札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2011年1月1日土曜日

患者主体の診断(Patient-Centered Diagnosis)

明けましておめでとうございます。

本年の第1回目は、教室の勉強会で読んでいる『Patient-Centered Diagnosis』(Nicholas Summerton著、Radcliffe、2007年)のエッセンスを紹介したい。プライマリケア医が診断するときや研究するときに役立つお勧め本である。

第1章は導入である。乳房腫瘤の2名の患者がいる。一方は早く紹介しすぎて患者に余分な負担をかけたし、もう一方は遅れて紹介して癌の治療が手遅れになったことを嘆いている。
このように診断は昔から難しいものであった。近年では検査をまとめてすることが容易になり、その結果、患者との初診での面接の仕方が変わってしまい、あまり患者そのものに焦点を当てなくなってしまった。

体重減少を主訴に来院した患者に、あらゆる検査をしたが、異常なしであった。検査をする前に、誰か医師に一度でもいいから、「気持ちが沈んだことがあるか」と聞かれたことはあるかと尋ねてみたところ、そんな質問は一度もなかったと涙ながらに訴えた。この患者は「うつ病」の治療で軽快した。本書は、診断の仕方を患者に重点を置くよう試みたものである。

第2章は診断の難しさについて。
消化管出血を訴える患者を何名か専門医に紹介したら「異常なし」という丁重な返事が続いたため、紹介するのをためらって減らしていた。そうこうするうち、患者の親戚から「専門医を受診して検査したら手遅れであった」と責められた、という架空の話で始まる。
PC医は4つのどれかに落ち着く。
Good doctor:直ぐに紹介して重大な病気があることを見つける。
Poor doctor:はじめ見逃して、手遅れになって専門医に送る。
Over-cautious doctor:不必要な患者まで専門医に送る。
Gate-keeper doctor:紹介せず、特殊な治療はしない。
誰もがGood doctorになりたいはずである。本書で述べる患者主体の診断とは、「論理的臨床情報を収集かつ使用する」ことを言う。

不正確で非効率
検査における偽陽性や偽陰性を考慮して、「見逃し」と「過剰診断」とのバランスをとることが重要である。

心不全と診断されている患者の1/3は不必要な治療を受けている。

症状のない一般住民スクリーニングについては、経費や効率の点から我々が期待するほど成果は上がっていないことが述べられている。症状がでてからのガンの診断についても、有効なやり方が確立されていない。

診断は問診でかなりできる。ある報告によると、83%とも56%とも 76%とも報告されている。
さらに身体診察を加えることで、9%または17%または12%確率が上がると言われている。

検査を加えることで、害が加わる可能性も考慮すべきである。余分な経費、不安や痛み。検査の結果、不要な治療やタイミングのずれた治療がされたり、見逃しがあったり、過剰な診断があったりしてはならない。

症状がある患者にいろいろと検査をしても30-75% では診断がつかない (Kroenke et al.)、様々な研究では有効性よりも費用の浪費が目立つ。

近道思考とバイアス(Heuristics and biases)
診断とは不確実への対処法であるが、人間に過ちはつきものである。

一般に臨床医は診断に際して仮説演繹法を用いる。患者の属性や症状からいくつかの新患を思うかべるが、それに3つの罠が潜んでいる。

その1.代表性(Representativeness heuristic)。プライマリケアの設定ではまれなのに、大病院に多く集まる疾患を思い浮かべてしまう。最初に思い浮かべた新患について質問を続け、別の疾患については言及しようとしない傾向がある(conformation bias)。

その2.利用性(Availability heuristic)。最近勉強会で出題されたり、希であり見逃したりした印象深い疾患を思い浮かべてしまう。

その3。最初の確率設定とその補正(Anchoring and adjustment heuristic)。最初に不適切に事前確率を設定し、その後の検査結果を適切に判断せず検査後確率を十分に補正しない。

不確実への対応の仕方にも国柄がある。英国のGPの方がオランダのGPよりも専門医への紹介率が高い。

防衛医療と思える行為が年々増加している。検査をしても診断がつかない患者も少なくない。不確実な状況では、良好な医師・患者関係を構築することが症状緩和や治療に重要となる。

著者の患者さんの例。めまいで数年経過を見ている患者。初回はややこしく、難しかった。2回目はやりにくかったが、3回目はわかりやすかった。結局、患者の症状は軽快した。検査や紹介をせず不確実を受容しながら経過を見ることで医師も患者も得をした。

とは言っても、診断がつかないまま患者を診るのは難しい。そこで、次の章ではもう少し検討してみたい。(山本和利)