札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2012年11月30日金曜日

臨床疫学のまとめ

1129日、4年生を対象にした「臨床」シリーズの最終回の講義を行った。

前半は、第一外科の水口准教授による「ガイドライン」の話。ガイドラインが出来るまでのプロセスをわかりやすく語ってもらった。

科学的に現象を説明しようとする場合、医療ではy=ax+bという一次関数にしたモデルを採用している。健康でいる率をY軸、喫煙年数をx軸にとるとS字型をとる。それを一次関数(直線)にしようとするには、Y軸の健康でいる率をオッズに変換してグラフを書くと指数関数に近くなる。そこでそのオッズをさらに対数にすると直線に変換できるのである。この手法が多重ロジステック回帰分析である。

そして現象がどのくらいその直線に乗るかみるのが寄与率である。このような多変量解析を用いて計算しても、生身の人間を対象とした研究では相関係数はせいぜい0.5にしかならない。つまり統計学的には、寄与率は0.5×0.5=0.25であり、人間を対象にした場合25%しか説明できないのである。とは言え、科学的であるためには、絶えず勉強して25%の科学性を確保する努力が必要であることを強調した。

 最後に「ハチはなぜ大量死したのか(Fruitless Fall)」、「奇跡のリンゴ」(石川拓治著:幻冬舎 2008年)など、科学的に農業に取り組む話をした。(山本和利)

 

2012年11月22日木曜日

11月の三水会


1121日、札幌医大で、ニポポ研修医の振り返りの会が行われた。松浦武志助教が司会進行。後期研修医:2名。他:7名。

研修医から振り返り2題。

ある研修医。長引く咳の0歳児。扁桃腺培養で百日咳。急性胃腸炎後の低血糖の4歳児。ケトン陽性。アセトン血性嘔吐症。ノロウイルスとロタウイルスの重複感染。発熱、嘔吐、腹痛で受診した21歳男性。McBurney圧痛あり、虫垂炎の疑い。腹痛・便秘の81歳男性。腹部に腫瘤。排便で軽快。サバすし摂取後の眼瞼腫脹。ヒスタミン中毒の疑い。4日間続く咽頭痛、発熱の20歳台女性。ウイルス性(EB,HIVを考慮)。めまいが主訴の60歳台女性。Epley法で改善。前日からの臍周囲の腹痛を訴える50歳の男性。CTで小腸壊死。開腹手術となる。Non-occlusive mesenteric infarctionであったか。

80歳代女性。ある肺炎の一例。咳、喀痰。慢性C型肝炎、高血圧の既往。38.1℃、BP:94/64mmHg, HR;80/m, SpO2:92%, RR:16/m,呼吸音減弱。WBC;1200,Hb:10.7, PLT:10万、BUN:36, Na;128, K;2.9, CRP;13, TSH:42,D-dimer:1.6XP:左肺に浸潤影。胸水を認める。喀痰でグラムを施行し、抗菌薬を開始。甲状腺機能低下状態と判断し、チラージンも処方。降圧薬を中止した。喀痰吸引を継続。痰つまりが強く、SpO2が低下する。心肺停止となり、気管内挿管をし、ICUへ移動。喀痰からクレブジエラ菌を検出。敗血症が考えられた。一時的に蘇生したが、最終的に家族に見守られながらなくなった。クレブジエラ肺炎による肺炎と考えた。急激に病状が悪化したことに驚いた。初期データから敗血症への移行が予測されたにも関わらず、対応が遅れてしまった。早期にICUに入室させるべきであった。

クレブジエラ肺炎:重症化しやすい。院内感染症、免疫不全患者に多い。COPDなどへの2次感染も多い。高齢者では敗血症、死亡例が多くなる。抗菌薬耐性菌が増えている。カルバペネム系抗菌薬を使う。

クリニカル・パール;肺炎では重症度を判定し、予後不良例では速やかにICU管理とする。

コメント:肺炎というより膿胸であったのではないか。胸水穿刺をすべきであった。肺と交通しているのではないか。

ある研修医。入院症例。尿路感染症の80歳代女性。PEG後に症状改善。糖尿病、蜂か織炎。Afでプラダキサ、ロキソニン内服中であったが、胃潰瘍出血を起こした。抗潰瘍作用があるのは、PPIとサイトテック。風呂で溺れた高齢女性。両肺野肺炎、肺水腫と診断。非定型肺炎と心不全と診断し治療(クラリスロマイシンと利尿剤)で改善。溺れた原因は何か?風呂の中で失神したのではないか?AMIの可能性はなかったのか。失神の原因の大部分は心臓由来である。発熱、胸膜炎の高齢女性。喘鳴が続いている。SpO2が低い。拘束性障害であったが、結核はない。家族が自宅で看護できなくなった脳転移を来たした肺がん末期患者。膝痛の高齢男性。偽痛風と診断。心窩部痛あり、胃癌による多発肝腫瘍が見つかる。COPDが基礎にある肺炎。外来患者:腹痛主訴の患者、たまたま撮ったCTで腹水、肝臓委縮があり、肝硬変であった。血管や門脈奇形はなかったか?虫垂炎と診断し手術となった患者。

非ホジキンリンパ腫で緩和ケアを行った70歳台の女性。Af,嗄声で耳鼻科を受診し非ホジキンリンパ腫と診断された。化学療法を施行。放射線療法。気管切開と腸瘻が造設されている。皮下結節が多数。CTで気管食道瘻がある。皮下腫瘤多数。胸水あり。家族は早期の終結を望んでいる。

緩和ケア専門医はいない。利尿剤、フェントステープを使用。身の置き所のない倦怠感にリンデロンを開始。塩酸モルヒネを増量。腸瘻からIVH管理に変更。不穏もみられたか最終的に死亡。

コメント:最後にIVH管理にする必要があったのか。皮下点滴でよかったのではないか。経験を積んでくると、何もしなくなる傾向がある。(最後だけモルヒネの持続皮下注入くらいである)。

ニポポ卒業生が研究について相談のため参加。

30歳台女性。4年前に右の自然気胸。保存療法で軽快。今回、自然気胸の再発(50%の虚脱)。脱気のためチューブを挿入。翌日未明に呼吸苦。ドレナージから血液が洩れて来る。HR:120/m、BP:100/70mmHgSpO2:90,経過観察3時間後、HR:150/m,顔面蒼白。胸腔穿刺した。緊張性気胸であった。緊急手術で事なきを得たが、癒着が剥がれた怖い事例であった。

クリニカル・パール;気胸にドレナージをしても安心しないこと。

前回、報告した、数カ月かけて動けなくなった80歳代女性(プレドニン10mg、アザルピジン内服中。両下肢に紫斑がある。下肢の筋力が明らかに低下。WBC;20000CRP;20)のその後。血管炎、悪性関節リウマチ(リウマチ血管炎)であった。

今回は卒業生が参加してくれ、経験を披露してもらいながら、適切な指導をしてくれた。(山本和利)

2012年11月18日日曜日

これからの時代に必要な医療:家庭医療

2012年の北海道家庭医療フオーラムで亀田ファミリークリニック館山の岡田唯男氏の講演を拝聴した。

これからの医療に必要な医師の能力

1.疾病負荷(disease burden

WHOのレポート

・死亡上位原因:悪性腫瘍、心疾患、脳血管疾患、自殺、肺炎である。

メタボリック・ドミノ:生活習慣、肥満、糖尿病、高血圧、喫煙、から疾病に向かう。

本当の死因:喫煙、不適切な食生活、アルコールである。40%に寄与。

   社会で必要なことは、非伝染性疾患の厳格な管理のできる医師。「効果的に健康な生活習慣を導き、維持できる医師」

がん検診の受診率は20%である。がん検診、癌予防接種は誰が勧めるのか?がん家族の検診は?

・障害上位原因:うつ病、虚血性心疾患、脳卒中、(女性では精神疾患が上位を占める)

ジェネラリストがメンタル・ヘルスを行う必要がある。

・健康の社会的決定因子

貧困、経済格差、友人のネットワーク、地域の犯罪率、失業率、(国保加入者の平均給与80万円、老人の医療費80万円)

・高齢化の穏やかな津波

2030年問題。在宅での看取り問題。47万に看とりの場所がない。日本の高齢化は特別である。老年症候群(認知症、転倒、失禁、うつ)

・複数の健康問題

聖路加病院では患者一人で4.6個の疾患を持ち、4.3科を受診する。当直をどうする。専門医では対応できない。

2.プライマリ・ケアの原理          

・医療の窓口

・継続性

・包括性

・ケアの調整、連携

米国では家庭医がいなくなると58%無医地区が増える。

3.プライマリ・ケアのエビデンス

・医療費が33%安くなる。

WHOはプライマリ・ケアの必要性を訴えている。

4.これから何をやっていかなければならないか

・源流を遡る医療(溺れる人を助けることも大事だが、川に落ちないように上流に橋を架けることの方が大事)

・『7つの習慣』という本の中で、第2領域という概念を紹介している。

第2領域:緊急ではないが重要な業務(慢性疾患、予防、増進、緩和ケア)をやらなければならない。「攻める家庭医療」を強調。23次予防から1次予防へ。

・総合医・家庭医は必要

・数が必要

・多くの人に役立つ医師になりましょう、という言葉で締めくくられた。(山本和利)

北海道家庭医療フォーラム2012


2012年の北海道家庭医療フオーラムが札幌駅前のアスティ45において開催された。

参加者は81名。

山本和利の挨拶、企画者の寺田豊氏の進行説明の後、WSが始まった。

前半は北海道医療センターの村井紀太郎氏、八藤英典氏、勤医協余市診療所の瀬野尾智哉氏、 加藤利佳氏が主導しながら始まった。ひとつのシナリオに異なった3施設の医師が、家庭医のアプローチで挑む斬新的な試みである。

 
村井紀太郎氏の「患者中心の医療」セッション。

53歳女性、ニポポさん。咽頭痛で受診。実母と夫の3人暮らし。ここでシナリオを使ったロールプレイ。研修医役は医学部3年生、ナレーターは看護師さん、患者役も看護師さん。医療面接開始。溶連菌感染を心配している。咳、鼻水。スライドに喉の写真。Centorスコア0点なので「風邪」と診断。しかしながら患者さんは「抗菌薬を希望」。

ここで各グループで感想を出し合う。「患者さんに納得してもらうのは難しい」「患者さんの思いを訊き出していない」ここで、上級医からの指導。Ian McWhinneyの患者中心の技法を解説。エビデンス:治療の集約性やQOLが改善(Ferrer 2005)、心理側面の理解が向上(Gulbrandsen 1997)、コミュニケーションへの満足度が向上(Jaturapatpon 2007)、信頼感と治療へのアドヒアランスが向上(Fiscella 2004)、等言われている。

6つの要素を説明。(疾病・病いの両面を探る、全人的に理解する、共通基盤を作る、良好な人間関係の構築、予防を重視、現実的に対応)。特に「疾病・病いを探る」の具体的方法を提示。

か:解釈、考え

き:期待

か:感情

え:影響

Context:患者・家族・地域・社会を含め全人的に理解する。

最初の医療面接では、共通基盤が築けなかった。

その後の面接。「同僚が溶連菌感染で、抗菌剤で軽快した。孫に感染させるのが心配」「ストレプト検査を提案し実行したところ、結果は陰性」「患者は安心して帰宅した。」その後、咽頭違和感が続き、継続受診している。

 

続いて、瀬野尾智哉氏の「家族指向のケア」セッション。

家族図を提示。孫が重い心臓病で、娘(シングル・マザー)はかかりっきり。患者が10ヶ月の孫の世話をしている。

家族面談をする。家族図・家族ライフサイクルを用いて仮説を立てる。

1.ジョイング、2.ゴールの設定、3.問題点についての話し合い、4.プラン作り、5.質問を促す。

面談後の作業

・面談表の記入(出席者、問題点、プラン)

・家族の見直しと変更点・追加点の記入

成功させるポイント

・アイメッセージで悪者を作らない。

・参加者の辛い状況に十分共感する。

・「意見の引き出し」と「交通整理」のバランスをとる。

ここでシナリオに基づいて15分間のロールプレイ。意見発表。

 

続いて、加藤利佳氏の「アウト・リーチ」セッション。

アウト・リーチとは、病院や診療所で待っているだけでは介入できないunderserved populationを同定・分析し、健康増進のために「手を伸ばす」という考え方である。予防医医学、教育、地域の健康増進など様々な内容が含まれる。

 

underserved populationとは?

IQが低い、低所得者、外国人、身体障害者、学歴が低い、地理的に不便、等。

今回は母子家庭に注目。母子家庭は全国75万世帯。平均収入291万円。帰宅時間が遅い。祖父母が養育。教育、しつけ、健康、食事影響が悩み。こどもが風邪をひいたときで考えてみる。underservedとなる理由:経済的、時間的問題、面倒をみてくれる人がいない、内服管理ができない、予防接種が遅れる、衛生環境が悪い、妻・奥さんとしての役割、父親としての役割から隔絶されている。(個人では管理できない社会状況の影響を受けている。)

アプローチ

開院時間を夜遅くする、土日の診療を増やす、予防接種率を上げる工夫、健康フェスタを開催、性教育の工夫、家庭訪問をする。

 
後半は道内の家庭医養成コースをもつ後期研修プログラム担当者から

施設と研修内容についてのプレゼンテーションが行われた。特別講演の後、講演者を中心にパネルディスカッションが行われた。

その後は軽食を取りながらの懇親会となり、打ち解けた雰囲気の中で学生と医師の情報交換が行われた。(山本和利)

 

 

 

幌加内での医療と生活

1116日、幌加内町国民健康保険病院の森崎龍郎先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは地域医療の実践 幌加内での医療と生活である。

 
幌加内町の紹介。3つの日本一。そばの作付面積、日本最大の人造湖(朱鞠内湖:ワカサギ釣りができる)、最寒記録-41.2℃(霧氷が見える)。人口1,704人、世帯数855(町として最小数、人口密度が最低)。過疎の町で高齢者が多い(高齢化率35%)。小学校2年生は8名で全員女子。病院の紹介。町内唯一の医療機関。医療療養13床、介護療養29床。平均入院患者28名。平均外来患者数43名。常勤医師2名、非常勤医師1名、職員数40名。

 
日々の診療。外来:超音波、内視鏡検査。訪問診療。入院;回診、病棟業務。病棟管理。予防医学。保健福祉医療連携。産業医。

 

入院病棟:在宅生活が困難な方。脊椎損傷の方。認知症の方。脳卒中後遺症による胃瘻造設者。末期がん患者。骨折、火傷の方。

外来診療:高血圧、糖尿病、高脂血症。OA.認知症など。慢性疾患が複数組み合わさった患者が多い。それに急性疾患が加わる。小児の肺炎。帯状疱疹。マダニ咬傷。

 

当直:自宅待機である。2週に1件の救急車。
 

プライマリ・ケア医として

1.まずはすべてに対応する。2.自分のできることをする。シンプルに。スーパードクターである必要はない。

 

道北ドクターヘリ事業:旭川日赤病院が基地。1年半で4回要請している(交通事故、脳卒中)。悪天候、夜間の対応が問題。

 

在宅医療:老々介護。認知症同士の介護。カバーする地域の範囲が広すぎる。冬期間の厳しさ(雪はねが大変)。介護スタッフ不足。

 

出張診療所;4つの診療所。公民館の一部を借りているところもある。

保健福祉総合センター(アルク):ディサービス、居住部門、老人福祉寮。ふれあい福祉村構想。地域ケア会議の紹介。

 

予防接種事業:未就学児の任意予防接種をすべて全額助成。中学生女子の子宮頚がんワクチン全額補助。インフルエンザワクチンは中学生無料、町民は千円、高齢者の肺炎球菌ワクチン助成。保育園健診。

 

講義の途中に、幌加内そば打たん会、野菜作り、スキー、ワカサギ釣り等、田舎の生活の魅力を紹介してくれた。


1年半年経って感じること:患者さんの顔が見える。保健・福祉・救急の連携がスムース。旭川市が比較的近いので助かっている(高度医療・専門医のありがたみがよくわかる)。外傷が多い。人材不足(医師、看護師、介護士、ヘルパー、給食婦、等)。高齢者の生活(冬をどう過ごすか)。意外と子供が多い。シンプルに、コンパクトに地域医療を経験することができる。若いうちに是非、経験を!
山本和利)

 

 

2012年11月14日水曜日

教育セミナー「失敗に学ぶ」


1110日 内科学会北海道地方会 専門医部会教育セミナーにおいて「失敗に学ぶ」-教育カンファレンスの技法とは?-と題したセミナーを行った。

 

 そもそもは、私が北海道勤医協中央病院総合診療部に在籍していた時に、初期研修医のための教育カンファレンスをやろうと始めた「ヒヤリハットカンファレンス」のことを紹介する内容である。

 発表は後期研修医で、自分が当直などで当初の鑑別診断になかった診断となった症例やヒヤリハットした症例などを題材にカンファレンスを行うのである。

こうした、いわゆる「失敗症例」を多くの人の前で発表することは勇気のいることである。それは「自分が責められるのではないか?」「こんなことに気が付かなかったことは恥ずかしいことなのではないか?」というような気持になるからである。

 実際、死亡症例などを扱うMMカンファレンスでは多くの場合、参加者からの質問は「どうして○○の検査をやらなかったんだ?」「〇○をやっておけばすぐに診断できたのではないか?」などといった詰問口調や問責口調になることが多く、発表者の多くは委縮してしまう。これでは、次からこの発表者はこうした症例を皆の前で共有することは絶対になくなってしまう。

いわゆる「失敗・事故」では、引き金となった最後の出来事に注目が行きがちであるが、そこに至るまでには多くの潜在的な原因がある。そのモデルとしてReasonのスイスチーズモデルがある。セミナーではこの図を詳細に説明し、こうした教育カンファレンスでは、最後の引き金だけに注目するのではなく、その過程に存在する多くのエラーについて詳細に検討することが大切であると説明した。

また、このヒヤリハットカンファレンスの特徴は、発表者の感情を必ず表出させることにある。例えば、パニック発作の既往がある若い女性が、呼吸困難を訴えて救急車で来院すると聞いたとき、「どうせいつものパニック発作から過呼吸でしょ?どうしてそんなことで救急車使うかなぁ」といった、通常であればあまり表に出しにくい感情を、カンファレンスの中では正直に表出することである。こうした感情はヒヤリハットを起こす温床となりうるが、だれもが一度は感じる思いである。この「誰もが感じる思い」を参加者全員が共有することで、発表者も参加者も「自分だけではなかったんだ」と癒されるのである。こうした「癒される」空間を用意することは我々指導医の重要な任務である。責め立てるだけでは成長は限定的である。

もちろん、傷をなめあうだけでも成長はしない。そこから得られた教訓を、「Clinical Pearl」という具体的でかつ次の日からすぐにでも使える形に磨き上げて発表するのである。この一連の作業の中で発表者は一回りも二回りも成長する。

セミナーでは発表者の感情を大切に振り返るということと、No Blame(責めない文化)な雰囲気の大切さを強調して前半を終了した。

後半は、勤医協中央病院の後期研修医を発表者に、実際のヒヤリハットカンファレンスを実演した。

 本来は参加者と積極的な議論をしながらカンファレンスを進めていくのであるが、当日の200人は収容できるであろう大きな階段教室では、なかなか実際のカンファレンスの雰囲気を出すのは難しい。

それでも、カンファレンスの発表の仕方や、得られた教訓の発表の仕方など、それなりの雰囲気は伝わったのではないだろうか。

なお、このヒヤリハットカンファレンスは医療健康サポート、またはamazonのホームページから教育用DVDとして発売されており、詳細はそちらをご覧になってもらえれば幸いである。(助教 松浦武志)

北海道の地域医療

119日、医学部4年生に「北海道の地域医療」と題した講義を行った。

4年生には先日「医療面接」の実習を行ったので、おそらく松浦の名前は覚えていてくれているだろうが、改めて自己紹介した。その中で強調したのは、自分が「北海道の地域医療がしたくて故郷を離れ、北海道に来たこと」「医学生教育がしたくて、長年勤めた病院をやめて大学へ来たこと」である。そのため、今日のこの「北海道の地域医療の講義」に、どれほどの意気込みで臨んでいるかを説明した。

この学年からは1コマ90分授業である。講義形式というのは実習とは違い、自らの手足を動かさないためどうしても受身になりがちで、集中力が途切れがちである。そもそも人間の集中力は15分間が限界とされている。90分の授業であるなら、途中で5回は気分を変えるような演出が必要である。延々と言いたいことを喋っただけでは何も伝わらない。

そこで今回は授業中にレポートを作成する時間をとり、授業に沿ってレポートを完成させていく形式を取った。

まず、学生諸君の問題意識レベルを探るため、いわゆる「地域医療の崩壊」と言われているこの状況をどう受け止めているかを書かせた。

「医師の過剰労働が続いているため医療は崩壊している」という意見から、

「なんだかんだ言って、必要な医療はまだ受けられているから崩壊はしていない」という意見まで現時点を「医療崩壊」と受け止めるかどうかについてはほぼ半々に分かれた。

ここで、北海道の医師数に関する統計データをいくつか示し、北海道は医師の地域偏在が起こっていることを説明した。

次に、医師の地域偏在の結果地域ではどのようなことが起きているか書かせた。

 患者が集中して待ち時間が長くなる

軽症の状態では病院にかからなくなる(受診抑制)

医師の過剰労働が起きる

重症になって運ばれた時には手遅れとなってしまう

地域社会の崩壊が進む

などなど、現実を鋭く捉えた意見などもいくつか出た。

 その後、2次医療圏ごとの救急車の搬送時間や疾病構造や重症疾患の救命率の差などのデータを示し、医師の地域偏在の結果、地域の健康格差が生まれていることを理解してもらった。

 次に、自分が医師7年目 専門医を取得しこれからバリバリという時に、配偶者と3歳の子供と一緒に地方に行ってくれと言われたとき、どのような条件なら地方行きを承諾するかを書いてもらった。

 この質問は学生にかなり身近に地域医療を考えさせることができたようだ。

  最先端の医療から遅れないような配慮

  月に2回は完全な休み。

  困ったときに必ず相談できる上司がいること

  子どもの教育環境

  子供が小学校に上がるまでに札幌に帰ってこられる確約

  給料

 などなど、現実世界でも問題となっているようなことを既に学生諸君は考えている。

 ここで、話題を変えて、札幌医科大学の「建学の精神」を紹介した。

建学の精神の中には「地域医療への貢献」が高らかに唱われており、札幌医科大学の「最高レベルの医科大学を目指します」という理念の中にも、本道の地域医療に貢献すると記されている。

こうした理念の大学を「志願した」学生諸君は北海道の地域医療へ貢献する義務を負うと思うがどうか?と問いかけた。

また、警察官・消防士・救命士・小中学校の先生などはどんな僻地でも必ず常駐しているのは、それが憲法で保証された生存権を実現するために必要な「公共の福祉」だからである。では、「医療」は「公共の福祉」にはならないのだろうか? 医師だけが、自らの希望を優先して、僻地勤務を避けて通っていいのだろうか? と問いかけた。

 

このあたりがこの講義の最も伝えたいところである。出席率70%程度であったが、ほとんどの学生は聞き入ってくれていた(と信じたい)。

後半は、地域に求められる医師に必要な能力を学生に問いながら、「病院総合医」という概念を紹介した。

 まず、総合医を「年齢・性別・臓器を問わず、よくある疾患について専門医と同等の知識・経験を有し、一般住民に生じる健康問題の8090%に対応出来る医師」と定義し、臓器別専門医との守備範囲の違いをわかりやすい図を用いて説明した。例年、「総合医」の守備範囲を示す図の面積が不当に広すぎるという指摘を受けていたので、今年は、疾患・頻度・重症度の3軸を用いた立体図を提示して、総合医の守備範囲が広くなる理由を示した。

総合医対専門医といたずらに対立を煽るつもりはない。国の「地域医療再生計画」の中でも「医師が恒常的に不足している地域においては、診療科毎にすべての専門医を確保することは困難であり、初期救急にも幅広く対応できる総合内科医師の養成・確保が有効な取組であると言える」と述べられているように、今この北海道の地域医療を守るために最も必要とされている医師の姿を、大多数の学生が目指すであろう専門医と比較しながら、分かりやすく学生諸君に紹介したかったのだ。

 最後に、今後北海道の地域医療のために自分自身ができることはなんですか?と問いかけた。「もっと地域医療のことを勉強したい」「病院総合医についてもっと知りたい」など前向きな意見がかなり見られた。また、「札幌医科大学で学ぶ以上、地域医療に貢献することは責務だと思う」といった責任感あふれる意見も散見された。

 この先学生諸君は大学内の「超専門家」の集まった中で研修を積んでいく。北海道の地域が直面する深刻な問題に肌で接する機会はほとんどないだろう。今回は学生諸君が地域の問題をなるべく身近に感じてもらえるような講義内容・構成にしてみた。その意図はおそらく伝わっているのではないだろうか?

今後の学生諸君の活躍に期待したい。(助教 松浦武志)

2012年11月8日木曜日

EBM:治療編


118日、科学的な診断の仕方、治療閾値の復習から入った。その後、治療効果の指標について講義した。

論文を読むときに大事なことは、偶然ではないのか、バイアスがあるのではないかをチェックすることである。3つのバイアス(選択、測定、交絡)を説明した。

治療に関する論文を用いて、次の点を説明した。

エビデンスを正確に評価するためには,治療効果の指標を知らなければならない.そこで、いくつかの指標の計算法を示した.


 

D +

D -

Exposure +

a

b

Exposure -

c

d

相対リスク:Relative risk(RR) は治療薬の偽薬に対する比で表の文字を使って表すと(a/a+b/c/c+d)と表される.相対リスク減少率:Relative risk reduction(RRR) 1からRRを引いた値である.表の文字を使って表すと1-{(a/a+b/c/c+d)}である.絶対リスク減少率:Absolute risk reduction(ARR)は両群のリスクの差をとった(c/c+d)-(a/a+b)と表される.

 従来,臨床上の有用性を示す指標として,主にRRRARRが用いられてきた.現在でも,多くの権威ある医学雑誌の論文ではRRRが用いられている.

しかし,対照と比較した新しい治療法の有用性をRRRで表わすと,たとえば,最終集計時の死亡率が10%対5%も1%対0.5%も,同じように50%と表され,臨床上はわずかな差であっても大きな数字に置き換えられるため,読者に誤解を招きやすい.一方,ARRは純小数で表現されるため,個々の患者に応用しようとする場合に理解しにくい.

それらの欠点を解決するための指標がNumber Needed to Treat (NNT)である.NNTは1をARRで割った値をいう.対照となる治療ないし自然経過に加えて1例の効果を観察するためには,その治療を何人の患者に用いなければならないかという指標に置き換えられたことになる.

相対リスク(RR)はその薬剤の切れ味を表現している。自分の患者さんについて評価するときにはARRNNTを使う方がよい.そうすることにより,1人の患者を救うためにどれだけの費用と薬が必要なのかがより明確になる.NNTがマイナスのときは対照群より成績が悪いことを示している(Number Needed to Harm (NNH)と言う).

治療法の効果の評価の際には、相対リスク(RR)だけでなくARR,NNTも計算する癖を学生のうちから身につけて欲しい。

治療の論文を読むときのチェックポイント

1.よい論文か(以下の吟味点6つをチェック)

2.結果は何か( RR,RRR,ARR,NNTで考える、95%CI

3.自分の患者に適用できるか(特に論文患者と有病率に大きな違いがないか)

  吟味点は6つ

1.ランダム割り付けされているか?

2.経過観察は十分か?

3.割り付けどおりに解析されているか?

4.患者・評価者にマスキングがされているか?

5.割り付けは群間に差がないか?

6.患者は同等に扱われているか?

(山本和利)