札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2011年4月5日火曜日

研修医向けオリエンテーション -医療事故について-

今日は、本年度札幌医大で研修を始める研修医(1年次10人 2年次36人)を対象にオリエンテーションの1講義を担当した。

医療事故について講義した。


まず、医療訴訟について、民事訴訟と刑事訴訟に分け、ここ数年は「刑事事件になる」医療事故が増えている現状を紹介。民事訴訟では「賠償額」が問題になるが、刑事訴訟ではその「犯罪性」が問題となり医師が「犯罪者になる」可能性を説明。現在進められている「医療事故第三者評価委員会」のことを紹介した。

こうした社会情勢の中で、医療事故は
1〉いかに防いで
2)いかに訴訟にしないか
が大切。


1)医療事故を防ぐ

ハインリッヒの法則を説明
ひとつの大事故には30の軽度の事故がありその影に300の障害のでない事故が存在する。

医療版ハインリッヒの法則
300件の障害のない事故の下に数千から数万の事故に至る危険行為や約束違反があると説明。

例えば、
1処置1手洗いを完全に実行しているか?
患者のフルネームを必ず確認しているか?


ヒヤリハット事例の検証(振り返り〉をすることの大切さを説明。
1)ヒヤリハットを隠さない文化(研修医)
2)ヒヤリハットを責めない文化(指導医)
3)ヒヤリハットを振り返る文化(医局)
が必要。



2)医療事故の後の対応

事例を紹介
50歳女性(無症候性胆石症・高脂血症あり)
食後の右上腹部痛と発熱。
Murphy Sign陽性でエコー上胆嚢壁の肥厚があり総胆管は拡張していない。

この患者さんの診断は?と聞くと
さすが2年目研修医。
即座に「急性胆嚢炎」との答え。
しかし、「鑑別診断は?」と聞くと、「膵炎・・・」

「急性心筋梗塞」や「イレウス」「胆管炎」などが出てこない。
すでに診断の段階で訴訟のリスクを抱えている………………
まぁ、今回はここが問題ではないのでスルーしておく。


治療をどうするかを考えるに当たり、
2005年の急性胆嚢炎診断ガイドラインと
2007年のTokyo Guidelineを紹介したが、
これを知らない研修医が多い。
さらに治療の段階でも訴訟のリスクを抱えている………………
まぁ、これも今回の問題ではないのでスルーしておく

「急性胆嚢炎では発症早期に腹腔鏡下胆嚢摘出術をすすめる」

そのとおり外科病棟に入院し、当日手術が行われた。


しかし、術中、胆管損傷が起き、胆汁性腹膜炎を発症し、再手術で胆管再建術を行うが、狭窄が生じ術後胆管炎を繰り返し、術後30日目に死亡したとの症例を紹介した。

UpToDateによれば、
腹腔鏡下胆嚢摘出術の重大合併症は2.6%に起き、胆管損傷が起きればその5%は死亡するとある。

日本腹部救急医学会の調査によると
2008-2009年の140余りの病院の急性胆嚢炎を調べたところ、
5000例あまりに腹腔鏡下胆嚢摘出術が行われ、手術関連死亡は0.5%とある。


この患者が、
1)自分だったら?
2)自分の母親だったら?
3)この患者の主治医だったら?

の3つの立場で、どのように思うかを尋ねたところ
1)悔しい。一応死亡率0.5%とは分かっているが、まさか自分に起こるとは・・・
2)ありえない。自分の身内に起こるとは・・・
3)事実をきちんと説明して、申し訳ないと…………


3者3様の対応であった。

ここで、柳田邦男氏の「2.5人称の医療」の紹介をした。
1人称の医療  自分の人生の選択
2人称の医療  自分の愛する人の人生の選択
3人称の医療  他人の人生の選択。専門家としての客観性・冷静さが求められる

「合併症は、どのような医師が行っても、
 ある一定割合は不可避に起こるもので、
 今回は残念ながらその合併症が
 たまたま、あなたに起こったということです」

「術前に、0.5%の死亡率であることは、
 お話しましたし、それを同意の上での手術ですよね」

といった説明は3人称の医療であると言える。

2.5人称の医療とは、
3人称の立場を保ちながら1人称・2人称の視点を合わせ持つこと

「乾いた3人称から潤いのある2.5人称へ」

何も難しく考えることはなく
「自分の家族だと思って、患者の診療に当たる」
言い古された格言の通りのことであると説明し、講義をまとめた。


医療事故・訴訟を防ぐには
1)ヒヤリハットを振り返る文化
2)2.5人称の医療


合計46人 一人も寝ることなく50分の講義を終了した。

(助教 松浦武志)