札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2010年5月12日水曜日

イノセント・ゲリラの祝祭

 海堂尊氏が書いたイノセント・ゲリラの祝祭」を読んでみた。これは小説の姿を借りた死後画像診断Ai(エーアイ)を推進するための書物であり、痛烈な厚生労働省批判書でもある。一歩進めて、厚生労働省解体を主張しているようにも読める。ただ厚生労働省に対して不満を常々感じている者には面白いかもしれないが、小説として読むとあまり面白くない。法医学学会と病理学会の利権争いについてもかなり誇張して書かれている。世間では「医療安全調査委員会」創設の議論が紛糾を続けているらしい。法医学サイドからは、異状死死因究明制度の確立を目指す議員連盟が「死因究明医療センター」を構想しているという。

 作家としての自信と病理医として培った経験がここまで過激に書かせるのだろうか。

自分の関連領域である地域医療について、私自身若い頃のような情熱をかけて、新たなシステムを構築するために過激な発言も辞さない覚悟が必要なのではないと考えさせられた。(山本和利)

 

2010年5月11日火曜日

医療と社会

 510日、北海道大学医学部2年生を対象に「医療と社会」という講義を行った。

これは前沢政次元教授から依頼され数年前から行っているものである。

導入はいつもの如く、映画の一場面から入った。

1:洗濯鋏を瞼に挟んでいる二人の少女の写真。さて、どうしてでしょう?

問2:小児悪性腫瘍がフランスの農村で増えているという話を聞いて、さて、あなたが医師ならどうしますか?

問3:家の前にある山のような堆積物の前に立つ少年。これは何でしょう?何をしているところでしょうか?

このような写真を提示して、学生に問いかけた。

 意外と知らない人が多い。

その後、「井戸を掘る医者」中村哲先生の言葉を紹介した。「人生思うようにはならない」、大切なことは「人間として心意気」、必要とされていることをする「何かの巡り合わせ」でする。

開始30分後、「社会学からみた医療」の講義を始めた。映画「ダーウィンの悪夢」を例にして、それぞれが最善を目指した結果、「ミクロ合理性の総和は、マクロ非合理性に帰結する。」「個々にとってよいことの総和は、全体にとって悲惨にある。」と結論づけ、地域医療にも当てはまるのではないか?と学生に問いを投げかけた。

次に、「世界がもし100人の村だったら」(If the world were a village of 100 people)という本を紹介した。その一部は

「もしもあなたが 空爆や襲撃や地雷による殺戮や 武装集団のレイプや拉致に おびえていなければ そうではない20人より 恵まれています」。学生のかなりの者が既に読んでいた。

 ここから、医療の話。

1961年 に White KLによって行われた「 1ヶ月間における16歳以上の住民健康調査」を紹介した。大学で治療を受けるのは1000名中1名である。
 次に、「医療とは」何かを知ってもらうため、ウィリアム・オスラーの言葉を引用した。

「医療とはただの手仕事ではなくアートである。商売ではなく天職である。

すなわち、頭と心を等しく働かさねばならない天職である。

諸君の本来の仕事のうちで最も重要なのは水薬・粉薬を与えることではなく、強者よりも弱者へ、正しい者よりも悪しき者へ、賢い者より愚かな者へ感化を及ぼすことにある。信頼のおける相談相手、・・・

家庭医である諸君のもとへ、父親はその心配ごとを、

母親はその秘めた悲しみを、

娘はその悩みを、

息子はその愚行を携えてやってくるであろう。

諸君の仕事にゆうに三分の一は、専門書以外の範疇に入るものである。」

 

授業はまだまだ続く・・・。

 

 授業を聞いている態度だけで判断すると、眠いのか聞いているのかわからない学生もいるように思えるのだが、学生さんの講義に関する感想文を読むと、皆がそれぞれ感じてくれているとことがあるとわかってうれしくなった。

 2年生のときにこんなに素晴らしい感性を持った学生さんが、卒後に家庭医になる人数が少ないのはどうしてなのだろう?(教育の成果?)

 

問1の答え:

女工哀歌(エレジー)と映画の一場面である。「睡眠不足で瞼が落ちてこないようにするため」。中国の山間の農村に暮らす16歳のジャスミンは、家計を支えるために都会の工場に出稼ぎに出る。彼女の仕事は、欧米諸国へ輸出するジーンズ作りの「糸切り作業」。時給7円という低賃金だが、ほとんど休む間もない忙しさだ。一方、工場長のラム氏は、海外の顧客からコスト削減を迫られていた。きびしい条件の中、納期に間に合わせるために、徹夜の作業が続く。しかし給料の未払いが続き、工員たちの不満はつのっていった…。

問2の答え:

町長が「小学校の給食をすべてオーガニックにするという試み」をした。フランス南部のバルジャック村の約1年を追いかけた映画。ここに登場するのは、風光明媚な村で暮らすごく普通の人々ばかりだが、その一見のどかな風景とは裏腹に、土や水の汚染による病が彼らに静かに忍び寄る。だからこそ食の豊かさを自らの五感で学ぶ子どもらの笑顔が胸にしみる。

問3の答え:

「ゴミの山、まだ使えるゴミを拾って売る仕事をしている」。ドキュメンタリー作家四ノ宮浩監督が、自作の『忘れられた子供たち スカベンジャー』と『神の子たち』で取材したフィリピンのマニラにあるゴミの街"スモーキーマウンテン"を再訪。約20年前から見つめ続けた東洋最大のスラムと呼ばれる同地でかつて出会った人々の現在を追う。世界に厳然と存在する貧困について大きな問いを投げかける1本。

(山本和利)

 

 

 

2010年5月10日月曜日

米寿の祝い

58日、父の米寿のお祝いを父・姉の住む西伊豆で行った(仲田和正先生の働く西伊豆病院は1km以内である)。子供夫婦とその孫・配偶者等10名が北海道や大阪から駆けつけてくれた。耳の遠い父に聞こえているのか気にしながら長男である私がお祝いの言葉を述べた。父のお礼の言葉は思ったより短かった。伊豆の海鮮料理に舌鼓を打ちながら子供時代の話に花が咲いた。弟から話される内容は思いの外忘れていることが多かった。ジフテリアで隔離入院されられたこと、海や山で怪我をしたこと、いつもキャベツ炒めを食べていたこと、カレーの肉がイルカの肉であったことなど、懐かしい。

 父が捕ってきたマムシを干して、それを粉にして元気になるよう毎日飲まされたこと、ニンニクを焼いて食べさせられたことなど、医療人類学的な見地から見ると面白い健康信念に基づいた母親の行動などを思い出した。

 血の繋がった者たちが久しぶりに集まって言葉を交わすことで、私自身リフレックスできた。今回の経験を通じて、患者さんから家族のことを聴くことは医師が考える以上に患者さんにとって重要な意味があるのではないかとあらためて認識させられた。

(山本和利)

 

2010年5月7日金曜日

臨床研究

57日、4年生に臨床研究の講義をした。内容は415日に行った大学院修士課程の「臨床疫学入門」とほぼ同じである。

はじめに科学とは、1)実験、2)理論(二元論、要素還元主義)、3)反証性、が特徴であること、論文捏造、科学社会の構造的問題について軽く触れた。「暮らしの手帖」を例にした科学的な姿勢の解説は学生に好評であった。CASTCardiac Arrhythmia Suppression Trialstudyを通じて、患者中心のアウトカムが重要であること、薬物治療が必ずしも偽薬より優れているとは想定できないことなど、はじめてこの話を聞く学生にはインパクトがあったようだ。

臨床研究のプロトコールの作成法や統計の話、研究のデザイン・バイアスについても言及したが、計算実習がないことが一番よかったという評価が多かった。足し算、引き算、割り算やかけ算が主であり、そんなに難しくないはずなのに。また、感想文の字数や漢字を用いた表現が少なく、ひらがなと誤字が多いことが嘆かわしい!

教養を担当するある教官が、「教養の時間では何よりも日本語をしっかりと勉強してもらうことが重要である」と教務委員会で発言していたが、同感である。(山本和利)

 

医療のこと、もっと知ってほしい

 連休中に読んだ本の紹介をしたい。「医療のこと、もっと知ってほしい」というタイトルの岩波ジュニア新書である。佐久総合病院のことを通じて若者に医療の現状を説明している。ドクターヘリ、地域医療の最前線、なぜ医者になるの?、医療の土台「国民皆保険」の4章からなる。

「地域医療の最前線」の章では私が知っている北澤彰浩先生が出てくる。訪問診療の場面で、患者さんの介護されている部屋の位置や日当たりでその家族の気持ちがわかることや出された食事を食べて味付けや塩分量を推測するなど、現場感覚が散りばめられている。部屋に飾られているモノからその人生を推測し、患者さんや家族と会話をすすめるとよいなど、ナラティブの実践法も参考になる(藤沼康樹先生も同様なことを研修医に言っている)。

「なぜ医者になるの?」の章でフィリピン国立大学医学部レイテ分校(SHS)のことが紹介されている。学生は生まれ育った町や村の推薦を受けて、奨学金をもらいレイテ島に集まってくる。教室の授業と島での仕事を半々に行い、2年間で助産師の資格を得る。さらに勉学を希望する者は看護師養成コース、正規看護師、医師コースへと進んでゆく。長純一先生が「日本の医師教育は病棟診療を重視してきました。現実には多くの職種がチーム医療で対応するのですが、患者さんを多面的にとらえる意味では医師の社会的教育が必要です。コミュニケーション能力を含めて、医師になった早い段階で、日本でも地域に出たほうが社会性は鍛えられます。」と発言している。

 わが国でも奨学金給付による入学制度が全国各地に増えて来ているので、このような制度を日本でも参考にしてほしいものである。本書は、「将来、医療がどのように変わってゆくのか。若い皆さんに未来は託されています。」と結んでいる。(山本和利)

 

医療情報マネジメント(EBMの実践)

 4月30日、幌加内町国保病院の森崎龍郎医師が4年生に「EBMの実践」という講義を行った。幌加内町国保病院の外来の机にコンピューターが置かれていることを紹介して、どこでもインターネットがあれば最新のエビデンスを利用することができることをわかりやすく解説してくれた。

まずEBMの4つのステップを紹介し(Step 1 臨床上の疑問の定式化、Step 2 情報収集、Step 3 情報の批判的吟味、Step 4 自分の患者への適用)、インターネットでの情報収集に関する注意点を述べた。インターネットの情報は何でもありで、ウソの情報も当然混じっている。無責任な情報はもっとたくさんあふれている。ホームページの美しさにだまされてはいけない!「情報の質」を判断するのは受け手側(あ・な・た!)である。情報化社会においては、「情報の質」を見極める力がますます重要!「簡便さ」「情報平等主義」「匿名性」であるため、逆に危険度も大である。まず、運営者を必ずチェックすること。公の機関、専門的な組織、その問題の専門の研究者が運営しているページは比較的信頼できるが、それ以外は、参考程度にのぞくだけにしておくのが無難である。もちろん、「公の機関、専門的な組織、その問題の専門の研究者が運営しているページ」だって疑ってかかる必要がある。

ポイントは「信頼性の高い二次資料を使おう」である。これ以上元をたどれないオリジナルな内容を伝えるものを一次資料という。医学の場合、基礎実験や臨床研究に基づく専門的な研究論文のこと。一次資料に基づいて編集・加工された資料を二次資料という。一次資料を編集・整理したり、その内容を取捨選択し、評価を加えたりしたもの。(さらに教科書のことを「三次資料」と呼ぶ場合もあるようです。)信頼性の高い(アカデミックな)二次資料とは、信頼できる著者が書いていて(もしくは信頼できる出版社から出版されている)、多くの専門家の目を通してあり(独りよがりな論旨になっていない)、一次資料の出典を明らかにしている。その点からいうとUpToDate DynaMed (二ポポ研修医にはiPODが支給されニポポプログラムが使用料金を肩代わり)を推薦したい。

さらに英語が苦手な学生さんのためにインターネット上で使える便利な英語辞書の紹介し、日本語なら「メルクマニュアル」を推薦。American Family PhysicianのHPも便利と紹介。ここで事例を基にここまで紹介した検索エンジンで具体的に検索した結果を提示した。

まとめると、

1)  まずインターネットの検索エンジンで調べる。

2)  (一般向けのものでもよいので)その問題についての概略をまず簡単に理解し俯瞰する。(参考程度に)

3)  専門的な教科書の必要な部分を読む。

4)  さらにUpToDateなどの二次資料を英語で読む。

5)  その内容をもう一度日本語の資料で確認する。

最後に、「山本先生のEBMの講義は難しすぎて付いていけなかった・・・という人は、まずこの本から!(この本は一般向けですので、数式や難しい用語は一切でてきません。)」と言って、名郷直樹先生の「治療をためらうあなたは案外正しい」を推薦して講義を終えた。(山本和利)

 

学生ランチョンセミナー(2)

4月30日、特別推薦枠学生を対象にランチョンセミナーの2回目を行った。寺田豊助教の指導を受けながら、医療面接の教科書の選定をした。その後、3年生のみを対象に胸部X線の読影を行った。学生のモチベーションを下げないように、様々な試みをしていきたい。たくさんの学生の参加を期待する。(山本和利)