札幌医科大学 地域医療総合医学講座

自分の写真
地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2011年6月25日土曜日

1年生 医学史 講義 その7

遅ればせながら、6月23日木曜日に1年生に医学史の講義を行った。
本日は午前の診療が長引き、講義に10分ほど遅刻してしまったが、
学生たちはすでに要領を得たもので、自主的に講義は始まっていた。

本日の一人目はイリッチであった。


イリッチは医師ではなく哲学者であるが、医原病を提唱した人である。
病院にかかることで新たに病気が作られているというのである。
1976年ボゴダで医師がストライキを行った際、死亡率が35%低下したのだそうだ。
理由はいくつかあるが、日常診療を停止し、救急救命が必要な人だけに治療が専念できたことで死亡率が下がったとも解釈できるし、普段の外来で行われていた医療が不必要なもので、それがなくなったために死亡率が下がったともとれる。
理由の解析はいくらでもできるが、その点に対する考察はやや弱い気がした。

最近日本で盛んなピンクリボン運動であるが、海外でも同様の取り組みがある
ノルウェーで乳ガン検診を地区ごとに導入し、その地区ごとの死亡率の差は誤差の範囲であった。むしろ、マンモグラフィーによる放射線障害の方が害が多いと結論付けられたと。
この研究も詳細が分からないので、何とも言えないが、マンモグラフィーの害が多いと断言するにはやや危険な気がするが、このあたりはまだ1年生ということもありしょうがないか?

最近日本で、乳がん検診の低年齢化が進んでいるが、少なくとも、20-30代はマンモグラフィーによる擬陽性が多く、余計な精査とそれによる検診者の不安などを考えると害が多いという結論であったと記憶している。

イリッチは、病院で行われる医療を全否定はしておらず、むしろ患者が医療に全部お任せとなり、自律的にいきる力を失ったことがその弊害であると述べている。ガンの告知をしないという選択肢があること事態が社会全体が医原病にかかっているのではないか?と言っている。

学生は、我々医療者は「思いあがることなかれ」という教訓を導き出して発表を終えた。


2班目はオスラーであった。

クリニカルクラークシップや、ベッドサイド教育・早期体験実習など1990年代後半になって初めて日本に導入された教育方法を、1800年代にすでに開発した人である。

また、医学部の名門であるジョンズホプキンス大学の設立に関わり、この大学でのクリニカルクラークシップは全米の医学教育の手本となった。大学から病棟へ学生を連れだした教育者として有名である。

ノーベル医学生理学賞受賞者は、日本は過去に1人きりだが、ジョンズホプキンス大学は11人もいるそうだ。

彼の名言に
「患者を診ずに本だけで勉強するのは、全く航海にでないに等しい。本を読まないで患者を診ることは
海図を持たないで航海に出るに等しい」というのがある。
まさにその通りだと思う。学生諸君は深く胸に刻み込んでほしい。

また、オスラーは自分の墓標に刻む文言を生前に考えており、
「学生を病棟に連れ出した人、ここに眠る」
まさに、医学教育のために奔走した人であろう。


最後に
オスラーは医学教育に革命を起こし、学生を臨床の現場で教育しようとした人である。
医学は一生勉強し続けなければならない

をまとめとして発表を終了した。


この班のプレゼンはこれまでとは一線を画し、スライドの背景に、タイトルを想像させるイメージの写真を多用し、視覚に訴える発表であった。また、白地の背景に文字をいっぱいに表示して、それを読みながら発表していく戦略もあった。(「高橋メソッド」とよばれる方法である)

「プレゼンテーションのコツ」の授業の時に参考文献として紹介した、「プレゼンテーションZen」を参考にして造ったようだ。授業の参考文献にまで目を通してくれるというのは講師としては非常にうれしいものだ。


さらに今回は授業後にもう一つ驚くべきことが起きた。

これまで授業の最後には出席として「授業で最も勉強になったことを3つ」と、「授業の感想(プレゼンテーションに対する建設的フィードバックも含めて)」を書いて提出してもらっているが、冒頭から学生諸君には「発表した班にはその班に対する皆さんからの感想は見せることがある」と言ってあったが、これまで自分たちの発表の感想を見に来る学生はいなかった。

ところが、今回は自分たちの発表の感想を見せてほしいと名乗り出てくる班員がいた。彼らは感想文を読んで、「結構いい評価だね」「いやーこれはきついね」「ここはこうしたほうがよかったな」などと話し合いながら、自分たちの発表を振り返っていた。

こういう自分たちに対する客観的評価を振り返ることから次への進歩が生まれる。学生諸君には、松浦からのフィードバックも含めて次なる課題を話し合った。

彼らに「医学史」の授業の中での次の発表の機会はもうないが、さらなるプレゼンテーションの機会を自分で探し得てどんどん練習に励んでほしい。それがプレゼンがうまくなる唯一の道だから。彼らの今後が楽しみだ。

                          (助教 松浦武志)