札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2011年11月7日月曜日

運命は幻想である

『アイデンティティと暴力 運命は幻想である』(アマルティア・セン著、勁草書房、2011年)を読んでみた。

著者はハーバード大学経済学・哲学教授。厚生経済学への貢献によりアジア人としてはじめてノーベル経済学賞を受賞している。

彼が重視するのは「共感」と「コミットメント」である。人は倫理的価値観で「コミットメント」をする場合、個人は必ずしも利己的な行動をとらない。人々が「共感」に基づく意思決定をする限り、そこには社会的なアイデンティティの存在を認めざるをえない。アイデンティティとは、複数のそれの中から、個人が理性的に選び抜くものである。センは人が自分の欲することを達成する能力(潜在能力)を高めることを重視する。すなわちひとりの個人の「人間開発」を重視する姿勢である。

世界的な政治的対立は、往々にして世界における宗教ないし文化の違いによる当然の結果と見なされている。そのように世界の人々を文明ないし宗教によって区分することは、人間のアイデンティティに対する「単眼的」な捉え方をもたらす。単一のアイデンティティを押しつけることは、暴力を助長する。その典型といえるサミュエル・ハンチントンが著した『文明の衝突』の問題点は、対象を単一に基準で分類されているところにある。

一方、人のアイデンティティが複数あるとすれば、時々の状況に応じて、異なる関係や帰属の中から相対的に重要なものを選ばざるをえない。「イスラム社会」対「西洋社会」のような単純化に陥ってはならないのである。

最近NHK番組でブレイクしたマイケル・サンデルとセンとの違いは何か。サンデルはコミュニティ主義者であり、「人が所属するコミュニティが、その人が何であるか(アイデンティティ)を規定する」と考えるが、センは「人がアイデンティティを選択する」としている。人生は単に運命で決まるわけではない、という主張である。グローバル化については、その是非ではなく、問題は「怠慢(やるべきことをやらない過ち)」と「遂行(すべきでないことをする過ち)」にあるとしている。

本書を読むと、アマルティア・センの主張は至極全うに思える。ABO式の血液型でその人の性格や運命を決めつけるやり方が流布しているが、これはまさに単一に基準で分類されて行われている。人の運命は所属組織や血液型等の単一の属性で決定されるのではない。誰であれ単純な単一の基準では分けられないと考えれば、「共感」や「寛容」の気持ちが芽生えるのではないか。

運命は自分で選び取るのだ。生きる上で勇気を与えてくれる。他人に優しくなれる本である。(山本和利)