札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2013年1月28日月曜日

総合診療


1月26日、青森県立中央病院の職員研修会に招かれ「総合診療について」の講演をした。
ここでは総合診療、救急、ICU部門が一緒に仕事をしている。総合診療に対する病院職員の意識レベルを高めることが第一目標である。

自己紹介後、医療における視点の変化(地域外来医療、EBM、地域立脚型プライマリケアの重視)を述べ、総合診療医にとってCapability(潜在能力:相手のニーズに答える能力)、臓器専門医においてはAbility(即戦力:専門領域すべてに答える)が重要であることを述べた。

医療に限らず、人は物事を単純化して解決を図ろうとする傾向がある。それを「技術的合理性」と呼ぶが、それだけで現実の問題を解決しようとしても限界がある。現実の健康問題は、複雑で、不確実で、不安定で、独自性があり、値観も様々であるからである。そのような事例数例を提示した。ジャーナーリストであるArthur W. Frankが言うように「病んだ身体は沈黙しているのではない。痛みや症状となって雄弁に語っているのだ。ただそれが言葉にならないだけなのである。」が、患者の受診実態であろう。 

総合診療医の姿勢として、「医療の利用者である患者さんの視点に重きを置く」ことにある。総合診療医の中でも多少の差はみられるが、そこで共通していることは、自分たち総合医を「日常的な健康問題に対する意志決定の専門家」「切れ目のない継続的な医療の提供者」「身近で協調性が保たれた,統合的,包括的な医療の提供者」「限られた資源を適切に活用する医療者」と規定していることである。

 現在、様々な患者さんが自分の抱える問題を診察室に持ち込んでくる。その原因を探ってゆくと、体調の不良の原因が身体よりも家族・職場・コミュニティに起因する事例に多々遭遇する。総合診療に従事する医師は、単に専門分化の対比としての統合する専門家に留まるのではなく、医療以外の分野に越境して新たな知の枠組みを獲得しながら問題解決にあたる専門家でなければならないと思っている。

総合診療医の基本モデルとなるGeorge L. Engelの提唱したbiopsychosocial model生物心理社会モデル)を紹介し、総合診療医の特徴として、患者のニーズに「変容して応じる」こと、「曖昧さを甘受する」ことを挙げた。また最近の理論Joachim P Sturmberg  ( The Foundations of Primary Care)も紹介した。

総合診療医の生涯学習は、「多種多様」であり、「網羅型」であり、「弱点補強型」であるべきである。家庭医が扱う問題は次の4つに分類できる。

Simpleな問題の生涯学習

「症状・所見の弱点補強」、「common diseaseのガイドラインのfollow」、「EBM」である。これには講義で対応できる。アリゴリスムがある。必要なこととして84項目が挙げられており、家庭医は15分間何も見なくても説明できることが必要である。

Complicatedな問題

simpleな問題×n)である。これらを講義することは難しい。解答が無限にあるからである。対応のコツは存在している。「病院の症例カンファランスへの参加」、「エキスパートへの相談」、「ソーシャル・ネットワークでの相談」等で対応するとよい。外部の施設を利用する方法もある。

Complexな問題

simpleな問題×n)に留まらず、問題がさらに複雑で、個別性が非常に強い。文献を検索すると世界中で2つの大学だけがこの問題を研究しているに過ぎない。これに対応するには「心が整えられる」かが重要である。自分が巻き込まれないように意識しなければならない。Greg Epsteinが提唱するMindful practitioner(禅の概念)が参考になる。Mindful practitionerは事故を起こしにくいという。このような人は次の4要素を併せ持つ。1)注意深い観察者である、2)批判的・分析的好奇心(わからないことを尊ぶ、若い人に頭を下げられる)がある、3)ビギナー精神(そういう考えもありますよねという気持ち)を持つ、4)存在感(たち振る舞いに信頼感がある、安心できる)がある。

Chaoticな問題

この問題は将来どのような結末を迎えるか予測できない。終わってみてはじめて結論がわかることがほとんどである。これに教育法があるのか?「複雑さを表現する語彙の獲得」が重要で、看護、心理学、哲学等から借用する必要がある。「チーム・マネージメント」が必要である。一人ではできないという思いに至り、努力しても医療者を挫く事例が多いからである。必ずしも解決する必要はないのだ。Stabilizingを目標とするとよい。「地域の様々な医療保健福祉リソースの開拓」が重要で、いろいろな人を知っていることと役立つ。困ったら地域に相談してみるとよい。「患者中心のコミュニケーション力を磨く」べきである。

最後に総合診療医が外来で遭遇した複数の事例を紹介し、患者の背景を重視する医師の診療の仕方に理解を求めた。

 
講演終了後、たくさんの質問が出され、懇親会でも、青森県人の受療行動について熱い議論がなされた。(山本和利)

2013年1月25日金曜日

CRPで肺炎のリスクを評価できるか?

肺炎と診断され、入院まで決まった高齢患者(CURB652点、CRP:1.5mg/dl)が入院を拒否して帰宅してしまった。

CRPが高くないので心配は不要だろうか?

肺炎のリスクをCRPで評価できるという論文を発見した。信用してよいものだろうか?

 

James D. Chalmers, et.al. C-Reactive Protein Is an Independent Predictor of Severity in Community-acquired Pneumonia. The American Journal of Medicine (2008) 121, 219-225

 

背景

C-reactive protein (CRP)interleukin-6に反応して肝臓で合成される。CRPで市中肺炎の重症度を判定できるのではないかと考え研究を行った。

方法

教育病院で2年間の前向き研究。入院時と4日目にCRP を測定。 転帰は30日後の死亡率、気管挿管率、その他合併症等。多変量logistic regression.で解析。

結果

570 名が参加。 30日目の死亡率は9.6%.であった 。 CRP値が低い群(10 mg/dL 以下)の30日目の死亡率の odds ratio [OR] 0.18; (0.04-0.85),気管挿管OR 0.21; 0.14-0.4),複雑肺炎 OR 0.05;( 0.01-0.35)であった。4日目の CRP 50% 以上低下しない群の30日目の死亡率OR 24.5; (6.4-93.4), P _.0001;

気管挿管OR 7.1; (2.8-17.8), 複雑肺炎 OR 15.4; (6.32-37.6)であった。

結論

CRP値が低い群(10 mg/dL 以下)の30日目の死亡率、気管挿管率、複雑肺炎 への移行率は低かった。

4日目の CRP 50% 以上低下しない群の30日目の死亡率、気管挿管率、複雑肺炎 への移行率は高かった。

CRP値単独で市中肺炎のリスク評価となり得る。

 

文献を批判的に吟味してみよう。

Cohort論文の批判的吟味
A.妥当性
はい/いいえ/不明
1.疑問が定式化されているか?
P:市中肺炎患者で
ECRP値が低い群と
C:CRP値が高い群で
O:30日目の死亡率に差があるか
はい
2.前向きコホートは後ろ向き研究より強力?
 
3.対象群とコントロール群とは研究開始時に、関連する要素は類似しているか(性別、年齢、社会階級、喫煙)?
2群に分けて比較していない。
4.すべての参加者が適切に数えられているか?
・追跡率が80%を超えているか?
・割り付け通りに分析(intention to treat)されているか?
はい
 
割り付けではない
B.結果は何か
 
5.治療効果の大きさは?
・どんな転帰を測定したか?
Odds比、RR、RRR、ARR
Odds比で記載。
0.18,0.21, 0.05と有意な差を認める。
9.どのくらい正確か?
95%信頼区間
記載されている
C.結果の関連性は?
 
10.眼前の患者とこの研究への参加者は類似しているか?
参考にはなる。

 

<バイアス等の問題点>

・既にCURB65という臨床指標がある。それよりも優れた評価指標ではない。

CRPは肺炎等の感染症以外の疾患に罹患しても上昇する(特異度が低い)ので、CRPを目安に治療をしよとすると安易に広域スペクトラム抗菌薬を使いかねない(岩田健太郎氏)。

CRPは罹患後36-48時間後にピークを迎えるので、入院の指標としては不適切である。

CURB65で評価すればよい。

・最近ではprocalcitonin1-3日間モニターし、その解析が注目されている。

・重症肺炎を扱う施設では、CRP値が低い群(10 mg/dL 以下)でも19%死亡しているという報告がある。

 

<クリニカル・パール>

安易にCRPだけを肺炎患者のリスク評価に使うことは危険である。CURB65等の臨床指標を第一にして、あくまで参考にとどめるべきであろう。

2013年1月24日木曜日

肺炎にステロイドは有効か?


肺炎にステロイドは有効であろうか? それに応えてくれそうな論文を読んでみた。

 

Sabine C A Meijvis, Hans Hardeman, et.al Dexamethasone and length of hospital stay in patients with community-acquired pneumonia: a randomised, double-blind, placebo-controlled trialLancet 2011; 377: 2023–30

 

背景

市中肺炎患者(ICU管理が必要な患者を除く)に抗菌剤治療にステロイドを追加することが有効であるかどうかはっきりした結論が出ていない。

方法

double-blind, placeboを対照群にして, オランダの2つの大学病院に入院した18歳以上の患者をランダム割り付けして dexamethasone 5 mgまたはplacebo 4 日間静脈投与して入院日数を比較した。免疫不全、ICU、挿管管理が必要な患者は除かれている。

結果

2007年から2010年まで, 304名を153名がplacebo群、151名が dexamethasone 群に割り付けられた。143 (47%) 名がpneumonia of pneumonia severity index class 4–5 であった。

入院日数中間値はdexamethasone 群が 65(IQR 50–90)placebo群が75 days (53–115)であった。

副作用として、高血糖がdexamethasone 群で67 (44%) placebo群で35 (23%) に認められた (p<0 span="">・0001).

結論

市中肺炎患者にDexamethasoneを使用すると入院期間が短縮できる。

 

文献を批判的に吟味してみよう。

RCT論文の批判的吟味
A.妥当性
はい/いいえ/不明
1.疑問が定式化されているか?
P:市中肺炎患者(ICU管理が必要な患者を除く)に
I:dexamethasone 5 mg静注4日間と
C:placebo
O:入院日数に差があるか
 
2.参加者はランダムに抽出されたか?
いいえ
3.対象群とコントロール群とにランダムに割り付けされたか?
はい
ただし、dexamethasone 群に腎疾患、COPDが多く割り付けされた。
4.参加者と評価者とがマスキングされているか?
・そうでないなら、シングルのマスキングはされているか?
技術的に二重マスキングは可能であったろうか?
・マスキングをしていなかった場合、マスキングは可能であったか?
はい
5.両群は同様な扱いを受けたか?
はい
6.研究は効果を示すだけのパワーをそなえていたか?
はい
7.すべての参加者が適切に数えられているか?
・追跡率が80%を超えているか?
・割り付け通りに分析(intention to treat)されているか?
はい
 
はい
B.結果は何か
 
8.治療効果の大きさは?
・どんな転帰を測定したか?
RR
RRR
ARR
NNT
入院日数中間値がdexamethasone 群で 1placebo群より短縮した。
副作用として、高血糖がdexamethasone 群で44%に認められた。
9.どのくらい正確か?
95%信頼区間
P値:0.048
C.結果の関連性は?
 
10.眼前の患者とこの研究への参加者は類似しているか?
以下の文章を参照

 

<バイアス等の問題点>

・ランダム化後については問題ないが、選択バイアスが認められる。ステロイドの適応となる、ICU入室患者が除かれている。

・気管挿管患者が除かれている。

・一般的な肺炎患者よりCOPD罹患者が少ない。

・研究期間中にQ熱が流行していた。

・オランダではペニシリン感受性細菌がほとんどあり、米国・日本と異なる。

Dexamethasone群に消化管穿孔が1例起こっている。

・統計的に有意差はないが、Dexamethasone群でICU入室期間、膿胸発生率が高い。

・ステロイドの適応とならない(悪化しかねない)ウイルス性肺炎と細菌性肺炎が入り交じっている。

・退院の判断に体温が含まれるが、Dexamethasoneの短期効果が影響した可能性がある(交絡かもしれない)。

・高血糖の頻度が増えるのは無視できない(NNH:5

・消化管穿孔の副作用も無視できない。

 

<クリニカル・パール>

・糖尿病や消化管疾患がなく、胸部XPで細菌性肺炎の可能性が高い患者(ウイルス性肺炎ではない)に対して、早期にdexamethasone 5 mgを数日間静注すると入院期間が短縮する可能性がある。(山本和利)