札幌医科大学 地域医療総合医学講座

自分の写真
地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2012年7月15日日曜日

臥位呼吸

70歳台女性患者のことで相談を受けた。これまで老人ホームで寝たり起きたりしていたが、数日前から喘鳴が強くなった。糖尿病、高血圧があり、大腿骨頸部骨折の手術を2年前に受けている。心拍数は108/分。奇妙な点は、臥位では喘鳴が消えるのに、座位で喘鳴が悪化する。酸素飽和度が92%と低下していることであった。
 一般に喘鳴は座位で悪化することが多い。これは起座呼吸(0rthopnea)と呼ばれており、うっ血性心不全、COPD,喘息等が悪化した患者にみられる。この病態機序は臥位になったときに下肢・内臓の血液が体循環に戻り負担が増えるからと説明されている。最近の研究では、心不全の起座呼吸を起こすメカニズムとして、気道抵抗の増加、呼気流量の低下、横隔膜エネルギー消費の増加等が挙げられている。うっ血性心不全に対する起座呼吸の感度は37.6%、特異度は89.8%という記述がある(陽性尤度比:3.6)。

この患者さんは、軽度の炎症反応を示したが、胸部XP,CTで異常を認めなかった。喉頭鏡でも閉塞はなかった。しばらく抗菌薬治療を試みみたが、座位によっての喘鳴は続いていた。

いろいろ考えた末、肺塞栓症ではないかと思い至った。肺塞栓の診断基準であるWell’s Score3点(心拍数>100/分と長期臥床)である。Dダイマーを測定してもらったところ、やや正常値を越えていた。そこで肺の造影CTで確認をしてもらったが、肺塞栓症の所見は認めなかった。その後、症状は徐々に改善したという。

最近手にした『mechanisms of clinical signs』という書籍によると臥位呼吸(platypnea)として記述がなされている。原因の1つは心臓内に右・左シャントが起こるためで、ASD,PFD等の先天性心疾患、肺切除が挙げられる。もうひとつの原因は、肺高血圧や右房圧の上昇であり、肝肺症候群、呼吸器疾患、COPD,肺塞栓症、ARDS等がある。静脈から動脈への血流シャントがその機序と説明されている。

ときに、肝硬変患者で酸素飽和度が著しく低い患者が出会うことがある。これは当に肝肺症候群であり、その機序は1)びまん性の肺内シャント、2)血管収縮による換気不良、3)V/Qミスマッチ、4)胸水や横隔膜機能低下が挙げられている。

まれであるが、臥位呼吸を見たら、右・左シャントや肺高血圧等の基礎疾患が潜んでいないか疑ってみる必要があるようだ。(山本和利)