札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2012年2月16日木曜日

ショック・ドクトリン(下)

『ショック・ドクトリン(下)』(ナオミ・クライン著、岩波書店、2011年)を読んでみた。

『ショック・ドクトリン(上)』として既に、北米の経済理論が現在世界の荒廃を招いているということを報告した。「ショックの時こそ、市場原理を売り込むチャンス」と捉えて、世界を破壊してきたフリードマン一派。今回はその続きである。

ロシア問題。
ソ連崩壊によるショックに国民が驚く間もなく、エリツィンはショックプログラムを採用し価格統制を廃止した。その結果、インフレによる貨幣価値の暴落で住民は老後の蓄えを失った。そして権力を握ったエリツィンは予算を削減し、国民の暴動を抑えるために警察国家へ走り始めた。そして一部の新興億万長者オルガルヒだけが「シカゴ・グループ」と手を組んで価値ある国家資産を略奪した。・・・エリツィンは権力にしがみつくため、独立を訴えるチェチェンと戦争を始めた。その後を継いだプーチンはエリツィンを免罪することを条件に権力に着き、大飢饉や天災もないのに恐怖国家へ突っ走った。シカゴ学派のイデオロギーが忠実に実行されたロシアでは、誰もが金儲けに血走るような社会に突き進んでゆく。そして10年後、ロシア対策に関わったメンバーの多くが、イラクでも同じような暗黒世界を作り上げてゆく。

アジア略奪。
アジア諸国はパニックの犠牲になった。解決には、迅速な融資を決然と行うことであった。しかし、米国財務省は、メキシコには行ったのに、アジアに対してその行動をとらなかった。そして、アジアの慣習を一掃した後、シカゴ方式が取り入れられ、基幹サービス事業の民営化、中央銀行の独立化、完全な侍従貿易を実現した。

ショックの時代。
チェイニーとラムズフェルドを惨事便乗型資本主義者と元祖と著者は呼んでいる。彼らの行動が、9.11の惨事に経済対策も関係している。フリードマン流の改革で、航空交通網が民営化され、規制が廃止され、人員が大幅に削減された結果、労組に属さない未熟な契約社員がセキュリティ・チェックを行っていた。そのような利益優先の安全対策が、簡単に米国内でのテロを引き起こしたとも言える。9.11後、ブッシュ大統領は、戦争から災害対応に至るすべてを利益追求のベンチャー事業にしていった。セキュリティ産業が一つの経済分野になった。

イラクへのショック攻撃。
「問題のある地域に自由を広める」と謳って、米国はテロとの戦い、資本主義世界の拡大、選挙の実施を掲げた。そこでは、復興資金をイラク人から取り上げて、米国企業を誘い込むため、ブッシュはありとあらゆる手を尽くした。国家公務員は解雇され、イラク国営企業200社は稼働停止を余儀なくされていた。一番必要な国家の修復と国民の再結成はおざなりにされた。このような政策によって3つの結果をもたらした。第一に専門技術者を解雇したことで国家再建の可能性が損なわれ、第二に世俗派イラク人の発言が弱まり、再三に抵抗運動が人々の怒りで燃え上がった。そしてこれらのことが、イスラム原理主義台頭と宗派対立の激化を招く直接の原因の一つとなった。惨事複合型資本主義にとっては繁栄を意味した。この種の企業には、同じ会社の中に破壊事業と復興事業の二つの部門が併設されている。ブッシュ政権は、イラクで戦争民営化モデルを生み出した。

アジアを襲った津波。
2004年12月26日、スマトラ沖地震発生。25万人が死亡し、250万人が家を失った。津波以前には、政策でスリランカを富裕層御用達の行楽地に生まれ変わらせようと躍起になっていたが、住民の反対が強くて進行していなかった。しかしながら、津波で一掃された海岸線の周りを警察官が立ちふさがり、居住者たちが同じ場所に家を建て直すことを拒んだ。バッファーゾン設置のためだという。これを津波被害者への義援金130億ドルでまかなうのだ。津波のおかげで、数年はかかる住民排除作業が数ヶ月で終わった。これまで反対されていた水道事業が民営化された。そして米国企業に巨大は契約をもたらす。モルディブも同様であった。このようにしてさらに底辺層が固定化し、拡大している。

ハリケーン・カトリーナの被害。
ここでもイラクと同様、契約企業が潤った。契約企業は地元労働者を使おうとしなかった。175ドルの仕事が作業員には2ドルしか手元に残らない搾取構造ができあがっている。惨事便乗型経済の大部分は国民の税金を投入することで形成されてきた。企業に払った契約金で膨らんだ予算を削減するため、一方で400億ドルの福祉予算が削られた。民間の軍事産業、災害産業が潤い、災害を受けた国家は無力のままで、住民には何も届かない。しかし、このような姿勢が米政府の財政を悪化させているという。

米国では「民間運営の市」がブームになっている。大惨事が巨大な利益をもたらすことを見せつけられると、意図的に大惨事を起こそうとする動きがでるのではないという疑念も沸く。実はそんな必要はなく、市場の見えざる手にゆだねれば、大惨事は次々に発生するのだそうだ。

最終章で、小さな希望が語られている。フリードマンの死後、民主主義の拡大と規制強化を人々が求め始めた。各国が地域統合の絆を強め、ラテンアメリカでは国際金融機関への依存をやめようとしている。IMFと手をきる国も続出している。レバノン国民はショック・ドクリリンに対して抵抗を示した。その場にある者を有効に使った、住民による自力復興が起こっている、という。(山本和利)