札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2010年8月9日月曜日

遊び場としてのEBM

8月6日、年に1-2回開かれている脂質代謝に関する勉強会で長崎大学医歯薬学総合研究科創薬科学の池田正行教授の「遊び場としてのEBM・遊び道具としての臨床試験」という講義を拝聴した。
「グランドに落ちているのは地雷、と銭だけではない、ネタもグランドに落ちている。」という導入から、「なぜ臨床試験が必要なのか?」という主題に入った。臨床試験は人体実験であるが、それがないと人間にドッグフォードやキャットフードを食べさせることと同じになるからであると。日本人のわが身のこととして考えない風潮を批判。それは我々に当事者性がないからである。それを取り戻すには、自分の関心のあるテーマでツッコミ力を鍛えることが重要であると。学生講義で使用しているスライドで話は進む。医療に限らず、世の中の出来事を考えるとき、「人」「物」「結果」すなわち、「患者」「介入」「アウトカム」をチェックする姿勢を強調した。EBMでいうところのPECOを別の言葉で表現したものである。もう少し具体的に言うと、「組み入れ基準・除外基準」「用法」「有効性・安全性・評価指標」ということになる。新聞広告でよくお目にかかる「脳内核酸」の宣伝文を例に、具体的に批判を展開していった。

話の後半は次の4点。
1. 豆乳クッキーダイエットを例に、一般人の健全な批判精神が不足していることを指摘。それは素人に留まらず、専門家にも当てはまると言及した。4つの医学系学会が2009年度のインフルエンザ騒ぎで学会を延期したが、サッカー、野球の試合は一試合も中止しなかったと。日本は「一億総始皇帝」化している。不死を求めて、エビデンスのない「アンチエイジング」「脳ドック」「PET健診」の隆盛をその例としてあげた。
2. 「医薬品のリスク・ベネフィットバランスはグレイである」というのが正しい認識であるはずなのに、「白か黒か」という誤ったイメージがあり、それが根本的な問題であると。厚労省を「けしからん」と非難するのは、期待が含まれており、その非難の背後には依存が隠れていると指摘。その依存体質が、薬害を繰り返す秘密であると。「誰がリスクを引き受けるのか」を考えてみる必要がある。建築基準法改正の例をあげ、規制緩和で耐震疑惑が起こり、強化で住宅販売の落ち込みが起こった。「規則依存と自律」は非常に難しい問題である。確かに。
3. ドラック・ラグ(新薬の承認が遅いこと)。米国に比べて2.5年遅いというが、米国のやることは何でも素晴らしいと考えるのは鹿鳴館時代と同じである。Cox2(ロフェコクシブ)が夢の鎮痛薬として米国でもてはやされたが、5年後に心血管リスクが増すことがわかった(大腸がんの予防効果もあるともって5年間追跡したら、心血管死が増加していた)。平均余命、乳児死亡率を見るまでもなく、米国を真似る必要はない。確かに。
4. 「ゼロリスク探求症候群」と評して、リスクゼロを求める消費者を批判している。ここが一番この講演者の拘っている点のようだ。あえて日本人が食べなくてもよい米国牛肉に、なぜ消費者がリスクゼロを求めてはいけないのか。専門の薬剤の話での一貫性が影を潜めていると感じたのは私だけであろうか。

すべてを一刀両断に切り捨てる自信に溢れた講演であった。講演の中で批判の対象になった対極の持論を持つ浜六郎氏との討論会があったら是非拝聴したいなどと夢想してしまった。(山本和利)