札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2013年2月21日木曜日

医療コミュニケーションとナラティブ・アプローチ


221日、富山大学保健管理センター斎藤清二教授のNarrative-Based MedicineNBM)の4学年対象の講義を拝聴した。

1コマ目。病院医療から地域包括医療へ流れが変わってきている。そのような中で、医師をやってゆくこと(Doctoring)には責任が問われるし、一人の人間としての生き方とのバランスが重要であると思う。

導入で医療崩壊の話が出され、その防止のためには信頼の構築、信頼の保証が重要であることが強調された。現在、医療者と市民の間で信頼関係が失われている。

 

信頼関係は、うまくいっている時には意識しない。友人関係、先輩・後輩の関係等。信頼関係は空気のようなものである。問題は息苦しくなったときである。信頼関係という言葉が強調されるとき、信頼関係はすでに破綻している。一端失われた信頼を取り戻すのは難しい。信頼できない人の言うことを信用する人はいない。

「患者さんはなぜ安心できないのか?」について、講義は進んでゆく。保証編から説明編。はじめは薬の副作用について、安心を与える保証(大丈夫と言って安心させること)。一番手軽な方法は保証を与えることであるが、この一方的なやり方に納得しない患者さんも多い。次に行われるのが説明である。まれな副作用を説明してゆく(情報提供)と患者さんの不安はかえって募ってゆくこともある。不安は身体症状が増強させる。不安を安心に変えることが大切である。感冒薬による無顆粒減少症の例。風邪薬で死んでしまうことばまれに起こる。説明し保証を与えようとしても、この方法では限界がある。

医療実践の避けられない特質は3つある。
・不確実性(uncertainty):完全には予測できない
・複雑性(complexity):複数の要因が関与する
・偶有性(contingency):おおよその見通しを立てることができる

患者も医療者も確実性、単純性を求めている。しかしながら、一般的なことを個別に当てはめることは難しい。

そこで大切なのが対話(別のやり方)である。患者の閉じた質問に対して「あります」と答えても、「ありません」と答えてもうまくゆかなかった。では、どうするか?

対話編。副作用のあるかないかを知りたいのではない。(感情・不安に焦点を当てってみる)。心配があるらしいので、相手に訊いてみる(無知の姿勢)。開かれた質問で訊く(「もう少し詳しく話してください」)。あいづちを打つ。不安にはきっかけがある(家族の病気等)。そして相手の不安を正当化してあげる(共感の表現)。アンビバレンス(二つの気持ち)の両方を言語化してそのまま返すことが大切(感情の反映、明確化)。共通基盤の共有化。葛藤表現(先取り表現)。オウム返しで答える。「はい、その通りです」と相手が答えるような質問の仕方をするとよい。ここで患者との繋がりを感じたら、ここで説明を始める(情報提供・説明・自己開示)。最後に遠慮なく訊いてください(理解の確認)、で締める(関係の強化)。


患者満足度を高める対話の構造
・抱える技法
           非言語的メッセージ(関わり行動)
           傾聴技法
           共感表現
・揺すぶる技法
           保証
           説明
           自己開示(commitする、私はこう思います)
抱えてから揺すぶる。(神田橋先生)


2コマ目。谷川俊太郎の言葉を紹介。NBM といった難しい名前がついているが、すごくおかしい。患者に話すときには普通の言葉を使ってほしい。

ここからナラティブ(物語の交流・対話)の話。NBMという言葉は1998年にBMJで提唱された。基本は対話の医療である。全人的医療を提唱するムーブメントの流れを汲む。EBMの過剰な科学性を補完する。学際的な専門領域との広範な交流を特徴とする。

ナラティブとは意味づけつつ語ること。動詞的であり、名詞的でもある。ことばをつなぐことによって「意味づける」行為。

その特徴。1)物語は多様な意味を持つ。その意味付けは多様である。その背景(context)、困難(trouble)、人物(character)、時間配列(chronology)によって意味が違ってくる。黒沢明監督の映画『羅生門』を紹介して解説。2)物語は拘束力を持つ。3)物語は変化してゆく(書き換え)。語る機会が与えられ、聞きとられ、安心できる場での対話が促進されることによって徐々に物語は変化してゆく。医療におけるナラティブは、私たち医師に反省的思考(reflective thinking)を促す。

ナラティブ・アプローチの特徴

1.個別的な物語をまるごと尊重する。

2.物語を語る主体として尊重する

3.複数のナラティブの共存を認める。

4.多要因のネットワークとして理解する。

5.「問題の解決」よりも対話の継続による「問題の解消」を目指す。

ナラティブ・アプローチの複数の流れ(本)を紹介。

Kleinman A 『病いの語り』1988/1996

McNamee S & Gergen KJ『ナラティブ・セラピー』1992/1997

Frank  A 『傷ついた物語の語り手』1995/2002

Greenhalgh T & Hurwitz B 『ナラティブ・ベイスト・メディスン』1998/2005

Launer J 『ナラティブ・ベイスト・プライマリ・ケア』2002/2005

R. Charon(医学博士、文学博士)の提唱するNarrative Medicine(2006/2011)を紹介。

46歳のドミニカ出身男性の事例を紹介。黙って患者の話を聴いた。・・・患者は話終わると泣きながらこう語った。「今まで誰もこのように話させてくれなかったのです」

物語能力(narrative competence

1.患者の言葉に耳を傾け、病いの体験を物語として理解し、解釈し、尊重することができる。

2.患者の苦境を患者の視点から想像し、共感することができる。

3.多様な視点からの複雑な物語群を把握し、そこからある程度の一貫性を持つ物語を紡ぎだすことができる。

4.患者と物語を共有し、患者の物語に心動かされて、患者のために行動する関係に参入できる。

 

物語技法

・精密読解(close reading

・反省的記述(reflective writing

・証人の役割を担うこと(bearing witness

物語的訓練

・語る/聴く/書く/読むことを通じて、物語を共有する場をマネジメントする様々な方法論。


3コマ目。女子大生からの健康相談メッセージを使って、実習。

1か月前から体調不良。吐き気がする。寝込むまでいかないが、チョット心配である。」

これに医師または研修医として、返信を書く(10)

2名の学生が返信を読み上げ。


相手の言葉を使って返信している。「もう少し詳しく教えてください」を使用。相手のことを心配している。「一緒に考えてゆきましょう。」と共感を示す。愁訴に関連した事象を聞いている。


実際例

1.時間順に書いてもらう(病いの物語を引きだす)

2.日常生活への影響と対処法を問う

3.影響する因子を問う

4.話題の範囲を広げる

5.心配な病気(説明モデル)を問う

6.希望・解決志向を問う

7.言い残したことを問う(ドアノブ質問)

女子大生からの返信を供覧。

学生はそれに対して、再度返信を書く(10分)。

返信へのお礼。1名の学生は受診の促し。共感表現。もう一人の学生はもっと会話を続けてゆく問いかけ。


実際例

相手の発言の要約後、新しい物語を提示。妊娠や胃疾患の可能性の低さを示唆。慢性の脱水の可能性を示す。水分摂取を促す。

女子大生

「夏バテ」という物語で納得。安心し、元気を取り戻す。

 
今回は、新たに「女子大生からの健康相談メッセージ」に対して返事を書くと言う実習が入った。学生にはメールで答えるやり方が新鮮で、大好評であった。年に一度拝聴している講義であるが、毎回進化している。(山本和利)