札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2010年4月8日木曜日

Evidence-Based Medicine(EBM)総論

47日から4年生を対象に「EBMと臨床研究」という講義が始まった。その内容を紹介しよう。

そもそもEBMは、Sackett等の一般内科に携わる医師が、機械論を基本としたこれまでの「科学的」アプローチが臨床実践にそぐわないと批判的に総括し、これを変えるための新しい実践法EBMを提唱したものである。「優れた医師は、自分自身で培った専門的知識・技能とともに最善の利用可能な外部根拠を利用する。そのどちらかが欠けても不十分である。その知識・技能なしの臨床行為は、外部の根拠に虐げられる危険性がある。というのも、たとえ優れた外部根拠であっても、個々の患者には適用できなかったり、不適切であったりするからである。一方、最新で最善の根拠なしの臨床行為は、急速に時代遅れになり、患者にとって有害になる危険性がある」と医療における専門性と研究からの根拠の統合を強調している。

EBMをどのように実践するかをわかってもらうために、治療についての実践方法を例で解説した。(治療編で詳しく述べるので、理解する必要はないことを強調)。

脳梗塞発症を心配する59歳の男性。13年前に心筋梗塞罹患。血管外科に通院中。空腹時血糖値:158mg/dl HbA1c:5.8%。 総コレステロール, 中性脂肪、HDL-Cの情報はない。左頚動脈に収縮期血管雑音を聴取する。

第1段階で、質問を受けた者が答えることが可能な疑問文を作成し,第2段階で、情報の収集をし,第3段階で文献を批判的に吟味し,第4段階で得られた情報が自分の担当する患者に適用できるかどうかを判断するという手順を踏む。

まず、 疑問の定式化を行い、

P:Patient:心筋梗塞の既往患者に、

I:Interventionpravastatin治療を行うと、

C:Comparison:プラセボの場合に比べて、

O:Outcomestroke発生率または死亡率が低下するか、としてみよう。(医学生にとってこの作業が意外に難しい!)。

次の情報の収集は、最近では原著論文を批判的に吟味した情報をまとめた二次情報データベース(The Best Evidence 4Cochrane LibraryUpToDateなど)を利用することが得策である。関連のあるキーワードを用いて検索を行うことにより簡単に情報にたどり着くことができる。

そして、情報を批判的に吟味する。批判的吟味とは、しっかり読むことであり、具体的には1)妥当性、2)結果、3)適用について検討することである。今はEBM関連書から簡単にさまざまなチェックリストを入手することができる。治療関連の情報では、ランダム化の有無、経過観察率、割付け通りの解析(intention to treat)有無が質の善し悪しに大きく影響を及ぼす。転帰の評価は相対リスク:relative risk (RR)にとどまらず、絶対リスク減少(ARR)やnumber needed to treat(NNT)=/ARRでも行う必要がある。できれば、95%信頼区間もみておく必要があろう。

ここで、検索して得られたCholesterol and Recurrent Events trial(CARE )を検討することにした。脳梗塞再発予防効果について、4159名の心筋梗塞後患者(平均のTC:209, LDL-C:139mg/dl85%が抗血小板療法を併用)をランダム化してpravastatin 40mg/日(プ)群 と偽薬()群とを比較して5年の中間値でみている。それによるとプ群は偽群より脳梗塞発症が32%,死亡が27%減少した。ARR0.016NNT62.5である。最後に、患者に適用するため、米国と比較できる日本のデータを探すと,1994年における脳卒中死亡率が日本対米国は96/100,000 59/100,000RR1.63であった。薬剤効果が等しいとすれば,脳梗塞発症をそのまま1.63倍と計算しARR=0.02NNT=50と補正できる。このようにして、患者に、「あなたのような心筋梗塞に罹患した動脈硬化の危険因子をもつ日本人男性患者50名にpravastatin 40mg/日を5年間内服してもらうと、そのうちの1名の死亡・脳梗塞発症を予防できます。ただし危険因子のない患者に対しての予防効果は証明されていません。」と説明できる。ここで患者の病気に対する考え方や治療についての希望等を突き合わせて最終判断を下すことになる。

授業では科学性だけを強調したわけではない。逆に「人間を対象にした場合75%は科学が通用しない」ことを述べた。「たとえば、血圧が高いことがどれだけ死亡につながるかということがわかる確率を考えてみる。多変量解析を用いて計算すると、相関係数はせいぜい0.5にしかならない。つまり統計学的には、寄与率は0.5×0.5=0.25であり、人間を対象にした場合25%しか説明できない。高血圧患者には社会的背景や生活環境などさまざまな要素が絡んでくるからである。」

 エビデンスを知ることで、誰もが行っている治療法ができなくてはいけないのは当然のこと。それを提供することは医療専門職としての誠意である。しかし、それだけで十分かというとそうではなく、75%は、エビデンスのみで解決できない問題が絡んでいるということだ。

「有名なThe Stacey diagramというのがある。専門家の意見の一致度を縦軸、結果に対する確信度を横軸に据え、それがともに高ければEBMの効果があるが、それは非常に少ない。大部分はEBMのみでは語りきれない。」

残りの75%は人間力で対応しなければならないのである。(その実践法としてNBMがある。)NBMについては4年生後期で集中講義がある。

 今後の医療として、EBMとNBMの融合した形を示す。そこに必要な要素として、「暗黙に知ること」と「直観」の二つがある。「暗黙知」とは、言葉で説明するのは難しいけれど、その行為等を繰り返すことで自分のなかで自動化されること。たとえば、自転車の乗り方を説明したからといって、乗れない人がすぐに乗ることができるわけではないということだ。「直観」とは、さまざまな要素が絡み合い瞬間的に判断することだ。

次回から3回に分けて診断について講義をする。

<参考文献>

Plehn JF, Davis BR, Sacks FM, et al: Reduction of stroke incidence after myocardial infarction with pravastatin The Cholesterol and Recurrent Events (CARE) study. Circulation 99:216-23, 1999

(山本和利)