札幌医科大学 地域医療総合医学講座

自分の写真
地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2012年2月20日月曜日

無言歌

『無言歌』(ワン・ビン監督:香港・仏・ベルギー 2010年)という映画を観た。

本作は、「反右派闘争」という現代中国の政治的な過去と、右派とされた人々の収容所における苦難を描いた映画であるが、中国映画として登録されていない。その内容の過激さから、現在も中国本土での上映を禁じられているという。この映画を観ると、中華世界では手段を問わず権力を握った者がすべてを握り、庶民を虐げるという政治哲学が脈々と息づいていることがよくわかる。

1956年「百家爭鳴、百花斉放」で毛沢東は自由の発言を許し、1957年に一転して言論の自由を奪ってしまう。これ以後、党と毛沢東を称える言論以外は抹殺される。本作品は、その政策の犠牲になった者達の物語である。描かれる飢えの状態が半端ではない。ネズミや他人の吐瀉物、人肉まで食べる極限状態が描かれている。一方で、所長は暖かい湯気を立てた麺をすすっている(全く食料がないわけでないのだ)。

中国西部ゴビ砂漠のあるガンスー省にある右派の収容所が舞台である。風がビュービューと吹き荒び、砂が舞う。樹木はほとんどない寒々とした光景が映し出される。到着したばかりの綿布団を背負った男達に寒々とした半地下の部屋(壕)があてがわれる。彼らの使命は痩せた広大な大地を開墾することである。男達の半分以上が飢餓で、歩くことが出来ない状態である。配給の食事は水のようなお粥だけである。そして、同室の仲間が次々に死んでゆく。

映画の後半、死んだ男の妻がやってきて、死体を引き取ろうとするが、服をはがれ、死体の一部を(囚人の誰かが食べるために)切り取られた死体をこの女性に見せられない。愛する夫の死体を探す姿が痛々しい。

この女性の出現に刺激を受けて、外の世界に生きる可能性を見いだそうと、逃亡を企てる輩も出てくる。その数日後、あまりに死者が出る(その数は2000万人とも5000万人とも言われる)ので、当局は囚人達を一度故郷に帰すことに決める。

まるでドキュメンタリーを見ているようで、寒さや飢餓の状態がヒシヒシと伝わってくる。中国にも米国にもロシアにも希望が見えない。「全うに生きる」お手本は、世界のどこにもないのか?(山本和利)