札幌医科大学 地域医療総合医学講座

自分の写真
地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2011年7月21日木曜日

医学史 最終講義

 本日は医学史の最終講義でした。
タイトルはそれぞれ
21班「若月俊一」
22班「五十嵐正紘」

 両先生とも日本の地域医療に足跡を残した先生です。
それぞれの寸評と共にまとめてみたいと思います。

まずは22班 若月俊一先生

 現在では全国区の有名病院となった佐久総合病院を
創り上げた方です。
 現在は信州は男女とも平均寿命で沖縄と方を並べる
長寿県でありながら、一人あたり医療費は最も低い
レベルに抑えられているという、日本の医療の優等生
的な県になりましたが、若月先生が赴任された昭和の
頃は山奥の寒村のような地域だったんですね。
そこで若月先生はじめ、佐久病院の先生方は地道に住民
教育を行い、生活改善を行い、地域と一体となって医療
を創り上げて行きました。ここでは医師や看護師が健康
演劇を行ったり、実際に減塩食を振舞ったりして、今で
いうヘルスプロモーション活動を行いました。
この手法は発展途上国の保健医療にも取り入れられ、後に
若月先生らはアジアのノーベル賞と言われる「マグサイサイ賞」
を受賞しました。

 若月先生は東大入学時からマルクス主義者となり、社会主義
運動に携わって2回も治安維持法違反で逮捕されています。
さらに医師になってからも軍医ではなく衛生部の一兵卒として
中国戦線に従軍し、戦病者として帰還しています。
筋金入りの社会主義者だったんですね。
 21班はこの若月先生の社会主義的人間観が後の僻地地域医療に
どのように結びついていったのかをうまく掘り起こしていました。
 また最後にはグループの一人からのコメントで
「自分は若月先生を超える地域医療の医師になりたい」
と、意欲的な発言も飛び出しました。
 彼には是非とも若月先生60年の地域医療を超える活躍をして
もらいたいと願います。

続く22班は五十嵐正紘先生

この先生は若月先生ほどには、あまり知られていない
かも知れません。
なぜなら、2008年にお亡くなりになったばかりで生前の功績が
他の医師たちほど文献などでは出ていないからです。
しかし北海道の地域医療にはとても縁のある方です。

 東京大学卒業後同小児科医局から、米国留学し遺伝性変性疾患の
Adrenoleukodystrophyという難病の研究で全米でも認められた
科学者となりました。
超長鎖脂肪酸が患者の脳内に蓄積している事実を発見したのです。
 帰国後しばらくして自治医大小児科にいた後、成長する子供たち
と地域医療に歩みたいとの事で道東の町立厚岸病院へ院長として
赴任されます。
ここで地域医療を10年行い、自治医科大学地域医療学教室へ帰任、
後に教授となります。

 自治医科大学卒業の武田助教の話によると、五十嵐先生は
見かけによらず、かなり豪快な先生であったらしく、発表の中でも
先の難病研究が全米学会で表彰されたおりに、五十嵐先生は受賞を
知らずに表彰式を欠席してしまったエピソードや、地域の赴任先を
決めようと何件か打診して最も早く返事をくれたのが、たまたま
厚岸で、当時縁もゆかりも無かった北海道の病院に行くことを即答
した、など先生の豪快さを感じるエピソードが散りばめられていました。
 後半は総合医と地域医療について五十嵐先生の「地域医療10の軸」
を中心にまとめられていて非常に理解しやすかったです。
 個人的に22班の発表で最も素晴らしいと感じたのは
「総合医(ジェネラリスト)と専門医(スペシャリスト)は言葉上
対義語として存在するが、実際の臨床ではお互いの力を引き出す
ベストパートナーだ」
という一言でした。
 大学に入学したばかりの彼らが、五十嵐先生について学ぶなか、
この言葉を紡ぎ出した事は、今後の大きな希望です。

 最後に医学史全体を講義してきた松浦助教からのまとめがあり、
医学史の講義は終了となりました。
 講義全体を指導されてきた松浦助教はじめ、地域医療総合医学
講座の教員の皆様、学生諸君、お疲れ様でした。

(助教 稲熊)