札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2011年9月27日火曜日

現代文明論講義

『現代文明論講義』(佐伯啓思著、筑摩書房、2011年)を読んでみた。

マイケル・サンデル氏に刺激された訳ではないと断ってあるが、京都大学の学生に対して行った講義(対話)を出版したものであり、サンデルの講義に似た内容ではある。(はじめから出版することを計画している)。ニヒリズムに陥った風潮に抵抗したい、すなわち、考えてもしょうがないので世の中の流れを掴んでそれに乗るしかないという姿勢を改めたい、自分で考えるということを取り戻したい、と思って書かれた本である。

はじめにニヒリズムについての講義が掲載されている。ニヒリズムとは最高の諸価値(命を賭けても惜しくないもの)の崩落である。強者が弱者を支配する。そうなると弱者は当然面白くない。そこで弱者は強者に対してルサンチマンを持つ。弱者は武力では強者を倒せないので、徒党を組んで一つの正義を打ち立てている。近代社会の理想は、弱者のルサンチマンから生み出された。ニーチェはこのルサンチマンの概念をさらに拡大し、キリスト教も同様の原理によって成り立っているとした。人間が人間を支配するという状態を嫌ったため神というものを作り出した。神に対して人間は服従するようになる。そうすると人間は神に対してルサンチマンを常に持つ。神は絶対者なので殺して関係を逆転させることができない。そこで現生における人間の欲望を押さえつけ、来世において救われるという物語をつくる。そうはいっても、これは虚構であると薄々感じているので本当の意味で信ずることができない。結局、価値があると思われたものが虚構であると知り、価値を崩落させることになる。これを乗り越えられる「超人」をニーチェは想定した。徹底した価値崩壊後に「超人」が価値を定立できるとしたが、それも難しい。なるほど、「神が死んだ」とはこういうことだったんだと理解できるようになった。

第二講からは学生の討議が掲載されている。
「民主党政権はなぜ失敗したのか」事業仕分についての否定的な意見(成果主義であり、長期的視野に欠ける)、天下りの是非等が論じられている。二大政党制が有効ではないのではないか。実は、世界は二大政党制が主流ではない[米国、英国くらい]。日本には対立する階級も考え方もない。だから似たような政策しか出てこない。マニフェストは政治家のスケールを小さくするそうだ。不測の事態に対応できないから。民主党政治はマニフェストに縛られ過ぎている。政治主導という旗印の下、官僚との調整の場を失くしてしまった。民意という幻想。

「政治家の嘘は許されるか」民主主義と政治とはレベルを異にする。民主主義とは多様な価値観を集約する手続きである。公的な次元というのは体のいい嘘である。日本の憲法第9条は壮大な嘘である。民主主義はいいけれど、嘘をつかざるをえない。民主主義とは多数派による専制政治である(アレクシス・ド・トクヴィル)。民主主義がうまくゆくためには民主主義的でないような要素をうまく取り入れなければならない。

「尖閣諸島は自衛できるか」過去に日本人が住んでいて日本領土として登録させている尖閣諸島が無人島になった。1970年代に海底油田がありそうだという話になって、中国が自分の領土と主張し始めた。守るということには厄介な問題が付きまとう。

その他に、「なぜ人を殺してはいけないのか」「沈みゆくボートで誰が犠牲になるべきか」
「主権者はだれか」も討議されている。

最後に、ニヒリズムを乗り越えられるのか、それに向かって日本思想にその可能性があるのだろうか。

世の中の風潮をニヒリズムで説明しており、こんな考え方もあるのかという意味で、非常に参考になった。ニーチェの主張を理解する早道かもしれない。(山本和利)