札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2013年8月23日金曜日

第25回 家庭医療学夏季セミナー

標記のセミナーが810日~12日に神奈川県湯河原町にて行われた。主に家庭医療や総合診療を志す学生・研修医対象で、毎年200人前後の参加者に対して、ワークショップ(WS)や講演会の講師が250人も集まる豪華なセミナーである。

 その中の一つとして、「おどる身体診察 ~OSCEでは教えないコツとキモ~」と題したWSを行ってきた。

 昨年まで、当講座の助教であり現在は町立厚岸病院に勤めている稲熊先生と共同講師という形で行った。勤務地が離れているためWSの準備はネット会議などで行い、実際に膝を突き合わせて打ち合わせをしたのはWS前日の夕方であった。

 WSはお互いの自己紹介から始まり、まず、どうして身体診察の講義はつまらないのかの原因を考えてもらった。

 1)診察の型だけを覚えている。

 2)所見がどうして生じるのかを理論的に理解できていない。

 3)臨床にどう役立つのかが分からない。

以上の3点に集約できそうであった。

そこで、このワークショップでは、身体所見が陽性になるメカニズムを「解剖学的」な視点と「生理学的」な視点に分けて、説明した。

 
 解剖学的には、腹痛の生じるメカニズムとして、タッピングや叩打診の解剖学的な意味や体性痛や内臓痛・関連痛の生じるメカニズムを説明した。

 生理学的には、回転性めまいが生じるメカニズムとして、三半規管の模型を使って自責の動きなどを視覚的に説明した。

 短い時間ではすべての診察所見について説明している時間はない。学生諸君には、「診察主義だけを覚えても意味がない。解剖学の知識と生理学の知識に裏打ちされた診察手技こそが意味があり、おもしろいのである!」というメッセージを伝えて前半を終了した。

後半は身体診察が臨床にどう生かされるのかを実際の症例をもとに自分が夜間救急外来に出た時を想定して考えてもらった。

症例は45歳の男性で1週間前からの腹痛と、当日の黒色便を主訴に深夜0時に救急車で来院。直腸診では本人の申告通り黒色便を認めたと仮定してもらった。上部消化管出血の診断は簡単であろう。

問題はこの患者に深夜0時にどう対処するかである。バイタルサインは

意識清明 血圧120/60 HR86回 整 体温37.0℃ 呼吸数18回であった。

 

 ① PPI(タケプロン)を処方し帰宅。

   明日、消化器内科受診。

② 入院してPPI+補液で朝まで経過観察

    明日、消化器内科紹介。

③ 消化器内科医をコール。

    深夜130から緊急内視鏡。

以上の選択肢を提示したが、ほとんどの人は「バイタルサインが落ち着いているので、①もしくは可能であれば②」とのことであった。

 ここで、起立時血圧の重要性を説明し、大量出血に対して、特異度が99%であると説明した。安静臥床時の血圧や脈拍は中等量出血や大量出血に対して感度は20%程度しかないことも併せて説明した。

 この患者は起立した途端HR125へ上昇し、立ちくらみを自覚した。すでに大量出血の可能性が極めて高いため答えは③となるのである。

 この結末には多くの学生が驚いていた。血圧ひとつで夜中に消化器内科医を呼び出す重要な根拠となるのである。

 最後のまとめとして、病歴や身体診察はただやみくもにルーチンワークとして行っていても全くその意味をなさない。

 その意味を十分に理解したうえで、臨床上で意味のある病歴・身体所見を取りに行くようにしなければならない。そうすることを繰り返すと、病歴や身体所見がいかに重要で意味のあるものかが身にしみてわかるのである。

 

 まだ、経験のほとんどない学生には、どのような教科書を使えばいいのか? どのように勉強したらいいのかを、最後に参考文献を示しながら解説した。

 起立時血圧の重要性だけを教えても今後につながらない。どのような勉強をしたらいいのかを伝えてこそ、意味のある教育なのである。

 「教育=共育」 我々の教育に対する熱意・意気込みを強調して、WSを終了した。

                             (助教 松浦武志)