札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2010年7月31日土曜日

休学のすすめ

7月30日、「第42回日本医学教育学会大会」で黒川清先生の講演を聞いた。
現在日本社会の特徴は、1)高齢化社会、2)都市部に75%の人々が集中、3)貧困化がすすみ不満が鬱積、4)40-60歳代男性の自殺の増加、であるという話から入った。

  医学教育を変革するのには、社会の変化や国民のニーズを知らなければならないが、医療人側がそこに無頓着であるということを鋭く批判した。誰でもどこでも一般の人が見て知ることができる「web2.0」時代となり、自分たちだけ、日本だけがよければよいという時代は終わった。公共のニーズに応えなければならない時代である。そのために、日本を外から見る体験が重要であり、その一つとして「休学」をすすめている(半分本気のようでもあった)。
  単に医師数を増やしたり、自分の専門領域の医師が増えたりすればそれで日本の医療問題が解決するのか?
  まさにミクロの合理性追求が、マクロの不幸に繋がるという「合成の誤謬」に言及したものであると思った。

いつもながら大変勢いのある講演で元気をもらった。(山本和利)

医のプロフェッショナリスム

7月30日、「第42回日本医学教育学会大会」で神津忠彦先生の「医のプロフェッショナリスム」を拝聴した。先生は、日本語に訳せないということは、真に理解されていないからであるという主張から、新しい言葉をできるだけわかりやすい日本語にしている。プロフェッショナリスムは「医師のあるべき姿」と言い換えている。確かにこの方がわかりやすい。クラークシップを「参加型臨床実習」と訳したのは先生だそうだ。またnarrative-based professionalismを「周りの人をそっと見つめる」と訳されていた。
言葉の語義について調べてゆくと、Profession:神に召されて就任する職業;知識と技能を複合して行う職業、サービス、倫理綱領で支配されている。利他的、よいことをプロモートする。社会との契約をして社会が権限を与える。Ism:多義的、理念に裏付けられた人間の在り方、だそうだ。

「医のプロフェッショナリスム」は、方向目標として見つめながら「あるべき姿」を目指すものであり、規範は時代精神を反映する。ヒポクラテスの誓い、養生訓、「扶氏医戒之略」12カ条、ジュネーブ宣言等の内容を検証していった。
医師は、3つのレベルで規範を満たす必要があると述べられた。
1.専門職能集団として:職業能力水準、規範、内部規範
2.一人の医師として:最善の利益、診療能力の向上
3.一人の人間として:利他的、共感、誠実、品位をもつことで信頼、敬意を勝ち取る。

「医師のあるべき姿」を4つに絞ると「利他的」「豊かな学識」「優れた技術」「義務に忠実で礼儀正しい」となる。

「医師のあるべき姿」はP-MEX(professionalism mini-evaluation exercise)で評価できるそうだ。
昨今の医療環境に触れ、医師と患者は対立するものではなく双方向的interactiveなものであること、心の通い合う信頼関係、対話 ゆとりが必要であること、他者への敬意、チーム医療への移行等を強調された。最後に、私生活においても医師には節度が求められるという言葉で講演を終えられた。ゆったりとした静かなトーンで語られる品格のある講演であった。(山本和利)

日本医学教育学会シンポジウム

7月30日、東京の都市センタで開催された「第42回日本医学教育学会大会」に参加した。北村聖先生、大滝純司先生の司会のもとで行ったシンポジウムで山本和利は「地域枠・地域医療教育の観点から」の講演を行った。要旨は以下のとおりである。

現在、研修医の半数が地方から都市部に流出しその偏在を招いている。その対応策として各地の大学で地域推薦学生枠を持つようになった。その数は61あり学生数は1,000名を越えている。海外の報告では医学生に対する地域医療教育は有効であるとされている。実習を通じて、ロールモデルとなる医師に接して多様なニーズを発見し、地域医療に必要な知識を獲得しているという。地域推薦学生にとって実習は不安を和らげ、初心を再認識させ、将来に向けての学習目標を設定できるようにするなどの利点があろう。入学早期よりへき地医療実習を通して将来のロールモデルを見せ、仲間意識を醸成し、切れ目なく相談できる体制づくりをすることが重要である。さらに、地元住民との交流を増やし、実習時間に余裕を持たせ、多くの医療機関を計画に入れ、終了時に報告会を行ない、知事との面談をするなどの工夫も必要である。
一方で、地域推薦学生増に伴う実習の場の不足と地元の負担増が懸念される。また地域枠制度は教員の負担が重くなる。このような問題を解決できないでいると、初期研修終了直後に違約金を払って離脱する者が多く出ないかという懸念もある。
今後の課題として、1)地域枠学生を誰がどのように支援をしてゆくのか、2)キャリアパスをどうするか、3)離島・へき地実習をどう組み入れるのか、4)お互いの顔の見える関係をどう構築するか、等が挙げられる。
地域枠学生は大学の中では少数派なので特別な教育が必要と考えている大学が多い。一方で、「どのような診療科に進もうともプライマリ・ケア能力を研修2年間終了までに全ての学生に修得させるべきである」という意見もある。地域枠学生の「専門医と総合医の養成比率をどうするのか」も大きな問題である。
「地域を支える総合医・家庭医を養成することが重要であるが、紋切り型の答えを用意しない。」「単なる医局人事に終わらせない。」「義務ではなく、地域にゆくと楽しいことがあるのだ。」という方向性を示すことが重要と思われる。
講演の中で、札幌医大1,2,5,6年生の実習の具体的な内容を紹介した。(山本和利)

日本医学教育学会評議員会

  7月29日、「第42回日本医学教育学会大会」に先駆けて評議員会が行われた。
伴信太郎会長報告:法人化が最大の課題である。財政問題が関わってくる。
第42回大会長田尻孝日本医科大学学長の挨拶。会員数2,127名。医学賞の発表。21の委員会から報告を福島統副会長がまとめて代読した。
  法人化の説明。一般財団法人となる。そうなると現評議員は代議員という名称になる。任期は4年間。総会の成立は過半数が必要。会計年度6月1日開始。それに伴い、理事・評議員の任期が5カ月延びる。予算額は約4千万円。赤字決算である。一億円の繰越金は法人化のためであるが、その後どのように運営するかについては未定である。5か月延びた分の会費を求めないことにしたので2,500万円減少する。理事会開催を6回から4回に減らす。メール会議の導入。旅費は領収書に基づいて支払う。2011年7月に代議員・理事を選出する予定である。推薦代議員については伴先生に委任。
  第43回大会予定;広島市、7月22,23日。
  第44回大会予定:慶応義塾大学日吉キャンパス、7月27,28日。
最後に、日野原重明先生の挨拶で締めとなった。
  その後、プレコングレス・ワークショップ「臨床指導医講習会に望まれる技法の検討」に参加した。(山本和利)

医学・歯学教育指導者のワークショップ

7月28日、東京の慈恵会医科大学で開催された「医学・歯学教育指導者のワークショップ」に参加した。神津忠彦先生の司会のもとで山本和利は「札幌医科大学におけるAdvanced OCSEの取り組み」の講演を行った。OSCE導入後、学生の実習態度、臨床推論能力に変化があったかどうか質問があった。(実習には意欲的になってきたが、臨床推論能力は上がっていない)。OSCEについては歯学部からも発表があった。他には筑波大学の前野哲博教授が「他職種、地域の医療機関等と連携しての実習」について報告した。(実習をするフィールドが重要である。いばらき地域医療研修ステーションで実習をする。水戸地域医療教育センターの話。解説によって内科医2名が20名に増えた。)
その後、午前中に行ったセッションのまとめとして、グループ別全体報告会・総合討論が行われた。順不同で提示する。
<臨床能力、地域医療、基礎講義の今後の在り方>文科省と厚労省の整合性を図って欲しいという意見がだされた。SP養成が課題である。地域医療への予算的な継続性が心配。地域枠で入った学生が本当に地域に行くのか。6年生の教育が疎かになっている。臨床能力習得においてOSCE以前の教育が不十分。国民が求めている地域医療ニーズに触れることが大切ではないか。基礎医学に学生が進路をとらないのは魅力が少ないからではないか。医学の中に歯学の講義を増やして欲しい。医療安全の現場教育が重要。
<評価の在り方>目標設定を明確に、治療を加える。電子カルテへの学生に記載させるかどうか。立ち去り型学生への対応。Happy Mondayで実習期間が不均一。エポックの学生版を導入してはどうか。地域病院への交通費・謝金をどうするか。臨床講師に定期的にFDすることが重要。患者さんの臨床実習への参加が得にくくなっている。「あなたは臨床研修医1年生です。さあ患者さんを診てください」という条件で卒業試験をすることが大切。
最後に高久先生から講評があった。スキルド・ラボ利用を促進するようなシステム構築を提言。マッチングは5年生の春休みがよいのではないか。全国に44の地域医療教室がある。日本の医師はcost effectivenessをほとんど考えていないと海外の医師たちに思われている。費用効果についても教えるべきである。到達目標の提示も必要。国家試験問題はよくなっているが、問題数が多すぎる(CBTと重複するような問題を減らしてはどうか)。PhDの教官がcommon diseaseの研究者なら学生への影響も悪くないのではないか。学生が臨床推論の討論に参加できていないのではないか。手技は地域の医療機関の方がやりやすいのではないか。(山本和利)

2010年7月26日月曜日

診断力

 初診外来には様々な患者さんが訪れる。例えば、肝機能障害に効く胆汁排出促進薬を希望する痩せの著しい男性。PSA高値で定期的経過観察を泌尿器科でうけていて、2週間前からの便秘を契機に意欲が消失し、うつ病、認知症を心配した夫人が同伴して受診した高齢男性。感冒症状に抗菌薬を数日内服しては解熱・発熱を繰り返す中年女性(心雑音聴取)、等々。

 診断力の向上を図るため、『ティアニー先生の診断入門』(ローレンス・ティアニー著:医学書院 2008年)と『診断力強化トレーニング』(松村理司・酒見英太編:医学書院 2008年)を読んでみた。京都GIMカンファランスには私も京大時代しばらく参加していたので懐かしい。

『ティアニー先生の診断入門』:診断は患者と出会って数秒でなしえるし、最初の出会いの30秒間が最も豊かな瞬間であるそうだ。入院患者では患者の身の回りに置かれている物にも注目(手紙、写真、絵、等)する。診断で最も重要な要素3つとは、病歴、病歴、病歴である(それだけ病歴が重要ということである)。
系統的な鑑別診断を挙げるときに見落とさないためには、11のカテゴリー(Vascular, Infection, Neoplastic, Autoimmune, Toxic, Metabolic, Trauma, Degenerative, Congenital, Iatrogenic, Idiopathic )が有用である。
診断における重要な考え方。オッカムのかみそり(Occam’s Razor)「一つの原因は観察されるすべての事象の源である」とヒッカムの格言(Hickham’s dictum)「どの患者も偶然に複数の疾患に罹患しうる」。50歳以下の患者にはオッカムのかみそりを、50歳以上の患者にはヒッカムの格言を適用する。患者自身の説明モデルを聞きだすことは診断にも重要である。その後、10のclinical pearlsが記載され、12のケースの診断の進行が記されている。身につくようにもう一度読んでみよう。

『診断力強化トレーニング』:50ケースが提示されているが、どれも診断するのは難しい。救急外来、一般外来、紹介外来の3分門に分かれている。症例呈示後、次ページに診断名が出され、その後に手がかり(Clues)、目くらまし(Red Herring)、決め手(Clincher)が、最後にclinical pearlsが書かれている。本文の実際の経過を読んでゆくと、必ずしもすぐに診断がついた訳ではなく、迷って試行錯誤している姿が見えてくる。一度ざーと目を通すだけでなく、手元に置いて何度も考えながら読みたい本である。(山本和利)

2010年7月24日土曜日

未来を写した子どもたち

 『未来を写した子どもたち』(ザナ・ブリスキー監督・出演:米国 2004年)というDVDを観た。インド・コルカタの売春窟で生まれ育った子どもたちが、カメラを通して外の世界へと飛び出していく姿をカメラマンのザナ・ブリスキーが追ったドキュメンタリーである。渡したカメラで子どもたちの撮る写真に感銘を受けたザナは、彼らを売春窟から救い出そうと決意し、学費を集めるために子どもたちの撮った作品の写真展を開くことにする。未来を夢見る子ども達とそれをさせ得るために役所との交渉に奮闘するザナが印象的である。その一方で、売春窟から抜け出せる可能性と難しさの両面を見せつけられる。
  誰かのために役立とうと奮闘するザナたちの姿に感銘を覚える。 惰性に流されて生きてはいけない。そんな気持ちにさせられた映画である。(山本和利)

FLATランチョン:胸部打診

 7月23日、特別推薦学生を対象にランチョンセミナーを開いた。学生は夏休みに入っているため参加者は5名と少なかった。身体診察その3と題して木村眞司先生が胸部打診の指導を行った。
 参加学生の一人をモデルに打診を行った。
ポイントと話の進行。
1. 胸部打診の実習。指を軽くたたく。ハンマーでたたく。
2. 大腿部と胸部を打診したときの違いを知る。
3. 背部を下に打診したとき音の性質が変化したところが肺の下部である。

話変わって、人数が少ないこともあって、急遽耳鏡の使い方を指導した。耳は皮膚のすぐ下に骨膜があるので、強く押し付けると痛む。鼓膜所見の解説。鼓膜は乳白色、半透明。のぞくと耳小骨と光錐が見える。皆が見えるようになったところで解散となる。鼓膜が見えると言って素直に喜ぶ学生の姿が微笑ましい。(山本和利)

2010年7月22日木曜日

オペラントとしてのうつ病

  7月21日、札幌医科大学においてニポポ・スキルアップ・セミナーが行われた。講師は旭山病院の芦沢健先生である。テーマは「オペラントとしてのうつ病」。
 一体うつ病とは何なのか。「ここだけの話」として口火を切った。抑うつ気分、興味の減退、易疲労感、があると診断される。日内変動、途中覚醒、微小妄想も参考になる。
  うつ病の増加について。最近、精神科医が自信を持ってよくなると言えなくなってしまった。10年間で2倍。95万人。新たなうつ病が増えている。長引く不況によって自殺者の増加があり、うつ病の増加。抗鬱薬の売上、5.3倍。手帳交付数;7.8倍。3万人の自殺者とうつ病。警察が自殺と断定する率が増えた?(捜査をしなくてもよくなる)。
  うつ病と薬物療法。10年前にNHKが「SSRIで人生が変わる」「うつは心の風邪です」と放送し、使用薬物量が急増。新薬を1つ開発するのに大変なコストがかかる。患者や医師が暗黙にうつ病を望む場合、簡単に診断できる。患者にとってうつ病の診断が、都合がよいことが多数ある、等の原因が考えられる。
  
  「オペラント」とは、報酬により強化されることをいう。現在のうつ病は様々なオペラントが働いている。オペラントは時間経過とともに独立して強化される。
  最近のうつ病には、タルコット・パーソンズのsick roleが成り立たない。医者に援助を求めること、社会的責任免除されることばかりが強調されてしまう。不登校者がニートに、ニートが「うつ病」になっているのではないか、という印象があると。
「オペラントを減らす方向で関わることが重要である」と強調された。
<お知らせ>
  芦沢健先生が大会長で2010年11月25-27日、札幌コンベンションセンターにおいて第28回日本森田療法学会が開催される。関心のある方は是非ご参加ください。
  人生をうまく生き抜くためには、「歩くこと、笑うこと、歌うこと」が大切ということでした。私も明日からもっと歩こう!(山本和利)

7月の三水会

 7月21日、札幌医科大学において三水会が行われた。参加者は11名。
大門伸吾医師が司会進行役。合田尚之先生から苫小牧で行われたPEACE(緩和医療)セミナーの報告。事例を用いて討議し、家族の意向を聞きながら解決法を探す。地域ごとで顔の見える関係を作ることを目的としている。現実的にはネットワーク作りが難しい。それに触発されて寺田豊助教が在宅医療の「おかえりなさい」プロジェクトを紹介。
途中、卒業アルバムにための写真撮影。合田先生が差し入れくれたお菓子を食べながら討議が進む。
食道癌ターミナルの患者・家族への対応、その後(6月にも提示)。術後、家族の一人が必要以上に患者に張り付いている傾向がある。市役所から虐待疑いの連絡があり、事実確認。・・・どこまで家族の問題に介入すべきなのか。ここで寺田豊助教が家族志向のケアについて概説した。介護の背後にDVの可能性を考えることも必要。4つのキーワード:(一人は危ない。二人も危ない。第三者を登場させる。仲間を作ろう。)参加者から様々な意見が出た。
腰痛あり、骨そしょう症があり、新鮮な圧迫骨折で救急受診した80歳代女性。嫉妬・被害妄想で家族に愛想を尽かされている。家はごみ屋敷化。精神科で門前払い。市からも見放された。妄想性障害と妄想性人格障害について概説。入院後、出張の精神科医に相談。療養型施設を紹介し受諾。適切な距離を自覚して信頼関係を築くことができた。研修医から妄想疾患の診断、認知症の診断の難しさが述べられた。
病院の方が居心地よいので家よりも病院にいることが多い。外来初診ではわからないことが多くて、その都度調べている。「冷たいものを食べると腹を下すような気がする」患者。味覚障害について調べてみた。「検診で両上肢に紫斑のある高齢者」調べると「老人性紫斑」が多い。反省メモを書いて、ネットで調べて、手持ちの本、文献の順番で調べている。各自の勉強法について報告。研修医からの反省:上級医に聞くだけでは駄目で、自分自身で調べないと身に着かない。

2010年7月21日水曜日

上越地域家庭医療研究会


7月16日、第4回上越地域家庭医療研究会に呼ばれて講演をさせてもらった。上越市は新潟市から特急で2時間と思ったよりも時間的に遠い所である。私の講演の前に行われた平原克己先生の「地域の患者のために薬剤師とEBMする」の発表は、薬剤師の方たちとの勉強会の活動報告であるが、非常にレベルの高いものであった。製薬会社のエビデンスの報告の仕方に問題があることなど(有意差のでないprimary outcomeを差し替えたり、患者にとってあまり意味のないoutcomeをprimary outcomeに加えて結果を大きく見えるようにしたり)を鋭く指摘した。
講演では、医療を科学的に展開することは大事であるが、エビデンスは日々刻々変化するものであり、最近の報告では約5年間で半分のガイドラインが書き換えられること、様々な人間を対象とした臨床研究ではしっかりとした研究計画に則った研究であってもその成果の25%しか説明できないことなどを解説した。考古学や農業の話をまじえて、すべてが科学的に対応できる訳ではないので、人間的・物語的に対応することが大事であることを、事例を挙げて解説した。
講演後、上越市で開業している同窓の塚田次郎先生と30年ぶりの再会を喜び合った。
 懇親の席では、新潟の銘酒で診療の在り方談義となった。(山本和利)

2010年7月20日火曜日

キング・コーン

『キング・コーン』(アーロン・ウルフ監督:米国 2007年)というDVDを観た。米国の二人の若者がアイオワ州に移り住み1エーカーの土地を借りてトウモロコシ栽培に挑むドミュメンタリー映画である。収穫までの間に、トウモロコシの生産と流通、消費について調べてゆく。普段何気なく食べている“コーン”は、過剰栽培であること、食べてもマズク牛の飼料に回していること、さらにコーンシロップの材料に回り、清涼飲料水に大量に含まれていること、それが原因で米国の肥満・糖尿病の原因になっていること、農家の人たちは自作のトウモロコシを食べないこと、コーン栽培のほとんどを石油に依存していること、等々様々な負の面が分かってくる。栽培農家の収支を計算すると赤字になるが、政府から制裁策として補助金がでるため何とか農家がやっていけるということだ。米国の食料の源はほとんどがコーンにたどり着く。
化学肥料並びに農薬、遺伝子組み換え、政府の補助金、健康問題など、現代の食糧システムの実態がよく把握できる。農業者が誇りを持てない米国農業(「我々農家はカスを作っている」)と農業政策に疑問を感じた。大企業の関わりについてこの映画では全く触れられていない。そこがわかると何故このような政策が維持されているのか理解が深まるのではないかと思った。医療に限らず政策が重要であるということを実感した。(山本和利)

2010年7月14日水曜日

スタッフ募集


札幌医科大学の入学定員が増えたことに伴い、教員定数が増え、当教室は2名増員となります。現時点で、当教室では3名(山本、寺田、河本)が働いています。

当教室は1999年2月に設立され、「患者本位の医療を地域の現場で提供できる医師」の養成を目指して11年間が経ちました。一貫して総合医・家庭医の養成を第一の目標に据えながらも、様々な専門医を取得した医師たちも交えてチームで楽しく診療することを中心に据え診療・教育・研究をやってきました。そのような活動をする中で「地域医療」「EBM」,「NBM」,「患者中心のケア」などに興味を示しその方向に進んでゆく教室員が多数います。道内の地域医療の現場では、当教室に関わった医師が既に3名院長として活躍していますし、十数名が総合医として働いています。

医学教育・総合診療・家庭医療に興味のある方、一緒に仕事をしませんか。研究については現在、他大学で教室員が量的研究・質的研究の指導者を目指し勉強中です。実験研究はできませんが、臨床疫学研究または質的研究をじっくり行うことは可能です。
仕事の内容は、総合診療科の外来(週に初診1回、再診1回)、研修医の外来指導です。学生実習の指導・コーディネート、得意分野の講義などもアレンジで入れることができます。また、北海道内の医療支援(平均週1回)で地域医療の実情を知ることもできます。

 興味のある方、ご連絡をお待ちしております。
連絡先
TEL :011-611-2111(3560)
FAX :011-614-3014
E-mail: wari@sapmed.ac.jp

(山本和利)

2010年7月12日月曜日

代替医療のトリック

『代替医療のトリック』(サイモン・シン、エツァート・エルンスト著:新潮社 2010年)を読んでみた。著者のひとりは科学ジャーナリストであり、もう一人は代替医療の教授である。
 瀉血のことから話が始まる。ジョージ・ワシントンが感冒にかかり、その治療として行われた瀉血が原因で亡くなったことを取り上げている。対照比較試験で瀉血群の死亡率は10倍高かったが発表されなかったらしい(瀉血はこの時代の主流な治療法)。瀉血論争の後、壊血病の臨床試験(対照比較試験の導入)を取り上げている。加熱しない果物が治療のカギなのに、加熱濃縮果汁が推奨されたため普及が遅れた。ナイチンゲールの統計的研究、タバコに関する「英国医師研究」、下痢の回復を助ける経口補水等が歴史的に優秀な研究として取り上げている。逆に抜歯後の超音波療法や狭心症に対する内胸動脈結紮術は「プラセボ効果」にすぎなかった。
  東洋医学に話が移る。ランダム化プラセボ対照二重盲検試験で鍼の有効性について検証したところ、鍼はプラセボにすぎないという結論になった。
  18世紀末のドイツでザムエル・ハーネマンが提唱したホメオパシーも同様である。「毒をもって毒を制す」という考え方である。「ネイチャー」にジャック・バウバニストの「きわめて低濃度のIgE抗血清により、ヒトの抗塩基球の脱顆粒が引き起こされた」が掲載された。真偽の識別のためマジシャンであるジェイムス・ランディが参加。初めは再現性が認められた。しかしながら調査団が下した結論は別であった。内容は読んでのお楽しみとしよう。
  カイロプラクティックも科学的根拠によれば、腰痛に直接かかわる問題を別にすれば、カイロプロクターの治療を受けるのは賢明ではない、という結論である。ハーブ療法も例外ではない。
  結局、代替医療は効果がないということではなく、代替医療の効果はプラセボ効果であるにすぎないということである。問題は、プラセボ効果を最大に引き出すには、効果があると患者に嘘をつかなければならない点にあるということだ。そんなことをするよりも効果の証明された薬を処方してプラセボ効果を最大に引き出すべきである、と著者たちは主張している。
 本書の結論は、個々の代替医療の有効性と安全性について下された判定は概ね否定的である。効果がないにもかかわらず、なぜ代替医療に人々は心惹かれるのか?ひとつには、主流の医療に対する不満があることだ。「冷たい主流の医療」に対して「暖かい代替医療」というイメージを人々が持っている。科学に対する反発もある。「ナチュラル」「トラディショナル」「ホリスティック」といった私たちの思考を停止させる強力な魅力があるらしい。巻末に代替医療便覧が掲載されており、様々な療法に根拠があるかどうか知ることができる。安易に代替医療に患者を紹介するのではなく、(人間力を磨いて)プラセボ効果も期待しながらエビデンスのある薬を処方すべきと再認識した。(山本和利)

第5回札幌医大指導者養成講習会

7月10,11日、第5回札幌医大指導者養成講習会を企画し運営を行った。受講者は40名(6グループ)。タスクフォースは7時に集合して打ち合わせ。8時開始。堤裕幸教育センター長から挨拶後、「札幌医大の初期臨床研修」の講義を受ける。その後、偏愛マップ(今ハマっていることを紙に書いて、それを交換して話し合いをする)を用いたアイス・ブレーキングで和んでもらった。北大川畑秀伸先生から「カリキュラムの目標と方略」のWS.Outcome based curriculumを中心に作業を開始。1000以上あるプロセスを6つくらいのoutcomeに凝縮する。そのためにはCompetencyという言葉の理解が大切。(職務上、期待される業績を安定的・継続的に達成している人材に、一貫してみられる行動・態度・思考・判断などにおける傾向や特性のこと)。任意の診療科のcompetencyを6つ挙げてもらう作業後に発表。次に学習方略の解説を聞いた後、グループ作業に入った。
昼食後、松前町立松前病院夏目寿彦医師主導による「上手なフィードバックをしよう」は3人一組でロールプレイをしながら和気藹々と進行した。研修医役、指導医役、評価者役をそれぞれ1回ずつやってもらった。皆さん役になりきって熱演していた。研修医役をした参加者からネガティブなフィードバックが思った以上にきつかったという感想があった。
勤医協中央病院臺野巧医師の主導で「実践的な教育の評価」は3シナリオを準備していずれか1つのシナリオに沿ってロールプレイを行った。最初に初期研修医評価のための指導医会議(指導医2名、シニアレジデント2名、看護師長1名、看護主任1名、ソーシャルワーカー役1名)を模擬体験した。ACGMEで開発されたモデルに基づいて6項目について評価をしてもらった(患者ケア、医学知識、診療に基づいた学習と改善、コミュニケーション技術、プロフェッショナリズム、システムに応じた医療)。研修医がひとり当直できるかどうか評価するmini-CEXを紹介してくれた。勤医協中央病院の総合診療科では実際にこのようなことを取り入れているところがすごい。
幌加内町立国保病院森崎龍郎先生主導による「外来における研修医指導のための5つのマイクロスキル」のWS。マイクロスキルは5段階を踏む(考えを述べさせる、根拠を述べさせる、一般論のミニ講義、できたことを褒める、間違えを正す)。2人1組になってロールプレイを8回。

2日目。(参議院選挙と重なってしまった)。北大の中村利仁先生から「医療安全」のWS。院内の事故に対する指導医の研修医への対応または今後の再発防止策の提言という課題で話し合いが行われた。
東京北社会保険病院の名郷直樹先生「EBMの教育」のWS。糖尿病があり肺炎併発で入院中の60歳男性というシナリオでWSが行われた。文献はThe Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Study Group. N Engl J Med. 2008;358:2545-59.を使用。
昼食後、寺田豊助教主導の「ティーチング・パールを共有しよう」では参加者に得意ネタを白板で披露してもらい、フィードバックを受けるセッション。いつもながら大いに盛り上がった。
最期は、札幌医大山蔭道明教授の「大学病院が当面する問題戸将来 卒後初期臨床研修の現状と改革の動向」
最後に参加者の感想をもらい、終了証を手渡して解散となった。参加者の反応は悪くはなかった。明日からの研修医指導に活かされることを期待したい。(山本和利)

2010年7月9日金曜日

まだ水俣病は終わっていない

7月9日、1,2,3年生の特別推薦学生(FLAT)を対象にランチョンセミナー勉強会に参加した。13名が参加。まず本日の外来で診た不明熱、心雑音の患者さんを紹介した(前回、心臓の聴診実習をしたので)。その後、寺田豊助教の主導で「夜間呼吸困難を訴える女性」のシナリオを用いて前回の復習。

<コミュニケーションについて>次の4つについて解説をしてくれた。
・言語的、準言語的(声のトーン、強さ、言葉づかい)、非言語的メッセージの3つがある。
・メッセージ(言葉)、メタメッセージ(態度)。これが一致しないと二重拘束(ダブル・メッセージ)となる。
・コンテクスト(背景・文脈)とコンテント(内容)
・言語的追跡(相手の話についてゆく行動)

  今回のメイン・イベント。2年生の学生さんが『水俣フィールドワーク』に参加したときのことを報告してくれた。水俣病はメチル水銀が原因である(1959年熊本大学が確定)。1968年政府が認定。ハンター・ラッセル症候群に類似。感覚障害、運動障害、視野狭窄、頭痛などの症状を起こす。「まだ水俣病は終わっていない」がフィールドワークのキーワードだそうだ。原田正純先生の講演の内容を要約すると、水俣病は公害の原点(環境汚染が原因、食物連鎖による生体濃縮、胎児性の症例)。チッソの見舞金によって被害者が分裂させられた。また隠れてしまう患者たちもいる。医学を忠実に行うことが重要である。問題に依拠し、事実に依拠すること、患者そのものを診ること。「患者の近い側に立つ」という中立を提言された、と。
チッソ工場の見学もした。旭化成はチッソの子会社だそうだ。新潟水俣病もある。水俣病患者さんからの聞き取りにも参加し、7人の子どもを身ごもり水俣病で数人の子どもを亡くしたその女性の厳しい現実に胸を打たれたという報告で締めくくられた。
  聴講する部屋の中には静かな緊張感が漂う。終了と同時にあちこちから拍手。(山本和利)

2010年7月7日水曜日

「患者中心の医療」という言説

 『「患者中心の医療」という言説』(松繁卓也著:立教大学出版会 2010年)を読んでみた。関西地方に勤務している当教室員の東一先生から勧められた本である。タイトルがミッシェル・フーコーを思い起こさせるが、社会学者が自分の学位論文等に加筆修正したものである。
これまで多くの医療社会学者の医療に対する目(Freidsonの専門職支配論等)は、厳しい批判が中心であったが、ここでは中立的な立場で語られている。
患者中心の医療と言いながら、患者が「不在」であることが問題であると指摘している。つまり、「患者中心の医療」を作ろう、と患者ではなく医療者が集まって協議・実践している点である。そのため患者の占める立ち位置が希薄であることを問題視している。Evidence-based medicine(EBM)でいうところの「患者中心の医療」では基本的に医学上の「エビデンス」を双方が共有することが意思決定の主眼点になっているが、これは患者・医師双方がそれぞれ異質の判断基準を持ち寄るpatient partnershipとは対照的なアプローチであるとも言及している。EBMの中に患者の思い(illness)を組み込んでいるといわれても、不十分感がぬぐい去れないのはこんなところに問題があるからかもしれない。
真に「患者中心の医療」であるためには、医師のよく用いるchronic diseaseという用語ではなく、患者が好むlong term conditionというような「慢性疾患とともに生きることの複合的問題」という視座で捉えることと患者のself efficacy(自己効力感)を重視することの2点を強調している。
私自身これまで「患者中心の医療」という用語を多用してきたが、例に洩れず医師主導の「患者中心の医療」であって、患者が積極的に関わり患者の自主性を尊重する視座に欠けていたと反省している。
 またPBLやOSCEなど、最近の医学教育のトレンドについても言及されており、その傾向を歓迎しながらも、より深い意味で(医師主体で問題解決が図られてゆくことによって患者の主体性がなくなってゆくこと)危惧を表明している。
  医療関係者以外の鋭い指摘に、新鮮な驚きを感じ、これまでの自分を振り返る契機を与えてくれた本であった。(山本和利)

黒松内サイトウオッチ


 7月6日、ニポポプログラムの研修医である齊藤暁子先生の研修状況の視察に山本和利、日光ゆかりの2名で黒松内に出かけた。札幌駅から特急に乗って約2時間で長万部駅に着き、そこからタクシーで約30分。この移動時間を使って『「患者中心の医療」という言説』を読破。途中パークゴルフ大会が開催されていた。ブナ林で有名な黒松内だけあって自然に恵まれた空気の美味しいところである。
午前中、先生の診察を見学しながら問題点を探った。診療録などはまだ電子化されておらず、昔ながらの紙カルテを使っている。とは言え、齊藤先生が来てから指示票などを改善することでミスの軽減に貢献したという。病院食のカレーを昼食として摂りながら齊藤先生と話し合いをし、その後事務長さんと看護師長さんに入ってもらい360度評価を行った。患者背景を考慮して行動するようになり、地元の人たちと接する中で成長したという評価をいただいた。スタッフとの話し合いを十分に持ち、在宅の看とりでチーム医療をやることができた。患者さんからの評判もよく、小児や若い患者さんの受診が増えた、等々、評判はよい。
午後は往診に連れて行ってもらった。酪農家を訪問。草の匂いがして緑の繁る中をゆく。牛の鳴き声が聞こえてくる。子牛が一頭庭先に繋がれている(親牛に押しつぶされないための保護だそうだ)。家に入り込んで見学。ところ狭しと牛の品評会の表彰状が飾られている。牛を中心に生活が回っていることが推測された。帰りの時間の関係で往診の途中で失礼する。
齊藤先生、1年間の産休に入るということですが、子育てをしながらの研修、お疲れ様でした。温かい目で見守ってくださった職員、住民の方々、ありがとうございました。(山本和利)

2010年7月5日月曜日

第105回医師国家試験出題打ち合わせ会

5月25,26日、東京で開催された医師国家試験会議出題打ち合わせ会に参加した。
医師国家試験に求められるものは、「卒前教育の出口」「卒後教育の入り口」として基本診療能力を確認することである。医師国家試験の出題は教育へ与える影響が大きい。医師国家試験出題の今後の方向性として、1)頻度の高い病態について問う、2)確定診断等ではなく臨床判断について問う、3)検査値の列挙よりも生活歴、社会歴、身体所見を重視する、である。
  会は問題の作り方、文言の用い方等の解説があり、グループ演習と夜9時まで続く。各グループで模擬問題を2、3問作成し、翌日朝に参加者から意見を求めて修正してゆく作業を繰り返す。参考までに、「臨床実習」は単なる技能の習得ではなく、直接に患者と接しながら診療に関する思考力(臨床推論)等の習得を目的とするものである。
  臨床実習を重視し、コミュニケーション能力や態度について多面的に評価する作問つくりを目指すための会議であるという印象を受けた。医師国家試験が厚労省を含め参加者ひとりひとりの熱意で支えられていることを実感する会でもあった。
  情報管理の関係から、官報に発表された7月1日を待ってブログ掲載とした。(山本和利)

レジナビ in Osaka


 7月4日、大阪で行われたレジナビフェア2010に参加した。ニポポプログラムからの参加者は山本和利、日光ゆかり、服部晃好医師の3名。
今回の大阪会場は初期研修医と後期研修医募集の会とが合同で企画されている。参加施設の熱気が朝から伝わってくる。当ブースへの来訪者は午前中少なかったが、最終的に7名の方に説明を聞いてもらえた。是非、北海道に見学に来て、できれば一緒に医療に携われればと願うばかりである。研修医とは別に、静岡県庁や三重県研修に関わる方から、ニポポプログラムについての説明を求められた。
諏訪中央病院名誉院長の鎌田實先生が講演の合間をぬって、TVクルーを引き連れて取材に来てくれた。地域医療崩壊をせき止めるためには、総合医・家庭医の比率を増やすこととそれを政策として行う必要があることを訴えた。
 また、千葉県南部の亀田ファミリークリニック館山の岡田唯男先生が激励に来てくれた。(山本和利)

2010年7月2日金曜日

行動経済学

『行動経済学』(依田高典著:中公新書 2010年)を読んでみた。不確実性に興味をもって研究されている京都大学教授が経済学の視点でコンパクトにまとめている。不確実性・曖昧さに興味のある者には大変参考になる本であろう。
伝統的な経済学が想定する人間像は「超合理的な存在(ホモエコノミックス)」である。意思決定にさいして完全な情報を有し、完全な計算能力を持ち、自分の満足(効用)を最大化できると仮定されている。主流派経済学の理論は、実際とかけ離れたこのような仮定に立っていることが問題であり、人間の合理性には限界がある(限定合理性)ことを認めて経済を考えようというのが行動経済学と言えよう。
修正点を要約すると、1)選択肢の発見に時間と費用がかかる、2)結果の確率は主観的に評価される、3)効用は結果だけでなく、過程からも影響を受ける、4)選択肢の決定は効用最大化ではなく、満足化によって決められる(結局、人間は理論や計算通りには行動しない!、ということ)。
医療においては、なぜ誤診をするのかといった面で参考になるだろう。その説明として、直観的な意思決定としてヒューリスティクス(近道思考)がある。1)代表性ヒューリスティクス、2)想起しやすさヒューリスティクス、3)係留ヒューリスティクス、である。
診断において医療ではベイズの定理が有名だが、実際には学歴の高い医師であっても確率判断においてベイズの定理に従わないと言われている(検査前確率が低くとも、陽性の検査結果をみて、病気と判断してしまう、等)。そのため、「失敗学のすすめ」(畑村洋太郎)が注目されている。
決断分析に興味のある者には、第3章の不確実下の選択、第5章のゲーム理論と利他性が参考になろう。実際の人間行動は、ゲーム理論で仮定したよりも協力的であり、結果が予想から乖離してゆくようである。また、「正義論」書いたジョン・ロールズが取り上げられている。最も不遇な立場にある人々の利益が最大になるように不平等回避すべきである、と。「他者の目的や境遇に共感を抱き、コミットメントを行うような資質を人間に対して想定し、社会的弱者でも潜在能力を発揮し、社会参加すべきであることを主張した」アマルティア・センも取り上げられている。経済学はこのレベルにまだ追い付いていないらしい。では現在の日本の医療はどうなのか?考えさせられた。(山本和利)

正義の話

 『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル著:早川書房出版 2010年)を読んでみた。ハーバード大学の哲学教授がTVで話して人気となった正義をめぐる哲学の問題が書かれており、副題は「いまを生き延びるための哲学」となっている。「一人を殺せば5人が助かる状況で、あなたはその一人を殺すべきか?」「徴兵と傭兵」「人種優遇措置は権利を侵害するか」など、難題についての解説がなされている。じっくり読まないと理解しないまま終わりそうである。以下に参考になった内容に触れたい。
「正義」といえば「正義論」書いたジョン・ロールズである。イマヌエル・カントの社会契約という概念を塗り替えた。正義とは何かを考えるためには、平等の初期状態において人々がどのような原理に同意するかを問う必要があると述べている。そして2種類の正義の原理がある。1)基本的自由をすべての人に与える、2)社会で最も不遇な立場にある人々の利益になるような社会的・経済的不平等のみを認める、である。地域医療について考えると、医師に診療科の選択や働く地域の選択は原則認めるが、地域医療が崩壊しつつある現状にあっては、地域社会で最も不遇な立場にある人々の利益になるような政策(総合医の確保、地域医療への参加、等)を打ち出すということになるのではないだろうか。
「どうしたらコミュニティの道徳的な重みを認めつつ、人間の自由をも表現できるか?」という問いに、アラスデア・マッキンタイアの方法(物語的な考え方)を紹介している。人間は物語る存在だ。我々は物語の探求として人生を生きる。「『私はどうすればよいか?』という問いに答えられるのは、それに先立つ『私はどの物語のなかに自分の役を見つけられるか?』という問いに答えられる場合だけだ」と。患者の物語について書くアーサー・フランクも、混沌とした物語の中から患者が回復に向かうのは新たな物語を探求したときであると述べている。私にとっては地域医療という物語の中で生きることになるのだろう。
久しぶりに出会った歯ごたえのある本であった。(山本和利)