『捕食者なき世界』(ウイリアム・ソウルゼンバーグ著、文藝春秋、2010年)を読んでみた。
著者は科学ジャーナリストであり、保全生物学について20年以上取材を続けている。
たくさんの生物種が絶滅しているというが、地球の生態系は、捕食者と被食者の微妙なバランスによって維持されてきた。ところが人類がほとんどの大型肉食獣を滅ぼしてしまった。その結果、頂点捕食者が居なくなり、草食動物が増えすぎてしまい、植物が食い尽くされようとしている現状を訴えている。
まず、海辺においてヒトデを放逐することで生態系がどのような影響を受けるかについての保全生物学初期の野心的な実験を報告している。
鹿が保護され狼がいなくなった米国では、森が荒れ果て、鹿にダニが運ばれて人間が病気や鹿による追突事故で苦しむことになった。コヨーテが駆除された地域ではアライグマや狐、猫が鳥の巣を荒らしたため、森から鳥が消えてしまった。サハラ以南のアフリカでは、ライオンやヒョウがいなくなった地域をヒヒの集団が占拠し、アフリカ一の作物泥棒兼殺し屋となった。
公園緑地化の解決策として鹿の食害に悩む国立公園に八頭の狼を放ったら、鹿が捕食されて減少しかつ恐怖心から行動が変化して森が回復しつつあるという。
日本においては、オオカミ絶滅後、鹿による被害が深刻であるそうだ。日本の森は笹が支えていると言っても過言ではない。鹿はその笹を集中的に食べ尽くし、日本の森林生態系に底知れぬ影響を与えている。
モンゴルを舞台にした小説『神なるオオカミ(上)(下)』(ジャン・ロン著。講談社、2007年)でもオオカミの役割の大切さを述べていた。頂点に立つ者の真の役割を再認識する必要があるということであろう。(山本和利)