本日は日本内科学会の北海道地方会が開催された。
その中に、専門医部会教育セミナーという90分の企画があり、今回は松浦が担当した。
内容は「ヒヤリハット症例から学ぶリスク管理」と称して、私が以前勤めていた病院で3年間にわたり毎月開催していた、後期研修医の発表による「ヒヤリハットカンファレンス」の実演を行った。
このカンファレンスは、研修医が経験した、いわゆる「ヒヤリハット症例」をじっくりみっちり振り返るカンファレンスで、おもに後期研修医の「症例を基に振り返る勉強法」の教育のために実施していたカンファレンスだが、ヒヤリハット症例から得られた教訓が多くの人(主に初期研修医)と共有されることや、長く続けることによりヒヤリハットを隠さない文化が病院内に根付いてくるという効果も認められたことから、「医療安全管理」や「リスクマネジメント」の面からも有用ではないかと思い、そういう切り口で紹介することとしたものである。
はじめに、多くの病院でインシデントレポートの提出が義務付けられているが、医師からの提出は全体の2%しかない(都立病院での調査より)ことを紹介し、医師がインシデントレポートを出さない理由として、「責任を問われるから」があることを紹介した(広島大学での調査より)。これはインシデントが重大になればなるほど顕著な理由となる。医師にインシデントレポートを書いてもらうためには、その「非懲罰性」がポイントとなる。
また、重大な出来事の振り返りの方法として、「SEA=Significant Event Analysis」という方法を紹介した。会場には、一見して中堅からベテランの医師と思われる方々が出席していたが、知っている人は殆どいなかった。起こった事実だけを振り返るのではなく、その時の感情について振り返ることが重要であることを紹介した。
続いて、そのSEAの「感情面の振り返りをする」という方法を取り入れた、「ヒヤリハットカンファレンス」の準備の仕方を紹介し、準備の段階やカンファレンスの司会進行をする際に気をつけることとして、以下の10か条を紹介した。特に1.発表者を責めない事が重要である。
1.No Blame Culture 発表者を責めない
2.発表者の自己批判をさせない。
3.出来事の中で湧き上がる感情についても取り上げる。
4.振り返り学習の意義に焦点を当てる。
5.正解・不正解はないことを強調する。
6.学習者(発表者)がS発表を自分のものと思えるようにする。
7.出席者の意見を引き出すようにする。
8.発表者・出席者の力量に合わせた質問や意見を引き出す。
9.次に活かせる一般化された教訓(Clinical Pearl)をうまく引き出す。
10.最後に全体のまとめをするようにする。
その後、実際のヒヤリハットカンファレンスの実演を行った。
症例は、ちょうど3年目になりたての後期研修医が経験したヒヤリハット症例であった。
概要は、買物途中に突然左足の脱力が生じ、救急搬送されてきた高齢女性であるが、病院到着時は症状は全くなくなり、ケロッとしていた。様々な診察・検査を行っても、特に異常を指摘できず、その研修医は「TIA」疑いとし、早めに脳外科を受診するよう指示して、その日は帰宅とした。
後日、脳外科から届いた手紙には、「脳梗塞」という診断名が書かれていた。「脳梗塞」を起こさないように脳外科の受診を指示した後期研修医にとって、「実際に脳梗塞を起こしてしまった」ことは大変にSignificantな出来事であったようだ。そのため、TIAを疑ったときにどのように対応すればよかったのかという点を中心に勉強し、得られた教訓を共有することにした。
1)TIA=一過性脳虚血の「一過性」には時間的定義はない。
2)一過性の「脳梗塞様」症状をTIAといい、両側に症状が出ることもある。
3)TIAであっても画像上(MRI)、所見があることもある。
4)ガイドライン上はTIAで症状が消失していてもMRIの撮像を推奨。
5)TIAの10-15%は90日以内に脳梗塞を発症し、半数は48時間以内。
6)48時間以内の脳梗塞発症予測因子としてABCD2スコアがある。
7)TIAを疑えば可及的速やかに「治療」を行うべきである
8)24時間以内に治療を開始すると脳梗塞発症が6%→1.2%に減少。
(NNT=21)
9) アスピリン単独・アスピリン+ジピリダモール・クロピドグレル単独を推奨。
10) AfやAMIに伴うTIAには基本的にはワーファリンが推奨されている。
以上を紹介し、得られた教訓を一言でまとめて
「TIAは不安定狭心症のようなもの」
「ACS=Acute Cerebral Syndromeとして警戒せよ!」を紹介した。
最後にこうした形式のカンファレンスを行うことにより、発表者の研修医にとって「症例をもとに振り返る勉強方法」が身につくことは当然として、カンファレンスの参加者に有用な教訓が広く共有できる点を強調した。また、こうした形式のカンファレンスを定期的に長く続けると、「このカンファレンスでは失敗を発表しても責められない」という院内文化が形成され、後期研修医からのヒヤリハット症例の自己申告が増え、カンファレンスが充実し、院内全体の医療安全にも貢献することが予想される締めくくり、90分のセッションを終了した。
(助教 松浦武志)