札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2010年5月28日金曜日

Common Problem: よくある疾患、見逃しやすい疾患

  内科系総合雑誌Modern Physicianの2010年6月号で「Common Problem: よくある疾患、見逃しやすい疾患」という企画編集をしました。日常診療に役立つ自信作です。是非お手にとってお読みください。以下にその巻頭言を提示します。

 一般に診断の過程は、1)診断仮説の形成、2)診断仮説の修正、3)診断のための検査、4)原因の推理、5)診断の確認、の5つからなると言われている。臨床医は最初に、年齢、性別、人種、印象、主訴から診断仮説を形成する。その際臨床医は思いの外近道思考(ヒューリステックス)を用いていると言われる。すなわち疾患頻度よりも経験した類似症例や最近経験した印象的な症例から仮説を形成している。ベテラン医師の場合、その方法で大部分は正解にたどり着くが、その後の情報や検査結果を無視して最初の仮説の可能性を修正できないでいると(アンカリングの固定)、ときに間違うこともある。医療面接をさらに続け、身体診察情報を加味しながら診断仮説は修正されてゆく。そして治療をするだけの確信に至らなければ切れ味鋭い検査を依頼して、確定診断または除外診断を試みる。一度診断を付けたならばそれができるだけ単純に説明できるかどうか検証することになる(オッカムの剃刀の原理)。
 一方、臨床医は経験した症例を物語(illness scripts)として記憶し、必要に応じて診断に利用しているという意見もある。そこで本企画では、読者に診断の過程をベテラン医師と同様にたどってもらい、かつ利用可能な物語を増やしてもらうために、それぞれの愁訴についてCommon Caseの典型的な年齢、性別を記載のうえで問診、身体診察を中心に執筆してもらった。経験豊富な臨床医は患者から引き出した情報を用い、上述の5つの過程を経て効率よく診断する。学習者の診療能力向上にとって重要な点は、上級医から正解を教えてもらうことではなく、積極的に自分で考えて、それを上級医に話し、その根拠を述べる過程を通じて、自分の理由付けの過ちを修正し、一般論を理解することであると言われている。そこでベテラン医師の論理的な思考過程を追体験できるようにするために、New England Journal of Medicineのclinical problem solvingの症例呈示のように時系列で思考過程を記載してもらい、診断名はできるだけ最後までわからないように記述してもらった。紙面の関係で基礎的事項は最小限にして、最新の知見を日常診療に役立つようお願いした。
 同じ訴えであっても診断名が異なることはよくあることである。優秀な臨床家であっても少なからず失敗例を経験している。それを省察し、同じ過ちを繰り返さないよう努力した者が優秀な臨床家として生き残る。そこで頻度の高い疾患に紛れている見逃しやすい事例もPitfall Caseとして提示した。
 各項目の最後に、臨床医の知識と経験に裏打ちされた、現場での診断・治療に役立つ教訓をClinical pearl として記載してもらった。本企画が読者にとって今後の診療の糧になれば幸いである。 (山本和利)
<参考文献>
J. Kassirer, J. Won, and R. Kopelman:LEARNING Clinical Reasoning 2nd Edition、Lippincott Williams & Wilkins、2010