札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2011年10月31日月曜日

第1回北海道地域医療教育研究会

10月30日、北海道大学学術交流会館で開催された第1回北海道地域医療教育研究会に参加した。

前沢政次氏から「地域医療教育のあい路」と題した挨拶があった。The SPICES modelを紹介。望ましい地域医療の5要素は、住民生活力、ネットワーク形成、チームケア、住民共助、文化創造。海外の考え方であるPEOPLE-centered health promotionを紹介。最後にHarden氏の教育者への「遺言」10カ条を紹介された。

第一部は「地域医療研修はどのようなプログラムが効果的か?」
大城忠氏(江差診療所)
・ベッドを閉鎖した。目標は2つ。1)研修医には地域をみる、2)困難事例を経験する。学生実習の紹介をされた。全盲の患者、脳性まひ、寝たきりの患者さんを介護する嫁さん等、グループホームへ訪問。外来見学。学生に患者さんが拍手してくれる。労働体験(漁)を計画。

一木崇宏氏(穂別診療所)
・有床診療所[19床]。総合医3名。研修医38名を受け入れ。既に進路が決まっている者22名。外来実習でcommon diseaseを体験(問診と身体診察)。院外活動。介護保険の理解。二次機関との連携。患者さんの経過をみる。生活者がいる地域(背景)として理解してもらう。穂別を好きになってもらう。研修報告会を実施。レクチャーをしてもらう。住民の協力も得ている。ハスカップ採取、化石採取、アスパラ狩り、農業体験、住民と対話。

中川貴史氏・西弘美氏(寿都町)
・医師3名。有床診療所(19床)。ある程度独立した医療を求められる。保健・医療・福祉の連携が重要。提供→協働→自立、を目指す。多職種連携教育を重視(50%以上の時間を割く)、幅広い家庭医の取り組み。保健師から報告。

小野司氏・十河真弓氏(栗山町)
・6名の研修医を受け入れ。若い医師の関心を高める。保健活動の充実。保健師の実践力を高める。

佐藤健太氏(勤医協札幌病院)
・目標は3つ。1)地域特有な事例を、責任をもって担当させる、2)地域を深く知り、住民や健康への影響を理解させる、3)多職種の事例への関わりを学ばせる。視野を広げて価値観を変えることが重要である。「参加型」、「問いを持った見学」が必要。地域視診(歴史の上での今を見せる、よそと比較する、職員・住民の意見を聞く)。漁師の家に3日間泊まり込み。木彫り、酪農の体験。患者さんも何かの専門家であることを自覚するようになる。ライフストーリーを聴取させる。他職種の体験をさせる。連携カンファランスに参加させる。報告会が効果的。地域志向型医学教育の理論を参考にしている。

古川亨君(札幌医科大学学生)
・FLAT(特別推薦枠学生+α)のメンバー。これまでの実習報告。病院外で地域の住民と関わったことが一番印象的であった。実習期間は1週間必要。できれば1カ月間、地域で暮らすことが重要。医師1年目に地域医療実習をするのもよいかと思った。研修中の宿泊施設の快適さが重要。その地域の産業、特産品、アピールポイント、その土地の魅力を伝えてほしい。Positive面を強調して欲しい。実習生に対して「何を伝えたいか」「何を学んでほしいか」を明確にしてほしい。

第2部「北海道総合内科医養成研修センターの現状と課題」
田村氏(北海道地域医師確保推進室)
・センターの指定要件。1)後期臨床研修プログラムを有していること、2)指導医が1名以上、3)総合内科外来を開設、4)病棟研修が可能であること。
現在、23施設が登録。2010年度は11施設、13研修医で実施。2011年度は11施設、23研修医の見込み。課題は4つ。1)研修医の確保、2)終了後の地域医療への従事、3)研修プログラムの充実、4)研修センターのネットワーク化。

笹川裕氏(留萌市立病院)
・広域な面の中で総合医を養成してゆく。奨学金をもらっている学生に、総合内科医養成支援センターでの研修を義務付けして欲しい。臨床疫学研究の場になる。

濱口杉大氏(江別市立病院)
・総合医が知己医療を行う主役である。チームで地域医療を行う必要がある。総合医を養成する研修教育環境の構築が最重要課題である。資金獲得も重要で、その資金を研修充実のために使用する(外部講師やアドバイザーに)。

佐古和廣氏(名寄市立総合病院)
・総合医の定義と役割を明確化する。65歳以上の患者さんは、30%が複数科を受診している。消化器内科が撤退したとき、紹介先で消化器内科であったのは15%に過ぎなかった。外来診療を効率的に行うには、総合医が初診を担当するのがよい。指導医の養成が急務である。これからの地域医療は総合医の診療連携が望まれる。

松井善典氏(更別国保診療所)
・総合医のケアと家庭医の両方を学ぶ。専門医や多職種との連携。総合医も家庭医のいる診療所で研修する相互養成システムが必要である。

最後に山本和利がまとめの代わりに「総合医の生涯教育」について講演した。(山本和利)

2011年10月30日日曜日

カウントダウンZERO

『カウントダウンZERO』(ルーシー・ウォーカー監督:米国 2010年)という映画を観た。

核兵器の廃絶を訴える映画である。「我々は糸でぶら下がった核の下にいる」というジョン・ケネディの言葉が繰り返される。核兵器を手にする方法は「盗む」「買う」「作る」の3つ。ロシアのウランは「じゃがいもですら、もっとしっかり保管されている」し、一般市民が生活苦からウランを盗み出している事例が提示される。

核爆発は「事故」、「誤算」、「狂気」の3つのことから引き起こされる。「一機のB52戦闘機が空中分解し、2つの核爆弾が落下した。6つの安全装置のうち5つが破壊され、最後の一つが作動して核爆発を食い止めた」という事実が明かされる。

監督の懸念は3つ。1)ならず者国家が核爆弾を作ること、2)テロリストが核爆弾をつくること、3)人為的ミスによる爆破が起こること。

本作には、世界中の様々な人物が登場し、「事故」、「誤算」、「狂気」の観点から発言している。
発射コードがどこかへ行ってしまったり、訓練用のテープが誤って流され核弾頭発射一歩手前までいったり、1ドルのコンピューターチップが誤作動したり、と数え上げたらきりがない。ロシアに向けて核弾頭が発射されたという情報をロシア軍部がキャッチし、マニュアルに従えば数分以内に大統領が報復の核爆弾を打ち返すことになっていたが、たまたまそのときにエリティンが酔っ払っていなかったため自制したという、笑うに笑えないエピソードが紹介されている。

米国、ロシアを合わせると世界の核兵器の90%以上を保有している現状で、映画の中の一般市民のように「no」という他にどう行動すればよいのだろうか。(山本和利)

2011年10月29日土曜日

家庭医の生涯教育

10月28日、藤沼康樹先生に学生講義終了後、スタッフ向けの講義をしていただいた。その内容はリアルタイムでPCLSのTV会議でも中継された。講義のタイトルは「家庭医の生涯教育」である。

生涯教育とは何か。どんな医師もマスターを目指す。しかしながら卒後の初期教育終了後における生涯教育の仕方を医師に教えていない。医師のパフォーマンスを規定するものは従来の「生涯教育」であるが、中年になると若いときに溜めた貯金を使い果たしてしまう。特にジェネラリストは藪医者化しやすい。従来の医学教育ストラテジーは、たくさんの経験をすることを重んじる。しかしながらそのようなやり方は若さに任せた研修中しか通用しない。年を取ると対象を狭くしないと一定のレベルが維持できない。そのため医師は益々狭い領域に専門分化してゆく。家庭医は広い領域に対応しなければならないので、この方法では生涯教育ができない。そこで別の方法が必要となる。

医師のパフォーマンスを規定するものは何か。「コンピテンシー」、「システム」、「個人の資質」の3つが一体となっていないといけない。

家庭医とは何か。五十嵐正紘氏がいうところの「長くそこにいて、すべてに関わる」ことであり、「特定の個人、家族、地域に継続的に関わる医師」であり、「高齢社会への対応」が求められ、「取り扱う頻度が急上昇している複雑な問題を取り扱う」。

家庭医の生涯学習は、「多種多様」であり、「網羅型」であり、「弱点補強型」であるべきである。家庭医が扱う問題は次の4つに分類できる。

・Simpleな問題
「症状・所見を重視」、「common diseaseのガイドラインのfollow」、「EBM」である。これには講義で対応できる。アリゴリスムがある。家庭医が知っておくべきものとして、日本医師会生涯教育プログラムに84項目が挙げられており、この内容について家庭医は15分間何も見なくても説明できることが必要である。

・Complicatedな問題
(simpleな問題×n)である。これらを講義することは難しい。解答が無限にあるからである。対応のコツは経験豊富な医師の中に存在している。「病院の症例カンファランスへの参加」、「エキスパートへの相談」、「ソーシャル・ネットワークでの相談」等で対応するとよい。外部の施設を利用する方法もある。

・Complexな問題
(simpleな問題×n)に留まらず、問題がさらに複雑で、個別性が非常に強い。文献を検索すると世界中で2つの大学だけがこの問題を研究しているに過ぎないことがわかった。これに対応するには「心が整えられるか」が重要である。対応する医師は、自分が巻き込まれないように意識しなければならない。その際にGreg Epsteinが提唱するMindful practitioner(禅の概念)が参考になる。Mindful practitionerは事故を起こしにくいという。このような人は次の4要素を併せ持つ。1)注意深い観察者である、2)分析的好奇心(わからないことを尊ぶ、若い人に頭を下げられる)がある、3)ビギナー精神(そういう考えもありますよねという気持ち)を持つ、4)存在感(たち振る舞いに信頼感がある、安心できる)がある。

・Chaoticな問題
この問題は将来どのような結末を迎えるか予測できない。終わってみてはじめて結論がわかることがほとんどである。これに教育法があるのか?「複雑さを表現する語彙の獲得」が重要で、看護、心理学、哲学等から借用する必要がある。「チーム・マネージメント」が必要である。一人ではできないという思いに至り、努力しても医療者を挫く事例が多いからである。必ずしも解決する必要はないのだ。Stabilizingを目標とするとよい。「地域の様々な医療保健福祉リソースの開拓」が重要で、いろいろな人を知っていると役立つ。困ったら地域に相談してみるとよい。「患者中心のコミュニケーション力を磨く」べきである。

これからの家庭医の生涯学習に必要なことは
・メンタリング
・Balint group session
・Practice based research network
・診療の質の改善
・チームワーク&リーダーシップ
・イノベーション
だそうだ。

絶えず新しい課題に挑戦している藤沼先生である。講義、ありがとうございました。(山本和利)

2011年10月28日金曜日

家庭医、家庭医療、家庭医療学

10月28日、医療福祉生協連 家庭医療学開発センターの藤沼康樹先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは「家庭医、家庭医療、家庭医療学」である。まず、自己紹介をされた。

日常遭遇する患者さんたちを次々と紹介された。
家庭医が思春期を診る。17歳女子高生。咽頭痛。予防的介入をすることが大事。都内の高校からの依頼講義は違法薬物、等が多い。

家庭医が子どもを診る。1歳の男児。微熱。第1子に何を聞くか? 予防注射、乳児健診。両親、祖父母の健康問題の相談に乗る。家族志向性小児保健。比較的元気な急性期の症状に対応する。夏休み子供企画。医学部1日体験入学。夏休みの自由研究になる。

54歳男性。腰痛。尿酸が7.8mg/dl.紹介が必要な腰痛(うつ病、膵がん、椎体炎)を除外する。

62歳男性。高血圧。定年の時期。夫が夫人の行動をチェックしたりすると、夫婦の危機となることあり。

44歳女性。糖尿病で血糖降下剤を内服。HbA1c:8.8%。夫がタクシー運転手、姑がアルツハイマー病、息子が高校中退。家族ライフサイクルを考慮する。タクシー不況、介護が大変。息子の突然の変化、肉食中心の食事。家族全体の相談役である。

27歳の女性。人混みで動機。パニック障害。アルコール、うつ病、パニック障害が家庭医が診る3大疾患である。

78歳男性。前立腺がんで通院中。がんの早期診断が重要。診療所のトイレにHIV、性感染症等のパンフレットを置く。予防と健康増進。待合室でインフルエンザのレクチャーをする。少人数で塩分について話し合いをしてもらう。(健康テーマパーク)

18歳男性。大学受験のための診断書希望。継続的に診る。医師がその人にとっての便利な資源になっている。

63歳男性。妻と二人暮らし。アルツハイマー病。家庭医はどう診るか?日本は、神経内科→精神科→在宅医療、となっている。

6歳女児。咳、鼻水。母親は妊娠中。大工の父親は喘息だが喫煙者。

非常に複雑な事例。50歳男性。リストラ対象。中国から帰国した妻。不登校の娘。アルツハイマー病の姑。

89歳女性。夜間尿失禁。糖尿病。利尿剤が増えた。膝OAで整形外科に通院中。白内障でよく見えない。4つが累積して尿失禁が起こっている。家庭医が高齢者を診る。50%しか解決できない。「物忘れ」「失禁」「元気がない」「フラフラする」などの問題を得意とする。健康なところ、元気なところを伸ばす(健康生成論)。

特定集団のケア。母子寮で予防接種を受けていない子供が多かった。公営団地で「孤独死」が多かった。地域でもっとも健康格差のある分野への取り組み。

五十嵐正絃氏の言葉が好き、「長く身近にいて、すべてに関わる」を紹介。

家庭医のよろず相談とは
日本は医療システムの使い方を国民に指導しない唯一の国である。ガイド役が重要。

臓器別専門医のケア・モデルは、「病い・疾患 = 連続体 患者 = エピソード」である。
一方、家庭医療のケア・モデルは、「患者/家族 = 連続・継続 病い/ ライフイベント = エピソード」である。何かあったら相談に乗る。年代別年間死亡者数の推移をみると百万人。将来は160万人。その25%が在宅死。

在宅医療の実際の事例を提示。がんの在宅緩和ケア、非がんの在宅緩和ケアが重要。

かかりつけ医と呼ばれるその医師がなにができるかがはっきりしない。質保証がされていない。保証するために、新しい言葉が必要である。

藤沼先生の気さくな人柄に好感をもった学生が多かった。家庭医の具体的なイメージができた、家庭医療とは深さよりもバラエティである、家庭医の振り幅の大きさを知った等、好意的な意見が寄せられた。藤生沼先生、ありがとうございました。(山本和利)

データからみる医療事情2

10月28日、松前町立松前病院の八木田一雄副院長のランチョン講義を拝聴した。講義のタイトルは「データからみる医療事情2」である。学生参加者は4年生が5名、3年生が2名、2年生が4名、1年生が5名。

はじめに、病院の課題について。
医師不足、看護婦不足、コメディカル不足、病院経営、医療サービス、等が挙げられる。

今回は待ち時間と患者満足度について話された。
松前病院の内科外来について。紙カルテである。高齢者、慢性疾患、軽症の急性疾患。徒歩、自家用車、バス、病院の送迎バス。
朝。患者の言葉に余裕があるが、2時間過ぎると患者さんの言葉にいらつきが目立つようになる。厚労省で「医者にかかる10カ条」を出している。

「3時間待ちの3分間診療」は日本に特有な現象。日本人の大病院志向。フリーアクセス。患者負担が少ない。薬剤の乱用が多い。薬依存の患者数の増加。病院のかけもち。受け付け順に診察。その日のうちに診察してもらえる。
ここで学生さんに許容できる待ち時間を質問した。

受療行動調査(2008年)結果を紹介。対象数は20万人で、78.5%の回答率。
医師の専門性を知りたい、検査の詳細、安全について知りたいが50%。
受診病院は、医師の紹介、家族・友人からの紹介:50%。
待ち時間は30分以内:40%、30分~60分:25%。
診察時間は3分‐10分:50%。現状は1時間待ちの10分間診療である。
説明をされている率:85%。
別の病院に重複受診:30%、同一病院は10%。
満足している患者は60%、ふつう:30%。

学生さんが行ったミニ研究を紹介された。仮説:「診察時間が長い方が、満足度が高い。」
16年目のある医師の診察。10時から12時に診た30名。結論:診察時間と待ち時間・診察時間とは関係なかった。

待ち時間対策として、診療開始時間を早める、予約制にする、複合施設を併設、患者にポケベルを渡す、等の対策が挙げられている。許容できる待ち時間は30分、院内滞在時間は平均68分。

今回は、地域病院の抱える問題点について勉強することができた。私自身も知らなかったことが多く、大変参考になった(山本和利)

2011年10月27日木曜日

医療の裏側

『医療の裏側でいま何がおきているのか』(大阪大学医学部 医療経済経営研究チーム編、ヴィレッジブックス、2009年)を読んでみた。

社会保障制度
1. 社会保障:国民同士の助け合い
2. 社会福祉:「ハンディキャップ」者へ役所が給付
3. 公的扶助:生活保護
4. 保健医療・公衆衛生:伝染病予防施策

日本は国民皆保険:サラリーマンと自営業者の二本立て。一般歳出の45%が社会保障費である。医療費の対GDP比は8%。1.2人の人間で一人の人間を支える時代が来る。
低出産は結婚・出産に伴う3つの壁があるからである。1)結婚の壁、2)出産の壁、3)複数の子供を持つことの壁。また夫が家事への参加が低いことも問題である。

給付のカットが始まった。介護保険に利用者が倍増。

個々の発言。
小塩隆士氏。「所得控除」をやめて「税額控除」に移行する。生活保護者に補助金を与えて、その金額で保険料を払ったとみなす。このような「マイナスの税金」をオランダが実行している。

武田裕氏。必要なのは一生涯一カルテ。健康増進をする医療施設と早期発見をする医療施設、そして病気の人が行く医療施設とをきちんと分類する。各施設が情報を共有して、その人物の「生涯カルテ」をつくる。ところがこのシステムがないため、患者さんは「できれば、軽い症状のときから最高レベルの医療施設に行きたい」と希望する。大病院集中が起こる。

市民病院を保健所と統合して、地域医療のコーディネーション機能を果たすようにする。

西村周三氏。自分の専門分野から出ようとしない日本人。日本の医療は産業として成立していない。薬剤師の有効活用。IT化が逆に負担になっている。

跡田直澄氏。自己負担3割は覚悟しなければならない。「医療基金25兆円」を準備し危機を乗り切る。保険料を年1.5兆円アップさせて、その分を基金として積み立てる。

医師の発言はあえてここに載せなかった。様々な分野の方々が医療再生策を打ち出している。長期的な視点でよりよい医療システムを構築したいものである。(山本和利)

2011年10月26日水曜日

日本高血圧学会総会

10月20-22日、栃木県は宇都宮市にて第34回日本高血圧学会総会が開催され、それに出席してきました。
(大会長がかつて大学で習った先生であり、大学時代を懐かしく思ってというのも出席の動機ではありますが・・・。)

高血圧患者は約4000万人にのぼると言われ、医師になれば必ず遭遇するCommonな疾患です。2009年に高血圧治療ガイドラインが改訂され(JSH2009)診断、治療方針などが示されました。ちょうどその頃、1人診療所に勤務したてで初めて高血圧患者に自分で降圧剤を処方しました。カルシウム拮抗薬かアンテンシン受容体拮抗薬か、などなどJSH2009を眺めながら悩んだ記憶があります。

基礎から臨床まで色々な演題がありましたが、自分は2次性高血圧のスクリーニングについて興味があったのでその教育セッションを中心に勉強してきました。他、学会で話題になっていたことは下記の通りです。

・ABPM(Ambulatory Blood Pressure Monitoring:24時間自由行動下血圧)の重要性
夜間血圧:non-dipperとriserが予後不良
dipper:昼間の血圧よりも10-20%降圧するもの
extreme-dipper:20%以上降圧
non-dipper:0-10%降圧
riser:0-20%昇圧
 現在、JAMP研究(Japan ambulatory blood pressure prospective study)進行中
・家庭血圧測定において、平均血圧も大切であるがSD(血圧変動のばらつき)も大切
・メタボリック症候群との関係性
・睡眠時無呼吸症候群
・肥満:異所性脂肪、Adipotoxicity(脂肪毒性)という考え方
・治療抵抗性高血圧:2次性高血圧症(特に原発性アルドステロン症のスクリーニング)
              ミネラルコルチコイド関連高血圧症

2日目のランチョンセミナー「RAS阻害薬+エプレレノンの有用性」に参加しましたが、決してエプレレノンに興味があった訳ではありません。実は、その演者が大学の同期だったからです。彼は地域医療を実践しながらも血圧の研究を行っており多数論文も出しています。何と自分は研究もしておらず、論文も書いてないことか・・・、と落胆。ま、これから徐々にやればよいか、と即、楽観。

様々なことが勉強になり、またかつての恩師とも再会でき、非常に有意義な学会でした。
(助教:武田真一)

2011年10月25日火曜日

家庭医療の実践

10月25日、手稲家庭医療クリニックの小嶋一先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは「家庭医療の実践- 離島、米国そして札幌-」である。自分自身のことを話すことを通じて「家庭医療」を伝えたい。

まず、手稲家庭医療クリニックのある日の外来を紹介。すい臓がん末期、不安障害、妊婦健診、予防接種、発熱・咳、喘息の聾唖者。

自己紹介をされた。東京生まれ。居酒屋で酔っ払いに囲まれて育った。九州大学卒。沖縄中部病院で研修。離島医療に従事。米国で家庭医の研修を受ける。2008年手稲渓仁会家庭医療センター(愛称「かりんぱ」)で活動。19床の有床クリニック(ホスピス・ケア)で、年間150名の看とりをしている。看取りの際にモニターは付けない。職員50名。初期研修医7名、後期研修医4名。内科、小児科、産婦人科を標榜。親子三代で受診する家族もいる。在宅医療もしている。地域医療への貢献も目指す。

これまでの道のりをさらに具体的に話された。初期研修は野戦病院のようなところで沢山の患者を診た。担当患者350名。離島に行くことが決まっていたので積極的に研修をした。週に140時間働いたことがある(寝る、食う、仕事しかない)。救急患者を年間900名診た。卒後3年目の離島経験。伊平屋島、人口1500人。医師一人、看護婦一人。毎日当直。風邪から心肺停止、外傷、精神錯乱まで何でもありであった。ここで、自分一人でもできるということを実感し自信がついた。慢性疾患への対応がわからなくてもう少し勉強したくなった。

米国Family medicine residency:2003年、先輩が道筋をつけてくれて米国へ行くことになった。5年間研修した。3年間の研修で無理なく開業ができる段階的なプログラム。開業を前提とした教育。継続外来専門施設で研修。外来診察数:150人(1年目)+1500人(2-3年目)。Family Health Center(FHC)は、指導医と研修医がグループ診療を行う。外来にロールモデルがゾロゾロいる。経営なども実地で学べる。

FHCでよく遭遇する問題:小児検診、風邪、健診、皮膚科、腰痛、腹痛、(糖尿病、高血圧が意外と少ない)。術前検診、避妊相談、うつ病、禁煙指導、麻薬中毒、等。FHCで家庭医の幅を思い知った。米国の研修で納得したのは、ロールモデルがいる、入院と外来のバランスがとれている、一人立ちするための移行システムである、等々。

家庭医になって、「何でも屋」であること、「継続性」が重要、「へき地医療に関わる医師のキャリアプラン支援」が必要、「家庭医養成の重要性」に気づいた。

公衆衛生修士として「地域の健康という視点」で、「公衆衛生の方法論」を用いて、「家庭医療の位置づけ」をしっかりとして、「医療・福祉・介護の連携」を模索したい。

家庭医・家庭医療とは
「患者が望むこと」はいつもシンプルである。すなわち原因の追及、体調を治してほしい、等。風邪の患者さんを風邪の診療だけで終わらせない。エビデンスを大切にする。これまでの縦割り医療では実現できない視点を持つ。予防、未病、健康増進も。複雑な要因を解きほぐし解決する。アクセスが容易である。人生の始まりから終わりまで関わる。年齢、性別、病気の種類を問わない。入り口としての役割。患者の味方になって共に悩みを分かち合う。複雑な問題を整理して導く。医療のプロフェッショナルである。「二歩先を読み、一歩先を照らす」患者さんを助けたい。仕事に誇りを持ちたい。成長し続けたい。人生の始まる前から関わる。患者が亡くなった後も家族と関わる。

ロールモデルやメンター(自分を理解、先を進んでいる、成長を助ける、尊敬に値する)に出会うことが大切。

日本の家庭医には未来がある。その理由として4つ挙げられる(僻地医療の崩壊、予防医療のエビデンスに基づいた実践、産科・小児・救急医療の人手不足、恵まれた保険制度)。

最後学生にエールを3つ送られた。「君の考えていることは全て間違っている」「どうせ間違っているからそのまま突き進め」「世界は変えられなくても自分は変われる」

家庭医よ、へき地へ行け!そこでいろいろなものが見えてくる。へき地医療を知らずして家庭医とは名乗って欲しくない。


学生たちは家庭医療についての具体的な内容について把握できたようだ。また離島医療、米国の研修医の実態について知ることで、医療そのものあり方について考えさせられたという意見が少なからず見られた。医療の根源に迫る講義であった。(山本和利)

2011年10月24日月曜日

「カネ」の話

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(西原理恵子著、理論社、2008年)を読んでみた。

著者は『毎日母さん』等を描く有名な漫画家。子供向けに書かれた理論社の「よりみちパン!セ」シリーズの一冊である。本シリーズは「家でも学校でも学べない」ことを本にしているのが売りという。

こどものころの貧乏な生活の描写で始まる。貧富の差がないから、貧乏人がいない。お金に余裕がないと、日常のささいなことが全部衝突のネタになる。「暴力」と「貧困」が同居し、居場所を失う。「貧しさ」は連鎖し、「さびしさ」も連鎖する。賭博にのめり込んだ父親の自殺が語られる。

高校を退学。大検に合格し、美大を目指して予備校へ。そこでは最下位であったという。最下位の人間には最下位の戦い方がある!自分のだめな所とよい所を冷静に判断できるようになった。出版社に売り込み。「プライドで飯は食えない。人が見つけてくれた自分のよさを信じて、その波に乗ってみたらよい。マイナスを味方につけなさい。」と子ども達にメッセージを伝える。

お金ができてからの賭博体験を披露している。賭博は、欲をかいている時点でもう負けだ。「借金」は、人と人との大切な関係を壊してしまう。「カネ」ってつまり、「人間関係」のことでもある、と。

「貧乏人」の子は貧乏人になる。泥棒の子は泥棒になる。非情な現実を訴える。その打開策の一つとして、ムハムド・ユヌス氏が導入したグラミン銀行(弱者のための銀行、女性に限定)を紹介している。竹細工で生計を立てている女の人たちに、自分のお金から材料費として27ドルを無担保・無利子で貸してあげたことに端を発している。

過酷な子供時代を過ごした著者の赤裸々な事実を綴った作品である。類い希な行動力で不幸を乗り越えた事例と言えよう。問題は誰もがこのような行動力をもっているわけではないということであろう。人は生まれた環境を乗り越えることができるのか? 難しい課題である。(山本和利)

2011年10月23日日曜日

三水カンファin足寄

10月22日、足寄町我妻病院において三水会が行われた。札幌組はバスをチャーターし、途中トイレ休憩を2回入れて4時間半で到着。参加者は22名。

はじめに山本和利の挨拶。続いて、我妻病院のケアマネージャーの中村さんから、「地域で研修医を育てる」という講演を拝聴した。地域医療の楽しさを伝え、人を育てることを目標としている。受け入れ学生数はこれまでに36名。研修医は22名。研修医指導や仕事を楽しんでいることが伝わってくる発表であった。

グループ・ワーク「医療と介護・福祉の連携」を3グループで話し合った。KJ法を使用。「相手がわからない。接点がない。」「温度差、価値観の違い。」「人手不足。」「システムがない。」などの阻害因子が出た。定期的に会合を開いてお互いを知ることから始めなければならない、という結論に落ち着いた。

足寄町福祉課寺本圭祐さん(社会福祉士)から「地域住民を守る」という講演。足寄町の高齢化率は33%。つり橋を渡らないと行きつかない家や馬と共に生きる家、鹿柵の中で鹿と共存する崩壊寸前の家を紹介。外風呂と外トイレの家がまだまだある。崩壊寸前の家に帰りたい脳梗塞後遺症患者さんの事例を多職種で検討し、家族と話し合いもした。結局、「本人はどうしたいのか?」が問題となり、本人と面談。「1回も家を見ていない」という話がでたので、「いよいよ家へ」帰った。自宅で寛いだ後、素直に「また病院へ」戻った。「髪を切って施設へ行く」と、納得された様子で決意を語った。
行政としては、「だれのためなのかを考える」、「それぞれが単独では何も解決しない」ことを学んだ。今回は、医療機関と連携がうまくいったため。現在、循環型支援システムを模索している。

研修医から振り返り2題。その前に司会役の松浦武志医師からSEAの説明。

ある研修医。54歳女性。糖尿病、脂質異常症あり。HbA1c:12%でインスリン導入の依頼あり。都会に娘が居住。統合失調症で一人暮らしである。今回三回目の入院。これまでインスリン導入を拒否。入院すると血糖値も改善していた。糖尿病コントロールの経緯が書かれていない。患者へインスリン導入について了承を得ないで紹介している。インスリン導入の必要性を説明したが、最終的には導入を見送った。紹介してきた医師に、同意をとってもらいたかったことを記載して郵送した。
娘にもっと関わってもらってはどうか、電話で主治医に確認してはどうか、食事の宅配サービスを利用する、という意見がでた。

ある研修医。嚥下障害、摂食不良の高齢者。認知症で寝たきりの70歳代男性。胃癌手術後、ASO、心不全。誤嚥性肺炎、踵の壊死で入院。脳の委縮。尿道カテーテル留置状態。
痰からみが強く、SaO2が低下したため、食事を止めた。ここで栄養管理のレヴュー。多くの家族は、栄養管理についてどうしたらよいか「わからない」と答える。最終的に、点滴ののみで、家族の持ち込み食可とした。その後、家族から病院食を食べさせたいと提案あり。数日後、永眠された。
クリニカル・パール:患者さんと医療者側で認識の差を自覚することが大切である。

理学療法士、栄養士、看護師、社会福祉士等、様々な職種の方々が参加してくれたため、医師だけでは思いつかない意見が出た。多職種によるカンファランスの重要性を再認識させられた。

今回は1泊1,070円の青年の家を利用。簡易ベッドに自分でシーツや枕カバーを付けて就寝。学生時代に泊まったユースホステルを思い出した。翌日、玄関前で記念写真を撮ってバスで4時間半かけての帰宅の途についた。(山本和利)

2011年10月22日土曜日

猿の惑星 創世記

『猿の惑星 創世記』(ルパート・ワイアット監督:米国 2011年)という映画を観た。

1968年に制作され、猿に支配される地球の未来を提示して映画ファンを驚嘆させた『猿の惑星』の起源を映像化した作品である。前作には人類の核戦争に対する危機意識が反映されている。本作は現在の遺伝子工学に対する危険性を訴える内容になっている。

『猿の惑星』を観ている者には、大変興味深い。なぜ『猿の惑星』で支配者となるシーザーが生まれたのか? 名付けの由来は? どうして人類が滅んだのか?等々。未見者の興味を殺ぐので内容についてはあえて言及しないが、現在の科学、医学知識が存分に盛り込まれ、なるほどと納得させられる内容になっている。父親の病気や隣人の職業も伏線になっている。

表情や動作だけで演技するチンパンジーが素晴らしい。演じたのは『ロード・オブ・ゼ・リング』でゴラムを、『キンギ・コング』でキング・コングを演じたアンディ・サーキスである。DVDで遅れて観るよりも、映画館で、リアルタイムで観て欲しい映画である。(山本和利)

2011年10月21日金曜日

患者中心のケア

教室抄読会で
「Measuring Patients’ Perceptions of Patient-Centered Care: A Systematic Review of Tools for Family medicine Annals of FM WWW.ANNFAMMED.ORG VOL.9,NO.2 MARCH/APRIL 2011」
を読んでみた。

「1990年から2009年までの文献を系統的に検索して、患者中心性について探った論文である。3000近くの論文を以下にある4つの概念のうち、2つ以上を包含する論文を選択すると21文献となり、さらに突き詰めてゆくと、患者中心のケアの内容を図るツールと言えるのは、StewartとMead and Bowerの2つのモノがあることが判明した。これらは外来を主体としたモノで、慢性患者管理などに使うには限界がある。」

患者中心性の概念的枠組みは4つに集約できる。
 Disease and illness experience
 Whole person
 Common ground
 Patient-doctor relationship
と Stewartはまとめ、

 Patient-as-person
 Bio-psychosocial perspective
 Sharing power and responsibility
 Therapeutic alliance
と Mead and Bowerはまとめている。言葉は違うが内容は酷似している。

山本和利が翻訳したStewartの『患者中心の医療』は2011年現在でもまだまだ通用しそうである。(山本和利)

2011年10月20日木曜日

30分間外来血圧測定

教室抄読会で
A Novel Approach to Office Blood Pressure Measurement: 30-Munute Office Blood Pressure vs Daytime Ambulatory Blood Pressure
Annals of FM WWW. ANNFAMMED.ORG VOL.9,NO.2 MARCH/APRIL 2011:128-35
を読んでみた。

「外来で自動血圧計を用いて5分ごとに30分間測定する血圧値は24時間血圧測定値と遜色がないことが示された。これを利用することでwhite-coat and masked hypertensionを検出できる。」

高血圧の分類
正常血圧
 OBP<140/90mmHg,
 30-m OBPM<135/90mmHg
白衣高血圧
 OBP>140/90mmHg,
 30-m OBPM<135/85mmHg
マスクド高血圧
 OBP<140/90mmHg,
 30-m OBPM>135/85mmHg
高血圧
 OBP>140/90mmHg,
 30-m OBPM>135/85mmHg
(山本和利)

2011年10月19日水曜日

数学で読み解く

『数学で読み解くあなたの一日』(ジェイソン・I・ブラウン著、早川書房、2010年)を読んでみた。

著者はカナダのダルハウジー大学理学部数学・統計学科の数学教授。音楽についても造詣が深い。

はじめに、ある整数が9で割り切れるかを調べる方法を解説している。整数論のひとつの紹介と言えよう。

グラフについて。折れ線グラフで傾向と変化量がわかる。最適な線を見つける方法は直線回帰と呼ばれる。円グラフは相対的な比較に優れているが、実際の数が隠れてしまう。最低値を0にしないといった、グラフを使って騙す方法も紹介されている。

統計について。平均と標準偏差、平均への回帰。P値を自慢することの無意味さ。相関するからといって、一方の要素が他方の要素の原因となっているということを意味しない。
統計的にリスクが非常に少なくても日常的に危険な行為を繰り返すと、自動的により高いリスクのレベルに上がってゆくという冒険家の死亡例を紹介している。また、リンパ節が大きくなったときの悪性リンパ腫である確率を例にとって、条件付確率、ベイズの定理を紹介している。

夫婦の旅行、地球温暖化「ゲーム」を例に囚人のジレンマを紹介している。フラクタル、自己相似性についても触れている。

「日常生活の様々なことを数学で読み解いていく」と著者が言っているように、これまで数学に関心がなかった者が興味をもつ契機になるかもしれない。初級者向き。(山本和利)

2011年10月18日火曜日

総合医と臓器別専門医

10月18日、勤医協中央病院総合診療・家庭医療・医学教育センターの臺野巧先生の講義を拝聴した。昨年に続いて2度目。はじめに講義のポイントは「Think globally, Act locally.」で始まった。その後、自己紹介をされ、脳外科医から総合医への転身された経緯を話された。スケート部で東医体三連覇、学園祭実行委員長、POPS研究会で活躍。学生会を創設し、寮生活の改善活動をしたとのこと。

脳外科時代は、臨時手術、当直業務、緊急呼び出しが主な業務。充実していたが、年をとると大変と感じていた。同窓会にゆくと他の専門医となった医師も同じ悩みを持っていることがわかった。専門以外の知識がないため全科当直が非常にストレスだった。CT,MRIで異常がないと薬だけ出して終わりということが多い。めまいの患者ではDPPVが一番多いが、脳外科ではそれに対応できない。頭痛の99%に異常はない。画像に異常がないとNSAIDsを処方して、薬剤誘発性頭痛を作っている。うつ病も見逃すことが多い。受けた教育が偏っていることを痛感した。そんなとき、『家庭医・プライマリケア医入門』という本に出会った。総合医とは総合する専門医なのだということがわかった。

札幌医大の総合診療科で総合医としての基礎づくりをした(病歴聴取、身体診察など)。学生さんとの学習会:EBM。勤医協へ赴任してから教育の重要性に気付いた。またそこで総合医が認められていることへの驚きと健全なスペシャリズムのあることを知った。

日本の医療情勢。
高齢化率の上昇し、複数の問題を抱えている患者や加齢・廃用の比率増加。総合医、老年医学のニーズが増加する。病院機能の限界。健康増進が重要。複雑系を扱う専門性が必要。Versatilist(十分深い専門性と周辺分野も適度に詳しい:造語)がもう少し増えていかないと日本の医療はうまくゆかない。専門医を活かすためにはもっとたくさんの総合医が必要。超専門医は少人数でよい。そうなれば相乗効果がでやすい、休みをとりやすい。John Fryの「理想の医療供給体系」を紹介。

世界の医療情勢。
マッキンゼーによる分析。各専門医数の規制がないのは米国と日本のみである。医師への規制があるのが世界の流れである。不足する科ではインセンティブを賦与している。
米国の現状:コストが他の国の2倍で、GDPの17%(2008年)。高額な医療機器の使用と外科手技が多いためである。臓器別専門医が多いと医療費がかかる。プライマリケア医の育成を強化する。一方、英国の現状。医療費を8.4%に上げた。プライマリケアを重視し、患者満足度が上がった。

これから医師になる方への問題提起。
総合医が提供する医療は専門医よりもレベルが低いのか?「NO!」である。卒業時にプライマリケア医を目指すのは数%である。各科の専門医の必要数が検討されていない。「日本の医師は、できれば最初の5年間くらいはgeneral physicianとしてのトレーニングを積むべきだ」というハワイ大学外科町淳二先生の言葉を引用。

general physicianになるには、初期研修が重要で、そこで育まれるジェネラルマインドが大事。それはローテーションをしただけでは身に着かない。居間の初期研修は本幹なき枝葉末節教育になっていないか。よい研修とは、病歴と身体診察を重視した研修医向けカンファランスをやっていること。研修目標が明確であること。うまくいっている病院とは、大学の派遣を受けていない、ジェネラルマインドをもっている、教育に力を入れている病院である。臓器専門医と総合医が協力することが大事である。

勤医協中央病院の新しい取り組みを紹介。屋根瓦式研修医教育やMini-CEX,プロフェッショナリズム教育、ヒアリハットカンファランス、等。

先輩からの熱いメッセージであった。それに対して学生さんから「日本や世界の専門医、総合医の実態について知ることができて有意義であった」「初期に幅広い研修を受けたいと思うようになった」いう意見が寄せられた。(山本和利)

2011年10月17日月曜日

睡眠時無呼吸症候群

10月6日、第339回PCLSで「睡眠時無呼吸症候群」を発表しました。

実はPCLSの発表は今回が初めてです。普段は「勉強になるな~」と気軽に参加していましたが、いざ発表となると「本当に自分でよいのか? このような内容でよいのか??」などなど色々考えてしまいました。全国各地の先生方の、朝の貴重な時間、無駄にする訳にはいきません。発表の直前まで、スライドを直したりしていました(←何カ月も前から発表の予定わかっているのならば、きちんと準備しておくべきなのですが・・・・。)

「睡眠時無呼吸症候群」は、ここ数年の間に、交通事故などで広く認知されるようになりました。調べてみると色々なことがわかりました。なんと紀元前4Cから「肥満、睡眠、呼吸停止」などの記述があるのです。肺胞低換気のPickwick症候群もイギリスの小説家 Dickens の「Pickwick Papers」に由来するものであったり、1969年には気管切開が治療法として用いられていたりと。

要点
睡眠呼吸障害 Apnea Hypopnea Index(AHI)≧5 は日本に約200万人以上いると推定される。
睡眠時無呼吸症候群の85%は診断されていない。
ベッドパートナーや日中の過剰な眠気が診断のきっかけになる。
日本人の場合、睡眠時無呼吸症候群の1/4~1/3は肥満なし。
すなわち①容器としての骨格、②内容物としての軟部組織、③筋トーヌスの相互関係
高血圧症、糖尿病、心疾患などと関係があり、メタボリック症候群の呼吸器バージョン
一晩の簡易検査(自宅)にてスクリーニングできる。
治療としてダイエット、側臥位での睡眠、マウスピース、CPAP(持続陽圧呼吸)がある。

睡眠時無呼吸症候群は思っていたよりも有病率が高く、また必ずしも肥満とは関係ない。
しかも高血圧症など生活習慣病と密接な関係を持ち、治療法もある程度確立されてきたことなど、プライマリ・ケア、地域医療、総合医療、家庭医療などに関わる自分たちには必須の知識なのかもしれません。(助教武田真一)

大聖堂

『大聖堂(上)(中)(下)』(ケン・フォレット著、新潮社、1991年)を読んでみた。

本書は中世イングランドを舞台にした物語。文庫本3巻の構成で1,800ページ。1120年から1174年にわたる54年間を綴った歴史小説。

執筆の契機は、「なぜ、大聖堂がつくられたのか」と、ロンドンまでの列車を待つ間に思いついたからだそうだ。スパイ小説を書く合間にも大聖堂の構想は生き続けた。それから10年間、中世史に関する本を読み続けたという。1986年に執筆に着手。資料が少なく、かつての王宮跡地はすでに公園やスーパーマーケットになっており、現地取材も困難を極めたようだ。

建築についても詳細な記述があるが、専門過ぎてつい斜め読みになってしまう。それよりも修道院長フィリップとキングズブリッジ司教ウォルランとの知恵比べが面白い。人生で成功するためには、知恵と誠実さ、行動力、運、が必要であると再認識させられる。恋愛小説、家族愛の小説としても読める。ジャックとアリエナの恋の行方。加えてウイリアム・ハムレイの謀略・蛮行とそれに対する修道院長フィリップ+石工ジャック・ジャクソンたちの防御対策も面白い。秋の夜長を過ごすのにお勧めである。(私の場合は専ら飛行機かIRの列車の中であるが・・・)。(山本和利)

2011年10月16日日曜日

エージェント6

『エージェント6(上)(下)』(トム・ロブ・スミス著、新潮社、2011年)を読んでみた。

スケールの大きな新人作家の登場である。本書は『チャイルド44』『グラーグ57』に続く三部作の完結編である。3作品とも文庫本上下2巻900ページの構成。息も付かせず読者を引き込んでゆく。主人公は旧ソ連の秘密警察捜査官レオ・ドモドフ。『チャイルド44』は連続殺人事件の捜査、『グラーグ57』は極寒の強制労働所やハンガリー動乱のブダペストで超人的な活躍をする。

本書の話は1950年のモスクワを訪れた米国の黒人歌手の警護場面で始まる。この冒頭の数ページの話が15年後のニューヨーク、そのまた15年後のアフガニスタンへと繋がってゆく。

共産主義の黒人歌手、妻、養女、歌、夫婦愛、アフガニスタン紛争、米国社会の不平等、アヘン、モスクワ、ニューヨーク、カブール等のキーワードに基づいた話が上下2巻に散りばめられている。

「エージェント6」とは何か。どこまで読んでも出てこない。はじめはゆっくりと、徐々に話が加速し、15年後の想像もしない場面に読者は連れて行かれてしまう。

著者はまだ3作品しか書いていない。どの作品もタイトル末に数字がついている。たして100になるのかな、等と考えたりした。ならないネ。「44」、「57」、「6」。この3つの数字に何か意味があるのだろうか。次の作品タイトルにも数字が入るのだろうか。興味は尽きない。(山本和利)

2011年10月15日土曜日

FLATランチョンセミナー

10月14日、FLATランチョンセミナーが開催されました。4年1名、3年2名、2年1名、1年11名、教官3名の計18人

まずは武田真一助教の司会で10月2日、3日に行われたFLAT幌加内町キャンプの振り返りを行った。幌加内への道中のバスの中で行われた武田助教によるバイタルサインについてのミニレクチャーに始まり、幌加内町国民健康保険病院での施設見学と紹介が行われた。森崎龍郎院長はじめスタッフの方々によるレクチャー、幌加内のそば打ち名人に手打ちそばを教えていただいた地域の方との交流イベントなど、スライドショーには当日の充実した行事の様子が披露されました。

引き続いてメンバーのH君によるライフストーリー聴取のレポート発表。

ライフストーリーの主人公は町内在住の80代女性。
生い立ちからの若き日の思い出や人生のパートナーとなる伴侶との出会い、結婚して迎えた新しい家族との触れ合い、晩年になり伴侶との別れ、その時の友人たちとの感動的な思い出。現在は地域の老人クラブで人望を受け、役職を引き受けて生き生きと暮らしている事などがH君の若い感性のフィルターを通して語られました。

ライフストーリー聴取に参加した感想として、H君はインタビューの方法について、同じグループだったTさんから背景となる歴史に対する認識不足など反省点が述べられました。

最後に山本和利教授がプレゼンテーションの重要性とコミュニケーション力の必要性を強調された。患者さんの話をどのように聞くか、その結果患者さんの人生を知る事で、その人の病気だけでなく一人の人間としての興味をもつことが医療者としての力になるといった内容のまとめのコメントがありました。

学生の皆さん、河本一彦・武田真一両助教の先生、幌加内の森崎龍郎・夏目寿彦先生並びに幌加内町の皆様、御参加有難うございました。そしてお疲れ様でした。

私は当日利尻島への出張の為に参加できませんでしたが、FLATメンバーの皆さんが、実際に地域に赴いて、そこに住む人々の暮らしや人生にふれ地域医療の奥行きについて学ぶ、良い機会であったと感じました。(助教 稲熊良仁)

2011年10月14日金曜日

インサイド・ジョッブ

『インサイド・ジョッブ』(チャールズ・ファーガソン監督:米国 2010年)というDVDを観た。

米国の金融界の腐敗を一般の人にも分かるように映像化している。監督は補足の映像で、金融界のトップ75人を監獄行きにすれば、金融危機は起こりにくくなると提案している。

映画はアイスランドの光景から始まる。2000年、規制緩和により外国企業が押し寄せ、地熱を利用した施設ができたが、その結果自然が破壊される。3大銀行を民営化した結果、バブルが出現。そのとき3銀行に対して米国の格付けは最高ランクをつけていた。2008年9月15日、リーマンブラザースが倒産。全世界の5000万人が貧困以下になった。バブル崩壊。監督官は権限があるのに何もしなかったことが明かされる。

この後、米国での経緯が説明される。
1980年に規制が外れ、銀行が投資に走った。その規制緩和にグリーンスパーンが暗躍している。レーガン大統領もその政策を支持。クリントン政権も同様。その結果、違法な合併を認めることになった。そして、金融界が巨大化し、ロビー活動が活発になる。エンロンの不正にも関与している。

90年代に入ると金融工学が導入され、デリバティブを生む。その結果、何でも投資対象になった。彼らはデリバティブを規制することに反対し、推進する法案が成立する。住宅ローンのデリバティブを創ったことで、住宅ローンの返還金は世界の投資家に回るようになった。住宅ローンは2000年から2003年に4倍になった。投資銀行は利潤の高いサブプライムローンを好んだ。1,000億ドル単位の金が金融界に流れた。2007年、住宅価格が2倍になった。顧客は、平均で99.3%を借金で賄っていた(大部分の者が貯金がないのに借金で家を買っている)。

世界各国の年金基金が買った理由は、格付け会社がAAAをつけたからであったが、証券は紙くずとなった。格付け会社は弁護士を雇って、「これは単に意見に過ぎない」と反論。破綻直前の銀行の評価がA2からAAAと高い評価を付けていたのに倒産したのである。政府は税金7000億ドルで金融界を救済。世界中の企業が規模を縮小。米国での差し押さえ住宅は600万件。ネズミ講詐欺に近い。このタイミングで国は意図的に監督官を146人首にしている。保険会社のAIGは多重の保険を引き受けていた。職員が契約した目先の利益にボーナスを払うが、会社が倒産するかも知れないリスクへの罰則がない。

一方、貧しい者が一番被害を受ける結果となった。米国庶民の中にはテント生活を強いられる者もいる。仕事がなくローンが払えない。公立大学の授業料は年間1万ドル。そのため、若者は大学に行けない。このような状況に誰も責任を負わない。

ある銀行はジェット機6機、ヘリコプター1機を所有。その役員はコカイン、ストリップ、売春に走る(女性に1時間1000ドルを会社のお金で清算)。役員一人で5ー10億ドルの役員報酬や退職金をもらっている。リーマン・ショック後、銀行はより巨大化したという。

アカデミック社会の腐敗も深刻である。金融界は50億ドルをロビースト活動に注入。多くの大学教授が規制緩和を進めた。彼らが破綻をもたらした政策を作り大金を稼いでいたのだ。有名大学の学長が退職後、銀行や証券会社の顧問になって30万ドル以上の報酬をもらっている。報酬を受け取って金融界に有利な論文を書いても、その事実が論文に記載されない。ハーバード大学とコロンビア大学はコメントを出すことを拒否している(学長が率先して腐敗に加わっているのだから当然か)。

米国は上位1%だけが勝ち組となった。オバマ大統領の金融改革は腰砕けとなった。ブッシュと同じ政策を継続しているのだ。金融危機を起こして責任をとらない男を財務長官にしている。重要な職の顧問になったのは金融危機を作った者たちで、全く代わり映えがしない。起訴や逮捕は一件もない。日本における小沢一郎など比ではない。粉飾決済で訴えられた会社もない。「我々の仕事は複雑で君らには理解できない」と嘯いている。


米国は病んでいる。腐った金融界が政治を支配している。誰も責任をとらないひどい社会である。この映画を観た者は全員がそう思うはずである。米国や英国の若者がデモへ駆り立てられる気持ちが実によく理解できる。今、必見の映画である。(山本和利)

2011年10月13日木曜日

ハイパーインフレの悪夢

『ハイパーインフレの悪夢 ドイツ「国家破綻の歴史」は警告する』(アダム・ファーガソン著、新潮社、2011年)を読んでみた。

著者は、歴史学を修めたジャーナリスト。欧州統合に深く関わり、英国外務省の特別顧問、欧州議会の議員も務めた。本書は1975年に出版。2008年のリーマンショック後、古本屋で古書が21万円の値がついたそうだ。このように俄然注目を浴びてきたため復刊されたという。

第一次世界大戦後のドイツはハイパーインフレを体験した。敗戦で賠償金を払わなければならなくなったドイツは大量の国債発行を財政の切り札とした。マルクが溢れ、マルク安が進む。輸出品の値段が下がり、ドイツ経済は活性化する。企業倒産は減少し、失業率が下がる。ところがいいことばかりではない。そのうちに商品の値段が上がり始める。預金は愚かな行為となる。生活が苦しくなった労働者が賃上げを要求する。マルク相場の下落を見て外国人が商品を買いあさる。ついに紙幣の価値が1兆分の1になる。人々はインフレの犯人を「ユダヤ人」に求めた。信頼を失った紙幣は、ただの紙切れになる。このように池上彰氏が本書の冒頭で解説している。

本書では、インフレが進行した様子を克明に記述している。朝パン屋で、20マルクでパンを2本買って、昼にはそれが25マルクになっている。インフレの原因がユダヤ人のせいにされる。あらゆるものに「反対」を唱えるヒトラーが期待の星として輝きを増す。物価や賃金に関心をしめす中産階級がナチスになびく(インフレがなければ、ヒトラーは何も達成しなかった)。紙幣の乱発が通貨下落の原因とは誰も考えていない。ドイツ全体が経済的のみならず、道徳的にも崩壊してゆくプロセスが描かれている。

新たにレンテンマルクを導入し、1兆マルクを1レンテンマルクとした。国際投機家の大移動が起こり、徐々に通貨が安定した。商業が復活し、都市の食糧事情がよくなり、多くの社会購買力が上がり、工場は再開され、失業は急速に減り、人々の気力を蘇らせた。

紙幣の価値が崩壊してゆくプロセスは素人の私にもよく理解できるのだが、肝心の再生のプロセスがよくわからない。新紙幣を作るだけでそんなにうまくゆくとは思えないのだが・・・。東日本大震災の復興に膨大な資金がつぎ込まれることになろうが、本書は安易な国債発行大増刷ではインフレの萌芽を招きかねないということを警告している。(山本和利)

2011年10月12日水曜日

北海道の地域医療

10月11日、医学部4年生の『地域医療』の単元の中の
『北海道の地域医療』というテーマで講義をした。

冒頭の自己紹介で、自分は名古屋出身で名古屋市立大学卒だが、
北海道の地域医療がやりたくて北海道に移住し、
その後10年「総合医」として北海道の地域医療に従事し、
この度『医学教育』をやりたくて札幌医科大学に赴任したことを紹介した。

それだけに、『今日のこの講義のために自分はここにいるのだ』と
この講義に臨む並々ならぬ意気込みを学生諸君に示してから本題に入った。


北海道の人口10万人対医師数は全国平均とほぼ同じで、
最近崩壊が叫ばれている産科・小児科についても、
医師数自体は減っていないことを示した。

しかし、東北6県と新潟県をあわせてもまだ広い北海道では
2次医療圏が22もありその内、人口10万人対医師数が
全国平均を上回っているのは札幌と旭川だけであることを示し、、
根室や宗谷などは札幌圏の1/2にも満たない
医師数でしかないことを示した。

また、地方では病院までの救急搬送時間が非常に長く、
域外搬送も多いというデータを示し、そうした医療格差が、
札幌と地方とでの疾病構造の変化ももたらしていることを示した。
具体的には虚血性心疾患の年齢調整死亡比が
札幌と北網地方では15%ほども違うのだ。

ここで、どういった条件であれば、地方に勤務してもよいかを
学生に問いかけた。

 ・(勤務)期限が限られていること。 
 ・学会参加などの学ぶ機会が保障されていること
 ・一人ではなく複数での赴任であること
 ・指導医の体制が整っていること
 ・札幌に搬送する手だてがそろっていること。
 ・医療機器や診断機器がある程度そろっていること

など、医療側に求める意見から、

 ・町自体が活気があること。
 ・教育の環境が整っていること。
 ・交通網が整備されていること(空港や高速道路)
 ・札幌へ2時間程度で来られること
 ・地域住民があまり干渉してこないこと
 ・給与が他よりも高いこと
 ・ショッピングセンターがあること

など、行政や地域コミュニティーに求める意見も多数あった。


ここで、「地域に定着しやすい医師」のデータを紹介した。
1)地方出身者 2.9倍
2)総合医 3.1倍
3)早期に地方勤務を経験している 4.7 倍
4)へき地医師養成プログラムを受けた 4.7倍

医学部では「地域枠」や「特別推薦枠」などの入試制度で
1)や4)に対する対策はすでにとっている。

問題は2)と3)をどうするかだろう。
医学部を卒業した後、「総合医」を目指す研修医と、
研修初期に地方勤務に行くような研修医を
どうやったら輩出できるのだろうか?


ここで、札幌医科大学の建学の精神を示した。

・建学の精神
   医学・医療の攻究と「地域医療」への貢献

・理念
   「道民の皆様」に対する
   医療サービスの向上に邁進します

・中期目標(基本目標)
   創造性に富み人間性豊かな医療人を育成し、
   「本道の地域医療に貢献する」

この中で3回も北海道の地域医療に関係する言葉が使われている。

こういう理念を掲げた大学を「志願して入学した」
ということの意味を考えてもらった。
つまり、札幌医科大学で学ぶ以上、
卒業後は地域医療に貢献する「ある程度の義務を負う」ということだ。

しかし、日本国憲法には職業選択の自由の項目があり
「何人も、公共の福祉に反しない限り、
 居住、移転及び職業選択の自由を有する」

ここでいう、「公共の福祉」とは何か?
例えば、警察官・消防士・小中学校の先生などは、
どんな僻地でも必ず勤務することが義務付けられている。
これが「公共の福祉」だろう。

では、医療は「公共の福祉」に含まれるだろうかと問いかけた。


最後に
地域で求められる医師像として、「病院総合医」を紹介した。

1)自分の専門以外は入院も外来も見ない超専門医
2)一般外来程度の総合的なことはみられる専門医
3)一般入院程度の専門的なことはみられる総合医
4)どんな病気・年代の人でもとりあえず外来で見る家庭医

以上4つのタイプをわかりやすい図を用いて紹介した。
北海道の地域で求められているのは
地域の基幹病院で、よくある病気の入院診療を
域外搬送せずに完結することのできる病院総合医なのである。

こうした総合医が増えれば、
少人数でもある程度の入院診療は可能であろう。
地域医療再生の切り札となるであろう。

最後に
学生諸君に「札幌医科大学で学ぶ学生として」
地域医療のために何ができるか?を問うたところ、

・病院総合医を目指したいと思った。
・期限付きであれば地方勤務も自分のために必要だ
・もっと地方の医療の現状を知りたい。
・学生実習で地方病院を見てみたい。

などの前向きな意見がかなりあった。
わずか1時間の講義ではあったが、
自分の思いが多少なりとも伝わったかなと思った。
そう思いたい。

                 (助教 松浦武志)

2011年10月11日火曜日

人口論

『人口論』(マルサス著、光文社、2011年)を読んでみた。

マルサスはプロテスタントの牧師である。本書は1798年に書かれている。このころの世界人口は約2億人と推定される。当時の傲慢な進歩思想に対する警告の書として発刊されたという。理性信望主義者ウイリアム・ゴドウィンに喧嘩を売った本でもある。ゴドウィンは人間の本質は改善でき、本性によって生まれた社会制度は貧困なき世界を作るとも確信している。しかしながら、マルサスは2つの前提をもって反論する。そしてそれは自然の法則であると主張する。1)食料は人間の生存にとって不可欠である。2)男女間の性欲は必然であり、ほぼ現状のまま将来も存続する、と。事例として、未開民族の人口の少なさは、食料の少なさに由来すること、生活苦が人口を抑制し、結果的に食糧の産出と均衡させるものであることを取り上げる。この前提を信じる者をマルサス主義者というそうだ。

人口は何も抑制しなければ等比級数的に増加する。一方、人間の生活物資の増え方は等差級数的である(これには根拠が薄いとマルクスが批判しているそうだ)。生存の困難が人口の増加を絶えず強力に抑制する。食糧が増加すれば、人口は必ず増加する。人口を食糧と同じレベルに保たせるのは、貧困と悪徳である、と。このように主張してゴドウィンを否定する。自然・世の中はそんな甘くないと。

人口増加に対して、事前予防的な抑制と積極的な抑制とがある。さらに、女性に対する不道徳な習慣、大きな都市、不健康な製造業、奢侈、ペストのような伝染病、戦争がある。人口は、貧困および悪徳という2つの主要な抑制が取り除かれる程度にぴったり比例して増加する。

マルサスは、貧民を飢えさせ、子供を作らせないようにするのがよいとしている。このようにマルサスは、貧困の存在を正当化する。マルサスの原理は革命を否定する反革命である。

現在もマルサス主義者はなくならないようだ。人間には、上下関係、優劣をつけるという性(さが)があるからだろうか。昨今、無能な者には生きる権利がないという風潮が強く、貧困者、派遣労働者を切り捨ている論理が横行している。それにはプルードンが既に1848年に論文で反論しているという。まだまだ勉強して理論武装しなければならないと思いを新たにした。(山本和利)

2011年10月10日月曜日

デニーロ・ゲーム

『デニーロ・ゲーム』(ラウィ・ハージ著、白水社、2011年)を読んでみた。

著者は、ベイルート生まれ。レバノン内戦下のベイルートとキプロスで育つ。カナダに移住。写真家でもある。この経歴から推測すると、本文の内容は著者の自伝に近いのではないかと思わせるところがある。

主人公の青年と「デニーロ」と呼ばれる幼馴染との暴力と犯罪を繰り返す日々が綴られている。戦時下にあって徐々に、主人公は犯罪や殺戮にのめり込んでゆく。「デニーロ」とは、ロバート・デニーロが主演した映画『ディア・ハンター』に由来する。兵士が集まって、回転式の銃に弾を一発だけ残して、自分自身の頭に向けて順番に引き金を引くゲームである。実際に戦時下のベイルートでは多くの若者がこれを真似て命を落としたという。

非常にスピード感がある文章であり、犯罪も殺戮の場面も次々に展開してゆく。組織から受ける拷問、国外逃亡へと続いてゆく。最後の最後で、タイトルの『デニーロ・ゲーム』が活きてくる。

TVやゲームの映像では伝わらないであろう戦時下での荒んだ兵士の心理が描き出されている。一歩離れた日本のような場所にいて、ただ戦争反対とだけ唱えていればいいことなのか、考えさせられる。(山本和利)

2011年10月9日日曜日

ブラック・スワン

『ブラック・スワン』(ダーレン・アロノフスキー監督:米国 2010年)という映画を観た。

バレエ・カンパニーに所属する主人公に新作「白鳥の湖」のプリマを演じるチャンスが訪れる。それは純真な白鳥の女王だけでなく、邪悪で官能的な黒鳥も演じねばならない難役である。この主人公にとってそれをコナすことはストレスが高く、さらに黒鳥役が似合う奔放な新人ダンサーが現れ、彼女を精神的に追いつめていく。映像は、現実と悪夢の狭間をさまよう主人公を映し出す。

主人公を演じるナタリー・ポートマンはローマの休日のオードリー・ヘップバーンを思い出させる。彼女はハーヴァード大学で心理学を専攻した才媛でもある。

彼女の分析によると、この主人公は強迫性障害の典型といえるそうだ。皮膚を引っかいたり、拒食症になったりと。バレエをするまでの段階で儀式的なことを行っていることでもそう推測される。医療者としてはその辺も見どころとなろう。

出演者たちは、最高のバレエ指導者の下で本物のバレエダンサーに引けをとらないだけの血のにじむような稽古を積んだようだ。

トップを維持するには、気が狂うほどの努力と絶え間ないストレスが伴うということを教えてくれる映画であった。(山本和利)

2011年10月8日土曜日

専門医機構の会議

10月7日、東京で開催された専門医機構会議に内科学会から推薦されて参加した。

今回は、基本領域18学会から推薦されたサーベイラー(調査員)40名が集合した。そして、研修施設を評価する(サイトビジット)意義やその方法が説明された。

会に先立ち、池田康夫理事長からの挨拶。専門医制度の改革が社会一般で認識されている。基本領域の18学会で骨格を作る。専門医取得者にインセンティブがつくものにしたい。認定のプロセスの透明化を図り、第三者機構が行うようにしたい。ACGMEを参考にしてプログラムと研修施設を評価する(サイトビジット)。


まず、これまでの施設調査のまとめが話された。
2010年度は厚労省支援事業として10施設を選ばれ試行的に行われた。
各学会からサーベイラー・施設を推薦してもらった。関東を中心に23施設、45診療科を3名のチームで訪問した。

今後は、全国を7地区に分けて、継続的に行う。2011年度計画として、施設訪問調査の要領、1)サーベイヤー制度、2)調査票、3)評価の方法、が説明された。

質問として、複数の施設でプログラムを完結させている場合、どうするか。回答:基幹施設を視察する。

北海道では、札幌市内の4施設を年度内に視察する予定である。北海道地区の研修施設訪問調査チーフ・サーベイラーは以下の3名である。松野一彦氏(臨床検査)、平田公一氏(外科)、山本和利(内科)である。代表は松野一彦氏。11月28日に、18名のサーベイラーを加えて、札幌で説明会が開かれる予定である。

国民目線からも納得できるような専門医制度の構築に少しでも関われればと気持ちを新たにした。(山本和利)

2011年10月7日金曜日

血族の王

『血族の王』(岩瀬達哉著、新潮社、2011年)を読んでみた。

著者は、ジャーナリスト。年金等の金融に関わるノンフィクションを多数書いている。

本書は松下幸之助の評伝である。彼の94年の生涯が描かれている。父親の活動が裏目に出て家が没落し、丁稚奉公しながら家名再興を目指す。

二股ソケットの改良、ラジオ事業への参入、ソニーとのビデオディスク戦争等。様々な事業を通じて30万人を擁する家電王国に君臨した訳であるが、本書で一番の読みどころは、その時代時代で出会った人たちとの人間関係であろう。参考にすべき面と反面教師としても部分もある。

晩年の孫に事業を引き継がせようと画策する姿は、豊臣秀吉の晩年を連想させる。晩年の過ごし方を考えせる本でもある。(山本和利)

2011年10月6日木曜日

第4回日本医学雑誌編集者会議

10月5日、篠突く雨の中、東京の駒込にある日本医師会館で開催された第4回日本医学雑誌編集者会議にプライマリ・ケア連合学会誌編集委員長として参加した。日本医学会に加盟を認められたばかりなので、今回は初参加である。当学会の着席番号は109番であった。110雑誌の中の109番目の加入雑誌だからであろう。学会誌は167雑誌、J-Stage参加は58雑誌であるそうだ。 

北村聖委員長から紹介。
PubMed Centralの紹介。NIHの助成金をもらった雑誌・論文は全文論文が掲載される、ということが報告された。日本の雑誌は2誌しか参加していない。PubMedよりハードルが低い。XML形式である必要がある。J-StageとPubMed Centralに掲載するのがお勧めである。DOI(digital object identifier)が付与される。論文は社会が読むものであるという報告にパラダイム・シストしている。

医学用語管理委員会から報告。
WEB上で閲覧できるようになった。投稿規定の中に、医学用語辞典に準ずるという文言を入れてほしい。

シンポジウム
・ICMJE(医学雑誌編集者国際委員会:1978年設立)のガイドライン:中山健夫氏
「医学研究の科学性・倫理性」について言及。Integrity(公正さ):誠実、正確、効率、客観性の4つが重要。臨床試験登録の実現。利益相反の表明。

・WAME(世界医学雑誌編集者協会)のガイドライン:北川正路氏
国際的標準となっている方針が含まれていること。質向上のための手引きになっていること、等。

・二重投稿と重複発表:山崎茂明氏。
母語と英語版との二重出版を認めてほしいという要望がある。原則禁止。一流ではない雑誌に目立たない形で重複発表が行われている。調査すると重複発表が9%あり、北欧の著者に多い。医中誌では重複発表が35%、盗用が32%であった(2011年1月)。国内英文誌と和文誌または海外英文誌への重複投稿が中心である。視点や読者層が違えば、重複投稿は可能か?ある雑誌では、投稿された論文についてどの程度同じ表現があるかをチェックしたところ(クロスチェック)、15%ほどが同一研究内容に該当した。
Ingelfingerルール(医学雑誌発表前に他のジャーナルへ発表しない)。

・臨床試験登録について:木内貴弘氏。
研究計画の概要を事前に第三者機関に登録し、公開すること。研究者にはあまりメリットはないが、社会へのメリットがある。1)出版バイアスの防止、2)後付け解析の防止。
臨床試験事前登録をしていないと、雑誌の査読をしない(英文一流雑誌)。今後は投稿規定に義務付ける必要がある。事前登録なのか、途中改変がないかどうかのチェックが必要である。

・「日本医学会 医学雑誌編集のガイドライン」の構成案を北村委員長が説明。

参加する前までは億劫な気持ちが強かったが、参加してみて医学雑誌編集委員長としての重要性を再認識することができた。(山本和利)

みんなで足を見よう!

遅ればせながら、毎週木曜日朝に開催されているインターネット学習会
(プライマリケアレクチャーシリーズ)で
「糖尿病の足病変」の講義をしたので報告する。

かつて糖尿病診療といえば、血糖値とHbA1cだけで行なっているのが常であった。
その後、合併症としての網膜症や糖尿病性腎症がクローズアップされ、
最近では眼科との連携や尿中アルブミンの測定などは一般的に行われるようになった。

しかし、足病変に関しては関心が薄いのが現状である。

足病変は診断困難でも治癒困難でも予防困難でもない!
感度特異度の優れた簡単な身体診察法が存在し、
かつ、定期的な診察を継続することで
足切断を予防することができるというエビデンスも存在するのである。

これはぜひ普段の外来で実践したいものである。

神経障害性足の診断
音叉による振動On-Offテスト 感度53% 特異度99%
モノフィラメントによる圧覚検査    感度77% 特異度96%

虚血性足の診断
後脛骨動脈と足背動脈両方の拍動の欠如  感度70% 特異度95%

潰瘍予防可能性のある原因は86%
最も多いのは下肢皮膚の軽微な傷である(水虫含む)
そのため、足の視診が最も大切


以上を効率良く行う診察姿勢として、以下の写真を参照いただきたい。
この姿勢で上記の診察技法を手早く行えば、
ひとりの患者に書ける時間は慣れれば5分以内であろう。

毎日毎日全ての患者の足を見る必要はない。
糖尿病患者の3年後の潰瘍発生率は証明されており、
そのリスクの度合いによって、診察頻度を変えればよい。

神経障害なし       5.1% 1回/年
神経障害あり       14.3% 2回/年
神経障害・血管障害併存   18.8% 4回/年


糖尿病患者の一般外来での足の診察のシステム化が行われれば、
多くの患者の足切断を予防することができるであろう。

さぁ、明日から『みんなで足を見よう!』(助教 松浦武志)

2011年10月5日水曜日

学問

『学問』(山田詠美著、新潮社、2009年)を読んでみた。

著者は、官能小説家と言われることが多いように思われるが、本作はそんな風には感じさせない清々しさがある。ここでは4人の少年時代から青年期までを性への目覚めと学問への渇望を物語にしている。東京から引っ越してきた少女、リーダー格で人気者の少年、食いしん坊な少年、眠るのが生きがい(もしかしてナルコレプシー?)の少女。

各章のはじめに、数年から数十年後の彼らの訃報記事が掲載されているのが興味深い。それがあることによって、その後の運命を知っているが故に、少年時代の行動を深読みしてしまう(それも著者の狙いかもしれないが・・・)。再読してみると、はじめ関連がわからなかった最初の訃報記事と最後の訃報記事が繋がるようになっている。

本書は少年時代のことを思い出すのに、役立つのではないだろうか。(山本和利)

2011年10月4日火曜日

地域医療の講義

10月4日から、4先生を対象にした地域医療の講義が始まった。第1回目は山本和利が総論を述べた。地域医療の再生には、医師全員による助け合いが必要であることを述べたところ、1年くらいの短期間であれば、是非地域医療に関わりたいという学生が大部分であった。

また、この後に続く地域医療の現場で働く総合医・家庭医の話を楽しみにしているという声が寄せられた。

私も楽しみである。(山本和利)

2011年10月3日月曜日

地域医療体験キャンプ

10月1-2日、幌加内町で地域医療体験キャンプが行われました。
参加学生は4年生2名、1年生10名の合計12名です。

8:30本学に集合し貸切バスにて出発。途中バイタルサインのミニ講義を行い、12時に幌加内町国民健康保険病院に到着。

13時に開会式を行い、森崎院長の「地域医療」と「ライフストーリー」の講義を受けました。
2班に分かれ病院や保健福祉総合センター「アルク」などを見学。

その後2-3名の5グループに分かれ今回のメイン企画である「ライフストーリー聴取」を行いました。1年生が町民の方のご自宅にお伺いしインタビューを行うという新たな試みです。まだ実習にもでてない、今年入学したばかりの1年生が、まったく知らない土地で面識のない町民から生い立ちなど、人生について語ってもらう、というものです。各グループ、地図を頼りにお宅まで移動、90分間程度インタビューを行いました。

自己紹介、アイスブレーキング、話しのきっかけ作り、相づちによる語りの促進などなど、学生にとっては初めての体験で苦労した学生がほとんどでした。ただ町民の方々の学生に対する気配りなどあり、無事各グループ、ライフストーリー聴取することができました。

続いてせいわ温泉ルオントに移動し入浴。露天風呂などで体を温め、その後地域住民の方との情報交換会。ご多忙の中、土曜日にも関わらず住民の方々がご参加され、「幌加内町」の魅力や「地域医療」について情報交換をさせていただきました。

10月2日、朝8:30よりライフストーリーのまとめと血圧・脈拍測定実習。初めての血圧測定はなんとなくぎこちないものでしたが、真剣に取り組んでいる姿勢は非常によかったです。

ライフストーリー発表では、各5グループがスライドを用いながらそれぞれのインタビューをプレゼンテーションしました。そのプレゼンテーションはどのグループも非常に上手に、対話形式であったり、笑を誘うものであったりとレベルが高いものでした。改めて「ライフストーリー聴取」が学習効果が高く、学生の意識を高めるものであると感じました。

続いて中央生活改善センターにうつり、「そば打ち」を体験しました。練(ねり)や菊もみ、へそだし、のばし、そして切りを行い自分たちのそばを打ちました。各台により個性に富んだそばができましたが、自分たちで打ったそばは格別でした(ただ、そば道場の師匠が打ったそばはやはりプロで足元にも及びませんが・・・。)

14時、バスに乗って札幌へ。17時無事到着し解散。

先ほどまで、10月1日の「日々の振り返り」を読み、コメントを記入していましたが、今回のキャンプでは色々なことに気づきがあったようです。このようなやる気のある非常に優秀な学生達を担当することができ光栄です。今回のキャンプは後日、ランチョンセミナーでまとめを行い、報告書を作成する予定です。

幌加内町国民健康保険病院の森崎院長をはじめ、住民の皆様方には本当にお世話になり学生ともども感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。(地域医療総合医学講座 助教 武田)

2011年10月2日日曜日

日本PC連合学会誌編集委員会

10月2日、東京の医師会館で開催されたプライマリ・ケア連合学会誌編集委員会に参加した。

まず、投稿論文の審査状況の説明、第35巻4号の連載論文の進捗状況の説明が事務局からなされた。

続いて、査読の受理状況、カラーページへの対応について話し合われた。

投稿論文が増えていることから、査読を担当する編集委員を4名程度増やすことが提案された。

新たな企画3本が提案された。1)プライマリ・ケアの歴史を聞きとる、2)他雑誌の話題をピックアップする、3)リレーエッセイ、である。

優秀論文を表彰しようという意見も出された(理事会に提案予定)。乞うご期待。(山本和利)

A3

『A3』(森達也著、集英社、2010年)を読んでみた。

著者は映画監督で作家。1998年、オウム真理教を描いたドキュメンタリー映画『A』を公開。

Aとは何のイニシャルか。AUM(オウム真理教)、Agony(煩悶)、Antithese(反命題)、Alternative(代案)等が考えられるが、今回は内容を凝縮して麻原彰晃のAである。

まず、裁判の傍聴の記録から始まる。英語や意味不明の用語を繰り返す麻原と裁判長の漫才のような掛け合い。麻原は、第三次世界大戦が終わり、日本が消滅している前提で話をしている。精神が崩れかけている。尿失禁、便失禁をし、不規則な言動をし、痙攣を起こし、娘の顔を識別できないようだ。しかしながら麻原の精神鑑定が出ない。そのため治療されないまま放置されているらしい。その後、麻原の現在の挙動は精神障害を装う演技であるとする見解が、裁判所によって正式に認定された。はじめに死刑ありきのようだ。最高裁は、いくつかの裁判(小林薫、永山則夫被告)から3人以上殺したら死刑との量刑基準を示した。

著者は、麻原の過去を探ろうとするが、関係者が少なく、また居ても取材応じる者は少なく遅々として進まない。また、麻原の三女が受かった大学に入学を拒否された。その大学の学長は個人としての思想信条を押さえて、組織の論理を優先させたということのようだ(入学させると次年度の入学者が激減する、等)。

著者は麻原の起こしたことに対する責任能力を云々しているのではなく、訴訟能力があるかどうかを問うている。しかしながら、そこを誤解されるようだ。

著者はオウム真理教の一連の行動は、麻原のレセプターに取り巻き幹部のレセプターが反応しあって、最悪のシナリオで進んでいったためである、と捉えている。組織の崩壊がどのようにして起こるのかについて、大変参考になる。歯車の狂った指導者に取り巻きが、指導の期待に応えようと嘘で塗り固め、取り巻きからの情報だけを信じて益々深みにはまって崩壊に突き進む。

本書はオウム真理教裁判のいい加減さを告発しているばかりでなく、優れた組織分析論でもある。(山本和利)

2011年10月1日土曜日

米と肉

『歴史のなかの米と肉』(原田信男著、平凡社、1993年)を読んでみた。

日本の食生活の基本は「米と魚」である、というのが日本史のシナリオだそうだ。米作りを基本とする農民と、狩猟による肉食を前提とした狩猟民という構図が対立関係にある、と長い間意識され続けて来た。なぜ米が貴重な食物とされ尊ばれたのか。なぜ日本人が肉を食べなくなったのか。

本書は、中世に米が肉を駆逐してゆく過程や、天皇と差別や国家との関わりについて検討している。(天皇=聖、被支配者=穢れ)

福沢諭吉が肉食を勧め、森鴎外が米を中心とした日本食を勧めたそうだ(精白米を多用したため陸軍における戦場での脚気死亡者を増加させてしまったが・・・)。

歴史を遡ると、縄文時代は漁業。肉食する素材は鳥以外には鹿(カノシシ)と猪(イノシシ)。弥生時代に米が加わる。食料家畜も加わる。王権(天皇)の正統性の強調に際して米が登場し、米を頂点とする農作物に国の基本が置かれ、海と山の魚介や鳥獣が従とされた。これは神話や祭祀から確かめられる。仏教の伝来後、その殺生禁断の思想が徐々に広まり、肉を否定して米を重視する政策が選択された。そして、肉食が穢れと結びついた。米の収奪を基本とする幕藩制国家の政策は、確実の米の生産を増大させていった。肉食に基づく差別論が江戸時代でも展開された。

地域で見てみよう。北海道と沖縄には、米を至上のものとする価値観が根付かず、肉の禁忌が存在しないと同時に、日本の枠内からも除外されていた。肉の禁忌がないところには(天皇の勢力が及ばない場所)差別が存在しなかった。

料理史として米と肉に言及した部分も興味深い。「何を食べるか」のなかに日本の歴史、思想が脈々と流れていることがよくわかる。(山本和利)