2011年3月3日、 札幌医大医学部4年生を対象とした「医学概論・医療総論4」の「医師の感情とストレス-医師のナラティブ」と題した講義を行いました。
授業の目的は、医師という職業が心身ともにストレスをためやすいことを知ってもらうこと、医師自身の健康管理にとって自らの感情に注目する重要性を知り、ストレスの対処方法について体験しながら学ぶことでした。
まず、日本の医師の重労働についての実態や、燃え尽きやうつ状態を呈している医師の疫学を提示し、医師の仕事がストレスフルである要因について整理しました。
次に、医師の仕事を感情労働という視点から説明しました。感情労働というのは、職務内容には、労働者の肉体と頭脳(肉体労働、頭脳労働、という言葉があります)に加えて、労働者の感情も提供されている、という考え方です。
1970年代にアメリカの社会学者であるホックシールドが提唱した概念で、近年日本でも医療現場で注目されてきており、主に看護領域での研究が行われています。
医師の感情についてはこれまでほとんど研究されておらず、今後研究を進めていく必要があります。
授業の後半では、ストレス対処の方法として、名古屋大学の阿部恵子先生から教えていただいた「Healer’s Art」を紹介しました。医療者も、患者さんと接する中で様々な経験をして傷つきます。そのような経験を語り合うことによって、語ることの癒しの力を感じたり、お互いの喪失や悲しみを共有することを通じて、セルフケアを行うという考え方です。
語り合うためには安全な場所が必要であり、100名の学生が参加する講義で、このような取り組みをするのは難しいので、今回は各人に“ストレスマップ”を書いてもらい、それを周りの人たちと共有することにしました。自らのストレスを可視化し、ほかの人と共有するだけでも、1人でストレスを抱え込むよりは気持ちが楽になると思われます。
医師が自らの経験、傷つきや、悲しみ、怒りなどの感情を語ることは、医師のナラティブと考えることができると思います。
これまでは患者のナラティブに注目が偏っていたように思われますが、ナラティブは相互作用であるので、今後は患者のナラティブを受け止める医療者側のナラティブへも注目していく必要があると思います。
医師のナラティブは、医師のセルフケアにもつながる可能性があると思われます。(山上実紀;一橋大学大学院社会学研究科)