札幌医科大学 地域医療総合医学講座

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地域医療総合医学講座のブログです。 「地域こそが最先端!!」をキーワードに北海道の地域医療と医学教育を柱に日々取り組んでいます。

2011年8月31日水曜日

貧困学

8月31日、PCLSで「貧困学」という講義を行った。

「差別」により住民の「生活が困窮」し、都市へ出るようになる。しなしながら簡単には職に就けないため、スラムに暮らすことになる。スラムには同じ身分や職業の者が集まる傾向があり、宗教や民族、出身地別に成り立つ。

スラムが巨大化すると、スラムの中に店や会社ができるし、住民の間に雇用関係が生まれ、家や土地の貸し借りが行われるになる。そこでの人々の暮らしは、清潔とは言い難い。

スラムの食事は、階級ごとに食べ物が異なるし、火や油をつかった料理が多い。「貧困フード」と呼ばれるフライドチキンが主体である。ビタミン剤などで補っているが早死にしやすい肥満が蔓延している。

スラムの病気として、マラリア、赤痢、HIV等が挙げられる。
5歳未満の乳児死亡率(1,000人あたり)【世界子供白書 UNICEF 2008】は、日本が4人に対して、アフガニスタンは257人、シエラレオネは270人である。
28日以内の乳児死亡率(1,000人あたり)は、日本が2人に対して、アフガニスタンは60人、シエラレオネは56人、妊婦年間死亡率(10万人あたり)は、日本が6人に対して、アフガニスタン:1,000人、シエラレオネ:2,100人である。

子供たちの将来は楽観できない。薬物による中毒死、酩酊時の事故、感染死、栄養失調等が待ち受けている。

日本の貧困状況はどうであろうか(あまみやかりん、毎日新聞、2011.7.27)。
貧困とは年間所得<112万円(2009年)と定義され、16.0% を占める。それが一人親世帯になると、50.8%となる。非正社員化、働き盛りの親世代の低所得化・不安定化などがみられる。

『貧困の克服』という書物をアマルティア・セン(ノーベル経済学賞)が著している(集英社新書、2002年)。その中で貧困を克服したアジアの特色は、1)基礎教育の重視、2)経済的エンタイトルメントの普及、3)国家経済と市場経済の巧妙な組み合わせ、と述べている。新古典派経済学は、自己の利益の最大化を目指す人間を前提とするが、それは合理的な愚か者であり、現実には「センのリベラル・パラドクス」が生じると述べている。すなわち、全員一致の原理と個人の自由は相容れないというのである。センは「他人の権利を考慮して他人のために行動する」ことを重視している(これをコミットメントという)。

「剥奪から身を守る具体的能力」をセンはエンタイトルメントと呼ぶ。貧困から脱却するためにはこの能力を身につける「エンタイトルメントアプローチ」の重要性を強調している。飢餓の原因は、天災よりの腐敗した権力によるエンタイトルメントの剥奪であり、エンタイトルメントを住民に身につけさせ、かつ女性の権利の視点を開発に盛り込むことが大切であるとしている。

「贈与を受けたと思いなす」力。
「価値あるものをもらったと思ったら、返礼をしなければならない」ということがすべての人間社会の根幹である。「これに価値がある」と思う人が出現したときにはじめて価値もまた存在し始めるのであって、それに気付かない人も多い。

我々医師は自分の力だけで医師免許を勝ち取ったのではない。家族・友人・国民からの支援があってはじめて現在の今がある。社会が必要とすることに医師集団として応えなければならない。(山本和利)


2011年8月30日火曜日

総合診療

8月29日、札幌市内の病院の職員研修会に招かれ「総合診療について」の講演をした。

総合医の姿勢はまず、「医療の利用者である患者さんの視点に重きを置く」ことにある。そのとき、行政を巻き込んで活動する者は自分たちの医療を‘地域医療’と呼び、入院患者全般を診る者は‘総合医療’と呼び、家族・家庭を中心に診療を行う者はそれを‘家庭医療’と呼ぶこともある。総合医の中でも多少の差はみられるが、そこで共通していることは、自分たち総合医を「日常的な健康問題に対する意志決定の専門家」「切れ目のない継続的な医療の提供者」「身近で協調性が保たれた,統合的,包括的な医療の提供者」「限られた資源を適切に活用する医療者」と規定していることである。

現在、様々な患者さんが自分の抱える問題を診察室に持ち込んでくる。その原因を探ってゆくと、体調の不良の原因が身体よりも家族・職場・コミュニティに起因する事例に多々遭遇する。総合診療に従事する医師は、単に専門分化の対比としての統合する専門家に留まるのではなく、医療以外の分野に越境して新たな知の枠組みを獲得しながら問題解決にあたる専門家でなければならないと思っている。

G.Engelの提唱した生物心理社会モデルを紹介し、総合医の特徴として、患者のニーズに「変容して応じる」こと、「曖昧さを甘受する」ことを強調した。

終了後、総合診療部門のあり方等についてたくさんの質問が出された。多くの一般病院に総合診療部門が開設されることを期待したい。(山本和利)


2011年8月29日月曜日

マークスの山

『マークスの山 第一~五話』(髙村薫原作:日本 2011年)というDVDを観た。

北岳で白骨遺体が見つかる。その頃、医療刑務所から若者が出所。その若者が看護婦の家に転がり込む。背中に大きな傷がある。記銘力障害があるようだ。話は変わって、病院長宅に鋏をもった賊が押し入り、その後病院長が自殺。ゼネコン会長とヤクザの癒着。暴力団組員が脳天一撃で目玉が飛び出して殺される。同一凶器による法務省幹部の殺人事件。たくさんの謎が提示されてゆく。

犯人を追う合田警部。スニーカーがトレードマーク。妻は原発反対運動に参加する指導教官を慕っている。若者が「俺はマークス」と電話口で言って第一話は終わる。

回を追うごとに警察と検察の縄張り争いがエスカレートしてゆく。「マークス」とは何か。

児童虐待、権力の腐敗などのテーマが扱われている。本の方が想像力をかき立てるかもしれない。(山本和利)

2011年8月28日日曜日

チェルノブイリ・ハート

『チェルノブイリ・ハート』(マリアン・デレオ監督:米国 2003年)という映画を観た。 菅首相も「重い映画だ」と感想を述べていた。


本作品は2003年のアカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞している。マリアン・デレオ監督は、これまでにベトナム、グアレマラ、イラク等の紛争地での取材経験が豊富で、多くのドキュメンタリー作品を発表し、エミー賞をはじめとして数多くの受賞経験がある。

本作品は45分の『チェルノブイリ・ハート』と15分の『ホワイト・ホース』の2作をつなげたものである。その中に3月11日の福島原発事故への監督の日本へのメッセージを付け加え、さらにトルコ人詩人ネジム・ヒクメックの『生きることについて』を追加して字幕で流している。

周知のごとく1986年4月26日、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所4号炉が爆発事故を起こし、放射性降下物はウクライナ、ベラルーシ、ロシアを汚染した。

チェルノブイリ・ハートとは、“穴のあいた心臓”ということでASD,VSDを指しているようだ。胎児期の被爆で先天性心疾患が増えるということか。それよりも衝撃的なのは、現在でも、ベラルーシでの新生児の85%が何らかの障害を持っているという情報である。ホット・ゾーンの村に住み続ける住民、放射線治療の現場、小児病棟、乳児院の実態に迫る。水頭症や精神発達遅延の子供たちの映像は衝撃的で、思わず眼を背けたくなる。

2002年、ベラルーシ共和国では、原発から半径30キロ以内の居住は禁止されている。さらに北東350キロ以内に、局所的な高濃度汚染地域“ホット・ゾーン”が約100ヶ所も点在している。ホット・ゾーンでの農業や畜産業は、全面的に禁止されている。福島原発事故では、30km圏内を立ち入り禁止としているようだが、チェルノブイリのその後をみるとそんな甘い規制で大丈夫か心配になる。

『ホワイト・ホース』は、事故から20年が経った2006年、事故があってから初めて故郷を訪れた1人の青年が、廃墟となったアパートへ向かう映像で始まる。爆心から3キロの強制退去地域は、1986年の状況のままで、青年の実家の壁には1986年のカレンダーとホワイト・ホースの絵がそのまま残っている。多くの近親者がガンで死んだという。その1年後、この青年は27歳の生涯を閉じたという字幕が流れ映画は終わる。(山本和利)

2011年8月26日金曜日

ギャンブラーの数学

『ギャンブラーの数学』(ジョセフ・メイザー著、日本評論社、2011年)を読んでみた。

著者は数学科教授。歴史や論理についても講義しているという。

本書はギャンブルに関する数学的なことだけを掘り下げているわけではない。歴史、数学、心理の3部に分かれて記載されている。

歴史については、賭け事に関する蘊蓄が詰まっている。

数学部門のエッセンスは「大数の法則」に尽きる。すなわち「ランダムな出来事を数多く集めると数学的に予測できるようになる」ということを説明している。賭け事は胴元がほんの少し確率的に有利になるように設定されている。それ故賭け事を長期間繰り返せば、客は負けることが運命づけられている。それなのにどうして賭博がなくならないのか。

その点について、心理の部門で人間の賭け事における心理についてドストエフスキーの文章などを引用しながら解説している。

パチンコや麻雀等に嵌ってやめられない方には、本書を読むことでやめるきっかけになるかもしれない(その確率は1%以下であろうが・・・)。(山本和利)

2011年8月25日木曜日

契約

『契約』(ラーシュ・ケプレル著、早川書房、2011年)を読んでみた。

スティーグ・ラーソンの『ミレニアム3部作』が世界中でベストセラーになり、スウェーデンのミステリに注目が集まっている。本書はスウェーデンの覆面作家の作品として注目を浴びた『催眠』に次ぐ作品。著者の詳細については既にアレクサンデル・アンドリル&アレクサンドラ・コエーリョ・アンドリル夫妻と判明。ともに純文学作家であるという。

夫婦作家としては警察小説『マルティン・ベック』シリーズのマイ・シューヴァルとペール・ヴァールーが有名である。(第1作「ロゼアンナ」(1965年)と第5作「消えた消防車」がお勧め。)

『催眠』も『契約』もともに上下2巻で800ページを越える大作である。『催眠』は映画化も決定している。『契約』はスウェーデン国家警察のヨーナ・リンナ警部を主人公にした8部作として構成されたシリーズの第2作目である。この後に続くシリーズのタイトルは多分デック・フランシス・シリーズのように漢字2文字になると予想される。

平和団体の会長を務める24歳の女性と武器輸出を推進するスウェーデン軍需産業との凌ぎ合いを中心に話が進んでゆく。ジェットコースターのような話の展開がこの作家の特徴である。

良質なミステリや犯罪小説からは、世界の抱える問題が見えてくる。世界の通常兵器輸出の上位9カ国は、米国、ロシア、ドイツ、フランス、英国、オランダ、イタリア、スウェーデン、中国である。表の顔はアフリカや中東の人権擁護を謳いながら、裏では紛争地域の殺戮に手を貸して自国の繁栄だけを願うエゴが見え隠れする。

やや殺人場面が多すぎる傾向にあるが、夏休み等で時間に余裕のあるミステリーファンにお勧めである。(山本和利)

2011年8月24日水曜日

卒業試験問題作成

8月23日、卒業試験問題ブラッシュアップの会に参加した。

まず、4月に入ると各教室に卒業試験問題の依頼があり、各教室で問題を作成し、教務課に提出する。それを一定の基準を満たしているかどうかを再度各教室に返して、二重チェックをしてもらう。

そうした問題を750題、卒業試験員会でチェックすることになる。(本試験500題、再試験250題)

そこで誤字脱字、単位の表記、文章の長さ、等々、様々な面からチェックされる。

修正した問題を再度、各教室に返し、再チェックをしてもらい、それをもう一度卒業試験委員会で確認するという手順を踏む。

大変な労力がかかる作業である。6年生、全員が合格することを期待したい。(山本和利)

2011年8月23日火曜日

歓待

『歓待』(深田晃司監督:日本 2010年)という映画を観た。

監督は、注目を集める若手。プロデューサーは、本作の弱冠26歳の主演女優である。本作品は東京国際映画祭日本映画・ある視点部門で、作品賞を受賞している。「青年団」という劇団員が出演し、低予算で作られている。オリジナリティが卓越しておりユーモアセンスが抜群である。

場所は東京下町の印刷所。インコがいなくなったといって、町内の掲示板に捜索ポスターを「親子」が貼っている。そこにインコを見たと言って胡散臭い訪問者が印刷所に現れる。たまたま印刷工の体調不良をいいことに、印刷所に居座り、その家庭を引っかき回していく。しばらくして国籍不明の金髪妻が現れ、状況はますます混乱してゆく。どこにでもありそうな家族の日常性の中に隠された秘密が少しずつ暴露されてゆく。映画を観ているというより、劇場で劇を観ている感じに襲われる。朝の歯磨きのシーンや夜の声だけの濡れ場が印象的である。

家族のありかた、コミュニケーションの仕方、外国人労働者の扱い等、観る者によってそれぞれに考えさせられる映画であることは間違いない。(山本和利)


2011年8月22日月曜日

OSCE模擬患者

9月初旬に、6年生を対象にadvanced OCSEが行われる。そのときの4つの課題に対して、4,5年生が模擬患者を演じてくれる。8月22日、23日に24名が本番に向けての指導を受けることになっている。
皆、真剣に演じている。このような後輩の協力の下で、6年生の試験が成り立っている。

同時進行で、教官48名に対して評価者講習会も行われている。

6年生には臨床実習で鍛えた実力を遺憾なく発揮して欲しいものである。(山本和利)

2011年8月21日日曜日

自治医大関連連絡会議

8月20日、札幌市で行われた自治医大関連連絡会議に参加した。

はじめに北海道保健福祉部の荒田吉彦技監の挨拶。

自治医大脳外科小黒恵司准教授から自治医大についての近況報告があった。震災被災地区への支援。地域医療研究支援チームの説明。入試制度変更の説明。大学リニューアル基本構想の説明。志願者確保のためのPRのお願い。社会人大学院制度について。

地域医療振興協会中島俊一常務理事・富樫政夫事務局長からの説明。十勝いけだ地域医療センターについて。10月1日開院。内科・外科・小児科・リハビリ科。
協会会員は1582名。卒業生の5割を切った。奈良県と埼玉県に看護婦養成機関を設立。様々な活動の説明。

夏季学生実習の報告。稚内・利尻島斑、羽幌・焼尻斑、厚岸斑、松前・江差斑の4斑から実習内容を報告。

卒業生との意見交換。山本は「自治医大卒業生と北海道地域医療特別推薦枠卒業生との協働システム構築」を訴えた。各自所属する施設・地域の医療事情を説明された。

最後に、小黒恵司准教授が講評をされ、その中で先輩が夏季実習で後輩を情熱的に指導する様子を語られた。システムとしての自治医大夏季実習の素晴らしさを強調された。

その後の懇親会には、大学診療科の待機当番のため、参加を控えさせていただいた。(山本和利)

2011年8月20日土曜日

携帯電子教科書の活用

ある研修病院で研修医と病棟受け持ち患者についてカンファランスを持った。

リウマチ治療中の再生不良性貧血の高齢女性。B型肝炎の既往がある。ステロイドや免疫抑制剤を使用してよいかどうか?携帯している電子教科書であるDynaMedには複雑すぎて記載なし。

肝硬変でアミノレバン、糖尿病でインスリン加療中の中年女性に起こった意識障害。血糖降下剤も複数服用しており、食事が十分にとれていないこと、肝硬変があり、血糖値も高くはないことから、低血糖発作であろうとコメントした。

側頭部痛、視力低下、赤沈>100/hで側頭動脈炎と診断された高齢女性。DynaMedで診断について確認。米国リウマチ学会の基準5項目。1)50歳以上、2)新規発症の頭痛、3)側頭動脈の異常所見、4)赤沈>50/h、5)側頭動脈生検の異常所見。3つ以上で感度:93.5%、特異度:91.2%である。この方はすべて揃っていた。治療は40-60mg・日のプレドニン内服を2-6週間、とある。

喘息、drop foot、赤沈>100/hでChurg-Strause syndromeと診断された高齢女性。ガンマグロブリンを使うかどうか?DynaMedで治療の項目を見ると、corticosteroidまたはそれにcyclophosphamideを追加する治療が主体であり、初期の血漿交換は有効ではない、とある。ガンマグロブリンの静注は1990年代に数件のケースレポートがあるのみでエビデンスとして確立していないことがわかった。

研修医と一緒に仕事をするときにはDynaMedを入れたiPadを持ってゆく。その施設でWIFI接続ができると文献にも当たることができる。研修医と様々な疾患を抱える患者さんについて話をするとき、指導医には大変便利なツールである。(山本和利)

2011年8月19日金曜日

ホテルから学ぶこと

7月某日、ある県庁所在地の一流ホテルに連泊した。一階は天井が高く、高級感がある。部屋もゆったりとして快適そうである。朝方、インターネットを使おうとして驚いた。24時間につき、1,050円を払わなければいけないという(ホテルの館内情報だけは無料)。数千円で泊まれるビジネス・ホテルでもインターネットの使用は無料である。プレミア料金を払った上に2泊で2,100円余分に払わなければいけない。それだけで急に興ざめがして、2度とこのホテル・チェーンには泊まるものかと思った。ホテルのアンケートにそのことを記載しようと思ったが、そのような用紙さえ置いていなかった。

8月某日、首都圏にある最近リニュウアルされたというビジネス・ホテルに泊まってみた。このホテルは最上階に大浴場がついているのが売りである。狭い中にもサウナ風呂、水風呂、薬湯、露天風呂が備わっている。露天風呂に浸かりながらテレビも見られる。入浴中、部屋の鍵は自分で貸金庫に預けるようになっており、周りに職員はいない。その代わり部屋には風呂がなく、シャワーのみである。ベッドはセミダブルで広さはOK。しかしながら背の高い男性にはベッドの長さが問題になりそうである。

部屋はエアコン付き。和室の造りで一部畳のような部分があり、座ることができる。室内着がジャージであり、食事にも入浴にもそれを着たまま館内移動できる。食堂や売店に行くとどこかの体育館にいるようで高級感はないが、気楽に館内を移動できて便利といえば便利である。朝食は和定食限定で600円。一品選択できるようになっている。コーヒーも部屋へ持ち出し可能である。朝刊は朝日新聞を無料でもらえる。インターネット環境は良好で、LANケーブルはもちろん、WIFIによる無線での接続も可能であった。

どの業界も生き残りに必死である。高級を謳うだけの某ホテルのような危機感のない組織は、そのうち淘汰されるのではないか。医療界も例外ではない。(山本和利)

2011年8月18日木曜日

医療過誤

『Essential Medical Facts Every Clinician Should Know』(Robert B. Taylor著、Springer、2011 )を読んでみた。

著者は家庭医療学の大御所である。

冒頭、マンモグラフィを受けていた患者が痙攣を起こした事例を紹介している。現在、多くの医療機関でこの検査の際に大量のリドカインのゲルを使用しているが、大量のリドカイン塗布によって、不整脈や痙攣、呼吸困難、昏睡、死を招くことがある。

米国では毎年10万人の患者が、医療事故が原因で死亡しているそうだ。それが入院患者の5-10%に起こっている。正確な診断や治療がなされれば免れたかもしれない死亡が剖検例の5%にみられたという。薬による副作用で救急外来を訪れた数は年間4百万人である。医師自身もその害を受けており、2002年のBlendonらの報告では、831名の医師を調査したところ、その35%が本人または家族が害に遭遇したとある。

本書は、これまで医学の常識と思われたことや警告兆候(red flag signs)について、文献を渉猟し執筆されている。1テーマが約半頁にまとめられ、1~8の参考文献がついている。毎日、少しずつ読むのに便利である。第2章のChallenging current medical misconceptionsを読むと、常識と思い込んでいたことが、文献上は根拠がないとされていて驚くこともある。(山本和利)

2011年8月17日水曜日

8月の三水会

8月17日、札幌医科大学において三水会が行われた。参加者は10名。松浦武志助教が司会進行。初期研修医:2名。後期研修医:5名。他:3名。

研修医から振り返り6題。

ある研修医。確定診断がつかずICに苦慮した一例。84歳の女性。悪寒、発熱、腹痛で夜間外来を受診。炎症反応CRP高値。エコーで胆管拡張。黄疸なし。造影CTで左肝内胆管拡張。CA19-9;1590。胆管癌が疑われた。血液培養:E.Coli陽性。
画像上胆管癌を示唆する所見が得られず。様々な検査後、診断的治療として肝左葉切除術をすることになった。家族との話し合いで、本州でセカンド・オピニオンを受けることを勧めたら、受け入れられた。

CA19-9高値を示す疾患をレビュー。インターネット・レベルなのでここでは略す。
PETはしなかったのか?
膵臓嚢胞の場合、どうするか? 手術をする、しないで意見が分かれた。

ある研修医。食欲不振の90歳代男性のその後。SSRIが有効で食欲が出て来た。
誤嚥性肺炎を繰り返す72歳男性。PEG造設。自宅へ帰ると発熱。近くに家族がいない。病院に来ない。施設での対応は不可能。家族に連絡し来院を促す。「延命治療はしない」という方針を家族が決めて来た。では、どこまで撤退するのか?「点滴」「痰の吸引」レベルをしてほしいという意見が多かった。
点滴200ml/日(モルヒネ入り)のみで吸引せずで、3日後に永眠された。

ある初期研修医。70歳代男性。心不全の急性増悪。入院後悪化。何度も入退院を繰り返す。
「味噌を隠れて食べていた。清涼飲料水を飲んでいた。」治療コンプライアンスを高める必要がある。

40歳女性。慢性膵炎、アルコール性肝硬変。腹水著明。何度も入退院を繰り返す。「酒を飲んでいない」というが、2日前まで摂取していた。退院希望で、外来通院とした。精神科受診を約束した。家族を含めて協力を求め、看護師の意見を参考にすること。
クリニカル・パール「人間、酒・セックス・お金については嘘をつく」「アルコール離脱症状に注意すること。」

ある研修医。60歳代男性。咽頭痛、心か部痛。AMIでCABG施行後,高血圧あり。その他、たくさんの愁訴あり、入院となる。
GERD,慢性胃炎。A弁にゆうぜい。右ソケイヘルニア。上司に生物・心理・社会的アプローチを提案される。それぞれの要素について検討。うつ病はない。血圧値に対する不安が強い。家人の発言で不安が増す。血圧、手術後の経過について改めて説明を加えた。
頻回に患者と会話することで患者からの信頼度が上がった。
手術したことが今の症状に影響していないか?
クリニカル・パール「臓器の異常が見つからなければ、生物・心理・社会的アプローチをすること」

ある研修医。40歳代男性。咽頭痛、全身倦怠感、関節痛、頭痛。発熱なし。咽頭発赤なし。リンパ節腫脹なし。血液検査をし、翌日受診。AST;105,AST:138,LDH;247.葛根湯、PL顆粒を内服中。肝障害は持続。HCV,HB,HAは陰性。EBV,CMVを依頼。サイトメガロ感染症であった。
サイトメガロ感染症のレビュー。10%に伝染性単核球症様の症状。皮疹が出ることが多い。異型リンパ球の上昇。
クリニカル・パール「免疫不全患者では、サイトメガロウイルスの再活性化に要注意」

ある研修医。80歳代女性。血性腹水。卵巣がんと診断がついた。訪問看護に移行した。自宅で腹水排液をすることになった。全身倦怠感にステロイド、麻薬を使用。便秘に下剤を開始。第6回目の訪問で看とりとなった。
在宅ケアができ、自宅で永眠できたので十分ではないか。

その後、1年目の研修医と面談し、研修中の問題点や今後の進路についての話し合いを持った。(山本和利)

2011年8月16日火曜日

未解決事件

『未解決事件 グリコ・森永事件』というNHKスペシャルを観た。

かつて世間を騒がせた事件が時効となり、すでに27年が経過している。この未解決の事件を、ドラマと当時事件に関わった関係者からのインタービューを基にして2部構成で製作した作品である。

沢山の遺留品があるのに、警察捜査本部は最後のところ(容疑者の絞り込み)までたどり着かない。これまで3回の逮捕のチャンスがあったのに、対策本部が現場の意向を無視して一網打尽を目指したため一人も逮捕できないまま取り逃がしてしまっている。自県だけで解決して名誉を得ようと画策し、他県の警察と協力をしようとしない府県警の上層部。現場の感覚を無視して、上層部の判断が優先されて貴重な機会を逃してしまう。観ていて歯がゆくてならない。

警察では、未解決事件の場合には正解がないという理由で、これまで何が問題であったのかという検討会を開催しないという伝統を踏襲している。NHKが今回の取材で判明した事実さえ関係者が知らないままということが判明した。取材に応じた元警察責任者の返答に反省の弁は見られなかった。

番組の中での関係者の次の意見が参考になった。失敗に学ばなければならない。できる協力を惜しまず幅広く連携しなければならない。

どんな分野でも、振り返りは必要であろうし、失敗については尚更であろう。医療で言えば「ヒアリ・ハット」検討会等の必要を痛感した。(山本和利)


2011年8月15日月曜日

一週間

『一週間』(井上ひさし著、新潮社、2010年)を読んでみた。

本書は著者の遺作である。1946年、ハバロフスクの収容所。ある日本人捕虜の一週間を描いている。主人公小松修吉は、脱走に失敗した元軍医・入江一郎の手記をまとめるように命じられる。そのときに若き日のレーニンの手紙(レーニンが少数民族の出身であること、革命後彼らを裏切ったことが書かれている)を入江から秘かに手に入れる。この手紙を武器に日本への帰国を企てる。その手紙をめぐって極東赤軍との駆け引きが始まる。主人公は無事帰国できるのか。

芝居の要素や恋愛、濡れ場などの場面も盛り込まれ、読者を飽きさせない。

本書の中で一貫して、終戦により満州国からの撤収の際に、民間人が無視され、停戦条約も締結されぬまま、軍人やその家族の安全確保に奔走した点を鋭く糾弾している。

月曜日から始まり日曜日に終わる一週間を500頁越に綴られている。最後の日曜日は3行で終わる。本書を読むと著者が、どのように人生に向き合ってきたかがわかる。この一本筋の通ったぶれない生き方を見習いたいと思った。井上ひさし読むべし。(山本和利)

2011年8月14日日曜日

ありがとうフォーラム

8月13日、水道橋結核協会で「ありがとうフォーラム(医療改革国民会議)」のグランドデザイン作成の準備会に、夏休み中であったが急遽参加した。尾身茂氏が司会で、医療従事者、経済学者、市民等9名の話し合い。

始まる前に、英国の医療の話。中国、インドの話。少子高齢化の話。日本の政治の話。技術者の移動。人権の話。医療関係者以外の人がいると話題が多岐にわたり、それだけで新鮮である。

本題。
まず卒後臨床研修のあり方であるが、卒前教育について5年間今のままで現行据え置きと文部省と決めたため、卒後研修についてもこのまま継続する案が体勢を占めた。
その代わり、専門研修のあり方として
1) プログラム採用の人数を、地域毎に決める
2) 総合医の専門のひとつに加える
3) 20%は総合医になる
4) 質の担保
5) 中立的な第三者が審査する
ことが提案された。

医師の地理的偏在の解消については、この1-2年で最終提案を決めるという案が出され、震災に遭った地区でモデル案を作ってはどうか、という意見もでた。

その後、専門医を2段階とする、地域偏在を解消するために医師に付与するインセンティブをどうするか、タイム・テーブルをどのようにするか、等が話し合われた。

次回はいろいろな分野の方々が集まって、案を煮詰めるとのことであった。(山本和利)



2011年8月13日土曜日

ご先祖様


『ご先祖様はどちら様』(高橋秀実著:新潮社 2011年)を読んでみた。

前回、『趣味は何ですか?』でこの著者を紹介した。この著者は視点が面白い。今回は、ご先祖様について調べている。はじめは一般論として書き始めたようだが、いつのまにか自分自身の先祖を調べるようになってしまったようだ。

あちこちにこまめに足を運んで、自分の家系図を作り始めたり、家紋を調べたりしている。ついに天皇家にまで行き着いて、既にだれにも見向きもされなくなった天皇陵にも出向いている。

「高橋」という自分の名字についての考察も面白い。

お盆の季節に、あなたもご先祖様について考えてみる機会をもつのも面白いかもしれませんよ。(山本和利)


2011年8月12日金曜日

PSA測定の意義

『Susan Slatkoff, et.al. PSA testing: When it’s useful, when it’s not. The Journal of Family Practice. 2011:60;357-60 』を読んでみた。


PSAを測定すると、余分にお金はかかるけれども、きっと患者さんにメリットがあるのだろうと思って測定している医師が多いと思う。

本論文はプライマリケア設定における、PAS測定の意義を問うた論文である(泌尿器科外来にはこの論文は当てはまらない)。



結論は、PSAを健診に導入することで前立腺がんを診断される患者さんは千人毎で20名増加するが、全死亡率でみるとスクリーニングしなかった群とで有意な差はないということである。(75歳以下の男性に導入すると前立腺がんによる死亡は減るが、その効果はNNT:723である)

検診項目にPSAを入れるべきかどうかという話がでたときには、経費や効果の点からも控えた方がよいということになろう。(山本和利)

2011年8月11日木曜日

やめようスライディング・スケール

『Diane W. Guthrie, et.al.It’s time to abandon the sliding scale. J of Family Practice.2011,60;266-70 』を読んでみた。

インスリンの使い方の啓発論文である。

研修医がICUなどで意識のない糖尿病患者でインスリン治療に関わると、ある一点の血糖値で高い場合に医療スタッフからこの血糖値の修正を求められる。そのときスライディング・スケールを覚えることが多いのだろう。スライディング・スケールは速効型インスリンをそのとき測定された血糖値に合わせて使用する(指示する)やり方である。

このやり方を一般の外来患者に用いるとローラーコースター型の血糖値の変動が激しいコントールになってしまう。本論文でも、折角うまくいっていた小児糖尿病患者がスライディング・スケールを信じる医師に出会って、ローラーコースター型コントロールになった例を紹介している。

IDDMには、2-3日間の血糖値を観察して、責任インスリン(朝食前は持効型、朝食後2時間は朝前速効型、昼食後2時間は昼前速効型、夕食後2時間は夕前速効型)の量を決める方法が一般的である。

速効型インスリンの量はそのときの血糖値で決めるのではなく、これから摂取する炭水化物の総量で決めることを、本論文でも強調している。

何年も前から、「スライディング・スケール」を用いないように啓発が行われているが、いまだにこのような論文が掲載されるということは北米でも十分にスライディング・スケールの危険性が周知されていないということであろう。(山本和利)

2011年8月10日水曜日

負の社会遺産

『光のほうへ』(トマス・ヴィンターベア監督:デンマーク 2010年)という映画を観た。

社会福祉の行く届いたデンマークの映画である。デンマークには5千人のホームレスがいるそうだ。彼らの多くがアルコール依存症、薬物依存、刑務所からの出所者である。かれらには障害年金として月に26万5千円が支給されるという。映画の中に出てくる彼らが住む家にはステレオや電子レンジ等も備わっている。では彼らが幸せかというとそうではなさそうである。

映画は、アルコール依存症の母親にネグレクトされたまま育てられた二人の兄弟を追って行く。少年時代の唯一の希望が歳の離れた幼い弟である。そして、育児放棄した母親に代わり育児をしている。しかしながら赤ん坊が突然死んでしまう。

そのトラウマを負って、二人の兄弟は成長するが、一人は刑務所に入り、かつアルコール依存症のようであるし、もう一人の弟は最愛の妻を亡くし薬物中毒になりながら一人息子を育てている。

一生懸命に生きようとする二人の人生に希望は見えてこない。アルコールや薬物、暴力、虐待といった問題を抱えた機能不全家族で育った子供が、政府が子供を守ろうと手を尽くしても「負の社会遺産」が引き継がれ、親と同じようなアルコールや薬物、暴力、虐待といった問題を抱えた次世代が形成されてゆく。

原題は「SUBMARINO」であり、その意味は「潜水艦」であるが、それから派生して「水の中に無理矢理頭を沈められるという拷問」を意味するという。社会福祉を充実させただけでは「光のほうへ」は向かわないことは確かである。

パンフレットの中で、世界の、また日本の識者たちが結末の展開に希望を見いだしているが、現実はそう甘くはないのではないか。幸せとは何か、生きるとは何かを深く考えさせられる映画である。(山本和利)


2011年8月9日火曜日

素朴絵


『日本の素朴絵』(矢島新:ピエ・ブックス 2011年)という本を眺めてみた。

BS2のブックレビューで紹介されていたので、読んでみた。平安時代から現代にいたるウマ下手な絵がたくさん掲載されている。私は「ふーん」といった感じで、電車の中で眺めて終わった。

その後、この本を読んだ我が家の女性軍の反応は全く違うものであった。「非常に面白い。買って一冊我が家に置いておきたいくらいだ。この素晴らしさがわからない、父親はなんとセンスがないことか」という反論をもらってしまった。

皆さんに、芸術に対するセンスがあるかないか、この本で試してみてはいかがでしょうか。(山本和利)


2011年8月8日月曜日

家庭医療学夏期セミナー

8月7日、筑波大学で行われた「家庭医療学夏期セミナー」の研修病院紹介に参加した。

前日、旭川空港経由で東京入り。大浴場付きのビジネス・ホテルで過ごす。

8月7日、開始より2時間早く会場に到着したため、様々な人と情報交換をした。各プログラムのポスターを眺めるとそれぞれ工夫出されていて面白い。プログラム責任者の顔写真をドーンと大きく載せたものが2つ並んでアピールしていたのが印象的であった。

ポスターの掲示場所が北海道地区は入り口近くであった。私は後期研修プログラムとしてニポポを一人で紹介した。顔見知りの方や以前に私の講演を聴いたという縁で訪ねてくれた人を入れて6名ほどと話をすることができた。「総合診療とは?」「北海道で総合診療をする利点は?」などの質問にタジタジになりながら1時間半応答をした。30℃を超える酷暑の中、学生さんたちは午後予定の講義室に散ってゆく。掲示したポスターと余ったパンフレットを抱えて、私も家路へ向かう。

ここに集まった学生さんたちが素晴らしいジェネラリストになって地域医療で活躍することを期待したい。(山本和利)


2011年8月7日日曜日

寺澤秀一氏を招いて:江別市立病院教育カンファレンス後編


8月6日は8時から江別市立病院の症例検討
 中堅医師が初期対応で診断の困難な患者さんの
 マネジメントについて披露。
 主治医は救急搬入が続くなかでベテラン外科医に
 連携を取り、最終的に手術となり患者さんは回復した。
 参加者とのClinical Jazzを繰り広げながら、寺澤先生
 からの臨床判断におけるポイントでのpearls。

・救急では緊急性の高い疾患から除外すべきであるが、
 迅速に判断するタイミングと時間を無駄にしない検査
 の組み立て方について。
・救急においてはより情報量の多い検査でより Critical
 又はより多くの疾患の鑑別できる検査を優先すべき。
・不要な検査を省く合理的判断を伝える患者説明の仕方。
・ 高齢者の急性腹症の鑑別は血管性から考える。
・ free air探しのXPの見方
・ グラム染色の有効性
・ 医療職のチームワーク作りが時として医師と患者を救う。
  普段から技師さんと仲良くなる。


寺澤先生レクチャー
病歴聴取の腕を磨く
1)高令者の生まれて初めての~は要注意。
 Worst headache
 AAAの誤診で最も多いのは尿管結石
2)発症時に何をしていたか(onset)に拘る
 very Sudden Onsetは患者がクリアに説明できる。
 高齢者の排便時に発症した時は要注意。
3)症状の移りかわりに拘る
 女性は月経に拘る
 ー月経周期の間の婦人科の腹症の筆頭鑑別疾患は異なる
4)常に既往歴に拘る
5)常に薬剤に拘る
 薬剤相互作用で発症する例が以外に多い。
例え全ての薬を知っていても、薬剤の関与を
 疑わなければ気付かない。
 特に注意するのはワーファリンと他剤の組み合わせ。

6)様々な患者への診療姿勢
 軽症そうに見える患者も馬鹿にせず傾聴する。
 (少なくとも姿勢を見せる)。
 そうした事が患者からの情報を豊かにし診療を助ける。

 患者と家族の心理背景に配慮する。
 例え患者の死が避けられない場合でも残される家族の
 心情に思いを寄せ、ケアに取り組む姿勢が大切。
「患者を愛している家族もまたもう一人の患者である」

 患者の病気の向こう側を診る医師を育てる。
 救急に強い家庭医、家庭医の心を持った救急医。

寺沢流ミスした時の 5箇条
・正直に認める、言い訳をしない。
・同じミスをしないための対策を立て報告する。
・ミスを受け入れ、カバーした上司、同僚に感謝する。
・自分を責めすぎない
・将来ミスをした後輩にどう接したら良いかを
 この機会に考えておく

ERで人を育てる。
・ERで起きた全てのトラブルをカンファレンスに出す。
・決して当事者を責めない。若い人につまずきは必要。
・失敗したときこそ学びの宝庫それを進歩や成長の糧とする。
・失敗した若手への語りかけ方(PNP)。
・若い人の盾となるリーダーシップ。
・若手にトラブルに取り組む自分の背中を見せる。

確認事項
ユーモアのカ
・感情をぶつけるのを教育とは言わない。By WiIIis
・見返りを期待せずに与える、教える事。
・性急を期待しない。我慢強い教育姿勢。
・見返りを期待せずに行った教育こそ最も見返りが
 大きい。
・苦節だけが人を進歩させる。

正午に寺澤先生のレクチャーが終了。
 寺澤先生の講義を聴くのは今回で4回目ですが、
エネルギッシュでpearlsに満ちた講演は若手から
ベテランまで聴衆を飽きさせない珠玉の時間でした。
 
 寺澤先生は一流の医師・教育者であるとともに、
コミュニケーションの達人であると感じます。
寺澤先生は講演では常に異なる4パターンの
スライドを用意しておられるとのこと。
常に会場に気を配り、その日の聴衆の反応を見て、
スライドを組み替えて使うそうです。

先生はユーモアの力を繰り返し強調されています。
自分が先生のレクチャーから汲み取った事は
・ ユーモアを大切にする事で教育に必要な
 No Blame No shameの雰囲気を醸し出す。
・ ユーモアに心を配る事で心に余裕が生まれ、
 チームに優しさが生まれる。
・ ユーモアが心のハードルを下げ、皆に経験/教育を
 Share(分かち合う)姿勢が生まれる。
・叱り方にもユーモアを。
  若手を萎縮させない、伸び代をつぶさない。
・ユーモアを大切にする事で常にSomething Newを
 見つける感性が養われる。
・ 医療現場は過酷な感情労働の場である、ユーモアにより
 職場の対人ストレスを和らげる事がミス事故トラブルを
 減らす。

 今のように笑顔とユーモアの絶えない先生ですが、
そこに至るまでにとても長い道のりを時には一人で、
時には周囲の人に支えられながら歩んで来たとの事。
そのような経験の中から生まれた寺澤マインドとも
言うべき熱い思いは聴衆にしっかり伝わったと思います。

 本日の症例検討について
 はっきりしない病態が経過をへて判明する事は臨床では
時折見られるが、医師はその途中の苦しい胸の内を含めて説明
しました。

 他科をひき込んで対処する様子を彼は
「責任を皆で分ちあうため、他科医に頭を下げてお願いした。」
と表現しましたが、自分が思うに真に重要な事は、彼が
「(患者さんの命を最優先に考え)頭を下げた」
事であり、医師としてひたむきな診療姿勢が患者を救った事
を讃えたいと思います。
北海道には頼もしい若手総合医が育っています。

(助教 稲熊)

寺澤秀一氏を招いて:江別市立病院教育カンファレンス前編

 8月5/6日の両日、江別市立病院で開催された
福井大学の寺澤秀一先生を招いての教育カンファレンスに参加。
まずは寺澤先生の地域医療再生のレクチャーから。

 冒頭で寺澤先生は福井においてユーモアについて話された。
先生はスタッフ・研修医と食事会を開きユーモア力(りょく)
とコミュニケーション力(りょく)を評価しておられるそうです。
さらに臨床に於けるプレゼンテーションにもユーモアのセンス
を求めると。
なぜならプレゼンテーションはプロのコミュニケーションであり、
楽しいプレゼンテーションカが、将来の仲間づくりに重要だと
考えているとのことでした。

 続いて震災後の活動の話へ。
 寺澤先生は福井県が原発銀座であることから従来から原子力
災害に強い救急医を育てていました。今その若手救急医が
福島原発の現場で寺澤先生とともに率先して働いています。
なんという慧眼。

そしていよいよ本題
日本の臨床現場でGeneralistをいかに増やすか。
1)日本の医学教育の構造的問題。
 clinician educator(臨床の教育者)の重要性。現在の大学には
 education Factorが無い。clinician educatorの支援をして
 育てる仕組みが必要。

2)救急医と総合内科・家庭医の育成
 患者は救急医療から地域へ戻る、しかし地域のケアが貧弱だと
 救急にすぐ戻ってしまう悪循環が繰り返される。地域の医療の
 層を厚くし、支える為に実力のある総合内科医、家庭医を
 育てる事が肝要。
 医学生にGeneralistの役割について根気強く教える事が地域を
 変える。

3)Generalistの育て方
 福井大学病院での挑戦
 救急+総合医コースで 68人/8〜9年間の入局者という実績。
 ・横断的診療医師団の形成〜従来の単独主治医制が医師を
  疲弊させる。徐々にチーム主治医制に変えるべき。指導医は
  指導に専念できる。
 ・理想は総合内科100床(総合内科1チームあたり20床×5チーム)
  +各10床程度の専門医チーム。全体で100〜200床規模の病院。
 ・各専門内科subspecialityの医師は後期研修の一部を総合医
  として一定期間働く。総合への共感力の高い医師の育成。

4)地域医療をやる医師は地域の医療施設で育てる
 寺沢先生は週1回 自ら運転しclinician educatorとして家庭医の
 診療所を支援している。
 現場で教育マインドがあり、臨床を頑張る医師を支援しながら
 若手を粘り強く育てる。そうすると数年に一度後継者候補と
 なる人材が出てくる。

 カリスマ的な情熱家の医師が定着した地域では個としては成功
 するがかならず後継問題に悩む。
 後継者は常に偉大な先駆者と競わされてしまう。結局後継者は
 疲弊してしまうか、そもそもハードルが高くて近寄らない。

5)人材の集め方
 医学生は救急当直に魅かれて集まる。見学者にピカーの指導医と
 看護師をつける。医学生に充実した研修体制をみせる。
 病院のホームページに救急と総合力養成重視をうたう。

 福井大学にも多くの病院の責任者が医師派遣を要請してくる。
 多くは不足する医師の埋め合わせとしてだが、中にはその病院が
 自前で医師を育成する為の教育スタッフとして招聘したいという
 所もある。そういう熱意のある病院にスタッフ派遣を要請して
 きた時は応援したくなる。

6)人材を育てる
・人格を重んじない臨床指導医のABCD
  A、アホ
  B、バカ
  C、カス
  D、ドケ
  (体育会系で虐げられる事に慣れた人しか耐えられない。)

・人格を重んじる臨床指導医のABCD
  A、愛情
  B、勉強
  C、叱り上手
  D、度量
  (より広いタイプの人材が受け入れられる。)

 今は教え上手な後者の臨床指導医の方がニーズが高い。
 北米ERに掲げた標語
「Remind yourself the Lion while Hunting doesn‘t roar」
 (ライオンは獲物を得る時には吠えない
   =成果を得たい時に脅かすのは得策ではない。)

臨床カンファレンスの極意
 吊るし上げカンファランスは禁忌。
 Whyの質問をしない=後出しジャンケンで
 「何故あの時~しなかった!」は
 こういう姿勢では人は萎縮し、経験を表に出さなくなる。
 教育現場で育てるべき人材をつぶさない事が大切。
 様々なタイプの人材を育て、マンパワーを充実した
 後で、現れたリーダー候補を徹底的に育てる。

レクチャーに引き続き、江別市立病院からの症例検討。
 患者情報を含むため症例詳細は割愛。
 若手医師がピットフォールに陥りやすい過程をライブ感の
 あるプレゼンテーションにまとめていました。

  症例を踏まえて寺澤先生からACSと誤認しやすい心電図変化
 を来す頭蓋内疾患についてのPearlsが即座に披露され、複数の
 参加者の活発な意見とともに正Clinical Jazzが展開されました。

 プレゼンテーションの表示を見ると聴衆の興味を引きながら
担当医の考えている鑑別疾患が浮かぶまとめ方をしています。
またホワイトボードに板書する研修医が相当に慣れているのが
分かります。これは日常の病院内カンファランスで教育的症例検討
が相当行われている事を示していると感じました。

8月6日の後編に続きます。
(助教 稲熊)

経済予測

『なぜ経済予測は間違えるのか? 科学で問い直す経済学』(デイヴィド・オレル著、河出書房新社、2011年)を読んでみた。

著者は英国在住の複雑系を専門に研究している応用数学者。

新古典派の経済学は、統一、安定、対称といった古代ギリシャ時代以来の西洋の学問の特徴となるものに基づいている。経済は不公平で不安定で持続不可能なものだ、と著者はいう。そして経済学の理論には、いずれの問題点も処理する手段がない。

経済を数学で表せると思ってはいけない。ニュートンの万有引力の法則に相当するのが、「需要と供給の法則」である。ニュートン力学の出てくる原子のようには人は行動せず、互いの行動に作用し合っている(群衆行動)。「見えざる手」は信用できない。投資としての価値から資産を考えるとこれが当てはまらなくなる(原油価格や住宅価格)。

金融市場の暴落はフラクタルなパターンを示す。企業の規模も同様である。パレートの80-20則は、富がフラクタルに並ぶことをいうものだ。複雑性の理論では、効率と堅牢性とが相反する関係にある。カオス的体制では、系は制御できないほど揺らぐ。安定した体制では変化は小さく正規分布に従う。そして自己組織化臨界状態に向かう。この状態は、ぎりぎりまで効率をあげるという意味ではきわめて効率的だが、極端なゆらぎを生じやすいので堅牢ではない。

世界経済は極めて非対称的であり、「成長し続ける」という誤解がある。社会的規範から市場的規範に移るのは易しいが、元に戻るのは難しい(保育園のお迎え時間に遅刻した場合に罰金を科すと、平気で遅刻するようになり、その後無罰にしても遅刻は減らなくなる)。効率では割り切れない。従来の経済学は、人は極めて合理的で感情がないものと仮定している。しかしながら人は合理的に意思決定をしない。さらに集団は個人よりも危ない橋を渡りやすい(リスクシフト)。統計学者も多数の標本がなくても結論に飛びつき、直感に頼りやすい。

金持ちしか儲からない世界を変える必要がある。解決策として、複雑系の理論を取り入れた新たな経済理論を構築することと、物欲を規制するような制度の整備を上げている(新規金融商品の販売をきちんと規制すること、短期的な儲けを増やすがいずれは破綻するような賭けをしたくなるようなインセンティブを減らすこと)。

人が合理的に考えて行動するという間違った前提で理論を構築しても、富める者の擁護にしかならないということであろう。(山本和利)

2011年8月6日土曜日

神の火

8月6日は、広島、原爆被災の日。

『神の火』(髙村薫著、新潮社、1995年)を読んでみた。

スパイ小説と危機小説が融合した作品という触れ込みである。著者は一度発表した本作を文庫化するにあたり原稿用紙400枚ほど加筆したという。お金にも不自由せず、それなりの社会的ステータスのある主人公であるが、全編にわたって何でこんなに気が滅入るかと思うほど暗い雰囲気が漂っている。まるでジョン・ルー・カレのスパイ小説のように、仔細な日常が綴られてゆく。中々進まない話の展開に苛立ちながらもページを捲ることになる。北陸の原子力発電所を舞台にした小説であるが、本当の舞台は大阪かもしれない。ロシア人の宣教師と母親の不義の子として生まれた緑色の瞳を持つ主人公。原子力の専門家であり、他国のスパイでもある。それにチェルノブイリ原発事故で被爆し日本に密入国した男性が絡んでくる。北朝鮮、CIA,KGB,公安警察、それに日本の政治家たちが入り乱れ、策謀と暴力が錯綜する。

最後は、幼馴染の親友と原子力発電所を襲撃するというところへ進んでゆく。それに至るまでの綿密な調査と計画立案や分刻みの襲撃描写は病的なほど緻密である。「黄金を抱いて翔べ」では鉄壁な銀行システムを突破しての金塊強奪計画を書いている。銀行や原発を襲うにはこの著者の作品は大いに参考になるだろう?!

本作では、原発とテロとを扱っているが、2011年3月11日を経験した今、著者には原発と災害(人災)をテーマに書いてもらいたい。(山本和利)

2011年8月5日金曜日

エイズを弄ぶ人々

『エイズを弄ぶ人々』(セス・C・カリッチマン著、化学同人、2011年)を読んでみた。

著者は心理学者で、社会心理学教授である。また南アフリカ「南東HIV/エイズ研究・評価プロジェクト」のリーダーでもある。本の書き出しが、「私はいかなる製薬会社からも資金援助を受けていない」で始まっている。本書の印税は、アフリカのHIV/エイズと共に生きる人々にために使われているそうだ。

2009年の推計で、南アフリカの成人のHIV感染率は17.8%であり、大人の5-6人に一人が感染者である。日本の新たなHIV感染者は1,021件で、増加傾向にある。

「HIVはエイズの原因である」ことは明白なのに、それを否定したエイズ否認主義が南アフリカに深刻な影響をもたらしたことを告発している。何とムゲキ元大統領もその一人である。

エイズ否認主義者で大きな影響を与えた者として、エイズ感染者であるにもかかわらずHIVがエイズの原因であることを否定し、HIV検査を受けるのをやめさせようとしたクリスティーヌ・マジョーレが挙がる(娘をエイズで亡くしているのに否認し続けた。そして自分自身も52歳でエイズ関連肺炎が原因で死亡している)。否認主義の大きな特徴のひとつは、他の人の視点で問題を見ようとせず、なんとしてでも自分の立場を守ろうとする、強い不信感がある、疑り深い、現実を歪めて認識している、ということである。インターネットが否認主義の台頭に重要な役割を果たしてきた。否認主義はエイズ/HIVの診断と治療への不信を強める。

先駆的なウイルス学者ピーター・デューズバーグは最初の結論を180度方向転換し、レトロウイルスは100%無害であると主張した。麻薬がエイズの原因であると主張している。科学に背を向けた態度で他の研究者に嫌われており、助成金獲得にも失敗している。

否認主義者の論法をまとめると次のようになる。
1.HIVは存在するが、HIV検査は無意味である。
2.HIVはエイズの原因ではない。
3.HIVはエイズ発症のために必要だが、それだけでは十分でない。
4.HIVの治療薬は毒物である。
5.HIVは男女間の性行為では感染しない。

「様々なことが先進諸国に比べて遅れているから正しい知識が届かない」という認識は誤解であり、米国の学者等が歪んだ情報を発信しているからであった。それにインターネットが絡んでいる。最近の日本においても、誤ったインターネット情報を根拠に医療機関を訪れる患者が少なくない。医療従事者側から早急な対応策を考える必要があろう。(山本和利)

2011年8月4日木曜日

ビールで懇親


7月28日、大通りのビアガーデンで、教室員や日頃お世話になっている臨床心理士さん、受付事務員さんたちと世界のビールを飲みながら、懇親を深めた。


暑い日にはビールが最高?(山本和利)

2011年8月3日水曜日

open campus

8月2日、午後、札幌医科大学のopen campusが開催され、特別推薦入試の説明会に山本和利が学生3名と一緒に参加した。入学後の学生生活についての疑問に答えようと構えていたのに、ほとんどが受験対策相談であった。

講堂では200名を対象に講義等が企画され、当教室では稲熊助教が「地域医療イノベーション」と題して、松前町立松前病院長の木村眞司氏とインターネット会議の模様や地域医療事情を紹介した。(山本和利)

2011年8月2日火曜日

心理と経済

『ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る』(ダニエル・カーネマン著、楽工社、2011年)を読んでみた。

著者は2002年にノーベル経済学賞を受賞した心理学者である。「ヒューリスティックとバイアス」研究で有名である。直感に関する進化論的な考え方は[知覚]→[直感]→[推論]だそうだ。直感は高度なことをするが、系統だったバイアスやエラーも犯す。

知覚の特性。
1)「変化」に集中し、「状態」を無視する。
・単なる賭けと財産を賭けた場合では、好まれ方に違いが生ずる
・賭けは満足度で評価される
・満足度を決めるのは、「変化」であって「状態」ではない(これをプロスペクト理論という)
・負の選択に直面した時にはリスクを追及する傾向にあり、逆に利得領域ではリスク回避的である。

2)足し算をすべき時に平均値を求めてしまう。すなわち、苦痛が続いて急に終了したときよりも、その苦痛にそれよりも苦痛の少ない期間をさらに追加したことの方を人は好む。

経済学は「人は合理的に行動する」という前提で理論を構築しているが、実際にはそうではないということを、著者らが心理学の実験を通じて証明したということである。幸福とはお金の総量ではなく、他者を喜ばす変化量に比例するとも本書の中で述べられている。

医療政策を作るときに、このような視点も入れて構築して欲しいものである。(山本和利)

2011年8月1日月曜日

養老孟司の大言論

『養老孟司の大言論 嫌いなことから、人は学ぶ』(養老孟司著、新潮社、2011年)を読んでみた。雑誌『考える人』に掲載された原稿を3冊に収録し、本書はその第2巻ということのようだ。第1巻と3巻は未読である。

「意識の博物学」の章での、冠詞について考察が興味深い。
感覚世界は「違う」という世界で、意識内部の世界は「同じ」という世界である。だから感覚世界のリンゴはthe appleであって、個物がすべて異なることを示す。意識内部のリンゴは「同じ」であって、それがan appleである。早い話、the appleはすべて「違う」リンゴ、an appleは要するに「同じ」リンゴである。助詞の「が」は不定冠詞機能であり、「は」は定冠詞機能である。なるほど、そんな気がする。

宗教と科学についての考察。博物学は「モノ」からの視点をとる。自然物を集め、観察し、分類し、解釈する。どんな学問も、最終的には「モノに落とす」。落とし先が徹底しているという意味で、宗教は博物学に似ている。どちらも森羅万象を扱う。ところが、宗教の落とし先はモノではなく、神様である。現代の科学はその中間にある。

現代人の思考・対応への批判。近代文明は、要するに「先を考えない」で進めて来た。
長期展望で考えなければいけないことを主張している。半分冗談であろうが、参議院では「50年より手前のことは考えてはいけない」とも提案している。

異端の人の発想は面白く、参考になる。(山本和利)