札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2012年5月25日金曜日

放射線被曝


核物理学者である武谷三男は、放射線の許容量につき、日本学術会議のシンポジウムの席上で、次のような概念を提出した。「放射線というものは、どんなに微量であっても、人体に悪い影響をあたえる。しかし一方では、これを使うことによって有利なこともあり、また使わざるを得ないということもある。その例としてレントゲン検査を考えれば、それによって何らかの影響はあるかも知れないが、同時に結核を早く発見することもできるというプラスもある。そこで、有害さとひきかえに有利さを得るバランスを考えて、〝どこまで有害さをがまんするかの量〟が、許容量というものである。つまり許容量とは、利益と不利益とのバランスをはかる社会的な概念なのである。」と。この考えは放射線に関して提唱されたものだが、それ以外の場にも有効な考え方である。このように説明すると無暗にCT撮影を希望する患者さんを、撮らないで経過観察する方針に移行できることが多い。

可能性は少ないとはいえ、一度起こるとものすごい被害をもたらす原発事故についてはどう考えればよいのだろうか。1986425日、チェルノブイリ(「ニガヨモギの草」の意)4号炉が猛烈な水素爆発を起こした。事故の原因は、人的エラーと不完全な技術にあると結論付けられた。このとき、25名が死亡している。事故後の処理にロボットが使えなかった。そこで、兵士に選択させた。戦地のアフガニスタンで2年間過ごすか、ガンマ線が飛び交う三号炉の屋上で2分間身をさらすか。(私なら後者を選びそうだ)。

 『ゴーストタウン』(エレナ・フィラトワ著、集英社、2011年)は放射能汚染の長期被害(チェルノブイリ原発事故)について書かれている。10年間ほど取材してブログに掲載したものを本にしたという。著者がバイクで移動しながら撮影したカラー写真が満載である。彼女は述懐する。「進めば進むほど、土地は安くなり、人は少なくなり、自然は美しくなる。」放射能は数万年残るが、人が住めるようになるのは早くても600年後だそうだ。

 チェルノブイリ近郊の市街地に、プロメテウスの彫刻が置かれている。事故後、原子力発電所に移されたそうだ。プロメテウスこそ、神から炎を盗んで、人類に与えてくれた。

 チェルノブイリのあるウクライナよりも、隣国のベラルーシがさらなる被害を受けている。

チェルノブイリの原子炉から250キロメートル圏内では、2000を超える街や村が消えたそうだ。

 「フクシマ」に多くの医療従事者が支援に入っている。頭の下がる思いである。チェルノブイリの場合、100km単位で話がなされるのに「フクシマ」では10km単位で話が提示される。この違いは何なのだろう。(山本和利)