2月14日、富山大学保健管理センター斎藤清二教授のNarrative-Based Medicine(NBM)の講義を拝聴した。
一昔前、医療コミュニケーションなどは教えられなかった。善意の素人を超えるためには、科学的な知識を持つことが大事である、とそれだけ重視したからである。時代が移りこの10年間、コミュニケーションの重要性がいわれるようになった。医療の問題に、正解は一つではない。そこで医師には臨床判断力と患者さんと繋がる力が必要である。医療面接の目的は、聴くこと(情報収集)と説明すること(診断・治療)の二つがあると考えられるが、より重要なことは信頼関係の構築である。ミステリーの3要素。誰が(who)、どうやって(how)、動機(why)である。医療も同じである。Who、howは客観的に示せるが、whyは主観的である(正解がない)。羅生門アプローチ(様々な人の話を聴く)を紹介。
導入で医療崩壊の話が出され、その防止のためには信頼の構築、信頼の保証が重要であることが強調された。信頼関係は空気のようなもの。問題は息苦しくなったときである。「患者さんはなぜ安心できないのか?」について、講義が進んでゆく。はじめは薬の副作用について、安心を与える保証編。次は説明編。まれな副作用を説明してゆくと患者さんの不安は募ってゆく。
医療実践の避けられない特質は3つある。
・不確実性(uncertainty)
・複雑性(complexity)
・偶有性(contingency):おおよその見通しを立てることができる
不安を安心に変えることが大切。イレッサの例。よくなった患者さんもいるが、2%に間質性肺炎を発症し、苦しみながら死んでゆく。説明し保証を与えようとしても、この方法では限界がある。そこで大切なのが対話である。
対話編。副作用のあるかないかを知りたいのではない。(感情に焦点を当てってみる)。心配があるらしいので、相手に訊いてみる(無知の姿勢)。開かれた質問で訊く。不安にはきっかけがある。そして相手の不安を正当化してあげる(共感の表現)。アンビバレンスの両方を言語化してそのまま返すことが大切。共通基盤の共有化。葛藤表現。オウム返しで答える。「はい、その通りです」と相手が答えるような質問の仕方をするとよい。
患者満足度を高める対話の構造
・抱える技法
非言語的メッセージ
傾聴技法
共感表現
・揺すぶる技法
保証
説明
自己開示(commitする)
抱えてから揺すぶる。(神田橋先生)
ここからナラティブ(物語の交流・対話)の話。NBMという言葉は1998年にBMJで提唱された。基本は対話の医療である。全人的医療を提唱するムーブメントの流れを汲む。EBMの過剰な科学性を補完する。学際的な専門領域との広範な交流を特徴とする。
ナラティブとは意味づけつつ語ること。GPT:90の意味は?その意味付けは多様である。
その背景(context)、困難(trouble)、人物(character)、時間配列(chronology)によって意味が違ってくる。脂肪肝かもしれないし劇症肝炎かもしれない。
ここで朝日新聞の投書を提示。虫垂切除後の腹痛例。医療におけるナラティブは、私たち医師に反省的思考(reflective thinking)を促す。
NBMの定義:病い(illness)を患者の人生という大きな物語の中で展開する一つの物語であるとみなし、患者を物語の語り手として尊重する一方で、医療者側にも物語があり、両者が対話を通じて摺り合わせ新たな物語を創り出す。腹痛、下痢、無気力を繰り返す悪循環にはまっている40歳男性例。語りが変化していき、それを患者と医師とが共有する。
NBM実践のプロセス
1.Listening:「患者の病い体験の物語」の聴取
2.Emplotting:「患者の病い体験の物語」の共有
3.Abduction:「医療者の物語」の進展
4.Negotiation and emergence of new story:「物語のすり合わせと新しい物語の浮上」
5.Assessment:これまでの医療の評価
物語能力(narrative competence)by R. Charon (2006)
・患者への傾聴、理解、解釈、尊重
・想像力、共感力
・物語を紡ぐ
・患者のために行動する
最後に夏の夜のトラブル例を提示。救急現場で点滴を要求する殺気だった男性。何とか点滴をして帰し、次回出会ったときには患者が前回の失礼な態度を謝った。共感的対応の大切さを振り返っている。医師は患者の体に触れることができるという特権を持っている。それを患者が許してくれるのは信頼関係ができているからである。
学生たちはこちらが思った以上に真剣に聴いていた。(山本和利)