように進んでゆくのか」、「科学がどういうほうに政策に組み込まれるのか」、「科学はどんな社会状況が生じたら病んでいくのか」、を問うメタ科学的知識である。
科学リテラシーを役立てるよう、社会的意思決定にしっかりと参画して、影響力を及ぼせる仕組みを作ることが重要である。「コンセンサス会議」を立ち上げ、市民が先に問題を立って、適切なフレーミングで行う必要がある。なぜなら、専門家と市民とで食い違うことが多く、そもそも科学とは答えることのできる問題だけを問うものだからである。

市民の科学リテラシーは次の10に集約できる。
1)提供された科学情報に適切な問いを抱くことができる。
2)科学の手続きには必ずモデル化と理想化が含まれることを知っている。
3)一つの情報ソースを鵜呑みにしない。「わかりやすさ」には落とし穴がある。喩えだけで満足しない。
4) 「わからなさ」がきちんと伝えられているかをチェックできる。断定的な物言いを疑う。
5)科学者の発言に、必ず外挿や推定が含まれていることを知っている。
6)強調点の置き方によって正反対の含意をもつこともあることを知っている。元ネタ情報を入手する。
7)異論が並立していることを知っている。その異論の背景には政治的対立の可能性があることを知っている
8)自分のリスク認知にはバイアスがあるということを知っている。数値化されたリスクを参考にできる。
9) 科学・技術に「安心」を要求することは合理的で、科学的・学問的に議論できることを知っている。
10)リスク論争は、フレーミングの不一致に根ざしていることを知っている。複合的・多元的なフレーミングを提案できる。

第二部では、福島第一原発事故を事例として検討を加えている。科学を社会にどのように適用させるかについて、大変参考になる書物と言えよう。(山本和利)

2011年11月29日火曜日

Community as Partner

11月29日、月寒ファミリークリニックの寺田豊先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは「地域診断とは:community as partner」である。

ある地域に赴任して地域医療を始める時、「あなたは何から始めますか?」という問いかけから授業は始まった。

厚岸町の地域診断の事例を紹介。人口11,410人、世帯数4,474世帯。産業は漁業と酪農。
デルファイ法:専門家が独自に意見を出し合い、それを相互に参照し再び意見を出し合うという作業を繰り返す、でアンケート調査をした。
健康課題の上位ランクは、1)高齢者にかかりつけ医が不在、2)少年期の生活リズムの乱れ、・・・。高齢者独居や子供のおやつの「箱買い」が問題として挙がった。

学生時代に実習に行った揖斐村。そこで出会った言葉、「地域診断してはじめて地域医療と言える。」
を紹介。

地域視診:自分の足で(community on foot)。地区視診の16項目
1)家屋と街並み、2)広場や空き地の様子、3)境界、4)集う人々と場所、5)交通事情と公共交通機構、6)社会サービス機構、7)医療施設、8)店舗、9)町を歩く人々と動物、10)地区の活気と住民自治、11)地域性、12)信仰と宗教、13)人々の健康状態、14)政治に関すること、15)メディアと出版物、16)その他
について、学生各自に自分が住んでいる地区について書いてもらった。その間に天売島の事例を紹介。Windshield survey(車窓から評価する方法)もある。

Community as Partner Model:地域をパートナーとして位置づけ、共に取り組んでいくことを強調している(E.T. Anderson, 2004)。車輪の中心に住民がいる。8つのサブシステムを設ける。1)物理的環境、2)保健・医療・福祉(ホームレス健診)、3)経済(商店街)、4)安全と交通(SOSネットワーク)、5)政治と行政、6)コミュニケーション(広報誌)、7)教育、8)リクレーション(遊び場)。

Photovoice(Wang, et.al,2004):写真にナラティブを付ける。ここで有名なphotovoice「不満の探求」(スクールバスの窓に残る銃痕)を紹介。

Assets Mapping(McKnight,1993):強みを探して地域資源を地図化する。元気がでてくる。地元学とも言う。地域にはいいものがあるはずだ(participatory rural appraisal )。

Social mapping:社会的、物理的な空間を意識する。
地域づくりのための12の再生の法則(後藤哲也:黒川温泉で有名)を紹介。
「地図は現地ではない」(コージブスキー、1879-1950)

絶えず新しい課題にチャレンジしている寺田先生である。地域医療の奥深さを知り、感銘を受けたという学生からの意見が少なからずあった。(山本和利)

北海道地区サーベイヤー説明会

11月28日、札幌で開催された日本専門医制評価・認定機構の北海道地区サーベイヤー説明会に参加した。

松田暉研修施設委員会委員長からの挨拶。専門医制度の標準化をしたい。改革をして社会一般で認識される必要がある。認定のプロセスの透明化を図り、第三者機構が行うようにしたい。ACGMEを参考にしてプログラムと研修施設を評価する(サイトビジット)。

昨年、基本領域の18学会(精神科は辞退)の40施設を訪問した。
基本領域18学会の北海道地区から推薦されたサーベイラー(調査員)16名が集合した。そして、研修施設を評価する(サイトビジット)意義やその方法が説明された。

2011年度計画として、施設訪問調査の要領、1)サーベイヤー制度、2)調査票、3)評価の方法、が具体的に説明された。北海道では、札幌市内の5施設を年度内に視察する予定である。最後、質疑応答があり、終了となった。

専門医制度が国民目線に立ったものになるよう尽力したい。(山本和利)

2011年11月28日月曜日

北海道家庭医療フォーラム

2011年の北海道家庭医療フオーラムが札幌駅前のアスティ45において開催されました。

前半は江別市立病院 若林崇雄先生と月寒ファミリークリニック泉 京子先生
のお二人の若手医師から学生に向けてキャリアパスについての講演がありました。
お二人ともプライマリケア学会が認定する専門研修を終えた家庭医療専門医の
第二期生です。

若林先生は「私がgeneralistになったわけ」と題し先生自身のキャリアを
たどりながら、総合内科の魅力についてユーモアを交えながら解説されました。
若林先生よると医師人生3分割論があるとの持論を披露されました。
医師の人生は1 ~ 10年目を修業期、11 ~ 20年目を労働期、21年目以降を後年期
と分けてキャリアパスのポイントは医師人生の年数によって訪れるとのこと。
そのことを踏まえ、「人間は自由を与えられると不自由になる。」として
現在の若手医師のキャリアが直面する状況として医局制度が崩壊し、臨床研修制度
により、医学生には自由な選択肢が与えられたが、後記研修以後のキャリアパスを
導く事ができずに多くの人が迷っている、と解説されました。
そして総合医の多彩な可能性と様々なキャリアパスがある、とアドバイス。

泉 京子先生は北海道家庭医療センターと勤医協中央病院で後期研修に進んだなかでの
気付きを中心に家庭医としてのキャリアを積んだ経験を講演されました。

泉先生は当初より家庭医を志し、室蘭日鋼記念病院から北海道家庭医療学センター
の家庭医療プログラムに進まれた。後期研修で僻地や離島の診療所において第一線の
プライマリケアに従事していたが5年目にキャリアの見直しを行い、病棟での
診療経験が必要と考えて勤医協中央病院総合診療部で再研修を行ったとのこと。
医師5年目という中堅となってからの再研修や異なる病院での勤務についての不安
と葛藤、またそこでの気づきと発見が成長の糧となっていく様子を、時には女性
らしい視点を交えて率直に語られました。現在は若くして月寒ファミリークリニックの所長として活動されています。

引き続いてワールドカフェ形式で学生さんとファシリテーター役の若手医師がグループワーク。ディスカッションの中でキャリアプランとライフプランについてさまざまな疑問点が抽出されました。

後半は道内の家庭医養成コースをもつ後期研修プログラム担当者から
施設と研修内容についてのプレゼンテーション。引き続いて全員の記念撮影。


最後に若林・泉両氏に学生からの質問に答えていただき、続いて後期研修プログラム責任者により「北海道の家庭医療」「家庭医・病院総合医の育て方」をテーマとしてパネルディスカッションが行われた。

主な内容としては北海道の家庭医療の現状、専門医との協力の仕方、
医師人生での地域医療への携わり方、大学の家庭医療教育の役割、
結婚と転勤などでした。

その後は軽食を取りながらの懇親会となり、打ち解けた雰囲気の中で学生と医師
の情報交換が行われました。

北海道家庭医療フォーラムは今回で4回目となり学生22名、医師23名、事務方
より5名の計50名の参加があり大変盛況となりました。
各学生も日ごろから医療系のイベントやインターネットなどを通じて盛んに
情報交換やつながりをもっています。彼らがやがて家庭医・総合医となって
北海道の地域医療を変えていってくれることを願っています。(助教 稲熊良仁)

2011年11月26日土曜日

田舎暮らし

11月25日、 FLATランチョンセミナーが行われました。
講師は松前町立松前病院 木村眞司院長、タイトルはずばり、「田舎暮らし」です。
FLATのメンバー13名参加。

まず、木村先生がFLATメンバーの出身地の人口を質問。人口1万人程度の地域出身者は1名だけ(因みに松前町は人口約1万人弱)。そこから「田舎」という言葉のイメージをどんどん質問していき、「田舎にあって都会にないもの」、「田舎にはなくて都会にあるもの」などをメンバーに聞きながらランチョンは進行。

・田舎にあるもの:人とのつながり、文化(食文化として漬物など)、伝統(お祭り、しきたり;例えば葬儀で読経の際に10円玉を投げるなど)、
・田舎にないもの:デパート、レンタルDVD、大きな書店など。

ここまでで「田舎」という単語のイメージを再確認しました。そしてその「田舎」での3つの環境(生活・勤務・教育)について松前の様子を説明。勤務環境では、限られた医師、専門家がいない、週末の町内待機、学会などの勉強会にアクセスしにくい・・・などなどでした。

ただ、医師の「生涯学習」については、都会でも田舎でも本人のやる気次第で、環境の問題ではないとの指摘に、ドッキっとする自分・・・。

FLATメンバーから「自分の好きなことをする時間はあるか?」と質問がありました。
木村先生の答えは勿論「Yes!!」。野鳥観察、畑、釣り、読書などたくさんの趣味をもっていらっしゃり、この前はビニールハウスも作ったということですから驚きです。

 将来、地域医療に従事するメンバーに「田舎」で働くこと≒「地域医療」をわかりやすく解説してくださった大変興味深いランチョンセミナーでした。(助教:武田真一)

2011年11月25日金曜日

自治医大OB学生交流会

11月25日、自治医大におけるOB学生交流会に招かれ、参加した。

卒業生の活動が紹介され、医師に必要な能力についてのミニ講義、そして地域ににおける具体的な活動の報告があった。

私に締めの言葉を求められたため、「自治医大卒業生の利点は、お金をもらって若者が嫌がる苦労が買えることである。地域で輝ける青春を送ることが、中年クライシスを乗り切る道である」とエールを送った。

参加した学生は、ほとんどが黒のスーツにネクタイで望んでおり、凛々しい青年たちであった。「青年よ、地域で輝け!」(山本和利)

松前での取組

松前町立松前病院木村眞司先生講義
今日は医学部4年生「地域医療」の中の
「松前での取組」と題した木村先生の講義を拝聴した。

まずは木村先生自身の自己紹介から始まった。
日本国内にとどまらず多彩な経験をお持ちである。
松前病院では「全科診療医」として診療に当たっている。
医師としての目標として、
1)ジェネラリストとしてやりたい。
2)地域医療の向上
ということを挙げられていた。

続いて松前病院の紹介。
医師11人(スタッフ6人 後期研修医5人)
そのほかにも常に初期研修医や医学生が入れ代わり立ち代わり出入りしている。
そんな中での松前病院の1週間。
朝の勉強会・症例カンファレンス・老人ホームの回診・多職種カンファレンス
研修医の教育回診などなど、病院内の仕事は多彩で
そういう魅力にひかれ、研修医・学生が北海道内外から訪れている。
水曜日・木曜日はインターネットによる症例カンファレンス・講義が行われている。
これは当講座も参加しているが、取りまとめを松前病院が行っている。
全国で70カ所。約200人が参加。

続いて、松前病院でよくみられる病気と題して
1昨年の木村先生の外来を受診した患者さんの問題リストの統計が紹介された
頻度順に
消化器系…便秘 脂肪肝 胆嚢摘出後
循環器系…高血圧 狭心症 心房細動
呼吸器系…気管支喘息 COPD ニコチン依存
血液系……鉄欠乏性貧血 正球性貧血 再生不良性貧血
代謝内分泌…糖尿病 脂質異常症 耐糖能異常
腎…………腎機能障害 糖尿病性腎症 前立腺肥大
婦人科……子宮筋腫
神経系……パーキンソン病 糖尿病性神経障害 脳梗塞後
精神科……不安神経症 鬱病 不眠症
心理社会的…独居 家庭内の問題 介護ストレス
などなど、実に多彩な病気・病態を診療している。
「本当は医学部授業で頻度順に教えられればいいが、、、」
との木村先生の感想はまさにその通りだろう。

続いて、「松前を楽しむ」と題して、
家庭菜園の話やビニールハウスの作成秘話・新企画「釣り」などの紹介があった。
どの企画にも松前病院の研修医の先生や実習に来た学生が参加しており、
非常に和気あいあいとした楽しい雰囲気を感じることができた。
中には、今日の講義に参加している学生の写真もあり、非常に盛り上がった。
病院内で開かれた札幌医科大学医学部合唱部のコンサートの様子も紹介されていた。

はなむけの言葉として、木村先生自身が送られた言葉として
塚田英之先生の
「若くありなさい。そして、若いうちは何でもしなさい」
ドイツの著名な物理学者の
「外の世界を見なさい」という言葉を紹介していた。
最後のまとめとして、
松前病院がやっていることは、どこもやっているようなこと。
至極当たり前のこと。でもこの積み重ねが大切。
これをやるのである。
勉強し続ける。最善を尽くす。楽しむ。
松前のため、北海道のため、日本のために。
と締めくくっていた。
非常に興味ひかれる講義であった。(助教 松浦武志)

2011年11月24日木曜日

糖尿病地方会

11月23日、札幌市で開催された第45回日本糖尿病北海道地方会に参加した。

疫学
・20年間の糖尿病患者像の変化:インスリンと多剤併用群が増え、HbA1cは改善していたが、高血圧、高脂血症の併存が増え、糖尿病合併症・動脈硬化疾患と認知症が増加した。
・eGFRと糖尿病発症リスク:健診時のeGFRが。10年後の糖尿病発症のリスクであると報告した。単相関から推測しているので交絡因子である可能性がある(山本和利コメント)。

DPP4阻害薬
・肥満者にもDPP4阻害剤は有効であった。
・SU二次無効例に、長期的には効果が不十分であった。
・DPP4の製剤を変更することで、HbA1cの改善を認めることがある。
・SU剤とDPP4を併用するときには、低血糖を6%に認めるので、SU剤は減量すべきである。
・少量のインスリン治療者では、DPP4に切り替えができるかもしれない。

GLP-1作動薬
・インスリンで肥満、コントロール不良例にGLP-1作動薬に切り替えて著功した事例報告。
・インスリンを中止し、GLP-1作動薬とピオグリタゾンとの併用で内臓脂肪が著明に改善した事例。
・肥満糖尿病コントロール不良例にGLP-1作動薬に切り替えて改善を認めた事例。入院管理下で行うべきであろうと。
・肥満患者に体重減少効果があった。インスリンを止めても、HbA1c・血圧値も体重も減少。3カ月でピークを迎える。
・副作用として、胃腸症状が多い。
・非インスリン群に切り替えを行って、有効であった(95%)。罹病歴が短い、軽症例に効く。
・同じ注射薬であるが、インスリンより低血糖が少ない、最終的な薬ではないということで、患者にはインスリンよりも受け入れやすいようだ。

■ランチョン・セミナー:最適なインスリン治療戦略 昭和大学 福井智康氏。
・糖尿病患者は長期に経過観察すると、⊿CRPが低下する。
・強化インスリン療法に必要な情報:基礎インスリン:追加インスリン=3:7に近い。
・朝食後1時間値が重要である。より速く効くインスリンが好ましい。
・日中のインスリン感受性は増加する。ランタスはレベミルに比較してグルカゴン抑制作用が強い。その結果、血糖値が安定しやすい。早期に強化インスリン療法をすると、分泌能の保護に繋がる。
・持効型インスリンで空腹時血糖値をコントロールすると、速効型インスリン3回打ちから SU薬の併用に切り替えられる可能性がある。
・持効型インスリンとDPP4阻害薬との併用は有効であるという報告が出て来ている。(山本和利)

2011年11月23日水曜日

SHAMPOO

11月22日、月寒ファミリークリニックの寺田豊先生の「在宅医療」の講義を拝聴した。

ます写真を見せながら在宅診療を語った。在宅医療の一日を紹介。車で行くことが多い。

診療録はSAOPで書くが、在宅医療ではSHAMPOOを提案(寺田氏のオリジナル)。

SHAMPOO
在宅医療にはsoapよりシャンプーが必要。

Subject and Sign
出会う症状。だるい:脱水。便の訴え:うつ、・・・。 尿の訴え:頻尿、前立腺肥大。
、かゆい:疥癬、・・・。転倒:意識が変:脳卒中、徐脈、レビー小体病、・・・・。

House and Home
家と家族をみる。庭の様子をみる。
飾ってある写真。家族の歴史がそこにある。
昔の道具などを利用する。
家族と地域医支援。医療改革で、かかりつけ医を地域ケアの中心に。病院医療から在宅医療へ移行。
在宅医療を可能にする条件
家族の協力:39.7%。
・・・
Photo elicitation
隠されたものを引き出す。
写真から引き出せるもの。家族の「宇宙」を知る。
ジョハリの窓。フィードバックを利用して、患者さんの扉を開く。ある在宅患者さんの本棚に髙村光太郎の「知恵子抄」を発見。これが鍵だと直感した。ポロポーズ時のものであった。

ADL
活動性を評価する。
ここでADL(DEATH:dressing, Eating, Ambulating, Toileting, Hygiene)、IADL(SHAFT: Shopping, Housework, Accounting, Food preparation, Transport)を紹介された。

Medication and Meal
薬がない。冷蔵庫の中や畳の下。デンマークには風邪薬がない。風邪をひいたら即休養。

Plan and Prognosis
短期、中期、長期の治療計画を立てる。在宅看取りの率:日本は10%、米国は31%、オランダは31%である。おかえりなさいプロジェクトを紹介。

Object Data
患者さんの基本データ。尿回数、便の状況。室温、湿度も重要。「虫が体から出てくる」患者さん。便から虫がでてくるという「寄生虫妄想」であった。初老期の女性に多い。
認知症、移動機能障害を評価。
できるだけ薬を処方しない。

Open information
情報を共有し、多職種と連携する。

在宅主治医が担う役割
在宅診療に関する最終責任者、2.介護保険に関わる役割、3.在宅ケアチームの機能調整。病診連携。循環、連携できる医療システムのカギとなるのが在宅医療。Uターン(紹介元へ)、Iターン(病院の患者を適切な診療所に)、Jターン(紹介元とは別の診療所に)。オープンベッドシステムを広げる。

往診料:720点、在宅患者訪問診察料:830点である。

「往診」と「訪問診療」(診療計画を立て定期的に行う)を別に扱う。

外来診療:日本は14回/年、OESDは6回/年。診察回数:日本は7,000回/年。入院日数:日本は28日。医療資源について。日本は病院で患者さんを診る文化を作ってしまった。患者の受診回数、医師一人当たりの診察回数、急性期病床の平均在院日数は世界一である。

在宅医療に必要な知識・技能
1)患者や介護者のアセスメントができる、2)よく遭遇する問題への対応と予防ができる、3)在宅医療機器を用いての診療ができる、4)在宅医療関連の書類を作成することができる、5)コミュニケーション能力。

在宅医療で大切なこと。
「病気は家庭医で治すもの」「家庭的な雰囲気の中で」

最後に学生個々人が考える「在宅医療」に書いてもらった。その一部を紹介する。「患者さんと最も距離の近い医療」、「患者背景を重視する医療」、「思いやりのある医療」、「家族の一員になること」、「地域の担当医」、「体だけでなく心、家庭、生活、歴史に接する医療」

学生は今回の授業を通じて、「SHAMPOO」という概念でしっかりと在宅医療を理解し、在宅医療に興味を持つようになったようだ。(山本和利)

2011年11月22日火曜日

講座同門会


11月19日、当教室も1999年の創立以来12年を迎え、毎年の恒例である同門会が札幌医科大学で行われました。


当教室は現在37名の同門会員がおりますが、そのうち14名の参加にて午後1時より行われました。


教授、同門会長の挨拶に始まり、各参加者の1年間の振り返りを行いました。 振り返りは各自が事前に用意したパワーポイントのスライドで行います。 最初は現在の教室助教4人から、各自の自己紹介と1年の活動報告。 その後同門会員の発表に移りました。


振り返りのなかでは、震災の被災地に赴いた方、新天地で新たな取組みを試みる方、現在の職場でさらに発展をされた方、そして地元で患者さんの人生に寄り添う方、学問を追求される方、それぞれの多彩な活動の一端に触れることができ、非常に意義深いものとなりました。


本年度の地域貢献賞は合田尚之先生に贈られました。苫小牧で合田内科小児科医院を開業されながら、ご多忙な中で長年にわたり当教室を同門会長として支えて頂きました。最近では近郊の在宅医療にも積極的に取り組まれ、患者さんに寄り添う事と医師としての真摯な姿勢を後輩に示されておられます。

最後は教室長から同門会決算発表と会則の承認が行われ、記念撮影をしてその後の懇親会となりました。(助教 稲熊良仁)

つど医2011

11月19日、午前中に北海道の医療系学生North Powersが企画運営した。「つど医 2011 ~北海道の医療系学生集まれ!~」が札幌医科大学で行なわれていたため、参加してきました。

こうしたイベントをインターネットを駆使したネットワーク力で学校や地域の枠を超えて軽々と実行してしまう学生さんたちのパワーは素晴らしい。

多彩なイベントが行われましたが、私は午前中のみの参加で、夕張希望の杜理事長の村上智彦医師の講演「地域医療における医療者間連携」を聴いて来ました。

村上先生は北海道の歌登町出身。せたな(市町村合併の旧瀬棚町)の診療所で地域医療を始め、住民への予防医学に取り組んで1989年度、高齢者1人あたり治療費全国一を記録した一人当たり医療費を2002年度に約半分に減らしました。

村上先生の講演は私が1年目研修医であった2001年に地域医療総合医学講座の講義に来られ、初めてお会いした記憶があります。それから様々な事があり、村上先生の名前は全国区になり、現在の夕張希望の杜設立に至っています。

本日の講義は医療系学生向けに現在の夕張の現状をお話されました。夕張希望の杜のモットーは「支える医療」。患者さんのADLが下がっても「以前できていた事」を行なうことを支援するとのことでした。

車椅子であっても、パチンコに行き、脳梗塞後遺症があっても仲間でお寿司を食べに行き、日々に張り合いを持ってもらう。当初は周囲は「何かあったらどうするの?」と疑問を抱くそうですが、高齢者にとっては最低限の安全が保証されれば、リスクをとっても得られる喜びが大きいようです。曰く「誤嚥するなら病院食より楽しみにしていた寿司でするなら本望」。その言葉を裏付けるように写真の患者さんたちもスタッフも皆さん笑顔でした。年齢を重ねても、病を得ても患者さんの「人間らしさ」を実現する医療が夕張の医療であることが感じられる講演でした。(助教 稲熊良仁)

2011年11月21日月曜日

NO IMPACT MAN

『地球にさやしい生活』(ローラ・ギャバート監督:米国 2009年)という映画を観た。

ニューヨークに住む夫婦が環境に全く影響を与えない生活に挑んだ1年間の記録である。主人公は作家であるが、ブログNo Impact Man.comを立ち上げ、雑誌「タイム」が選ぶ環境に関する世界注目ウェブサイトでトップ15に挙げられているそうだ。

主人公が選んだ生活上の原則に次のようなことが含まれる。電車もエレベーターも使わない、食べ物は全て青空市場で買いゴミを出さない、外食はせずコーヒーも飲まない、生ごみはミミズを飼って土に戻す、レンタル菜園で野菜を栽培する、電気を使わない(冷蔵庫、洗濯機が使えない)。これでは余りに不便であるということで、少し工夫をして太陽電池を取り入れてコンピュータでブログは更新している。この辺のことがコミカルに映像化されている。

1年間限定で始めた生活であるが、中々大変である。夫婦喧嘩にもなる。とは言え様々な困難を乗り越えながら、少しずつ環境保護に対する二人の意識が変わってゆくのがわかる。行動も変わってゆく。自転車を手放さない。テレビは見ない。友人を招いて遊ぶ。できなかった料理を妻がするようになる、等。

原発事故以来、環境問題に対する日本人の関心が高まっている。今こそ沢山の日本人に観てほしい映画であるが、私が見た会は休日の昼なのにたった3名であり、あやうく私一人で貸し切りになるところであった。本作品を観ることで、自分の生活上、本当に必要なことは何なのかを考える契機になるだろう。(山本和利)

2011年11月19日土曜日

森聞き

『森聞き』(柴田昌平監督:日本 2010年)という映画を観た。

この映画は「森の名人」と呼ばれる老人たちの人生と技について高校生が聞き書きをした場面やそのための準備・まとめの場面等を映画にしたものである。そもそもは2002年から毎年行われている「森の聞き書き甲子園」という企画に、毎年100名の名人と高校生が選ばれ、これまでに900組の名人と高校生の出会いを演出しているという。その中から必ずしも優秀とは言えない高校生4名を監督が選んで、映像化したものである。

私が鑑賞した日に、監督が上映挨拶に見えており、その後有志が集まって監督を囲んでの懇談会にも参加した。そのとき、幸運にも選んだ名人や高校生に対する選択基準を聴くことができた。林業関係者のみならず、ハンターやマスコミ関係者も参加していて様々な分野の方々の話も聞くことが出来た。

監督は元NHKのディレクター。沖縄赴任時に戦争体験を織り上げる番組を企画し、それがうまくゆかず、それを契機に退職したと話されていた。『ひめゆり』という沖縄戦の映画も撮っている。高校生である娘さん世代の考え方を知りたいと言うことも映画作成をする動機の一つのようだ。

焼き畑の名人、茅葺きの名人、木に登っての杉の種取り名人、木こりの名人が登場する。技もすごいが、人生について語る内容も素晴らしい。名人それぞれ「いい顔」をしている。そのような仕事であるが、時代の変化とともに名人技を継ぐ人がおらず、消滅の危機にある。技を見せることがこの映画の主張ではないので、あえて技の全てを見せていないが、それでも私からすると感嘆する技である。

一方、インタービュする高校生の日常生活は丁寧に取材して映像化している。その結果、現在の高校生がどのような生活をしてどのような悩みを持っているのかの一端にふれることもできる。

本作品を通じて若者がどのように考えて、人と出会って仕事を選択してゆくのかがよくわかる。一つの仕事を長年続けている理由は、好きだからではなく、使命感であるというある名人の言葉が印象的である。(山本和利)

2011年11月18日金曜日

運動器急性疾患

11月16日、札幌医科大学においてニポポ・スキルアップ・セミナーが行われた。講師は札幌徳洲会病院の森利光院長である。テーマは「運動器急性疾患」で,参加者は10数名。

脳梗塞既往がありCre1.8の意識消失。脳外科、腎臓内科、循環器科、糖尿病科、整形外科では、どこも診たがらない。

高齢者には臓器別専門医の力は発揮できない。今までは専門医に診てほしい、といわれていたが、これからは総合医に診てほしい、になって欲しい。

総合医の必要性を訴え、研修医に熱いエールを送られた。

5項目を講義。そのポイントを示そう。
骨折;ろっ骨骨折は全外傷の10%。局所の圧痛は感度が高い。診断は治療に影響を与えない。「自転車から転倒。ハンドルを右胸部にぶつけた。呼吸苦はなし。第6肋骨に圧痛を認める。骨折しているかどうか知りたがっている」Xpを撮るが、骨折線は認めない。

感染:1)化膿性関節炎、診断が遅れると骨が破壊される。2)化膿性脊椎椎間板炎、アルコール多飲の肝硬変患者。3)腸腰筋膿瘍、発熱、股関節痛を訴える。4)化膿性腱膜炎、犬に咬まれた症例。

診断のポイント:痛みは有効な指標。第6番目のヴァイタル兆候とも言われる。

悪性腫瘍「どんな時に転移性脊椎腫瘍を疑いますか?」50歳以上。体重減少、癌の既往、薬でよくならない。安静でよくならない。SpPin(特異度の高い検査が陽性のときは確定できる), SnNout(感度の高い検査が陰性のときは除外できる)で診断確定または除外をする。

糖尿病足障害:痛みがない。骨髄炎は掻爬。この際には第6番目のヴァイタル兆候とならない(無痛なので)。

脊柱管狭窄症:まれであるが馬尾障害(排尿、排便障害)に注目。自然寛解が期待できない。
「専門医へ紹介した80歳の患者が手術後、かえって悪くなったといって受診した」どんな言葉をかけますか。「死ぬまで付き合っていきます」

簡潔明瞭な歯切れのよい講義であった。この内容は翌日のPCLSでもなされた。次回は「圧迫骨折」を予定。(山本和利)

2011年11月17日木曜日

11月の三水会

11月16日、札幌医科大学において三水会が行われた。参加者は12名。稲熊良仁助教が司会進行。後期研修医:5名。他:7名。

研修医から振り返り6題。

今回から、病棟、外来で受け持った患者について供覧することにした。

ある研修医。小児科で研修中。感冒性腸炎、急性上気道炎、喘息が多い。ときに水痘、手足口病。水痘についての議論で盛り上がった。外来、新生児、乳児健診、ワクチン、子育てサロン(ロール・プレイもする)、病後児デイサービス、産婦人科外来で研修。母親とコミュニケーションをとることやその対応が難しい。

1歳児男児の母親に「子供の歯磨きにフッ素塗布をした方がよいか?」と質問された。母子保健上、法的な滋氏義務はない。幼稚園、保育園での89%が実施。札幌市、旭川市は実施していない。虫歯予防には水道水へのフッ化物添加、フッ化物塗布、砂糖制限が重要。日本は虫歯が多い(2.4本)。
予防接種の話題。任意接種のワクチンの接種率がよくない。日本の保健行政は、各自治体の裁量にまかされている。そのため地域格差がある。地域の医療関係者が連携して取り組む必要がある。

ある研修医。抗凝固薬再開につき悩んだ一例。75歳男性。発熱、悪寒。前立腺がん(膀胱瘻)、Af、脳梗塞。軽度黄疸あり、貧血あり。CTで胆嚢肥大。胆管炎。CHADS2スコアが4点。ヘパリンを使用後、下血が出現。前立腺がんの直腸浸潤と診断。ストマは作らないことになった。出血のリスクを冒してまで抗凝固薬は使用しない。胆管炎は軽快し、リハビリをしている。何もしないで経過観察をしたい。
クリニカル・パール:患者・家族に抗凝固薬のリスクを十分に説明することが必要である。

ある研修医。あるCPA蘇生後の一例。68歳女性。全身浮腫。CPAで救急搬送となった。蘇生後、CVカテーテルを挿入。今後の栄養をどうするか。家族の意見は延命医療を拒否。院内カンファランス(医師のみ)の結果、気管切開術を行い、PEGを造設した。本当は徹底的に患者家族と話し合うべきであった。患者家族の意向に沿えなかった。最初のコミュニケーショ不足が指摘された。

ある研修医。夜間当直中に63歳男性がめまい、腹痛で受診。苦悶様で体をくねらせる。腹部は平坦、圧痛なしで、急性胃腸炎と診断した。休ませてほしいと患者がいうので点滴を依頼した。3日後、その患者さんがICUに入院している。術後腸閉塞であった。排便、嘔吐はなかった。BUN:77, Cre;5.7。癒着性イレウス、敗血症性ショック、腎前性腎不全。

ここで腸閉塞のレビューが披露された。(省略)

クリニカル・パール:高齢者の腹痛には重症疾患をいれるべきである。下痢だからといって腸閉塞を否定してはいけない。腸閉塞は臍周囲の痛みで発症する。高齢者救急受診の原因で多いのは胆道疾患と小腸閉塞である。

ある研修医。訪問診療をすると、家のことがよくわかる。

85歳女性。酒飲みの長男と二人暮らし。整形外科と内科の薬が重なっている。むくみあり、Hb:4.7g/dl。(鉄剤を中止したため)

89歳の独居女性。胸部大動脈瘤持ち。イレウスで入院。退院後、ある朝、死亡しているのを発見された。

82歳女性。認知症で動けないという理由で往診依頼。風呂に3年間入っていない。本人は困っていない。入院を勧めたが拒否。

80歳女性。脳梗塞後遺症で寝たきり。ベッドから転落。頭部CTで硬膜下血腫。

84歳男性。心原生脳梗塞。CPAで救急搬送。心電図から心筋梗塞によるAf。翌日、意識は全く正常になっていた。しなしながらその後、ベッドから転落。低血圧。収縮期雑音あり。心エコーで心室中か隔穿孔であった。

クリニカル・パール:医療から隔絶された家もまだまだある。やっぱり心臓疾患は怖い。

ある研修医。コントロールに難渋している糖尿病患者。76歳女性。脳梗塞の既往。インスリン治療していてもHbA1c:10%。精査で膵がんは否定的。デイサービスで定期的運動をしてもらった。その日の血糖値はよいが、往診した日の血糖値は悪い。しっかり食事療法はしているが、御代りは自由である。「自分だけではできない」患者。

相談症例。96歳の意識のない女性。PEGを作らないと療養病棟に移れない場合、PEGを作るべきか? 生物学的禁忌、社会学的適用。


今回は様々な症例が提示され、議論も盛り上がった。受け持ち症例をエクセルにまとめて提示する方法は今後も継続してゆきたい。(山本和利)

2011年11月15日火曜日

へき地医療って何だろう

11月15日、西吾妻福祉病院並びに六合温泉医療センター 折茂賢一郎先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは「「地域医療の課題と展望-へき地医療って何だろう」である。

東日本大震災での医療支援(宮城県女川町)について。医療者をセットにして4回支援した。外で簡易トイレの使用が苦痛であった。電気と水がない。住民は水の摂取を控えるため、体調不良となる。16mの高台にある病院が被災。津波の動画を供覧。医療従事者は自分が助かっても自分の家族の音信がわからないまま、目の前の患者に対応しなければならなかった。10日間、入浴もできない。日が昇ると活動し、日が沈むと終了(皆で集まって酒を飲む)。患者は自分の病気のことをほとんど知らなかった(薬手帳や薬剤がないため)。内服薬をせめて1種類でも記憶してもらうようにしたい。寝たきり患者はすぐ褥瘡ができる。逆に糖尿病患者の血糖コントロールは改善した。聴診器1本で対応する医療(日ごろの診療態度を問われる)。国際疾病分類から大震災を考える。社会参加を目標とする。被災直後から慢性疾患の管理、リハビリ、心の管理が重要。

「山と離島のへき地医療って違うか」と学生に質問。
山村、半島、広大な地域、大きな島と周辺の離島、本土から距離のある離島、高齢化住宅タウン、山谷地区、等、地域によって様々である。台風のときの対応が難しい。ヘリコプター搬送(有視界飛行である:夜間飛ばない)。

これまでの活動を披露された。自治医大卒。29歳で六合へき地診療所長。「村の命を僕が預かる」。現在、2施設の管理者。白衣を着ない仕事が沢山あった。へき地包括医療に触れた3年間。顔が見える活動を続けた。半無医村の認識(必要なときに医師がいない、看とり)。その反省を踏まえて福祉リゾート構想へ発展させた。六合温泉医療センターを建設。コメディカルが地域へ出向く医療を目指した。そして最前線医療から「支える医療」へ。草津温泉、白根山の近くで対象人口26,000人。観光客年間六百万人。高齢化率>30%の地区で外科系・周産期の救急医療を確保。地域の拠点病院を建設。ヘリポート増設。24時間保育。屋根瓦式研修を導入している。

豊富な写真を提示しながら講義は進んだ。

     
最後に「医療モデル」と「生活モデル」の違いを強調された。目指す目標は「生活モデル」である。
    
今回は、前半で東日本大震災での被災地支援を行ったときの話をされた。リアリティのある話に学生達は感銘を受けていた。何も設備のないところでの診療に総合医が役だっていることがストレートに伝わる授業であった。(山本和利)

内科学の展望(後半)

11月12日、横浜市で行われた第39回内科学の展望を聴講した。

■2型糖尿病のインクレチン療法 秋田大学 山田祐一郎氏。

糖尿病は認知症を増やす(久山町研究)。食後血糖値を押さえることが重要。グルコースを静脈投与するとインスリンが感知して血糖値を下げる。食べるとインクレチンがインスリンを分泌させる。食事量に応じたインスリン追加分泌が起こる。インクレチンによって食後血糖値がコントロールされている。食後血糖を上げないためには、ゆっくり食べる、甘いものを減らすことが大切。
GLP1作動薬、DPP4阻害薬が食後高血糖に効く、変動も減らす。それ以外に体重を抑える、β細胞を保護する、臓器保護する、こともできる。他の薬剤と併用できる。DPP4は心血管イベントを減らす。骨折リスクも減らす。

■COPDの病態と治療 京都大学 三島理晃氏。
リモデリングが起こっている。気道抵抗は気道内径の4乗に反比例する。
COPDはステロイドで制御できない。可逆性に乏しい。肺気腫病変。LAA%が病理像と相関する。LAA%は体重と逆相関する。LAA%が小さい群は生存率がよい。

安定期COPD管理。禁煙、インフルエンザワクチンは増悪する率を50%を低下させる。肺炎球菌ワクチンも重症者に勧められる。長期作用性抗コリン剤、β2刺激剤・吸入ステロイド薬も推奨。在宅酸素療法患者にはときどき動脈ガス採血を実施すべし(高CO2血症の否定のため)。禁煙は大切。酸素圧が下がるので飛行機搭乗には注意。

COPDは全身疾患である。心疾患、動脈硬化、GERDが多い。栄養障害が肺気腫を助長するという研究が注目されている(神経性食欲不振症)。治療の基本はABCアプローチである(antibiotics,bronchodilator, corticosteroid)。CTによる評価は必須。夜間不眠は要注意(増悪の可能性大)。

■炎症性腸疾患の新展開 東京医科歯科大学 渡辺守氏。
患者数は15万人で若者に多い。治療の進歩が著しい。クローン病に抗体製剤レミケード(TNFα抗体)が89%に効く。ヒュミラが認可された。この領域では薬のタイムラグがない。粘膜ヒーリングという考え方がでてきた。症状のみならず内視鏡でも改善を目指す。さらに完全寛解を目指す。「早く治療すればもっとよくなる」ので、自然経過を変えることを目指す[手術不要となる]。Top-down治療が推奨(強力な治療を開始する)。それによって、20% の患者が抗TNFα抗体を中止できる。40%は免疫調節薬も中止できる。まれは副作用が報告されているので要注意である。HepatosplenicT細胞リンパ腫が20例報告された。若年男性が多い。進行性多巣性白質脳症も1例報告。

潰瘍性大腸炎の重症例は3%である。クローン病とは異なり重症例が少ない。これまでの治療をうまく継続することが大切である。5ASAをフルドーズ使う。ステロイドを長く使い過ぎない。

■リウマチ・膠原病の分子標的治療 慶応義塾大学 竹内勤氏。
1942年、クレンペラーが提唱。RAは治療法が確立している。抗ccp抗体が診断に有効である。喫煙はリスクでるので、禁煙指導をすること。RA患者は適切な治療をしないと10年後に寝たきりになる。
最近、分類基準が変わった。RAの所見は、新生血管、T細胞、破壊である。
抗体製剤、受容体Ig融合蛋白が有効である。TNF、IL6、TNFαの濃度で用いるTNFα抗体容量を変更できる。
問題点として、その製剤に対する抗体ができる(注射時反応)と、効果が発揮できない。それは特定の遺伝子を持っている人に起こる。その予防策としてMTXまたはステロイドを併用する。副作用は感染症(肺炎、結核、ニューモシスティス肺炎)、呼吸器合併症である。ST製剤とステロイドを用いる。

医学が絶えず進歩しているのが実感できた。知識の更新に有益であったが、問題点もある。

今回、内科学会総会の教育講演と内科学の展望が同一会場同時刻での開催となった。それに参加すると認定医・専門医認定の単位として各10単位がもらえるとしていた。実際には両方を聴講できないにもかわらず、大部分の参加者は両方の料金計8000円を払っていた。このやり方は、生涯教育の内容を学会参加における支払金額で換算する方式であり、内科学会の生涯教育制度がいい加減であることを露呈したものといえよう。(山本和利)

2011年11月14日月曜日

模擬患者養成WS

11月2日 SP(模擬患者)養成についてのWSに出席した。

医学部4年生に対して行われるOSCEの医療面接の課題には必須の
SPをどのように養成していくのかを各大学の現状の共有も含めたWSであった。
SPについては大学内での養成を行なっているところと、
学部に委託している大学と2:1程度の割合であった。

内部養成のメリットとしては
大学の教育の方針にあったSPの養成ができることである。
4年生のOSCEだけでなく、1年生向けの課題、
6年生向けの課題など、幅広く応用することができる。
デメリットとしては、養成まで時間がかかることと、
SPを指導する教員の負担・各SPの一般化が難しいことなどが挙げられた。
SPの一般化(質の担保)についてはこのWSで一番のテーマであった。

外部委託のメリットとしては、
質がある程度保証されていることと、
教員の負担が少ないことなどであった。
逆にデメリットとしては、
経費がかかる・小回りが効かない。
教員がOSCEに関心がなくなる等が挙げられた。


札幌医科大学もSPの内部養成を進めているところであるが、
内部養成を目指している多くの大学では、本学と同じように
OSCEの1-2ヶ月前から、SPに課題の練習をしてもらい、
本番に臨むという態勢をとっているようであった。

そんな中で、年間をとしてSPの活動を行なっている大学からの
発表は非常に参考になった

試験の前の一定期間だけ、活動するのではなく、
年間を通して、学習会などの企画を行うことにより、
継続した教育活動が可能となっているようだ。

SPの養成は単にシナリオをもっともらしく演じてもらうだけでなく
学生へのフィードバックの仕方や、コミュニケーションの技術・
SPどうしでの学習会での指導の仕方など
教員側から彼らに提供できる情報は多い。
そういった情報交換会を定期的に行うことにより、
良好な関係を築くことができ、
SPどうしで、技術を高め合うことも可能になり
好循環が生まれるとのことであった。

本学でもぜひ取り入れていきたい。(助教 松浦武志)

内科学の展望(前半)

11月12日、横浜市で行われた第39回内科学の展望を聴講した。

メインテーマは「日常臨床で遭遇する内科疾患の治療最前線」である。

■副腎疾患の診断と治療アップデート 横浜労災病院 西川哲男氏。

「副腎疾患は決してまれではない」という主張で、様々な疾患についての要点が述べられた。
原発性副腎不全。るいそうと色素頓着を起こす。自己免疫疾患が多い。橋本病に合併しやすい。甲状腺自己抗体が陽性のことが多い。低血糖を認めたら、副腎不全を頭にいれる。
急性副腎不全の惹起因子は、感染、胃潰瘍、バセドウ病である。

褐色細胞腫:性差なし、糖尿病でやせ型の患者に注意。偶発発見が半数。MEN2A。

クッシング症候群。高血圧、糖尿病、骨粗鬆症による骨折。大腿骨頭壊死。

原発性アルドステロン症。高血圧の6-10%を占める(?)。低K血症、若年。病歴では区別できない。PAC/PRAの比を見る。早期診断による手術が腎障害を予防する。

副腎癌は比較的若年者に多い。コルチゾール産生型が多い。大きさは3.8cm以上で、原則摘出。偶発腫瘍。58歳前後、ホルモン非産生型が多い。3.5cm以上は癌を疑う。

■慢性腎疾患へのアプローチ 東北大学 伊藤貞嘉氏。

「尿蛋白またはGFR<60ml/mが3カ月以上続く場合、CKDという。新しい分類ではステージ3を2つに分けた。アルブミン尿が増え、GFRが低下すると心血管病が増える。この機序は、粥状動脈硬化→細動脈(圧差が大きい)の損傷→アルブミン尿→脳心臓疾患発症。アルブミン尿があるということは進行性を意味する。

年齢とCKDのインパクト。55歳未満ではCKDのみが心筋梗塞再発リスクとなった。高齢者の尿蛋白は心血管疾患と末期腎不全に移行しやすい。尿蛋白を減らすとリスクが低下する。微細な変化を早期に捕まえる。

■高血圧の最新治療 大阪大学 楽木宏実氏。

「成因:ゲノムワイド関連解析で日本ではATP2B1,FGF5, CYP17A1、CSKが見つかっている。細胞内カルシウム動態に関連している。食塩感受性の成因。ある遺伝子異常が見つかっている。自律神経と免疫。交感神経が亢進し、あるリンパ球を刺激する。

治療法の開発については、アジルサルタンが強い降圧効果があった。アンジオテンシンII2ワクチンの開発が進んでいる。頸動脈洞の持続電気刺激も有効そうである。腎交感神経のカテーテルアブレーションも。これによってインスリン感受性が改善する。

先制医療の開発。既存の薬剤を使っての介入。高血圧発症前に介入すると中止後に高血圧になる率が低下する。TROPHY研究、STAR CAST研究がある。

治療の最適化。認知症の予防のためには血圧は下げた方がよい(酸化ストレスを下げるから)。高齢者の血圧を140mmHg以下にしても利益はなかった(日本の研究)。下げ過ぎると心臓死、不整脈死が増える(エビデンスはない)。

2剤併用ではカルシウム拮抗薬は利尿剤との併用が最適であった。

■心房細動治療の最新の考え方 心臓血管研究所 山下武志氏。

大変わかりやすい講演であった。「複雑より単純がよい(Keep it simple)」という主張である。「心電図ではなく人を治す」ことを強調された。

3ステップで考える。
1)命を守る(基礎疾患の治療)、2)脳を守る(脳梗塞の予防)、3)生活を守る。
CHADS2スコアが2点以上にワーファリンを処方する。現在我が国の実施率は50%以下である。脈拍数によって、生命予後は変化しないので、脈拍数にこだわるのはナンセンスである。カテーテルアブレーションは根治療法ではない(成績はよいが、2年後からの再発率は増えてゆく)。ワーファーリンは継続するのがよい。

心房細動に関して、3つの変化があった。1)患者数が2.5倍に増加。2)成因が複雑化した。60%が高血圧。30%に心不全歴がある。心原生脳梗塞は2.3倍。AFFIRM Study で不整脈剤は生命予後を改善しない。再発率も改善しない。ワーファリン治療のみ有効という結果が明らかになった。3)カテーテルアブレーションが導入され、またワーファリンに代わる薬が出現した(ダビガトラン)。ダビガトランは非常に有効であるが、高齢者の腎機能低下者には禁忌である(消化管出血が増えるから)。開始前に腎機能を評価し、開始後APTTを2回チェックする必要がある。(山本和利)

2011年11月12日土曜日

地域包括医療の制度と理論

11月11日、松前町立松前病院の八木田一雄先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは「地域包括医療の制度と理論」である。

まず自己紹介。1995年自治医大卒業。青森県で地域医療を実践。次に松前町立松前病院の紹介。人口は9,027人。漁業、水産養殖業が主。病院1、診療所3、歯科4.高齢者38%。病院の周りには桜がいっぱい。100病床で常勤医10名。眼科・耳鼻科は非常勤。診療所の支援もする。3町における唯一の病院で対象人口は16,000人。後方の函館の病院まで2時間。内科系医師は全科診療医と称している。勉強会が多い(松前塾、テレビ会議システム)。松前地域医療教育センターとして研修医を受け入れている。学生の受け入れ年間30名。

本論
健康について三者それぞれの思い入れがある。
家族の思い:いつまでも長生きして欲しい。
本人:寝たきりにはなりたくない。
医療者:その人らしく生活して欲しい。

事例を提示。80歳の女性。息子夫婦と3人暮らし。脳出血、保存的治療。右片麻痺。肺炎を繰り返すので胃瘻造設。自宅療養を希望、というシナリオを提示。昔は、訪問診察、訪問看護、介護のサポートは保健師、介護は家族。今は問題リストを挙げる。ここでADL(DEATH:dressing, Eating, Ambulating, Toileting, Hygiene)、IADL(SHAFT: Shopping, Housework, Accounting, Food preparation, Transport)を紹介され、それに沿って事例を分析された。これを基にサービス担当者会議。話し合いで決めた導入サービスを決める。ジョクソウ予防のため介護ベッドの導入。精神面のケアをし、退院、在宅療養となる。

超高齢化社会
高齢化とは:65歳以上の高齢者人口の総人口に占める率。高齢化>7%。2901万人。日本は23.1%。医療費は9.1%。北海道:一人当たり103.7万円(全国大2位)。高齢者は循環器系、癌、筋骨格系が多い。
一人暮らし高齢者が増えており、認知症を有する高齢者が増加している(250万人)。特別養護老人ホームの入所申し込み者の状況:42万人が待機している。施設に入所率4%。

介護保険制度[2000年から]:8段階に区分される。市町村に申請。訪問調査+主治医意見書。認定審査会で要介護認定をする。
昔;市町村が決める。所得による違い。長期入院。医療費の増加。介護に向かない。という問題があった。

老人医療費。全体では34兆円。GDPの10.6%.

介護保険。
現在:自立支援。利用者本位。社会保険方式。所得に関わらず1割の利用負担。保険料約4千円。2種類(第1号被保険者:65歳以上、第2号被保険者:特定疾患が対象)。特定疾患16種類。7.9兆円。居宅サービス、地域密着型サービス、等が受けられる。訪問調査+主治医意見書(傷病、心身状況、特記、等を記載する。介護の手間、ケアプランに役立てる)、認定審査が必要となる。要介護認定、要支援認定。
介護支援専門員(ケアマネジャー)の業務;毎月のケアプランを作る。一人39人まで担当できる。モニタリング、連絡の調整。

在宅療養を可能にする条件:入浴や食事の介護、介護に必要な用具、訪問診療、等。384万人が利用。
サービス受給者数の推移:脳卒中、認知症が多い。主介護者は配偶者、子、子の配偶者。女性が多い。

地域包括ケアの5つの視点による取り組み
1.医療との連携強化
2.介護サービスの充実強化
3.予防の推進
4.多様な生活支援サービス確保や権利擁護
5.バリアフリーの高齢者住居の確保

尾道市御調(みつぎ)町の取り組みを紹介した。

地域包括ケアシステムの持つ8つの機能
1.ニーズの早期発見
2.ニーズへの早期対応
3.ネットワーク
4.困難ケースへの対応
5.社会資源の活用・改善・開発
6.福祉・教育
7.活動評価
8.専門力育成・向上
その成果:1)寝たきり老人が減少する。2)高齢者本人も家族も安心して在宅ケアを選択することができる(50%が自宅で介護を受けたい)。在宅死:11.7%である。3)老人医療費の抑制に繋がる。

松前町の取り組み
地域ケア会議を月1回。サービス担当者会議。ケアマネジャー連絡会。グループホーム運営会議。在宅医療;54名。週2回、1回7-8名。脳卒中後遺症、認知症、骨折術後が多い。臨時往診はできていない。在宅での看とりの体制が整っていない。

今回は実践だけでなく、理論や制度について学ぶことができた。(山本和利)

2011年11月11日金曜日

夕張の今

11月11日、特別推薦学生(FLAT)を対象にしたランチョンセミナーに参加した。学生11名、教官3名が聴講。今回は、10月3日から6日に夕張町で行った地域医療実習の振り返りを2年生の佐藤南斗君が行った。司会進行役は稲熊良仁助教。

夕張を選んだ理由は村上先生と面識があったことと、財政破綻した町を見てみたかったから。夕張とはどんな町か?メロン(メロン熊、夕張夫妻:負債がある、お金はないけど愛がある)。映画。炭鉱の町(1990年に会社が撤退)から観光の町へ変わろうとした。2006年財政破綻した。一時癪入金で見かけ上は黒字に見せていたが、その額は500億円だそうだ。

村上先生(予防医療を推進、健康講話、医療費削減、夕張希望の杜理事長)と診療所(内科医1名、歯科医1名、非常勤医師数名)の紹介。職員が一人数役担っている。介護老人施設を併設し、ケアマネージャーが活躍しており、施設間の連携がうまく機能していた。

実習開始日、初雪であった。村上医師の外来見学から学んだこと。「できるだけ患者に近い立場で(出身地を聞き出す、敬語は使わない)」「例えを用いてわかりやすく話す」「うまくパターナリズムを使う(患者が嫌がることは婉曲に)」ピンピンコロリが増え、健康寿命が延びたそうだ。

訪問診療の実習では、入院を拒否して在宅で頑張る患者からライフストーリーを聞き出す課題が出された。その紹介がなされた。この地域の特徴として、義理深さと権利意識の高さが挙げられる。税金の滞納率が高い。

まとめ
あるナースの言葉「財政が破綻してくれてよかった」。職員が生き生き働いているし、在宅医療が活発になったから。村上医師の言葉「人が変わらなければ街はよくならない」「医療は目的ではなく手段である」「地域で働くことは映画を撮ることに似ている。もちろん写真家(専門医)が必要なときもある。でも俺は映画を撮ることの方が好きだ。・・・」

このように医学生が、医療を越えて街づくりに興味を示している。これは素質によるものなのか、教育の成果なのか。(山本和利)

2011年11月10日木曜日

フランケンシュタイン

『フランケンシュタイン』(メアリー・シェリー著、光文社、2010年)を読んでみた。

小説は書簡の中に、さらに書簡が出て来て、その中で怪物のことが記載されているという構成になっている。

過去に3冊か翻訳出版されているが、新訳ということで読んでみた。フランケンシュタインは怪物のことと思っている人が多いが、フランケンシュタインは怪物を作った博士の方の名前で、怪物に名前はない。たくさんの映画がつくられ、その影響が強いからであろう。

科学の進歩により怪物を創造することになるのだが、所詮18世紀の小説。その辺の過程にはほとんど触れていない。墓場で死体をよく研究している場面が出てくるが、材料やその大きさも不明確である。怪物は、普通の人間より大きいと記されているが、それは小さいと作るのが大変であるからというのが理由である。

物語が進むと、怪物がフランケンシュタイン博士の後を追って脅迫する場面が何度も出てくるが、どうやって移動し、何を食べているかなど具体的なところが見えてこない。3年で読み書きができるようになり、人間への愛が目覚めると言われても・・・ついてゆけなかった。本作品をこんな風に読むのは、邪道なのだろう。

知性と感情を獲得した怪物が、人間の理解と愛を求める(自分と同じ女性版「怪物」の作成を懇願する)が、それが拒絶されて疎外される話である、と解説されている。しかしながら、私には余りに具体性が乏しく、感動することもなく終わってしまった。

名作とは様々な解釈ができる作品だそうだ。読者が違えば、私と違って感動が引き出せるかもしれない。人によっては本作品を「資本家」と「労働者」の対立と読み替える説もあるそうだ・・・・。(山本和利)

2011年11月9日水曜日

水の透視画法

『水の透視画法』(辺見庸著、共同通信社、2011年)を読んでみた。

著者はジャーナリスト。共同通信社に入社し、北京特派員などを経験。退社後、文筆家となり芥川賞受賞している。

ここ数年間に書かれたエッセイを集めた本である。すべての文章が重く、暗い。しかし、読者に不快感は与えない。確固とした思想的な裏づけがあるだけでなく、著者が脳梗塞後遺症で右半身付随であり、さらに癌二つに罹患しているということが多いに関係しているように思われる。著者一個人としてこの世に執着がなく、次世代へ向けての「遺言」なっているからであろう。そこには言葉一つ一つに鋭さがある。権威に対して立ち向かう肝っ玉がある。庶民に向ける眼差しに優しさがある。

今のジャーナリズムには一見正論と思われる意見はあるが、「塩梅(あんばい)」「ほどあい」がないということを秋葉原事件求刑公判に絡めて発言している。同じことが医療にも言えるのではないか。ほとんどの医師は全てに対して最高を追及し、それができないと思われる(自分の専門分野ではない)患者は診察しない。同様に患者も軽微な兆候であろうと自分に対しては最高の医療の提供を求める風潮がある。医師も患者も自分自身を中心において理想を追求している。お金もマンパワーも限られた現実の地域医療では「ほどほど」が求められるが、それに応えられる医師もいない。そのような抜本的解決案は未だに示されない。地域医療が崩壊して当然であろう。

テクノロジーを信じて、人智は万能、自然を克服したと奢る科学者・政治家に、2011年3月11日に大きな地割れが走った。お金万能を謳歌してきた我々の日常は、崩壊しつつある。次世代を担う者たちは、それに合わせて新しい価値観を作り出して、行動してゆかなければならない。

著者によると本書は不特定多数ではなく、ひとりに読者に語りかけるように書いたという。
世間に媚びることなく、結局は日々を「誠実に生きることが重要なのだ」というメッセージがどのページからも伝わってくる。若者には是非読んでほしい。(山本和利)

2011年11月8日火曜日

大学教授のように小説を読む

『大学教授のように小説を読む方法』(トーマス・C・フォスター著、白水社、2009年)を読んでみた。

プロの読者と一般大衆を分ける3つのアイテムは、「記憶」、「シンボル」、「パターン」、だそうだ。
新しい作品を読むとき、記憶を手繰って類似点や予測される結末を探す。象徴性に焦点を当てて考える。ほとんどの文学研究者は、表面に現れたディテールを読みながらディテールが示すパターンをみている。

雨を例にとってみよう。大量の水は、私たちの存在の根源に訴えかける力を持っている。降って来る雨は清らかなのに、地面に落ちた途端に泥んこのぬかるみをつくる。再生させる雨もある。季節によって意味が変わる。雨は太陽と出会って虹をつくる(虹は平和の象徴)。これが霧になると混乱や困惑の合図となる。

もしひとつの意味しかないのであれば、それは象徴性ではなく寓話だそうだ。寓話とは、AイコールBの置き換えで、あるものに別のものを指示させる技法である。ジョージ・オーウェルの『動物農場』は寓話である。革命は確実に失敗するという、ただ一つのメッセージを伝えようとした。寓話は変則を扱わない。一方、象徴はそんなに整然としたものではない。ヘミングウェイの『老人と海』はキリストを扱った寓話と読めるそうだ。

飛ぶことは自由を意味する。セックスを映像化できない時代には、波打ち際を写し、誰かさんがいい思いをしたことを表現した。

また英米文学を読むのに、ギリシヤ・ローマ神話、聖書、シェクスピアの知識は欠かせない。
この世に存在するあらゆる物語は、それ以前に存在した物語の上に成り立っている。

大学教授のように小説を読むには、結局過去の名作をたくさん読んで、記憶を辿りながら、パターンを分析し、どのようなシンボルが隠されているかを探るということになるのだろう。何事にも近道はないようだ。(山本和利)

2011年11月7日月曜日

運命は幻想である

『アイデンティティと暴力 運命は幻想である』(アマルティア・セン著、勁草書房、2011年)を読んでみた。

著者はハーバード大学経済学・哲学教授。厚生経済学への貢献によりアジア人としてはじめてノーベル経済学賞を受賞している。

彼が重視するのは「共感」と「コミットメント」である。人は倫理的価値観で「コミットメント」をする場合、個人は必ずしも利己的な行動をとらない。人々が「共感」に基づく意思決定をする限り、そこには社会的なアイデンティティの存在を認めざるをえない。アイデンティティとは、複数のそれの中から、個人が理性的に選び抜くものである。センは人が自分の欲することを達成する能力(潜在能力)を高めることを重視する。すなわちひとりの個人の「人間開発」を重視する姿勢である。

世界的な政治的対立は、往々にして世界における宗教ないし文化の違いによる当然の結果と見なされている。そのように世界の人々を文明ないし宗教によって区分することは、人間のアイデンティティに対する「単眼的」な捉え方をもたらす。単一のアイデンティティを押しつけることは、暴力を助長する。その典型といえるサミュエル・ハンチントンが著した『文明の衝突』の問題点は、対象を単一に基準で分類されているところにある。

一方、人のアイデンティティが複数あるとすれば、時々の状況に応じて、異なる関係や帰属の中から相対的に重要なものを選ばざるをえない。「イスラム社会」対「西洋社会」のような単純化に陥ってはならないのである。

最近NHK番組でブレイクしたマイケル・サンデルとセンとの違いは何か。サンデルはコミュニティ主義者であり、「人が所属するコミュニティが、その人が何であるか(アイデンティティ)を規定する」と考えるが、センは「人がアイデンティティを選択する」としている。人生は単に運命で決まるわけではない、という主張である。グローバル化については、その是非ではなく、問題は「怠慢(やるべきことをやらない過ち)」と「遂行(すべきでないことをする過ち)」にあるとしている。

本書を読むと、アマルティア・センの主張は至極全うに思える。ABO式の血液型でその人の性格や運命を決めつけるやり方が流布しているが、これはまさに単一に基準で分類されて行われている。人の運命は所属組織や血液型等の単一の属性で決定されるのではない。誰であれ単純な単一の基準では分けられないと考えれば、「共感」や「寛容」の気持ちが芽生えるのではないか。

運命は自分で選び取るのだ。生きる上で勇気を与えてくれる。他人に優しくなれる本である。(山本和利)

2011年11月6日日曜日

いのちの子ども

『いのちの子ども』(シュロミー・エルダール監督:イスラエル 2010年)というドキュメンタリー映画を観た。

監督はテレビジャーナリスト。パレスチナ・ガザ地区で20年以上取材を続けている。

骨髄移植が必要なパレスチナ人の赤ん坊がいる。パレスチナ人の赤ん坊がイスラエルで治療を受けること自体が希有なことである。治療に多額の費用が必要である。テル・アビブ郊外の病院に勤務するイスラエル人医師がガザ地区で20年以上取材を続けてきたイスラエルのテレビ記者に協力要請する。テレビで寄付を呼びかけたところ、匿名を条件に寄付が集まった。そして骨髄提供者選び、検査、適合者の判定、と話は進む。

紛争地でなければ簡単に進む過程も、大規模な爆破事件が発生したため、頓挫してしまう。
さらには、イスラエル人に助けられたことで、この親子がパレスチナ人たちから裏切り者と思われているという事実も浮かび上がる。イスラエル人に対する感謝とパレスチナ人としてのアイデンティティー、母親としての葛藤。数々の困難を経ながら、骨髄移植へと進んでゆく。

骨髄移植は、他者の骨髄細胞を受け入れて、外敵である細菌やウイルスと戦ってもらうことを期待する。だが移植された骨髄細胞自体をホストである免疫反応で排除しようとする。これは正にパレスチナとイスラエルの関係のアナロジーになっている。

映画は、イスラエル人とパレスチナ人が文化・思想の違いがあっても、多々ある相違を受容して、紛争を克服できるのではないかという希望を提示している。他者を一元的に捉えて自分たちとは相容れない存在と規定して(テロ集団等)、憎しみから報復を唱える声が後を絶たないが、この映画は「受容」することの必要を訴えかけてくる。(山本和利)

2011年11月5日土曜日

イタリアの精神科医療

『人生、ここにあり!』(ジュリオ・マンフレドニア監督:米国 2008年)という映画を観た。

世界保健機関 (WHO)によると、世界で1億5400万人がうつ病に、2500万人が統合失調症に苦しんでいる。また、毎年80万人以上が自殺しているそうだ。

本作品は、1978年、バザーリア法により精神病院が閉鎖されたイタリアの実話に基づいて制作された。約30年前のイタリア。一人の正義感が強い労働組合員が、所属していた組合から異動を命じられ、閉鎖された病院の元患者たちによる協同組合に移る。毎日を無気力に過ごしている患者たちに、自ら働いてお金を稼ぐことを持ち掛ける。みんなを集めた会議で、床貼りの仕事をすることが決まる。失敗を繰り返すある日、仕事現場での思わぬ事故をきっかけに、仕事自体が芸術として評価され、大きなチャンスが訪れる。自由を初めて知った患者たちに、喜びと試練が待ち受ける・・・・

イタリアにおける精神科医療の実態を垣間見ることができる。閉鎖病棟にお願いするような患者とは日頃接する機会が少ないので、このような映画を通じて精神科医療について考える機会になろう。

日本映画では、『精神(せいしん)』(想田和弘監督)というドキュメンタリー映画がお勧めである。外来の精神科クリニック「こらーる岡山」を舞台に、心の病を患う当事者、医者、スタッフ、作業所、ホームヘルパー、ボランティアなどが織りなす世界を映し出している。(山本和利)

2011年11月4日金曜日

病院前救護におけるメディカルコントロール

第341回 プライマリ・ケアレクチャーシリーズ(以下PCLS)の報告です。

今回、私は「病院前救護におけるメディカルコントロール」について、お話しさせて頂きました。皆さんはメディカルコントロールって言葉、聞いたことがありますか?私は以前、病院前救護体制における指導医等研修を受講したことがあります。救急センターでは知らない人のいないこのメディカルコントロール(以下MC)という言葉も、地域で働かれている先生達には聞きなれない言葉だって事に気付いたためです。

メディカルコントロールとは、医療サービスを提供するにあたり、その質を保証し同時に患者の安全性を確保する仕組みを指します。具体的には医療関連行為を以下の4要素から担保する仕組みの事です。

・医学的方向性の決定は、医師によって包括的になされる。
・医療関係職種が実施する医療関連行為は、医師の指示のもとになされる。
・実施した結果については、常に医師によって医学的解析(検証)を受ける。
・検証に基づいて、体制についても見直しがなされる。

病院前救護におけるMCとは、地域全体をひとつの医療機関とみなし、医療機関内と同様の仕組みで傷病者に提供する医療サービスの安全と質を保証することを言います。地域で救急医療に関わる全ての関係者の方々に広く、病院前救護におけるメディカルコントロールという考え方やその仕組みを知って頂き、自身も地域医療に貢献できるよう日々研鑽を積んでいこうと思います。(河本一彦)

南三陸震災支援を終えて

札幌医科大学の東日本大震災支援の一環として、2011年11月24日から31日まで宮城県本吉郡にある南三陸町へ診療支援に派遣されました。今は帰路の飛行機の中でこの文章を書いています。今回の派遣について私の私見も交えながら報告いたします。

南三陸町は宮城県の北部、牡鹿半島の北に位置しており、今回の震災でも住民約17,000人のうち、実に南三陸町は震災で死者564人、行方不明664人と壊滅的な被害を受け、職員も39人が亡くなったという甚大な被害を受けました。南三陸町にある公立志津川病院には津波が4階の高さまで襲い、多数の患者さんやスタッフが犠牲になりました。テレビ報道でも震災の象徴的な施設としてくりかえし放映され、有名になりました。

私が南三陸町で診療支援するのは今回で二度目になります。前回は札幌医大への入職前に前任地の有給休暇を利用し個人でNGOを通じて医療ボランティアに参加しました。今回の大学からの派遣が南三陸町になったのは偶然でしたが、以前に見知った現地スタッフも多く、個人的には感慨深いものでした。

病院施設が津波で甚大な被害を受けたため、町内ベイサイドアリーナ内にイスラエルから譲渡を受けた医療設備を用いて設営された仮設診療所で一次診療を行い、6月から約30km離れた内陸の登米市立よねやま診療所内に病棟機能を移転再開し入院および検査を行っています。

公立志津川病院は常勤スタッフDr7名(整形1、外科2、内科4)に私のような各地からの応援Drが1名ないし2名が加わっています。また診療所には各科専門医が日替わりで診療に来られています。病棟側のDrは常時3〜4人で看護師30人とともに入院病床39床(一般27床、療養12床)を受け持ちます。

医師数は病院規模の比して充実しているように感じられますが、常勤医には医師会派遣や震災前に町内で開業されていたDrなど期限付きで勤務されておられたり、診療所と病棟で離れており二重に当直業務がある事を考慮するとまだまだ厳しいというのが実情です。

24日に着任してからの業務はもっぱら米山診療所内の公立志津川病院で入院病棟を受け持ちました。内科として入院患者は急性期として12〜15人おり自治医科大出身の5年目Drと共に診療にあたりました。

患者さんは80代以上の高齢で複数の疾患を抱えている方が多く疾患も非常にバラエティに富んでいました。診断、治療、検査、その後のマネジメントまで、過去の地域病院勤務を思い出しながらの毎日でした。基本的に常勤医のサポートですので病院総合医(ホスピタリスト)として病棟業務に専念しました。手前味噌ですがこうした小規模病院における総合医の有用性を実感しました。

病院は6月に再開し業務的にも落ち着いた感がありスタッフも非常に明るく、キビキビと働いていました。皆さん優秀で素晴らしい方達でしたが、私が個人的に感じたのは、Nsの患者さんへの対応、Dr同士の繋がり、事務の方の仕事、その全てにおいて病院全体が何か一つの気迫のようなものに満たされている事でした。例えて言うなら、彼らにとって患者さんは守るべき故郷の一部であり、同僚は共に死線を越えた戦友であり、病院は再建の日まで絶やす事のできない希望の砦という事でしょう。

休憩時間などに多くのスタッフから震災の日の思いや出来事などを聞かせて頂きました。肉親をなくされた人、病院で津波に遭遇した人、町外にいて津波を免れた人、財産を失った人あるいは残った人、みなそれぞれに震災への思いを胸の奥に秘めておられました。なかにはPTSDの症状のある人もおられましたが、ケアは十分とは言えず、現在の仕事への使命感と時の過ぎ行く中で癒やして行く他はなく、まだまだ長い年月が必要でしょう。

入院患者さんは後期高齢者が中心で特に慢性疾患のコントロールは震災を機に悪化している方が多かったと思います。退院やリハビリにあたっても、若いご家族をなくされた人、家を失い仮設住宅に入られている人などは自宅へと戻る事ができずに施設入所を選択される方もおられました。津波に呑まれギリギリで命拾いした患者さん等は、非典型的なめまい感などで入院されている方もおられました。PTSDが主因と思われ、検査では異常なく入院後軽快しましたが、人生経験を積み重ねた高齢者ではPTSDは典型的な症状を来さないのかもしれません。

今回の震災前は、公立志津川病院はいわゆる東北の小規模病院で、勤務するスタッフもごく普通の人々でありました。被災した患者さんの多くは着のみ着のまま避難したため、自らの疾患や処方さえも満足に分かりませんでした。無意識に信じていた今日と同じ明日は、未曾有の災害が消し去り、皆が過酷な運命の中に投げ出されてしまいました。今まで地域医療において無形に支えられていたものが無くなり、初めて気付くものがありました。
 

医療の復興はいつが終わりと言うことは無く、特に我々のような総合医・プライマリケア医は現地で最も必要とされています。今こそ継続的に支援し同じ地域医療に携わるものとして連帯を示すべきであると考えます。
 
今回の東日本大震災は、かねて医療過疎であった地域をさらに自然災害が襲うという極限の地域医療を出現させました。しかし同様の事は、その規模のいかんに関わらず、明日にも日本全国で起こり得る事です。震災の犠牲者の為にも全国民が自らのこととして共有し、将来について考え、行動する事が必要です。すべては「お互いさま」の心と考えます。

東日本大震災では全国から非常に多くの医療関係者やボランティアが被災地に入り、支援と同時に災害医療と地域医療の立て直しという得難い経験をしました。これからはその経験を持ち帰り、それぞれの地域において普段から医療スタッフの教育や住民への健康意識や受療行動の啓発が重要になると考えます。

まとめとなりますが、今回の経験を一言で言えば、「一所懸命」。私も将来再び地域医療に赴く際には心に留め置きたいと思います。

最後に今回の派遣期間中に御協力いただいた地域医療総合医学講座の山本教授、同僚の河本助教、武田助教、松浦助教、飴田秘書ら皆様ほか札幌医科大学の皆様に謹んで感謝を述べたいと思います。(助教 稲熊 良仁)

2011年11月2日水曜日

マルクスを読もう

『若者よ、マルクスを読もう』(内田樹、石川康宏著、かもがわ出版、2010年)を読んでみた。

これは高校生向けに書かれたマルクスの案内書である。本書は、二人の教師による書簡のやりとりで4部構成となっている。初めが『共産党宣言』、次が『ユダヤ人問題に寄せて』『ヘーゲル法哲学批判序説』、3番目が「経済学・哲学草稿」、そして最後が『ドイツ・イデオロギー』である。

『共産党宣言』(1848年)とは、「いまの社会にはこういう欠点がありますな」「そうするとこういう具合に改革が進むでしょう」なんてことが書いてある文章だそうだ。マルクスは当時29歳。本の書き出し。「一つの妖怪がヨーロッパを歩き回っている・・・共産主義という妖怪が。・・・・」経済理論は出てこない。

内田氏は、彼がマルクスを読むのは「自分の頭がよくなった気がする」からだそうだ。そして「マルクスは僕の問題を解決してくれない。けれども、マルクスを読むと僕は自分の問題を自分の手で解決しなければならないということがわかる」と書いている。それが「マルクスの教育的なところだそうだ。またマルクスの文章の「麻薬性」に触れている。それはたたみ掛ける命令文である。革命宣言を「憎しみ」や「破壊」ではなく、「友愛」の言葉で終わっていることを高く評価している。

『ユダヤ人問題に寄せて』で。内田氏はマルクスに反論する。「社会のゆがみや不合理はふつうシステム全体にゆきわたった制度疲労が原因です。どこか1箇所だけ病んでいて、あとは全部健全なので、病んだ部分だけ外科手術でえぐり取れば、たちまちシステムは回復するというようなシンプルな仕方で社会制度は劣化するわけではありません。」と。

石川氏がマルクスの著作の内容を紹介し、それを受けて内田氏が独特の言い回しで、彼なりに理解した内容を述べている。ウーン、この内容が高校生にわかるのだろうか。私にはついて行けずに居眠りをしてしまいそうになる。とは言え、難しい哲学・経済学書にほんのチョット近づけるきっかけになるかもしれない。(山本和利)

2011年11月1日火曜日

北海道の地域医療

11月1日、幌加内町国民健康保険病院の森崎龍郎先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは「地域医療の実践 幌加内での医療と生活」である。

まず、自己紹介をされた。横浜生まれ。富山医科薬科大学卒。漢方医。2010年幌加内町国民健康保険病院に赴任。幌加内町の紹介。3つの日本一。そばの作付面積、日本最大の人造湖(朱鞠内湖:ワカサギ釣りができる)、最寒記録-41.2℃(霧氷が見える)。人口1,704人、世帯数855(町として最小数、人口密度が最低)。過疎の町で高齢者が多い(高齢化率35%)。小学校2年生は8名で全員女子。病院の紹介。町内唯一の医療機関。医療療養13床、介護療養29床。建て替えの予定は宙に浮いている。平均入院患者28.6名。平均外来患者数43.6名。常勤医師2名、非常勤医師1名、職員数40名。

日々の診療。外来:超音波、内視鏡検査。訪問診療。入院;回診、病棟業務。病棟管理。予防医学。保健福祉医療連携。産業医。

入院病棟:在宅生活が困難な方。脊椎損傷の方。認知症の方。脳卒中後遺症による胃瘻造設者。末期がん患者。骨折、火傷の方。
外来診療:高血圧、糖尿病、高脂血症。OA.認知症など。慢性疾患が複数組み合わさった患者が多い。それに急性疾患が加わる。小児の肺炎。帯状疱疹。マダニ咬傷。

当直:自宅待機である。2週に1件の救急車。関節脱臼。大腿骨骨幹部骨折。結膜浮腫。農薬が眼に入った患者。

プライマリ・ケア医として
1.まずはすべてに対応する。
2.自分のできることをする。
シンプルに。スーパードクターである必要はない。

道北ドクターヘリ事業:旭川日赤病院が基地。1年半で4回要請している(交通事故、脳卒中)。悪天候、夜間の対応が問題。

在宅医療:老々介護。認知症同士の介護。カバーする地域の範囲が広すぎる。冬期間の厳しさ(雪はねが大変)。介護スタッフ不足。

出張診療所;4つの診療所。公民館の一部を借りているところもある。
保健福祉総合センター(アルク):ディサービス、居住部門、老人福祉寮。ふれあい福祉村構想。地域ケア会議の紹介。

予防接種事業:未就学児の任意予防接種をすべて全額助成。中学生女子の子宮頚がんワクチン全額補助。インフルエンザワクチンは中学生無料、町民は千円、高齢者の肺炎球菌ワクチン助成。保育園健診。

講義の途中に、幌加内そば打たん会、野菜作り、スキー、ワカサギ釣り等、田舎の生活の魅力を紹介してくれた。

夏から秋にかけてのエピソード。農繁期に頭痛で倒れた女性がいるといって救急隊から連絡があった。血圧が高くて、意識障害があった。くも膜下出血を疑い、脳外科のある病院に紹介。その配偶者に糖尿病、高血圧、喫煙についての指導。その母親は大動脈弁狭窄症による労作時呼吸困難がある。精査を勧めたが、結局、自宅で亡くなられた。女性の最終診断は毒キノコ中毒であった。

1年半年経って感じること:患者さんの顔が見える。保健・福祉・救急の連携がスムース。旭川市が比較的近いので助かっている(高度医療・専門医のありがたみがよくわかる)。外傷が多い。人材不足(医師、看護師、介護士、ヘルパー、給食婦、等)。高齢者の生活(冬をどう過ごすか)。意外と子供が多い。シンプルに、コンパクトに地域医療を経験することができる。若いうちに是非、経験を!

学生さん達は「ホンワカとした雰囲気の中で家族と一緒に地域で暮らす楽しさ」を感じとってくれたようだ。(山本和利)

2011年10月31日月曜日

第1回北海道地域医療教育研究会

10月30日、北海道大学学術交流会館で開催された第1回北海道地域医療教育研究会に参加した。

前沢政次氏から「地域医療教育のあい路」と題した挨拶があった。The SPICES modelを紹介。望ましい地域医療の5要素は、住民生活力、ネットワーク形成、チームケア、住民共助、文化創造。海外の考え方であるPEOPLE-centered health promotionを紹介。最後にHarden氏の教育者への「遺言」10カ条を紹介された。

第一部は「地域医療研修はどのようなプログラムが効果的か?」
大城忠氏(江差診療所)
・ベッドを閉鎖した。目標は2つ。1)研修医には地域をみる、2)困難事例を経験する。学生実習の紹介をされた。全盲の患者、脳性まひ、寝たきりの患者さんを介護する嫁さん等、グループホームへ訪問。外来見学。学生に患者さんが拍手してくれる。労働体験(漁)を計画。

一木崇宏氏(穂別診療所)
・有床診療所[19床]。総合医3名。研修医38名を受け入れ。既に進路が決まっている者22名。外来実習でcommon diseaseを体験(問診と身体診察)。院外活動。介護保険の理解。二次機関との連携。患者さんの経過をみる。生活者がいる地域(背景)として理解してもらう。穂別を好きになってもらう。研修報告会を実施。レクチャーをしてもらう。住民の協力も得ている。ハスカップ採取、化石採取、アスパラ狩り、農業体験、住民と対話。

中川貴史氏・西弘美氏(寿都町)
・医師3名。有床診療所(19床)。ある程度独立した医療を求められる。保健・医療・福祉の連携が重要。提供→協働→自立、を目指す。多職種連携教育を重視(50%以上の時間を割く)、幅広い家庭医の取り組み。保健師から報告。

小野司氏・十河真弓氏(栗山町)
・6名の研修医を受け入れ。若い医師の関心を高める。保健活動の充実。保健師の実践力を高める。

佐藤健太氏(勤医協札幌病院)
・目標は3つ。1)地域特有な事例を、責任をもって担当させる、2)地域を深く知り、住民や健康への影響を理解させる、3)多職種の事例への関わりを学ばせる。視野を広げて価値観を変えることが重要である。「参加型」、「問いを持った見学」が必要。地域視診(歴史の上での今を見せる、よそと比較する、職員・住民の意見を聞く)。漁師の家に3日間泊まり込み。木彫り、酪農の体験。患者さんも何かの専門家であることを自覚するようになる。ライフストーリーを聴取させる。他職種の体験をさせる。連携カンファランスに参加させる。報告会が効果的。地域志向型医学教育の理論を参考にしている。

古川亨君(札幌医科大学学生)
・FLAT(特別推薦枠学生+α)のメンバー。これまでの実習報告。病院外で地域の住民と関わったことが一番印象的であった。実習期間は1週間必要。できれば1カ月間、地域で暮らすことが重要。医師1年目に地域医療実習をするのもよいかと思った。研修中の宿泊施設の快適さが重要。その地域の産業、特産品、アピールポイント、その土地の魅力を伝えてほしい。Positive面を強調して欲しい。実習生に対して「何を伝えたいか」「何を学んでほしいか」を明確にしてほしい。

第2部「北海道総合内科医養成研修センターの現状と課題」
田村氏(北海道地域医師確保推進室)
・センターの指定要件。1)後期臨床研修プログラムを有していること、2)指導医が1名以上、3)総合内科外来を開設、4)病棟研修が可能であること。
現在、23施設が登録。2010年度は11施設、13研修医で実施。2011年度は11施設、23研修医の見込み。課題は4つ。1)研修医の確保、2)終了後の地域医療への従事、3)研修プログラムの充実、4)研修センターのネットワーク化。

笹川裕氏(留萌市立病院)
・広域な面の中で総合医を養成してゆく。奨学金をもらっている学生に、総合内科医養成支援センターでの研修を義務付けして欲しい。臨床疫学研究の場になる。

濱口杉大氏(江別市立病院)
・総合医が知己医療を行う主役である。チームで地域医療を行う必要がある。総合医を養成する研修教育環境の構築が最重要課題である。資金獲得も重要で、その資金を研修充実のために使用する(外部講師やアドバイザーに)。

佐古和廣氏(名寄市立総合病院)
・総合医の定義と役割を明確化する。65歳以上の患者さんは、30%が複数科を受診している。消化器内科が撤退したとき、紹介先で消化器内科であったのは15%に過ぎなかった。外来診療を効率的に行うには、総合医が初診を担当するのがよい。指導医の養成が急務である。これからの地域医療は総合医の診療連携が望まれる。

松井善典氏(更別国保診療所)
・総合医のケアと家庭医の両方を学ぶ。専門医や多職種との連携。総合医も家庭医のいる診療所で研修する相互養成システムが必要である。

最後に山本和利がまとめの代わりに「総合医の生涯教育」について講演した。(山本和利)

2011年10月30日日曜日

カウントダウンZERO

『カウントダウンZERO』(ルーシー・ウォーカー監督:米国 2010年)という映画を観た。

核兵器の廃絶を訴える映画である。「我々は糸でぶら下がった核の下にいる」というジョン・ケネディの言葉が繰り返される。核兵器を手にする方法は「盗む」「買う」「作る」の3つ。ロシアのウランは「じゃがいもですら、もっとしっかり保管されている」し、一般市民が生活苦からウランを盗み出している事例が提示される。

核爆発は「事故」、「誤算」、「狂気」の3つのことから引き起こされる。「一機のB52戦闘機が空中分解し、2つの核爆弾が落下した。6つの安全装置のうち5つが破壊され、最後の一つが作動して核爆発を食い止めた」という事実が明かされる。

監督の懸念は3つ。1)ならず者国家が核爆弾を作ること、2)テロリストが核爆弾をつくること、3)人為的ミスによる爆破が起こること。

本作には、世界中の様々な人物が登場し、「事故」、「誤算」、「狂気」の観点から発言している。
発射コードがどこかへ行ってしまったり、訓練用のテープが誤って流され核弾頭発射一歩手前までいったり、1ドルのコンピューターチップが誤作動したり、と数え上げたらきりがない。ロシアに向けて核弾頭が発射されたという情報をロシア軍部がキャッチし、マニュアルに従えば数分以内に大統領が報復の核爆弾を打ち返すことになっていたが、たまたまそのときにエリティンが酔っ払っていなかったため自制したという、笑うに笑えないエピソードが紹介されている。

米国、ロシアを合わせると世界の核兵器の90%以上を保有している現状で、映画の中の一般市民のように「no」という他にどう行動すればよいのだろうか。(山本和利)

2011年10月29日土曜日

家庭医の生涯教育

10月28日、藤沼康樹先生に学生講義終了後、スタッフ向けの講義をしていただいた。その内容はリアルタイムでPCLSのTV会議でも中継された。講義のタイトルは「家庭医の生涯教育」である。

生涯教育とは何か。どんな医師もマスターを目指す。しかしながら卒後の初期教育終了後における生涯教育の仕方を医師に教えていない。医師のパフォーマンスを規定するものは従来の「生涯教育」であるが、中年になると若いときに溜めた貯金を使い果たしてしまう。特にジェネラリストは藪医者化しやすい。従来の医学教育ストラテジーは、たくさんの経験をすることを重んじる。しかしながらそのようなやり方は若さに任せた研修中しか通用しない。年を取ると対象を狭くしないと一定のレベルが維持できない。そのため医師は益々狭い領域に専門分化してゆく。家庭医は広い領域に対応しなければならないので、この方法では生涯教育ができない。そこで別の方法が必要となる。

医師のパフォーマンスを規定するものは何か。「コンピテンシー」、「システム」、「個人の資質」の3つが一体となっていないといけない。

家庭医とは何か。五十嵐正紘氏がいうところの「長くそこにいて、すべてに関わる」ことであり、「特定の個人、家族、地域に継続的に関わる医師」であり、「高齢社会への対応」が求められ、「取り扱う頻度が急上昇している複雑な問題を取り扱う」。

家庭医の生涯学習は、「多種多様」であり、「網羅型」であり、「弱点補強型」であるべきである。家庭医が扱う問題は次の4つに分類できる。

・Simpleな問題
「症状・所見を重視」、「common diseaseのガイドラインのfollow」、「EBM」である。これには講義で対応できる。アリゴリスムがある。家庭医が知っておくべきものとして、日本医師会生涯教育プログラムに84項目が挙げられており、この内容について家庭医は15分間何も見なくても説明できることが必要である。

・Complicatedな問題
(simpleな問題×n)である。これらを講義することは難しい。解答が無限にあるからである。対応のコツは経験豊富な医師の中に存在している。「病院の症例カンファランスへの参加」、「エキスパートへの相談」、「ソーシャル・ネットワークでの相談」等で対応するとよい。外部の施設を利用する方法もある。

・Complexな問題
(simpleな問題×n)に留まらず、問題がさらに複雑で、個別性が非常に強い。文献を検索すると世界中で2つの大学だけがこの問題を研究しているに過ぎないことがわかった。これに対応するには「心が整えられるか」が重要である。対応する医師は、自分が巻き込まれないように意識しなければならない。その際にGreg Epsteinが提唱するMindful practitioner(禅の概念)が参考になる。Mindful practitionerは事故を起こしにくいという。このような人は次の4要素を併せ持つ。1)注意深い観察者である、2)分析的好奇心(わからないことを尊ぶ、若い人に頭を下げられる)がある、3)ビギナー精神(そういう考えもありますよねという気持ち)を持つ、4)存在感(たち振る舞いに信頼感がある、安心できる)がある。

・Chaoticな問題
この問題は将来どのような結末を迎えるか予測できない。終わってみてはじめて結論がわかることがほとんどである。これに教育法があるのか?「複雑さを表現する語彙の獲得」が重要で、看護、心理学、哲学等から借用する必要がある。「チーム・マネージメント」が必要である。一人ではできないという思いに至り、努力しても医療者を挫く事例が多いからである。必ずしも解決する必要はないのだ。Stabilizingを目標とするとよい。「地域の様々な医療保健福祉リソースの開拓」が重要で、いろいろな人を知っていると役立つ。困ったら地域に相談してみるとよい。「患者中心のコミュニケーション力を磨く」べきである。

これからの家庭医の生涯学習に必要なことは
・メンタリング
・Balint group session
・Practice based research network
・診療の質の改善
・チームワーク&リーダーシップ
・イノベーション
だそうだ。

絶えず新しい課題に挑戦している藤沼先生である。講義、ありがとうございました。(山本和利)

2011年10月28日金曜日

家庭医、家庭医療、家庭医療学

10月28日、医療福祉生協連 家庭医療学開発センターの藤沼康樹先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは「家庭医、家庭医療、家庭医療学」である。まず、自己紹介をされた。

日常遭遇する患者さんたちを次々と紹介された。
家庭医が思春期を診る。17歳女子高生。咽頭痛。予防的介入をすることが大事。都内の高校からの依頼講義は違法薬物、等が多い。

家庭医が子どもを診る。1歳の男児。微熱。第1子に何を聞くか? 予防注射、乳児健診。両親、祖父母の健康問題の相談に乗る。家族志向性小児保健。比較的元気な急性期の症状に対応する。夏休み子供企画。医学部1日体験入学。夏休みの自由研究になる。

54歳男性。腰痛。尿酸が7.8mg/dl.紹介が必要な腰痛(うつ病、膵がん、椎体炎)を除外する。

62歳男性。高血圧。定年の時期。夫が夫人の行動をチェックしたりすると、夫婦の危機となることあり。

44歳女性。糖尿病で血糖降下剤を内服。HbA1c:8.8%。夫がタクシー運転手、姑がアルツハイマー病、息子が高校中退。家族ライフサイクルを考慮する。タクシー不況、介護が大変。息子の突然の変化、肉食中心の食事。家族全体の相談役である。

27歳の女性。人混みで動機。パニック障害。アルコール、うつ病、パニック障害が家庭医が診る3大疾患である。

78歳男性。前立腺がんで通院中。がんの早期診断が重要。診療所のトイレにHIV、性感染症等のパンフレットを置く。予防と健康増進。待合室でインフルエンザのレクチャーをする。少人数で塩分について話し合いをしてもらう。(健康テーマパーク)

18歳男性。大学受験のための診断書希望。継続的に診る。医師がその人にとっての便利な資源になっている。

63歳男性。妻と二人暮らし。アルツハイマー病。家庭医はどう診るか?日本は、神経内科→精神科→在宅医療、となっている。

6歳女児。咳、鼻水。母親は妊娠中。大工の父親は喘息だが喫煙者。

非常に複雑な事例。50歳男性。リストラ対象。中国から帰国した妻。不登校の娘。アルツハイマー病の姑。

89歳女性。夜間尿失禁。糖尿病。利尿剤が増えた。膝OAで整形外科に通院中。白内障でよく見えない。4つが累積して尿失禁が起こっている。家庭医が高齢者を診る。50%しか解決できない。「物忘れ」「失禁」「元気がない」「フラフラする」などの問題を得意とする。健康なところ、元気なところを伸ばす(健康生成論)。

特定集団のケア。母子寮で予防接種を受けていない子供が多かった。公営団地で「孤独死」が多かった。地域でもっとも健康格差のある分野への取り組み。

五十嵐正絃氏の言葉が好き、「長く身近にいて、すべてに関わる」を紹介。

家庭医のよろず相談とは
日本は医療システムの使い方を国民に指導しない唯一の国である。ガイド役が重要。

臓器別専門医のケア・モデルは、「病い・疾患 = 連続体 患者 = エピソード」である。
一方、家庭医療のケア・モデルは、「患者/家族 = 連続・継続 病い/ ライフイベント = エピソード」である。何かあったら相談に乗る。年代別年間死亡者数の推移をみると百万人。将来は160万人。その25%が在宅死。

在宅医療の実際の事例を提示。がんの在宅緩和ケア、非がんの在宅緩和ケアが重要。

かかりつけ医と呼ばれるその医師がなにができるかがはっきりしない。質保証がされていない。保証するために、新しい言葉が必要である。

藤沼先生の気さくな人柄に好感をもった学生が多かった。家庭医の具体的なイメージができた、家庭医療とは深さよりもバラエティである、家庭医の振り幅の大きさを知った等、好意的な意見が寄せられた。藤生沼先生、ありがとうございました。(山本和利)

データからみる医療事情2

10月28日、松前町立松前病院の八木田一雄副院長のランチョン講義を拝聴した。講義のタイトルは「データからみる医療事情2」である。学生参加者は4年生が5名、3年生が2名、2年生が4名、1年生が5名。

はじめに、病院の課題について。
医師不足、看護婦不足、コメディカル不足、病院経営、医療サービス、等が挙げられる。

今回は待ち時間と患者満足度について話された。
松前病院の内科外来について。紙カルテである。高齢者、慢性疾患、軽症の急性疾患。徒歩、自家用車、バス、病院の送迎バス。
朝。患者の言葉に余裕があるが、2時間過ぎると患者さんの言葉にいらつきが目立つようになる。厚労省で「医者にかかる10カ条」を出している。

「3時間待ちの3分間診療」は日本に特有な現象。日本人の大病院志向。フリーアクセス。患者負担が少ない。薬剤の乱用が多い。薬依存の患者数の増加。病院のかけもち。受け付け順に診察。その日のうちに診察してもらえる。
ここで学生さんに許容できる待ち時間を質問した。

受療行動調査(2008年)結果を紹介。対象数は20万人で、78.5%の回答率。
医師の専門性を知りたい、検査の詳細、安全について知りたいが50%。
受診病院は、医師の紹介、家族・友人からの紹介:50%。
待ち時間は30分以内:40%、30分~60分:25%。
診察時間は3分‐10分:50%。現状は1時間待ちの10分間診療である。
説明をされている率:85%。
別の病院に重複受診:30%、同一病院は10%。
満足している患者は60%、ふつう:30%。

学生さんが行ったミニ研究を紹介された。仮説:「診察時間が長い方が、満足度が高い。」
16年目のある医師の診察。10時から12時に診た30名。結論:診察時間と待ち時間・診察時間とは関係なかった。

待ち時間対策として、診療開始時間を早める、予約制にする、複合施設を併設、患者にポケベルを渡す、等の対策が挙げられている。許容できる待ち時間は30分、院内滞在時間は平均68分。

今回は、地域病院の抱える問題点について勉強することができた。私自身も知らなかったことが多く、大変参考になった(山本和利)

2011年10月27日木曜日

医療の裏側

『医療の裏側でいま何がおきているのか』(大阪大学医学部 医療経済経営研究チーム編、ヴィレッジブックス、2009年)を読んでみた。

社会保障制度
1. 社会保障:国民同士の助け合い
2. 社会福祉:「ハンディキャップ」者へ役所が給付
3. 公的扶助:生活保護
4. 保健医療・公衆衛生:伝染病予防施策

日本は国民皆保険:サラリーマンと自営業者の二本立て。一般歳出の45%が社会保障費である。医療費の対GDP比は8%。1.2人の人間で一人の人間を支える時代が来る。
低出産は結婚・出産に伴う3つの壁があるからである。1)結婚の壁、2)出産の壁、3)複数の子供を持つことの壁。また夫が家事への参加が低いことも問題である。

給付のカットが始まった。介護保険に利用者が倍増。

個々の発言。
小塩隆士氏。「所得控除」をやめて「税額控除」に移行する。生活保護者に補助金を与えて、その金額で保険料を払ったとみなす。このような「マイナスの税金」をオランダが実行している。

武田裕氏。必要なのは一生涯一カルテ。健康増進をする医療施設と早期発見をする医療施設、そして病気の人が行く医療施設とをきちんと分類する。各施設が情報を共有して、その人物の「生涯カルテ」をつくる。ところがこのシステムがないため、患者さんは「できれば、軽い症状のときから最高レベルの医療施設に行きたい」と希望する。大病院集中が起こる。

市民病院を保健所と統合して、地域医療のコーディネーション機能を果たすようにする。

西村周三氏。自分の専門分野から出ようとしない日本人。日本の医療は産業として成立していない。薬剤師の有効活用。IT化が逆に負担になっている。

跡田直澄氏。自己負担3割は覚悟しなければならない。「医療基金25兆円」を準備し危機を乗り切る。保険料を年1.5兆円アップさせて、その分を基金として積み立てる。

医師の発言はあえてここに載せなかった。様々な分野の方々が医療再生策を打ち出している。長期的な視点でよりよい医療システムを構築したいものである。(山本和利)

2011年10月26日水曜日

日本高血圧学会総会

10月20-22日、栃木県は宇都宮市にて第34回日本高血圧学会総会が開催され、それに出席してきました。
(大会長がかつて大学で習った先生であり、大学時代を懐かしく思ってというのも出席の動機ではありますが・・・。)

高血圧患者は約4000万人にのぼると言われ、医師になれば必ず遭遇するCommonな疾患です。2009年に高血圧治療ガイドラインが改訂され(JSH2009)診断、治療方針などが示されました。ちょうどその頃、1人診療所に勤務したてで初めて高血圧患者に自分で降圧剤を処方しました。カルシウム拮抗薬かアンテンシン受容体拮抗薬か、などなどJSH2009を眺めながら悩んだ記憶があります。

基礎から臨床まで色々な演題がありましたが、自分は2次性高血圧のスクリーニングについて興味があったのでその教育セッションを中心に勉強してきました。他、学会で話題になっていたことは下記の通りです。

・ABPM(Ambulatory Blood Pressure Monitoring:24時間自由行動下血圧)の重要性
夜間血圧:non-dipperとriserが予後不良
dipper:昼間の血圧よりも10-20%降圧するもの
extreme-dipper:20%以上降圧
non-dipper:0-10%降圧
riser:0-20%昇圧
 現在、JAMP研究(Japan ambulatory blood pressure prospective study)進行中
・家庭血圧測定において、平均血圧も大切であるがSD(血圧変動のばらつき)も大切
・メタボリック症候群との関係性
・睡眠時無呼吸症候群
・肥満:異所性脂肪、Adipotoxicity(脂肪毒性)という考え方
・治療抵抗性高血圧:2次性高血圧症(特に原発性アルドステロン症のスクリーニング)
              ミネラルコルチコイド関連高血圧症

2日目のランチョンセミナー「RAS阻害薬+エプレレノンの有用性」に参加しましたが、決してエプレレノンに興味があった訳ではありません。実は、その演者が大学の同期だったからです。彼は地域医療を実践しながらも血圧の研究を行っており多数論文も出しています。何と自分は研究もしておらず、論文も書いてないことか・・・、と落胆。ま、これから徐々にやればよいか、と即、楽観。

様々なことが勉強になり、またかつての恩師とも再会でき、非常に有意義な学会でした。
(助教:武田真一)

2011年10月25日火曜日

家庭医療の実践

10月25日、手稲家庭医療クリニックの小嶋一先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは「家庭医療の実践- 離島、米国そして札幌-」である。自分自身のことを話すことを通じて「家庭医療」を伝えたい。

まず、手稲家庭医療クリニックのある日の外来を紹介。すい臓がん末期、不安障害、妊婦健診、予防接種、発熱・咳、喘息の聾唖者。

自己紹介をされた。東京生まれ。居酒屋で酔っ払いに囲まれて育った。九州大学卒。沖縄中部病院で研修。離島医療に従事。米国で家庭医の研修を受ける。2008年手稲渓仁会家庭医療センター(愛称「かりんぱ」)で活動。19床の有床クリニック(ホスピス・ケア)で、年間150名の看とりをしている。看取りの際にモニターは付けない。職員50名。初期研修医7名、後期研修医4名。内科、小児科、産婦人科を標榜。親子三代で受診する家族もいる。在宅医療もしている。地域医療への貢献も目指す。

これまでの道のりをさらに具体的に話された。初期研修は野戦病院のようなところで沢山の患者を診た。担当患者350名。離島に行くことが決まっていたので積極的に研修をした。週に140時間働いたことがある(寝る、食う、仕事しかない)。救急患者を年間900名診た。卒後3年目の離島経験。伊平屋島、人口1500人。医師一人、看護婦一人。毎日当直。風邪から心肺停止、外傷、精神錯乱まで何でもありであった。ここで、自分一人でもできるということを実感し自信がついた。慢性疾患への対応がわからなくてもう少し勉強したくなった。

米国Family medicine residency:2003年、先輩が道筋をつけてくれて米国へ行くことになった。5年間研修した。3年間の研修で無理なく開業ができる段階的なプログラム。開業を前提とした教育。継続外来専門施設で研修。外来診察数:150人(1年目)+1500人(2-3年目)。Family Health Center(FHC)は、指導医と研修医がグループ診療を行う。外来にロールモデルがゾロゾロいる。経営なども実地で学べる。

FHCでよく遭遇する問題:小児検診、風邪、健診、皮膚科、腰痛、腹痛、(糖尿病、高血圧が意外と少ない)。術前検診、避妊相談、うつ病、禁煙指導、麻薬中毒、等。FHCで家庭医の幅を思い知った。米国の研修で納得したのは、ロールモデルがいる、入院と外来のバランスがとれている、一人立ちするための移行システムである、等々。

家庭医になって、「何でも屋」であること、「継続性」が重要、「へき地医療に関わる医師のキャリアプラン支援」が必要、「家庭医養成の重要性」に気づいた。

公衆衛生修士として「地域の健康という視点」で、「公衆衛生の方法論」を用いて、「家庭医療の位置づけ」をしっかりとして、「医療・福祉・介護の連携」を模索したい。

家庭医・家庭医療とは
「患者が望むこと」はいつもシンプルである。すなわち原因の追及、体調を治してほしい、等。風邪の患者さんを風邪の診療だけで終わらせない。エビデンスを大切にする。これまでの縦割り医療では実現できない視点を持つ。予防、未病、健康増進も。複雑な要因を解きほぐし解決する。アクセスが容易である。人生の始まりから終わりまで関わる。年齢、性別、病気の種類を問わない。入り口としての役割。患者の味方になって共に悩みを分かち合う。複雑な問題を整理して導く。医療のプロフェッショナルである。「二歩先を読み、一歩先を照らす」患者さんを助けたい。仕事に誇りを持ちたい。成長し続けたい。人生の始まる前から関わる。患者が亡くなった後も家族と関わる。

ロールモデルやメンター(自分を理解、先を進んでいる、成長を助ける、尊敬に値する)に出会うことが大切。

日本の家庭医には未来がある。その理由として4つ挙げられる(僻地医療の崩壊、予防医療のエビデンスに基づいた実践、産科・小児・救急医療の人手不足、恵まれた保険制度)。

最後学生にエールを3つ送られた。「君の考えていることは全て間違っている」「どうせ間違っているからそのまま突き進め」「世界は変えられなくても自分は変われる」

家庭医よ、へき地へ行け!そこでいろいろなものが見えてくる。へき地医療を知らずして家庭医とは名乗って欲しくない。


学生たちは家庭医療についての具体的な内容について把握できたようだ。また離島医療、米国の研修医の実態について知ることで、医療そのものあり方について考えさせられたという意見が少なからず見られた。医療の根源に迫る講義であった。(山本和利)

2011年10月24日月曜日

「カネ」の話

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(西原理恵子著、理論社、2008年)を読んでみた。

著者は『毎日母さん』等を描く有名な漫画家。子供向けに書かれた理論社の「よりみちパン!セ」シリーズの一冊である。本シリーズは「家でも学校でも学べない」ことを本にしているのが売りという。

こどものころの貧乏な生活の描写で始まる。貧富の差がないから、貧乏人がいない。お金に余裕がないと、日常のささいなことが全部衝突のネタになる。「暴力」と「貧困」が同居し、居場所を失う。「貧しさ」は連鎖し、「さびしさ」も連鎖する。賭博にのめり込んだ父親の自殺が語られる。

高校を退学。大検に合格し、美大を目指して予備校へ。そこでは最下位であったという。最下位の人間には最下位の戦い方がある!自分のだめな所とよい所を冷静に判断できるようになった。出版社に売り込み。「プライドで飯は食えない。人が見つけてくれた自分のよさを信じて、その波に乗ってみたらよい。マイナスを味方につけなさい。」と子ども達にメッセージを伝える。

お金ができてからの賭博体験を披露している。賭博は、欲をかいている時点でもう負けだ。「借金」は、人と人との大切な関係を壊してしまう。「カネ」ってつまり、「人間関係」のことでもある、と。

「貧乏人」の子は貧乏人になる。泥棒の子は泥棒になる。非情な現実を訴える。その打開策の一つとして、ムハムド・ユヌス氏が導入したグラミン銀行(弱者のための銀行、女性に限定)を紹介している。竹細工で生計を立てている女の人たちに、自分のお金から材料費として27ドルを無担保・無利子で貸してあげたことに端を発している。

過酷な子供時代を過ごした著者の赤裸々な事実を綴った作品である。類い希な行動力で不幸を乗り越えた事例と言えよう。問題は誰もがこのような行動力をもっているわけではないということであろう。人は生まれた環境を乗り越えることができるのか? 難しい課題である。(山本和利)

2011年10月23日日曜日

三水カンファin足寄

10月22日、足寄町我妻病院において三水会が行われた。札幌組はバスをチャーターし、途中トイレ休憩を2回入れて4時間半で到着。参加者は22名。

はじめに山本和利の挨拶。続いて、我妻病院のケアマネージャーの中村さんから、「地域で研修医を育てる」という講演を拝聴した。地域医療の楽しさを伝え、人を育てることを目標としている。受け入れ学生数はこれまでに36名。研修医は22名。研修医指導や仕事を楽しんでいることが伝わってくる発表であった。

グループ・ワーク「医療と介護・福祉の連携」を3グループで話し合った。KJ法を使用。「相手がわからない。接点がない。」「温度差、価値観の違い。」「人手不足。」「システムがない。」などの阻害因子が出た。定期的に会合を開いてお互いを知ることから始めなければならない、という結論に落ち着いた。

足寄町福祉課寺本圭祐さん(社会福祉士)から「地域住民を守る」という講演。足寄町の高齢化率は33%。つり橋を渡らないと行きつかない家や馬と共に生きる家、鹿柵の中で鹿と共存する崩壊寸前の家を紹介。外風呂と外トイレの家がまだまだある。崩壊寸前の家に帰りたい脳梗塞後遺症患者さんの事例を多職種で検討し、家族と話し合いもした。結局、「本人はどうしたいのか?」が問題となり、本人と面談。「1回も家を見ていない」という話がでたので、「いよいよ家へ」帰った。自宅で寛いだ後、素直に「また病院へ」戻った。「髪を切って施設へ行く」と、納得された様子で決意を語った。
行政としては、「だれのためなのかを考える」、「それぞれが単独では何も解決しない」ことを学んだ。今回は、医療機関と連携がうまくいったため。現在、循環型支援システムを模索している。

研修医から振り返り2題。その前に司会役の松浦武志医師からSEAの説明。

ある研修医。54歳女性。糖尿病、脂質異常症あり。HbA1c:12%でインスリン導入の依頼あり。都会に娘が居住。統合失調症で一人暮らしである。今回三回目の入院。これまでインスリン導入を拒否。入院すると血糖値も改善していた。糖尿病コントロールの経緯が書かれていない。患者へインスリン導入について了承を得ないで紹介している。インスリン導入の必要性を説明したが、最終的には導入を見送った。紹介してきた医師に、同意をとってもらいたかったことを記載して郵送した。
娘にもっと関わってもらってはどうか、電話で主治医に確認してはどうか、食事の宅配サービスを利用する、という意見がでた。

ある研修医。嚥下障害、摂食不良の高齢者。認知症で寝たきりの70歳代男性。胃癌手術後、ASO、心不全。誤嚥性肺炎、踵の壊死で入院。脳の委縮。尿道カテーテル留置状態。
痰からみが強く、SaO2が低下したため、食事を止めた。ここで栄養管理のレヴュー。多くの家族は、栄養管理についてどうしたらよいか「わからない」と答える。最終的に、点滴ののみで、家族の持ち込み食可とした。その後、家族から病院食を食べさせたいと提案あり。数日後、永眠された。
クリニカル・パール:患者さんと医療者側で認識の差を自覚することが大切である。

理学療法士、栄養士、看護師、社会福祉士等、様々な職種の方々が参加してくれたため、医師だけでは思いつかない意見が出た。多職種によるカンファランスの重要性を再認識させられた。

今回は1泊1,070円の青年の家を利用。簡易ベッドに自分でシーツや枕カバーを付けて就寝。学生時代に泊まったユースホステルを思い出した。翌日、玄関前で記念写真を撮ってバスで4時間半かけての帰宅の途についた。(山本和利)

2011年10月22日土曜日

猿の惑星 創世記

『猿の惑星 創世記』(ルパート・ワイアット監督:米国 2011年)という映画を観た。

1968年に制作され、猿に支配される地球の未来を提示して映画ファンを驚嘆させた『猿の惑星』の起源を映像化した作品である。前作には人類の核戦争に対する危機意識が反映されている。本作は現在の遺伝子工学に対する危険性を訴える内容になっている。

『猿の惑星』を観ている者には、大変興味深い。なぜ『猿の惑星』で支配者となるシーザーが生まれたのか? 名付けの由来は? どうして人類が滅んだのか?等々。未見者の興味を殺ぐので内容についてはあえて言及しないが、現在の科学、医学知識が存分に盛り込まれ、なるほどと納得させられる内容になっている。父親の病気や隣人の職業も伏線になっている。

表情や動作だけで演技するチンパンジーが素晴らしい。演じたのは『ロード・オブ・ゼ・リング』でゴラムを、『キンギ・コング』でキング・コングを演じたアンディ・サーキスである。DVDで遅れて観るよりも、映画館で、リアルタイムで観て欲しい映画である。(山本和利)

2011年10月21日金曜日

患者中心のケア

教室抄読会で
「Measuring Patients’ Perceptions of Patient-Centered Care: A Systematic Review of Tools for Family medicine Annals of FM WWW.ANNFAMMED.ORG VOL.9,NO.2 MARCH/APRIL 2011」
を読んでみた。

「1990年から2009年までの文献を系統的に検索して、患者中心性について探った論文である。3000近くの論文を以下にある4つの概念のうち、2つ以上を包含する論文を選択すると21文献となり、さらに突き詰めてゆくと、患者中心のケアの内容を図るツールと言えるのは、StewartとMead and Bowerの2つのモノがあることが判明した。これらは外来を主体としたモノで、慢性患者管理などに使うには限界がある。」

患者中心性の概念的枠組みは4つに集約できる。
 Disease and illness experience
 Whole person
 Common ground
 Patient-doctor relationship
と Stewartはまとめ、

 Patient-as-person
 Bio-psychosocial perspective
 Sharing power and responsibility
 Therapeutic alliance
と Mead and Bowerはまとめている。言葉は違うが内容は酷似している。

山本和利が翻訳したStewartの『患者中心の医療』は2011年現在でもまだまだ通用しそうである。(山本和利)

2011年10月20日木曜日

30分間外来血圧測定

教室抄読会で
A Novel Approach to Office Blood Pressure Measurement: 30-Munute Office Blood Pressure vs Daytime Ambulatory Blood Pressure
Annals of FM WWW. ANNFAMMED.ORG VOL.9,NO.2 MARCH/APRIL 2011:128-35
を読んでみた。

「外来で自動血圧計を用いて5分ごとに30分間測定する血圧値は24時間血圧測定値と遜色がないことが示された。これを利用することでwhite-coat and masked hypertensionを検出できる。」

高血圧の分類
正常血圧
 OBP<140/90mmHg,
 30-m OBPM<135/90mmHg
白衣高血圧
 OBP>140/90mmHg,
 30-m OBPM<135/85mmHg
マスクド高血圧
 OBP<140/90mmHg,
 30-m OBPM>135/85mmHg
高血圧
 OBP>140/90mmHg,
 30-m OBPM>135/85mmHg
(山本和利)

2011年10月19日水曜日

数学で読み解く

『数学で読み解くあなたの一日』(ジェイソン・I・ブラウン著、早川書房、2010年)を読んでみた。

著者はカナダのダルハウジー大学理学部数学・統計学科の数学教授。音楽についても造詣が深い。

はじめに、ある整数が9で割り切れるかを調べる方法を解説している。整数論のひとつの紹介と言えよう。

グラフについて。折れ線グラフで傾向と変化量がわかる。最適な線を見つける方法は直線回帰と呼ばれる。円グラフは相対的な比較に優れているが、実際の数が隠れてしまう。最低値を0にしないといった、グラフを使って騙す方法も紹介されている。

統計について。平均と標準偏差、平均への回帰。P値を自慢することの無意味さ。相関するからといって、一方の要素が他方の要素の原因となっているということを意味しない。
統計的にリスクが非常に少なくても日常的に危険な行為を繰り返すと、自動的により高いリスクのレベルに上がってゆくという冒険家の死亡例を紹介している。また、リンパ節が大きくなったときの悪性リンパ腫である確率を例にとって、条件付確率、ベイズの定理を紹介している。

夫婦の旅行、地球温暖化「ゲーム」を例に囚人のジレンマを紹介している。フラクタル、自己相似性についても触れている。

「日常生活の様々なことを数学で読み解いていく」と著者が言っているように、これまで数学に関心がなかった者が興味をもつ契機になるかもしれない。初級者向き。(山本和利)

2011年10月18日火曜日

総合医と臓器別専門医

10月18日、勤医協中央病院総合診療・家庭医療・医学教育センターの臺野巧先生の講義を拝聴した。昨年に続いて2度目。はじめに講義のポイントは「Think globally, Act locally.」で始まった。その後、自己紹介をされ、脳外科医から総合医への転身された経緯を話された。スケート部で東医体三連覇、学園祭実行委員長、POPS研究会で活躍。学生会を創設し、寮生活の改善活動をしたとのこと。

脳外科時代は、臨時手術、当直業務、緊急呼び出しが主な業務。充実していたが、年をとると大変と感じていた。同窓会にゆくと他の専門医となった医師も同じ悩みを持っていることがわかった。専門以外の知識がないため全科当直が非常にストレスだった。CT,MRIで異常がないと薬だけ出して終わりということが多い。めまいの患者ではDPPVが一番多いが、脳外科ではそれに対応できない。頭痛の99%に異常はない。画像に異常がないとNSAIDsを処方して、薬剤誘発性頭痛を作っている。うつ病も見逃すことが多い。受けた教育が偏っていることを痛感した。そんなとき、『家庭医・プライマリケア医入門』という本に出会った。総合医とは総合する専門医なのだということがわかった。

札幌医大の総合診療科で総合医としての基礎づくりをした(病歴聴取、身体診察など)。学生さんとの学習会:EBM。勤医協へ赴任してから教育の重要性に気付いた。またそこで総合医が認められていることへの驚きと健全なスペシャリズムのあることを知った。

日本の医療情勢。
高齢化率の上昇し、複数の問題を抱えている患者や加齢・廃用の比率増加。総合医、老年医学のニーズが増加する。病院機能の限界。健康増進が重要。複雑系を扱う専門性が必要。Versatilist(十分深い専門性と周辺分野も適度に詳しい:造語)がもう少し増えていかないと日本の医療はうまくゆかない。専門医を活かすためにはもっとたくさんの総合医が必要。超専門医は少人数でよい。そうなれば相乗効果がでやすい、休みをとりやすい。John Fryの「理想の医療供給体系」を紹介。

世界の医療情勢。
マッキンゼーによる分析。各専門医数の規制がないのは米国と日本のみである。医師への規制があるのが世界の流れである。不足する科ではインセンティブを賦与している。
米国の現状:コストが他の国の2倍で、GDPの17%(2008年)。高額な医療機器の使用と外科手技が多いためである。臓器別専門医が多いと医療費がかかる。プライマリケア医の育成を強化する。一方、英国の現状。医療費を8.4%に上げた。プライマリケアを重視し、患者満足度が上がった。

これから医師になる方への問題提起。
総合医が提供する医療は専門医よりもレベルが低いのか?「NO!」である。卒業時にプライマリケア医を目指すのは数%である。各科の専門医の必要数が検討されていない。「日本の医師は、できれば最初の5年間くらいはgeneral physicianとしてのトレーニングを積むべきだ」というハワイ大学外科町淳二先生の言葉を引用。

general physicianになるには、初期研修が重要で、そこで育まれるジェネラルマインドが大事。それはローテーションをしただけでは身に着かない。居間の初期研修は本幹なき枝葉末節教育になっていないか。よい研修とは、病歴と身体診察を重視した研修医向けカンファランスをやっていること。研修目標が明確であること。うまくいっている病院とは、大学の派遣を受けていない、ジェネラルマインドをもっている、教育に力を入れている病院である。臓器専門医と総合医が協力することが大事である。

勤医協中央病院の新しい取り組みを紹介。屋根瓦式研修医教育やMini-CEX,プロフェッショナリズム教育、ヒアリハットカンファランス、等。

先輩からの熱いメッセージであった。それに対して学生さんから「日本や世界の専門医、総合医の実態について知ることができて有意義であった」「初期に幅広い研修を受けたいと思うようになった」いう意見が寄せられた。(山本和利)

2011年10月17日月曜日

睡眠時無呼吸症候群

10月6日、第339回PCLSで「睡眠時無呼吸症候群」を発表しました。

実はPCLSの発表は今回が初めてです。普段は「勉強になるな~」と気軽に参加していましたが、いざ発表となると「本当に自分でよいのか? このような内容でよいのか??」などなど色々考えてしまいました。全国各地の先生方の、朝の貴重な時間、無駄にする訳にはいきません。発表の直前まで、スライドを直したりしていました(←何カ月も前から発表の予定わかっているのならば、きちんと準備しておくべきなのですが・・・・。)

「睡眠時無呼吸症候群」は、ここ数年の間に、交通事故などで広く認知されるようになりました。調べてみると色々なことがわかりました。なんと紀元前4Cから「肥満、睡眠、呼吸停止」などの記述があるのです。肺胞低換気のPickwick症候群もイギリスの小説家 Dickens の「Pickwick Papers」に由来するものであったり、1969年には気管切開が治療法として用いられていたりと。

要点
睡眠呼吸障害 Apnea Hypopnea Index(AHI)≧5 は日本に約200万人以上いると推定される。
睡眠時無呼吸症候群の85%は診断されていない。
ベッドパートナーや日中の過剰な眠気が診断のきっかけになる。
日本人の場合、睡眠時無呼吸症候群の1/4~1/3は肥満なし。
すなわち①容器としての骨格、②内容物としての軟部組織、③筋トーヌスの相互関係
高血圧症、糖尿病、心疾患などと関係があり、メタボリック症候群の呼吸器バージョン
一晩の簡易検査(自宅)にてスクリーニングできる。
治療としてダイエット、側臥位での睡眠、マウスピース、CPAP(持続陽圧呼吸)がある。

睡眠時無呼吸症候群は思っていたよりも有病率が高く、また必ずしも肥満とは関係ない。
しかも高血圧症など生活習慣病と密接な関係を持ち、治療法もある程度確立されてきたことなど、プライマリ・ケア、地域医療、総合医療、家庭医療などに関わる自分たちには必須の知識なのかもしれません。(助教武田真一)

大聖堂

『大聖堂(上)(中)(下)』(ケン・フォレット著、新潮社、1991年)を読んでみた。

本書は中世イングランドを舞台にした物語。文庫本3巻の構成で1,800ページ。1120年から1174年にわたる54年間を綴った歴史小説。

執筆の契機は、「なぜ、大聖堂がつくられたのか」と、ロンドンまでの列車を待つ間に思いついたからだそうだ。スパイ小説を書く合間にも大聖堂の構想は生き続けた。それから10年間、中世史に関する本を読み続けたという。1986年に執筆に着手。資料が少なく、かつての王宮跡地はすでに公園やスーパーマーケットになっており、現地取材も困難を極めたようだ。

建築についても詳細な記述があるが、専門過ぎてつい斜め読みになってしまう。それよりも修道院長フィリップとキングズブリッジ司教ウォルランとの知恵比べが面白い。人生で成功するためには、知恵と誠実さ、行動力、運、が必要であると再認識させられる。恋愛小説、家族愛の小説としても読める。ジャックとアリエナの恋の行方。加えてウイリアム・ハムレイの謀略・蛮行とそれに対する修道院長フィリップ+石工ジャック・ジャクソンたちの防御対策も面白い。秋の夜長を過ごすのにお勧めである。(私の場合は専ら飛行機かIRの列車の中であるが・・・)。(山本和利)

2011年10月16日日曜日

エージェント6

『エージェント6(上)(下)』(トム・ロブ・スミス著、新潮社、2011年)を読んでみた。

スケールの大きな新人作家の登場である。本書は『チャイルド44』『グラーグ57』に続く三部作の完結編である。3作品とも文庫本上下2巻900ページの構成。息も付かせず読者を引き込んでゆく。主人公は旧ソ連の秘密警察捜査官レオ・ドモドフ。『チャイルド44』は連続殺人事件の捜査、『グラーグ57』は極寒の強制労働所やハンガリー動乱のブダペストで超人的な活躍をする。

本書の話は1950年のモスクワを訪れた米国の黒人歌手の警護場面で始まる。この冒頭の数ページの話が15年後のニューヨーク、そのまた15年後のアフガニスタンへと繋がってゆく。

共産主義の黒人歌手、妻、養女、歌、夫婦愛、アフガニスタン紛争、米国社会の不平等、アヘン、モスクワ、ニューヨーク、カブール等のキーワードに基づいた話が上下2巻に散りばめられている。

「エージェント6」とは何か。どこまで読んでも出てこない。はじめはゆっくりと、徐々に話が加速し、15年後の想像もしない場面に読者は連れて行かれてしまう。

著者はまだ3作品しか書いていない。どの作品もタイトル末に数字がついている。たして100になるのかな、等と考えたりした。ならないネ。「44」、「57」、「6」。この3つの数字に何か意味があるのだろうか。次の作品タイトルにも数字が入るのだろうか。興味は尽きない。(山本和利)

2011年10月15日土曜日

FLATランチョンセミナー

10月14日、FLATランチョンセミナーが開催されました。4年1名、3年2名、2年1名、1年11名、教官3名の計18人

まずは武田真一助教の司会で10月2日、3日に行われたFLAT幌加内町キャンプの振り返りを行った。幌加内への道中のバスの中で行われた武田助教によるバイタルサインについてのミニレクチャーに始まり、幌加内町国民健康保険病院での施設見学と紹介が行われた。森崎龍郎院長はじめスタッフの方々によるレクチャー、幌加内のそば打ち名人に手打ちそばを教えていただいた地域の方との交流イベントなど、スライドショーには当日の充実した行事の様子が披露されました。

引き続いてメンバーのH君によるライフストーリー聴取のレポート発表。

ライフストーリーの主人公は町内在住の80代女性。
生い立ちからの若き日の思い出や人生のパートナーとなる伴侶との出会い、結婚して迎えた新しい家族との触れ合い、晩年になり伴侶との別れ、その時の友人たちとの感動的な思い出。現在は地域の老人クラブで人望を受け、役職を引き受けて生き生きと暮らしている事などがH君の若い感性のフィルターを通して語られました。

ライフストーリー聴取に参加した感想として、H君はインタビューの方法について、同じグループだったTさんから背景となる歴史に対する認識不足など反省点が述べられました。

最後に山本和利教授がプレゼンテーションの重要性とコミュニケーション力の必要性を強調された。患者さんの話をどのように聞くか、その結果患者さんの人生を知る事で、その人の病気だけでなく一人の人間としての興味をもつことが医療者としての力になるといった内容のまとめのコメントがありました。

学生の皆さん、河本一彦・武田真一両助教の先生、幌加内の森崎龍郎・夏目寿彦先生並びに幌加内町の皆様、御参加有難うございました。そしてお疲れ様でした。

私は当日利尻島への出張の為に参加できませんでしたが、FLATメンバーの皆さんが、実際に地域に赴いて、そこに住む人々の暮らしや人生にふれ地域医療の奥行きについて学ぶ、良い機会であったと感じました。(助教 稲熊良仁)

2011年10月14日金曜日

インサイド・ジョッブ

『インサイド・ジョッブ』(チャールズ・ファーガソン監督:米国 2010年)というDVDを観た。

米国の金融界の腐敗を一般の人にも分かるように映像化している。監督は補足の映像で、金融界のトップ75人を監獄行きにすれば、金融危機は起こりにくくなると提案している。

映画はアイスランドの光景から始まる。2000年、規制緩和により外国企業が押し寄せ、地熱を利用した施設ができたが、その結果自然が破壊される。3大銀行を民営化した結果、バブルが出現。そのとき3銀行に対して米国の格付けは最高ランクをつけていた。2008年9月15日、リーマンブラザースが倒産。全世界の5000万人が貧困以下になった。バブル崩壊。監督官は権限があるのに何もしなかったことが明かされる。

この後、米国での経緯が説明される。
1980年に規制が外れ、銀行が投資に走った。その規制緩和にグリーンスパーンが暗躍している。レーガン大統領もその政策を支持。クリントン政権も同様。その結果、違法な合併を認めることになった。そして、金融界が巨大化し、ロビー活動が活発になる。エンロンの不正にも関与している。

90年代に入ると金融工学が導入され、デリバティブを生む。その結果、何でも投資対象になった。彼らはデリバティブを規制することに反対し、推進する法案が成立する。住宅ローンのデリバティブを創ったことで、住宅ローンの返還金は世界の投資家に回るようになった。住宅ローンは2000年から2003年に4倍になった。投資銀行は利潤の高いサブプライムローンを好んだ。1,000億ドル単位の金が金融界に流れた。2007年、住宅価格が2倍になった。顧客は、平均で99.3%を借金で賄っていた(大部分の者が貯金がないのに借金で家を買っている)。

世界各国の年金基金が買った理由は、格付け会社がAAAをつけたからであったが、証券は紙くずとなった。格付け会社は弁護士を雇って、「これは単に意見に過ぎない」と反論。破綻直前の銀行の評価がA2からAAAと高い評価を付けていたのに倒産したのである。政府は税金7000億ドルで金融界を救済。世界中の企業が規模を縮小。米国での差し押さえ住宅は600万件。ネズミ講詐欺に近い。このタイミングで国は意図的に監督官を146人首にしている。保険会社のAIGは多重の保険を引き受けていた。職員が契約した目先の利益にボーナスを払うが、会社が倒産するかも知れないリスクへの罰則がない。

一方、貧しい者が一番被害を受ける結果となった。米国庶民の中にはテント生活を強いられる者もいる。仕事がなくローンが払えない。公立大学の授業料は年間1万ドル。そのため、若者は大学に行けない。このような状況に誰も責任を負わない。

ある銀行はジェット機6機、ヘリコプター1機を所有。その役員はコカイン、ストリップ、売春に走る(女性に1時間1000ドルを会社のお金で清算)。役員一人で5ー10億ドルの役員報酬や退職金をもらっている。リーマン・ショック後、銀行はより巨大化したという。

アカデミック社会の腐敗も深刻である。金融界は50億ドルをロビースト活動に注入。多くの大学教授が規制緩和を進めた。彼らが破綻をもたらした政策を作り大金を稼いでいたのだ。有名大学の学長が退職後、銀行や証券会社の顧問になって30万ドル以上の報酬をもらっている。報酬を受け取って金融界に有利な論文を書いても、その事実が論文に記載されない。ハーバード大学とコロンビア大学はコメントを出すことを拒否している(学長が率先して腐敗に加わっているのだから当然か)。

米国は上位1%だけが勝ち組となった。オバマ大統領の金融改革は腰砕けとなった。ブッシュと同じ政策を継続しているのだ。金融危機を起こして責任をとらない男を財務長官にしている。重要な職の顧問になったのは金融危機を作った者たちで、全く代わり映えがしない。起訴や逮捕は一件もない。日本における小沢一郎など比ではない。粉飾決済で訴えられた会社もない。「我々の仕事は複雑で君らには理解できない」と嘯いている。


米国は病んでいる。腐った金融界が政治を支配している。誰も責任をとらないひどい社会である。この映画を観た者は全員がそう思うはずである。米国や英国の若者がデモへ駆り立てられる気持ちが実によく理解できる。今、必見の映画である。(山本和利)

2011年10月13日木曜日

ハイパーインフレの悪夢

『ハイパーインフレの悪夢 ドイツ「国家破綻の歴史」は警告する』(アダム・ファーガソン著、新潮社、2011年)を読んでみた。

著者は、歴史学を修めたジャーナリスト。欧州統合に深く関わり、英国外務省の特別顧問、欧州議会の議員も務めた。本書は1975年に出版。2008年のリーマンショック後、古本屋で古書が21万円の値がついたそうだ。このように俄然注目を浴びてきたため復刊されたという。

第一次世界大戦後のドイツはハイパーインフレを体験した。敗戦で賠償金を払わなければならなくなったドイツは大量の国債発行を財政の切り札とした。マルクが溢れ、マルク安が進む。輸出品の値段が下がり、ドイツ経済は活性化する。企業倒産は減少し、失業率が下がる。ところがいいことばかりではない。そのうちに商品の値段が上がり始める。預金は愚かな行為となる。生活が苦しくなった労働者が賃上げを要求する。マルク相場の下落を見て外国人が商品を買いあさる。ついに紙幣の価値が1兆分の1になる。人々はインフレの犯人を「ユダヤ人」に求めた。信頼を失った紙幣は、ただの紙切れになる。このように池上彰氏が本書の冒頭で解説している。

本書では、インフレが進行した様子を克明に記述している。朝パン屋で、20マルクでパンを2本買って、昼にはそれが25マルクになっている。インフレの原因がユダヤ人のせいにされる。あらゆるものに「反対」を唱えるヒトラーが期待の星として輝きを増す。物価や賃金に関心をしめす中産階級がナチスになびく(インフレがなければ、ヒトラーは何も達成しなかった)。紙幣の乱発が通貨下落の原因とは誰も考えていない。ドイツ全体が経済的のみならず、道徳的にも崩壊してゆくプロセスが描かれている。

新たにレンテンマルクを導入し、1兆マルクを1レンテンマルクとした。国際投機家の大移動が起こり、徐々に通貨が安定した。商業が復活し、都市の食糧事情がよくなり、多くの社会購買力が上がり、工場は再開され、失業は急速に減り、人々の気力を蘇らせた。

紙幣の価値が崩壊してゆくプロセスは素人の私にもよく理解できるのだが、肝心の再生のプロセスがよくわからない。新紙幣を作るだけでそんなにうまくゆくとは思えないのだが・・・。東日本大震災の復興に膨大な資金がつぎ込まれることになろうが、本書は安易な国債発行大増刷ではインフレの萌芽を招きかねないということを警告している。(山本和利)

2011年10月12日水曜日

北海道の地域医療

10月11日、医学部4年生の『地域医療』の単元の中の
『北海道の地域医療』というテーマで講義をした。

冒頭の自己紹介で、自分は名古屋出身で名古屋市立大学卒だが、
北海道の地域医療がやりたくて北海道に移住し、
その後10年「総合医」として北海道の地域医療に従事し、
この度『医学教育』をやりたくて札幌医科大学に赴任したことを紹介した。

それだけに、『今日のこの講義のために自分はここにいるのだ』と
この講義に臨む並々ならぬ意気込みを学生諸君に示してから本題に入った。


北海道の人口10万人対医師数は全国平均とほぼ同じで、
最近崩壊が叫ばれている産科・小児科についても、
医師数自体は減っていないことを示した。

しかし、東北6県と新潟県をあわせてもまだ広い北海道では
2次医療圏が22もありその内、人口10万人対医師数が
全国平均を上回っているのは札幌と旭川だけであることを示し、、
根室や宗谷などは札幌圏の1/2にも満たない
医師数でしかないことを示した。

また、地方では病院までの救急搬送時間が非常に長く、
域外搬送も多いというデータを示し、そうした医療格差が、
札幌と地方とでの疾病構造の変化ももたらしていることを示した。
具体的には虚血性心疾患の年齢調整死亡比が
札幌と北網地方では15%ほども違うのだ。

ここで、どういった条件であれば、地方に勤務してもよいかを
学生に問いかけた。

 ・(勤務)期限が限られていること。 
 ・学会参加などの学ぶ機会が保障されていること
 ・一人ではなく複数での赴任であること
 ・指導医の体制が整っていること
 ・札幌に搬送する手だてがそろっていること。
 ・医療機器や診断機器がある程度そろっていること

など、医療側に求める意見から、

 ・町自体が活気があること。
 ・教育の環境が整っていること。
 ・交通網が整備されていること(空港や高速道路)
 ・札幌へ2時間程度で来られること
 ・地域住民があまり干渉してこないこと
 ・給与が他よりも高いこと
 ・ショッピングセンターがあること

など、行政や地域コミュニティーに求める意見も多数あった。


ここで、「地域に定着しやすい医師」のデータを紹介した。
1)地方出身者 2.9倍
2)総合医 3.1倍
3)早期に地方勤務を経験している 4.7 倍
4)へき地医師養成プログラムを受けた 4.7倍

医学部では「地域枠」や「特別推薦枠」などの入試制度で
1)や4)に対する対策はすでにとっている。

問題は2)と3)をどうするかだろう。
医学部を卒業した後、「総合医」を目指す研修医と、
研修初期に地方勤務に行くような研修医を
どうやったら輩出できるのだろうか?


ここで、札幌医科大学の建学の精神を示した。

・建学の精神
   医学・医療の攻究と「地域医療」への貢献

・理念
   「道民の皆様」に対する
   医療サービスの向上に邁進します

・中期目標(基本目標)
   創造性に富み人間性豊かな医療人を育成し、
   「本道の地域医療に貢献する」

この中で3回も北海道の地域医療に関係する言葉が使われている。

こういう理念を掲げた大学を「志願して入学した」
ということの意味を考えてもらった。
つまり、札幌医科大学で学ぶ以上、
卒業後は地域医療に貢献する「ある程度の義務を負う」ということだ。

しかし、日本国憲法には職業選択の自由の項目があり
「何人も、公共の福祉に反しない限り、
 居住、移転及び職業選択の自由を有する」

ここでいう、「公共の福祉」とは何か?
例えば、警察官・消防士・小中学校の先生などは、
どんな僻地でも必ず勤務することが義務付けられている。
これが「公共の福祉」だろう。

では、医療は「公共の福祉」に含まれるだろうかと問いかけた。


最後に
地域で求められる医師像として、「病院総合医」を紹介した。

1)自分の専門以外は入院も外来も見ない超専門医
2)一般外来程度の総合的なことはみられる専門医
3)一般入院程度の専門的なことはみられる総合医
4)どんな病気・年代の人でもとりあえず外来で見る家庭医

以上4つのタイプをわかりやすい図を用いて紹介した。
北海道の地域で求められているのは
地域の基幹病院で、よくある病気の入院診療を
域外搬送せずに完結することのできる病院総合医なのである。

こうした総合医が増えれば、
少人数でもある程度の入院診療は可能であろう。
地域医療再生の切り札となるであろう。

最後に
学生諸君に「札幌医科大学で学ぶ学生として」
地域医療のために何ができるか?を問うたところ、

・病院総合医を目指したいと思った。
・期限付きであれば地方勤務も自分のために必要だ
・もっと地方の医療の現状を知りたい。
・学生実習で地方病院を見てみたい。

などの前向きな意見がかなりあった。
わずか1時間の講義ではあったが、
自分の思いが多少なりとも伝わったかなと思った。
そう思いたい。

                 (助教 松浦武志)

2011年10月11日火曜日

人口論

『人口論』(マルサス著、光文社、2011年)を読んでみた。

マルサスはプロテスタントの牧師である。本書は1798年に書かれている。このころの世界人口は約2億人と推定される。当時の傲慢な進歩思想に対する警告の書として発刊されたという。理性信望主義者ウイリアム・ゴドウィンに喧嘩を売った本でもある。ゴドウィンは人間の本質は改善でき、本性によって生まれた社会制度は貧困なき世界を作るとも確信している。しかしながら、マルサスは2つの前提をもって反論する。そしてそれは自然の法則であると主張する。1)食料は人間の生存にとって不可欠である。2)男女間の性欲は必然であり、ほぼ現状のまま将来も存続する、と。事例として、未開民族の人口の少なさは、食料の少なさに由来すること、生活苦が人口を抑制し、結果的に食糧の産出と均衡させるものであることを取り上げる。この前提を信じる者をマルサス主義者というそうだ。

人口は何も抑制しなければ等比級数的に増加する。一方、人間の生活物資の増え方は等差級数的である(これには根拠が薄いとマルクスが批判しているそうだ)。生存の困難が人口の増加を絶えず強力に抑制する。食糧が増加すれば、人口は必ず増加する。人口を食糧と同じレベルに保たせるのは、貧困と悪徳である、と。このように主張してゴドウィンを否定する。自然・世の中はそんな甘くないと。

人口増加に対して、事前予防的な抑制と積極的な抑制とがある。さらに、女性に対する不道徳な習慣、大きな都市、不健康な製造業、奢侈、ペストのような伝染病、戦争がある。人口は、貧困および悪徳という2つの主要な抑制が取り除かれる程度にぴったり比例して増加する。

マルサスは、貧民を飢えさせ、子供を作らせないようにするのがよいとしている。このようにマルサスは、貧困の存在を正当化する。マルサスの原理は革命を否定する反革命である。

現在もマルサス主義者はなくならないようだ。人間には、上下関係、優劣をつけるという性(さが)があるからだろうか。昨今、無能な者には生きる権利がないという風潮が強く、貧困者、派遣労働者を切り捨ている論理が横行している。それにはプルードンが既に1848年に論文で反論しているという。まだまだ勉強して理論武装しなければならないと思いを新たにした。(山本和利)

2011年10月10日月曜日

デニーロ・ゲーム

『デニーロ・ゲーム』(ラウィ・ハージ著、白水社、2011年)を読んでみた。

著者は、ベイルート生まれ。レバノン内戦下のベイルートとキプロスで育つ。カナダに移住。写真家でもある。この経歴から推測すると、本文の内容は著者の自伝に近いのではないかと思わせるところがある。

主人公の青年と「デニーロ」と呼ばれる幼馴染との暴力と犯罪を繰り返す日々が綴られている。戦時下にあって徐々に、主人公は犯罪や殺戮にのめり込んでゆく。「デニーロ」とは、ロバート・デニーロが主演した映画『ディア・ハンター』に由来する。兵士が集まって、回転式の銃に弾を一発だけ残して、自分自身の頭に向けて順番に引き金を引くゲームである。実際に戦時下のベイルートでは多くの若者がこれを真似て命を落としたという。

非常にスピード感がある文章であり、犯罪も殺戮の場面も次々に展開してゆく。組織から受ける拷問、国外逃亡へと続いてゆく。最後の最後で、タイトルの『デニーロ・ゲーム』が活きてくる。

TVやゲームの映像では伝わらないであろう戦時下での荒んだ兵士の心理が描き出されている。一歩離れた日本のような場所にいて、ただ戦争反対とだけ唱えていればいいことなのか、考えさせられる。(山本和利)

2011年10月9日日曜日

ブラック・スワン

『ブラック・スワン』(ダーレン・アロノフスキー監督:米国 2010年)という映画を観た。

バレエ・カンパニーに所属する主人公に新作「白鳥の湖」のプリマを演じるチャンスが訪れる。それは純真な白鳥の女王だけでなく、邪悪で官能的な黒鳥も演じねばならない難役である。この主人公にとってそれをコナすことはストレスが高く、さらに黒鳥役が似合う奔放な新人ダンサーが現れ、彼女を精神的に追いつめていく。映像は、現実と悪夢の狭間をさまよう主人公を映し出す。

主人公を演じるナタリー・ポートマンはローマの休日のオードリー・ヘップバーンを思い出させる。彼女はハーヴァード大学で心理学を専攻した才媛でもある。

彼女の分析によると、この主人公は強迫性障害の典型といえるそうだ。皮膚を引っかいたり、拒食症になったりと。バレエをするまでの段階で儀式的なことを行っていることでもそう推測される。医療者としてはその辺も見どころとなろう。

出演者たちは、最高のバレエ指導者の下で本物のバレエダンサーに引けをとらないだけの血のにじむような稽古を積んだようだ。

トップを維持するには、気が狂うほどの努力と絶え間ないストレスが伴うということを教えてくれる映画であった。(山本和利)

2011年10月8日土曜日

専門医機構の会議

10月7日、東京で開催された専門医機構会議に内科学会から推薦されて参加した。

今回は、基本領域18学会から推薦されたサーベイラー(調査員)40名が集合した。そして、研修施設を評価する(サイトビジット)意義やその方法が説明された。

会に先立ち、池田康夫理事長からの挨拶。専門医制度の改革が社会一般で認識されている。基本領域の18学会で骨格を作る。専門医取得者にインセンティブがつくものにしたい。認定のプロセスの透明化を図り、第三者機構が行うようにしたい。ACGMEを参考にしてプログラムと研修施設を評価する(サイトビジット)。


まず、これまでの施設調査のまとめが話された。
2010年度は厚労省支援事業として10施設を選ばれ試行的に行われた。
各学会からサーベイラー・施設を推薦してもらった。関東を中心に23施設、45診療科を3名のチームで訪問した。

今後は、全国を7地区に分けて、継続的に行う。2011年度計画として、施設訪問調査の要領、1)サーベイヤー制度、2)調査票、3)評価の方法、が説明された。

質問として、複数の施設でプログラムを完結させている場合、どうするか。回答:基幹施設を視察する。

北海道では、札幌市内の4施設を年度内に視察する予定である。北海道地区の研修施設訪問調査チーフ・サーベイラーは以下の3名である。松野一彦氏(臨床検査)、平田公一氏(外科)、山本和利(内科)である。代表は松野一彦氏。11月28日に、18名のサーベイラーを加えて、札幌で説明会が開かれる予定である。

国民目線からも納得できるような専門医制度の構築に少しでも関われればと気持ちを新たにした。(山本和利)

2011年10月7日金曜日

血族の王

『血族の王』(岩瀬達哉著、新潮社、2011年)を読んでみた。

著者は、ジャーナリスト。年金等の金融に関わるノンフィクションを多数書いている。

本書は松下幸之助の評伝である。彼の94年の生涯が描かれている。父親の活動が裏目に出て家が没落し、丁稚奉公しながら家名再興を目指す。

二股ソケットの改良、ラジオ事業への参入、ソニーとのビデオディスク戦争等。様々な事業を通じて30万人を擁する家電王国に君臨した訳であるが、本書で一番の読みどころは、その時代時代で出会った人たちとの人間関係であろう。参考にすべき面と反面教師としても部分もある。

晩年の孫に事業を引き継がせようと画策する姿は、豊臣秀吉の晩年を連想させる。晩年の過ごし方を考えせる本でもある。(山本和利)

2011年10月6日木曜日

第4回日本医学雑誌編集者会議

10月5日、篠突く雨の中、東京の駒込にある日本医師会館で開催された第4回日本医学雑誌編集者会議にプライマリ・ケア連合学会誌編集委員長として参加した。日本医学会に加盟を認められたばかりなので、今回は初参加である。当学会の着席番号は109番であった。110雑誌の中の109番目の加入雑誌だからであろう。学会誌は167雑誌、J-Stage参加は58雑誌であるそうだ。 

北村聖委員長から紹介。
PubMed Centralの紹介。NIHの助成金をもらった雑誌・論文は全文論文が掲載される、ということが報告された。日本の雑誌は2誌しか参加していない。PubMedよりハードルが低い。XML形式である必要がある。J-StageとPubMed Centralに掲載するのがお勧めである。DOI(digital object identifier)が付与される。論文は社会が読むものであるという報告にパラダイム・シストしている。

医学用語管理委員会から報告。
WEB上で閲覧できるようになった。投稿規定の中に、医学用語辞典に準ずるという文言を入れてほしい。

シンポジウム
・ICMJE(医学雑誌編集者国際委員会:1978年設立)のガイドライン:中山健夫氏
「医学研究の科学性・倫理性」について言及。Integrity(公正さ):誠実、正確、効率、客観性の4つが重要。臨床試験登録の実現。利益相反の表明。

・WAME(世界医学雑誌編集者協会)のガイドライン:北川正路氏
国際的標準となっている方針が含まれていること。質向上のための手引きになっていること、等。

・二重投稿と重複発表:山崎茂明氏。
母語と英語版との二重出版を認めてほしいという要望がある。原則禁止。一流ではない雑誌に目立たない形で重複発表が行われている。調査すると重複発表が9%あり、北欧の著者に多い。医中誌では重複発表が35%、盗用が32%であった(2011年1月)。国内英文誌と和文誌または海外英文誌への重複投稿が中心である。視点や読者層が違えば、重複投稿は可能か?ある雑誌では、投稿された論文についてどの程度同じ表現があるかをチェックしたところ(クロスチェック)、15%ほどが同一研究内容に該当した。
Ingelfingerルール(医学雑誌発表前に他のジャーナルへ発表しない)。

・臨床試験登録について:木内貴弘氏。
研究計画の概要を事前に第三者機関に登録し、公開すること。研究者にはあまりメリットはないが、社会へのメリットがある。1)出版バイアスの防止、2)後付け解析の防止。
臨床試験事前登録をしていないと、雑誌の査読をしない(英文一流雑誌)。今後は投稿規定に義務付ける必要がある。事前登録なのか、途中改変がないかどうかのチェックが必要である。

・「日本医学会 医学雑誌編集のガイドライン」の構成案を北村委員長が説明。

参加する前までは億劫な気持ちが強かったが、参加してみて医学雑誌編集委員長としての重要性を再認識することができた。(山本和利)

みんなで足を見よう!

遅ればせながら、毎週木曜日朝に開催されているインターネット学習会
(プライマリケアレクチャーシリーズ)で
「糖尿病の足病変」の講義をしたので報告する。

かつて糖尿病診療といえば、血糖値とHbA1cだけで行なっているのが常であった。
その後、合併症としての網膜症や糖尿病性腎症がクローズアップされ、
最近では眼科との連携や尿中アルブミンの測定などは一般的に行われるようになった。

しかし、足病変に関しては関心が薄いのが現状である。

足病変は診断困難でも治癒困難でも予防困難でもない!
感度特異度の優れた簡単な身体診察法が存在し、
かつ、定期的な診察を継続することで
足切断を予防することができるというエビデンスも存在するのである。

これはぜひ普段の外来で実践したいものである。

神経障害性足の診断
音叉による振動On-Offテスト 感度53% 特異度99%
モノフィラメントによる圧覚検査    感度77% 特異度96%

虚血性足の診断
後脛骨動脈と足背動脈両方の拍動の欠如  感度70% 特異度95%

潰瘍予防可能性のある原因は86%
最も多いのは下肢皮膚の軽微な傷である(水虫含む)
そのため、足の視診が最も大切


以上を効率良く行う診察姿勢として、以下の写真を参照いただきたい。
この姿勢で上記の診察技法を手早く行えば、
ひとりの患者に書ける時間は慣れれば5分以内であろう。

毎日毎日全ての患者の足を見る必要はない。
糖尿病患者の3年後の潰瘍発生率は証明されており、
そのリスクの度合いによって、診察頻度を変えればよい。

神経障害なし       5.1% 1回/年
神経障害あり       14.3% 2回/年
神経障害・血管障害併存   18.8% 4回/年


糖尿病患者の一般外来での足の診察のシステム化が行われれば、
多くの患者の足切断を予防することができるであろう。

さぁ、明日から『みんなで足を見よう!』(助教 松浦武志)

2011年10月5日水曜日

学問

『学問』(山田詠美著、新潮社、2009年)を読んでみた。

著者は、官能小説家と言われることが多いように思われるが、本作はそんな風には感じさせない清々しさがある。ここでは4人の少年時代から青年期までを性への目覚めと学問への渇望を物語にしている。東京から引っ越してきた少女、リーダー格で人気者の少年、食いしん坊な少年、眠るのが生きがい(もしかしてナルコレプシー?)の少女。

各章のはじめに、数年から数十年後の彼らの訃報記事が掲載されているのが興味深い。それがあることによって、その後の運命を知っているが故に、少年時代の行動を深読みしてしまう(それも著者の狙いかもしれないが・・・)。再読してみると、はじめ関連がわからなかった最初の訃報記事と最後の訃報記事が繋がるようになっている。

本書は少年時代のことを思い出すのに、役立つのではないだろうか。(山本和利)

2011年10月4日火曜日

地域医療の講義

10月4日から、4先生を対象にした地域医療の講義が始まった。第1回目は山本和利が総論を述べた。地域医療の再生には、医師全員による助け合いが必要であることを述べたところ、1年くらいの短期間であれば、是非地域医療に関わりたいという学生が大部分であった。

また、この後に続く地域医療の現場で働く総合医・家庭医の話を楽しみにしているという声が寄せられた。

私も楽しみである。(山本和利)

2011年10月3日月曜日

地域医療体験キャンプ

10月1-2日、幌加内町で地域医療体験キャンプが行われました。
参加学生は4年生2名、1年生10名の合計12名です。

8:30本学に集合し貸切バスにて出発。途中バイタルサインのミニ講義を行い、12時に幌加内町国民健康保険病院に到着。

13時に開会式を行い、森崎院長の「地域医療」と「ライフストーリー」の講義を受けました。
2班に分かれ病院や保健福祉総合センター「アルク」などを見学。

その後2-3名の5グループに分かれ今回のメイン企画である「ライフストーリー聴取」を行いました。1年生が町民の方のご自宅にお伺いしインタビューを行うという新たな試みです。まだ実習にもでてない、今年入学したばかりの1年生が、まったく知らない土地で面識のない町民から生い立ちなど、人生について語ってもらう、というものです。各グループ、地図を頼りにお宅まで移動、90分間程度インタビューを行いました。

自己紹介、アイスブレーキング、話しのきっかけ作り、相づちによる語りの促進などなど、学生にとっては初めての体験で苦労した学生がほとんどでした。ただ町民の方々の学生に対する気配りなどあり、無事各グループ、ライフストーリー聴取することができました。

続いてせいわ温泉ルオントに移動し入浴。露天風呂などで体を温め、その後地域住民の方との情報交換会。ご多忙の中、土曜日にも関わらず住民の方々がご参加され、「幌加内町」の魅力や「地域医療」について情報交換をさせていただきました。

10月2日、朝8:30よりライフストーリーのまとめと血圧・脈拍測定実習。初めての血圧測定はなんとなくぎこちないものでしたが、真剣に取り組んでいる姿勢は非常によかったです。

ライフストーリー発表では、各5グループがスライドを用いながらそれぞれのインタビューをプレゼンテーションしました。そのプレゼンテーションはどのグループも非常に上手に、対話形式であったり、笑を誘うものであったりとレベルが高いものでした。改めて「ライフストーリー聴取」が学習効果が高く、学生の意識を高めるものであると感じました。

続いて中央生活改善センターにうつり、「そば打ち」を体験しました。練(ねり)や菊もみ、へそだし、のばし、そして切りを行い自分たちのそばを打ちました。各台により個性に富んだそばができましたが、自分たちで打ったそばは格別でした(ただ、そば道場の師匠が打ったそばはやはりプロで足元にも及びませんが・・・。)

14時、バスに乗って札幌へ。17時無事到着し解散。

先ほどまで、10月1日の「日々の振り返り」を読み、コメントを記入していましたが、今回のキャンプでは色々なことに気づきがあったようです。このようなやる気のある非常に優秀な学生達を担当することができ光栄です。今回のキャンプは後日、ランチョンセミナーでまとめを行い、報告書を作成する予定です。

幌加内町国民健康保険病院の森崎院長をはじめ、住民の皆様方には本当にお世話になり学生ともども感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。(地域医療総合医学講座 助教 武田)

2011年10月2日日曜日

日本PC連合学会誌編集委員会

10月2日、東京の医師会館で開催されたプライマリ・ケア連合学会誌編集委員会に参加した。

まず、投稿論文の審査状況の説明、第35巻4号の連載論文の進捗状況の説明が事務局からなされた。

続いて、査読の受理状況、カラーページへの対応について話し合われた。

投稿論文が増えていることから、査読を担当する編集委員を4名程度増やすことが提案された。

新たな企画3本が提案された。1)プライマリ・ケアの歴史を聞きとる、2)他雑誌の話題をピックアップする、3)リレーエッセイ、である。

優秀論文を表彰しようという意見も出された(理事会に提案予定)。乞うご期待。(山本和利)

A3

『A3』(森達也著、集英社、2010年)を読んでみた。

著者は映画監督で作家。1998年、オウム真理教を描いたドキュメンタリー映画『A』を公開。

Aとは何のイニシャルか。AUM(オウム真理教)、Agony(煩悶)、Antithese(反命題)、Alternative(代案)等が考えられるが、今回は内容を凝縮して麻原彰晃のAである。

まず、裁判の傍聴の記録から始まる。英語や意味不明の用語を繰り返す麻原と裁判長の漫才のような掛け合い。麻原は、第三次世界大戦が終わり、日本が消滅している前提で話をしている。精神が崩れかけている。尿失禁、便失禁をし、不規則な言動をし、痙攣を起こし、娘の顔を識別できないようだ。しかしながら麻原の精神鑑定が出ない。そのため治療されないまま放置されているらしい。その後、麻原の現在の挙動は精神障害を装う演技であるとする見解が、裁判所によって正式に認定された。はじめに死刑ありきのようだ。最高裁は、いくつかの裁判(小林薫、永山則夫被告)から3人以上殺したら死刑との量刑基準を示した。

著者は、麻原の過去を探ろうとするが、関係者が少なく、また居ても取材応じる者は少なく遅々として進まない。また、麻原の三女が受かった大学に入学を拒否された。その大学の学長は個人としての思想信条を押さえて、組織の論理を優先させたということのようだ(入学させると次年度の入学者が激減する、等)。

著者は麻原の起こしたことに対する責任能力を云々しているのではなく、訴訟能力があるかどうかを問うている。しかしながら、そこを誤解されるようだ。

著者はオウム真理教の一連の行動は、麻原のレセプターに取り巻き幹部のレセプターが反応しあって、最悪のシナリオで進んでいったためである、と捉えている。組織の崩壊がどのようにして起こるのかについて、大変参考になる。歯車の狂った指導者に取り巻きが、指導の期待に応えようと嘘で塗り固め、取り巻きからの情報だけを信じて益々深みにはまって崩壊に突き進む。

本書はオウム真理教裁判のいい加減さを告発しているばかりでなく、優れた組織分析論でもある。(山本和利)