8月6日は、広島、原爆被災の日。
『神の火』(髙村薫著、新潮社、1995年)を読んでみた。
スパイ小説と危機小説が融合した作品という触れ込みである。著者は一度発表した本作を文庫化するにあたり原稿用紙400枚ほど加筆したという。お金にも不自由せず、それなりの社会的ステータスのある主人公であるが、全編にわたって何でこんなに気が滅入るかと思うほど暗い雰囲気が漂っている。まるでジョン・ルー・カレのスパイ小説のように、仔細な日常が綴られてゆく。中々進まない話の展開に苛立ちながらもページを捲ることになる。北陸の原子力発電所を舞台にした小説であるが、本当の舞台は大阪かもしれない。ロシア人の宣教師と母親の不義の子として生まれた緑色の瞳を持つ主人公。原子力の専門家であり、他国のスパイでもある。それにチェルノブイリ原発事故で被爆し日本に密入国した男性が絡んでくる。北朝鮮、CIA,KGB,公安警察、それに日本の政治家たちが入り乱れ、策謀と暴力が錯綜する。
最後は、幼馴染の親友と原子力発電所を襲撃するというところへ進んでゆく。それに至るまでの綿密な調査と計画立案や分刻みの襲撃描写は病的なほど緻密である。「黄金を抱いて翔べ」では鉄壁な銀行システムを突破しての金塊強奪計画を書いている。銀行や原発を襲うにはこの著者の作品は大いに参考になるだろう?!
本作では、原発とテロとを扱っているが、2011年3月11日を経験した今、著者には原発と災害(人災)をテーマに書いてもらいたい。(山本和利)