札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2012年2月9日木曜日

Narrative Medicine

2月9日、富山大学保健管理センター斎藤清二教授のNarrative-Based Medicine(NBM)の講義を拝聴した。

医療は患者さんのために役に立つことをする。導入で医療崩壊の話が出され、その防止のためには信頼の構築、信頼の保証が重要であることが強調された。現在、医療者と市民の間で信頼関係が失われている。昨今の原発事故についても同様なことが言える。専門家の発言に信頼を置けない。
 
うまくいっている時には信頼関係を意識しない。友人関係、先輩・後輩の関係。信頼関係は空気のようなもの。問題は息苦しくなったときである。一端失われた信頼を取り戻すのは難しい。

「患者さんはなぜ安心できないのか?」について、講義が進んでゆく。はじめは薬の副作用について、安心を与える保証編。一番手軽な方法は保証を与えることであるが、一方的なやり方に納得しない患者さんも多い。ならば、次に行われるのが説明である。まれな副作用を説明してゆく(情報提供)と患者さんの不安はかえって募ってゆくこともある。不安は身体症状が増強させる。不安を安心に変えることが大切。感冒薬による無顆粒減少症の例。風邪薬で死んでしまうことばまれに起こる。説明し保証を与えようとしても、この方法では限界がある。

医療実践の避けられない特質は3つある。
・不確実性(uncertainty):完全には予測できない
・複雑性(complexity):複数の要因が関与する
・偶有性(contingency):おおよその見通しを立てることができる

そこで大切なのが対話である。
対話編。副作用のあるかないかを知りたいのではない。(感情・不安に焦点を当てってみる)。心配があるらしいので、相手に訊いてみる(無知の姿勢)。開かれた質問で訊く。不安にはきっかけがある(家族の病気等)。そして相手の不安を正当化してあげる(共感の表現)。アンビバレンス(二つの気持ち)の両方を言語化してそのまま返すことが大切。共通基盤の共有化。葛藤表現(先取り表現)。オウム返しで答える。「はい、その通りです」と相手が答えるような質問の仕方をするとよい。最後に遠慮なく訊いてください、で締める(関係の強化)。

患者満足度を高める対話の構造
・抱える技法
非言語的メッセージ
傾聴技法
共感表現
・揺すぶる技法
保証
説明
自己開示(commitする)
抱えてから揺すぶる。(神田橋先生)

ここからナラティブ(物語の交流・対話)の話。NBMという言葉は1998年にBMJで提唱された。基本は対話の医療である。全人的医療を提唱するムーブメントの流れを汲む。EBMの過剰な科学性を補完する。学際的な専門領域との広範な交流を特徴とする。

ナラティブとは意味づけつつ語ること。動詞的であり、名詞的でもある。ことばをつなぐことによって「意味づける」行為。
その特徴
1)意味づけは複数ある。その意味付けは多様である。その背景(context)、困難(trouble)、人物(character)、時間配列(chronology)によって意味が違ってくる。
2)一端形成されると拘束力を持つ。
3)変わりにくいが変わることができる(書き換え)医療におけるナラティブは、私たち医師に反省的思考(reflective thinking)を促す。

NBMの定義:病い(illness)を患者の人生という大きな物語の中で展開する一つの物語であるとみなし、患者を物語の語り手として尊重する一方で、医療者側にも物語(うつ病に対するセロトニン仮説、気で説明する漢方理論、等)があり、両者が対話を通じて摺り合わせ新たな物語を創り出す。

腹痛、下痢、無気力を繰り返す悪循環にはまっている40歳男性例。うつ→慢性膵炎→「悪循環」というように語りが変化していき、それを患者と医師とが共有する。検査をやめた。検査は手段であって、患者さんは治してほしいだけである。「心身症」ではないかと自らラベリングした。

NBM実践のプロセス
1.Listening:「患者の病い体験の物語」の聴取
2.Emploting:「患者の物語についての物語」の共有
3.Abduction:「医療者の物語」の進展
4.Negotiation and emergence of new story:「物語のすり合わせと新しい物語の浮上」
5.Assessment:これまでの医療の評価

R. Charon(医学博士、文学博士)の提唱するNarrative Medicineを紹介。

物語能力(narrative competence)by R. Charon (2006)
・患者への傾聴、理解、解釈、尊重
・(患者の視点からの)想像力、共感力
・物語を紡ぐ
・患者のために心動かされて行動する

46歳のドミニカ出身男性の事例を紹介。黙って患者の話を聴いた。・・・患者は話終わると泣きながらこう語った。「今まで誰もこのように話させてくれなかったのです」

患者の視点からの想像力、共感力を鍛える方法として、パラレル・チャートを紹介している。学生の視点と別に患者の視点でもう一つカルテを書く(富山大学総合診療科での実習)。

Narrative Medicineのプロセス
1.Attention:配慮、対話的な関係を形成
2.Representation:表現、新しい物語を共同創出
3.Affiliation:参入、患者とともに行動

最後に夏の夜のトラブル例を提示。救急現場で点滴を要求する殺気だった男性。何とか点滴をして帰し、次回出会ったときには患者が前回の失礼な態度を謝った。共感的対応の大切さを振り返っている。医師は患者の体に触れることができるという特権を持っている。それを患者が許してくれるのは信頼関係ができているからである。

8年間近く、年に一度拝聴している講義であるが、毎回得るものがある貴重な機会である。(山本和利)