札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2013年3月2日土曜日

診療録・臨床プレゼンテーション

 
2月28日、あっという間に今年度も終わりになります。

札幌も久しぶりにプラス気温となり、雪どけに春は遠くないと感じます。
今回は午後の2コマで臨床入門の講義として「診療録」と「臨床プレゼンテーション」についてレクチャーを行いました。
医師の仕事は情報処理の連続です。臨床では同時に何人もの患者が同時に対応する必要性があり、医師として必須のビジネススキルが、診療録作成能力、いわゆるカルテの書き方であり、医療プレゼンテーション力なのです。まず一般的にカルテと呼ばれる診療録ですが、実は和製ドイツ語都のことです。
明治のドイツ医学導入時に造語されたのか定かで無いのですが、本家ドイツ語圏ではPatienten-AkteまたはKranken-Akteと言い現代の英語圏ではmedical recordchartです。
患者の事をクランケと呼ぶことは現代の医療現場ではほとんどありませんが、未だに医療ドラマでは使われていたりしますね。

現代の医療において下記のような理由から診療録の重要度は増しています。

個人情報の価値化

個人情報の価値化

電子カルテ化

医療訴訟の増加

多職種協働(IPCO

主治医制からチーム医制へ

医師の専門分化と総合医的能力へのニーズ

現代の診療録はアメリカの医師L.L.Weed博士が。「患者のひとつひとつの医療の問題点に焦点を合わせ、解決を目指して医療チームが共同して対応する」事を目指して考案したシステムPOS: Problem  Oriented Systemに基づいています。これに基づいて考案されたのが、問題志向型診療記録=POMRであり、記載方法=SOAPです。医師による診療録の記載は,診療における思考過程(a process of thinking)に沿うべきで,収集可能なありとあらゆるデータ(data)を医療者共有の情報(information)に練り上げ,さらに,判断・解釈がなされた認識(recognition)への一連の流れが診療録において再現されなければなりません。良い診療録を書くことは、主治医、担当医のその時点での方針、判断が明瞭に理解でき、他の医師や医療職にとって、迅速に対応できる資料となります。学生さんには、私の経験した実例を元にして、カルテをまともに書かない(書けない)医療従事者は医療の労働生産性を低下させる、またチームと患者をリスクにさらす事を強調して伝えました。なぜなら難解なカルテによって医療チームが無駄にした時間は、即ち患者の生命に関わる時間であるからです。

後半は電子カルテのメリット・デメリットについて述べました。講義後のフィードバックには意外にも電子カルテ化のデメリットについての意見が多いのは驚きでした。電子化することによって、また現代人の面と向い合ってのコミュニケーションが電子メールやITサービスによって低下している事を学生さん自身も理解しているようでした。
休憩を挟んで2コマ目は臨床プレゼンテーションの講義です。日本人は人前でのプレゼンテーションがとにかく苦手です。日本は奥ゆかしい事が美徳とされる文化であり、幼少時から皆の前で自己主張する文化の西洋人からは背景から異なります。ですから、そのような文化の中で育った人が、医師国家試験に合格したから、いきなり臨床プレゼンテーション能力が身につくかといったら、そうでは無いですね。そのような中でも、なぜプレゼンテーション能力が必要かと言えば、それは医師が医療のプロだからです。プロのコミュニケーションとして、プレゼンテーション能力が重要になってくるのです。講義の最初にはプレゼンテーションについて2つの事例を元にアイスブレーキングをしました。講義最初にある学生さんに栄養ドリンクを渡し、何でも良いので皆にPRして欲しいとお願いしました。突然こんなことを言われて出来る人はほとんどいません。代わりに私がPRのプレゼンテーションを行いました。
次に簡単な実験です。学生さんを2人一組にして、3分間でお互いに自己紹介し。その後自分の相手を皆に紹介する他己紹介をおこないました。そして、1人の学生に行なってみましたが、案の定シドロモドロです。次に予め集める情報(年齢・性別。出身地・医師を目指した理由・最近の興味・自己評価など)の記載された用紙を配り、再度自己紹介と他己紹介を行なってもらいました。
私が上記2つのことから学生さんに伝えたかったことは、プレゼンテーションは技術、個人の才能や性格によらない、単なる技術だという事です。栄養ドリンクの詳細を知り、事前に準備しておけば、製品PRはできますし、聞くべきこと・伝えるべきことが予め分かっていれば短時間で患者情報をまとめ、説明することができるのです。プレゼンテーションにも型があります。相手の頭の中に知識の棚を作り、埋めていくプレゼンテーション能力は医師としての臨床能力の基本と位置づけられています。「Presentation is Everything」と私の指導医は教えてくれました。スポーツで言えば、「ルール」や「基礎練習」みたいなもの。身につけてやっとピッチに立てる、なのでできていないとお話になりません。
プレゼンテーションスキルを上げるには、まずカルテをキチンと書く事です。   
初診時の漠然とした情報を整理して、まとめる能力を身に付ける。これが、初期研修医のうちに身につけるべきことです。そして、その作業において親身になってくれる指導医のいる研修病院に行くべきです。研修医のうちは上手い先輩のプレゼンテーションを真似ることから始め、自分なりの型を身に付けるまでは、上級医からその都度フィードバックを受けることです。そういった病院を初期研修に選びましょう。
「型を真似て完璧に身につけてこその型破り」立川談志
プレゼンテーションは相手Drとの真剣勝負です。良いプレゼンテーションをしてくれた医師には自然と敬意が湧くもの。きちんとできる癖が付けば、将来患者紹介や転院搬送などの時には役に立つ事間違いなしです。プレゼン上手になると患者説明も上達します。れから医師になる学生さん達こそ上手になって欲しいと思います。最初は大変でしょうが、汗かきベソかき恥をかき、研修期間中にキチンと身に付けてほしいと思います。
今回の講義で診療録と臨床プレゼンテーションの基本を理解し、将来の実習、研修で医師としての武器にして欲しいと思います。医師としての基本的スキルを身につけ、日々実践できれば、その向こう側の患者さんを守り、ひいては日本の医療の底上げに繋がる。そんな願いを込めて講義をさせて頂きました。「今キミたちの能力は同じスタートラインに立っている、でも10年経ってこうした基本的スキルを身に着けている、いないでは次のステップのチャンスを得る可能性が変わってしまう」こういった能力は地味ではありますが、医師の能力としては大変重要な事です。こういった事を早期にマスターして、その上でさらに能力を伸ばせるかがその後の10年の伸び代に関わってきます。講義後に頂いた学生さんのフィードバックにはその事が伝わったと感じるものが多く、将来に大いに期待したいと思います。(助教 稲熊 良仁)