札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2011年11月9日水曜日

水の透視画法

『水の透視画法』(辺見庸著、共同通信社、2011年)を読んでみた。

著者はジャーナリスト。共同通信社に入社し、北京特派員などを経験。退社後、文筆家となり芥川賞受賞している。

ここ数年間に書かれたエッセイを集めた本である。すべての文章が重く、暗い。しかし、読者に不快感は与えない。確固とした思想的な裏づけがあるだけでなく、著者が脳梗塞後遺症で右半身付随であり、さらに癌二つに罹患しているということが多いに関係しているように思われる。著者一個人としてこの世に執着がなく、次世代へ向けての「遺言」なっているからであろう。そこには言葉一つ一つに鋭さがある。権威に対して立ち向かう肝っ玉がある。庶民に向ける眼差しに優しさがある。

今のジャーナリズムには一見正論と思われる意見はあるが、「塩梅(あんばい)」「ほどあい」がないということを秋葉原事件求刑公判に絡めて発言している。同じことが医療にも言えるのではないか。ほとんどの医師は全てに対して最高を追及し、それができないと思われる(自分の専門分野ではない)患者は診察しない。同様に患者も軽微な兆候であろうと自分に対しては最高の医療の提供を求める風潮がある。医師も患者も自分自身を中心において理想を追求している。お金もマンパワーも限られた現実の地域医療では「ほどほど」が求められるが、それに応えられる医師もいない。そのような抜本的解決案は未だに示されない。地域医療が崩壊して当然であろう。

テクノロジーを信じて、人智は万能、自然を克服したと奢る科学者・政治家に、2011年3月11日に大きな地割れが走った。お金万能を謳歌してきた我々の日常は、崩壊しつつある。次世代を担う者たちは、それに合わせて新しい価値観を作り出して、行動してゆかなければならない。

著者によると本書は不特定多数ではなく、ひとりに読者に語りかけるように書いたという。
世間に媚びることなく、結局は日々を「誠実に生きることが重要なのだ」というメッセージがどのページからも伝わってくる。若者には是非読んでほしい。(山本和利)