昨日・一昨日とロイトンホテルにてプライマリ・ケア連合学会が開かれた。
開催期間中は数々のワークショップ(WS)や教育講演・シンポジウム・ランチョンセミナー・ナイトセッション・インタレストグループと様々な企画が目白押しだ。
そのなかの一つ、「SEAを用いたヒヤリハットカンファレンス。その実演と運営ポイント」と題した教育ワークショップを企画・運営した。
この「ヒヤリハットカンファレンス」は、研修医がヒヤッとした症例やハットした症例を1ヶ月かけて詳細に振り返り、そこから得られた教訓(クリニカル・パール)をカンファレンスを通して、多くの参加者(研修医や指導医)と共有しようというカンファレンスで、松浦が前任の病院で3年ほど前から始めたカンファレンスのことである。
いわゆるヒヤリハット症例からは学ぶべきことが多く、その経過が重大であればあるほど、多くの病院関係者の間でその教訓を共有して、同じことを繰り返さないようにすることが大切であるが、逆説的に、こうした経験は、その経過が重大であればあるほど「隠したくなる」ものである。
ともすれば、こうした事象の振り返りは「ミスの糾弾」や「犯人探し」に終始し、発表者(経験者)の心の傷となり、発表することで2重に苦しむことになりがちである。そういうヒヤリハット経験者であれば誰もが陥る心の葛藤に配慮し建設的に振り返るための方法として、SEA(Significant Event Analysis)という方法がある。
このSEAは、目の前で起きた事実を振り返るだけでなく、その時の「感情」についても振り返るという点が非常に特徴的である。SEAのセッションを行うだけでゆうに1時間はかかるのであるが、今回のこの「ヒヤリハットカンファレンス」ではこの「感情面を振り返る」というSEAの手法を取り入れた、ヒヤリハット事例の振り返り教育カンファレンスのことである。
WSでは、まず簡単に自己紹介のあと、SEAについての簡単な説明と、人間が経験からどのように学んでいくかということについての理論的なモデルである「Kolbの経験学習モデル」を説明し、経験と業績の間になりたつ関係を詳細に調べた産業界からの研究結果を紹介した。
簡単に言うと、医師やセールスマンのような複雑な事象を扱う職種では、経験すれば業績が伸びるという簡単な関係は成り立たず、経験に加えて、目標設定やその他の要因が業績に大きく関係しているということだ。体育会系熱血指導医にありがちな、「とにかくたくさんの症例を経験して、体で覚えろ!」的な指導では、学習効果には限界があるということである。
少し眠気が誘われる理論的な説明のあとは、具体的にこうしたカンファレンスの準備をどのように行っているかを紹介した。症例の選び方や、発表者の選び方・症例の振り返り方(1ヶ月間の指導の仕方)・実際のカンファレンスの司会の仕方など具体的に説明した。この中で特に強調したのは、こうした振り返りを行う中で常に一番気をつけなければならないのは「発表者を責めないこと」=「No Blame Culture」をいかに実践できるかということである。
その後はいよいよメインイベントのカンファレンスの実演を行った。いつもは初期研修医を主な対象として、カンファレンスを実施しているのであるが、今回の出席者はほとんどが「指導医クラス」であったため、参加者には「カンファレンスで本気を出さないこと」「研修医時代に戻って、発言をしてほしい」「症例について真剣に考えるのではなく、カンファレンスの運営の仕方について真剣に見てほしい」事をお願いした。
とは言っても、実際に症例呈示が始まると、皆さん本気モードで診断推論を展開され、コメントを求めても、「優等生」な発言が相次ぎ、ファシリテートする方は非常にやりにくい。いつもは、初期研修医が「頓珍漢な答え」を連発し、それに対しどのように返答するかで苦労するのであるが(発表自体も責めないことに気をつけるため)、今回はまた別の意味で難しい。この場で、参加者が診断に迷っている発言を引き出せば引き出すほど、発表者である研修医は「みんな迷うんだなぁ、俺だけじゃないんだなぁ」とおもえるので、ここの運営の仕方が、このカンファレンスの一番の難しところであり、醍醐味でもある。
今回、このカンファレンスそのもののファシリテートは松浦の後輩である先生にお願いしたが、全国学会での発表であるという緊張感をものともせず、和やかにかつ、要所要所を抑えたメリハリのあるファシリテートを行ってくれた。カンファレンスがうまくいくかどうかはこのファシリテーターの実力に負うところが多い。
現在、医学部1年生にプレゼンテーションとファシリテーションの講義を行っているが、彼らは(自分も含めて)こうした教育はこれまで(高校時代までに)受けたことがなく、医学部のカリキュラムを見る限り、今後受ける予定もない。う~ん、こうした技術は、医師に限らず、社会人として非常に大切な技術になっているんだけどなぁ。でも、今年の1年生の講義でのプレゼンテーションやファシリテーションの技術の向上を見る限り、彼らには希望の光が差しているように見える。
1時間程度でカンファレンスが終了したが、その後会場から様々な質問を頂いた。参加者の熱意を感じる瞬間である。最後にこれまでこのカンファレンスで扱った症例の一部を紹介し、「継続することでヒヤリハットを責めない院内文化が出来上がり、研修医の方から、カンファレンスに(自らのヒヤリハット)症例を出したいと言ってくるような文化が出来上がってくること」を説明して120分のセッションを終了した。
セッション終了後も幾つかご質問を頂き、大変有り難く思うとともに、こうした文化が全国に広がっていけばいいなぁ、などと大きなことを考えていた。
ちなみに、この「ヒヤリハットカンファレンス」の運営の仕方と実際の症例を1例収めた、医学教育DVDが近日発売予定であることを若干宣伝させていただいた。
(助教 松浦武志)