4月21日の授業では、以下のような状況で考えてもらった.
離島において発症した急性腹痛患者
35歳の男性が4日前に島のパチンコ店開店の準備で離島に来島した.十二指腸潰瘍の既往がある.受診前日まで,深夜まで暴飲暴食を続けていた.深夜,突然,心窩部痛がおこり,病院を受診した.体温は37.5℃.腹部の触診では筋性防御を認める.腫瘤は触知しない.尿は異常なく,白血球数は15,000/mm3で左方移動を伴う.
当直医である内科医はどうすべきか?
「診断は十二指腸穿孔であるかどうかに的を絞る.治療は手術をするか,しないかの選択肢のみとする.」と仮定して話しをすすめる.この仮定を以下に図示する.その治療に関わる分岐点の値のことを治療閾値(t)と呼ぶ.今回はこの求め方について考える.
治療閾値
0 t:threshold 1.0
治療しない | 治療する |
↑ (0<t<1.0)
この状況を図示する以下の図のような関係となる。
十二指腸潰瘍(DU)の穿孔を疑われた患者 | 治療する | DUである:U[T+D+](betterな結果) |
DUではない:U[T+D-](worseな結果) | ||
治療しない | DUである:U[T-D+](worstな結果) | |
DUではない:U[T-D-](bestの結果) |
↑ ↑
決断 (可能性)
選択分岐点を□で,偶発分岐点は○で表したものを決断分岐図という.確率Pで病気D(十二指腸穿孔)の存在が疑われる患者について治療する選択肢と治療しない選択肢を考える.つぎに,それぞれの選択肢から,さらに病気のある場合と病気のない場合の2つの選択肢が追加される.結果は「治療するか,しないか」と,「病気であるか,ないか」の4つの組み合せとなる.
これらの4つの最終結果をある価値観に置き換えて数値化したものを効用値(utility:U)という.決断分岐図では□の時点で期待効用値の大きい選択肢を採用するのが原則である.病気があり治療された効用値:U[T+D+](betterな結果)、病気がないのに治療された効用値:U[T+D-](worseな結果)、病気があるのに治療されない効用値:U[T-D+](worstな結果)、病気がなく治療もされない効用値:U[T-D-](bestの結果)と表すことにする。
治療閾値(t)は治療で得られる利益(Benefits: B)と不利益(Costs: C)の割合によって決まる。まず治療によるBとは病気の場合に治療することによって得られる利益から病気があるのに治療されないときの不利益を差し引いた値B=U[T+D+]−U[T-D+]と定義される.一方、病気がないときの治療は無駄な費用や医療過誤を引き起こす.それゆえ,治療がもたらすCは病気でないときに治療を控える利益から病気がないのに治療で被る不利益を差し引いた値C=U[T-D-]−U[T+D-]と定義される。治療する選択肢の期待値と治療をしない選択肢の期待値が等しい確率Pが決断の分岐となるtであり、それを治療閾値と呼ぶ。この式を解くとt= {[best]-[worse]}/{[best]-[worse]+[better]-[worst]}となる。[best]-[worse]はbenefitsのことであり、[better]-[worst]はcostsに相当する。よって、BとCとで書き換えるとt=C/(C+B) または t=1/[(B/C)+1]と表すことができるのである。
「B/Cすなわち損失に対する利得の比率が大きければ,病気の確率が低くても治療を選択し、患者への利得が少ない場合はかなり病気の確率が高くないと治療を選択すべきでない」という常識的な答えが導かれる。
B/Cが半々と想定するとt=0.5となる。B/Cを9と想定するとt=0.1となる。すなわち手術をすると9倍よいことがあると考えると10%の可能性があれば手術したほうがよいということになる。総合診療にかぎらずこのような基本的な考え方を習得しておくことが医師にとって欠かせないはずだ!(山本和利)