10月22日、生協浮間診療所・医療福祉生協連 家庭医療学開発センターの藤沼康樹先生の講義を拝聴した。講義のタイトルは「家庭医、家庭医療、家庭医療学を紹介します!」である。まず、自己紹介をされた(内科医から芸風変更し家庭医に、ロンドンの診療所で勉強、考えて言葉にすることが大切と認識、地域全体で医学生を育てる)。
写真を見せながら日常診療を語る。「家庭医研修のある一日」を紹介。4歳の女の子が喘息発作で受診。付き添いのお母さんの治療もする。糖尿病でかっているとき前立腺がんを見つけてもらった男性(診療所のトイレにBPHのパンフレット)。下痢の子供2名。家族の中で認知症のお爺さんの相談。高血圧通院中の患者の膝関節穿刺。不機嫌な3歳児。左耳の中耳炎。下痢の高齢者に物忘れのスクリーニング。嘔気の女性が、実は妊娠。1歳児健診。慢性腰痛への対応。高血圧の患者がたまたま火傷。うつ病の男性。「虫さされ」で来院した男児。伝染性膿化疹。家庭内暴力でシェルターにいる親子。巻き爪の治療。禁煙外来受診者、等々。学生たちは幅広い診療内容に驚きをもって聴き入っている。楽しそうに語る姿が学生を引き付けるようだ。
「ある地域の千人の人に1ヶ月毎日健康日記をつけてもらいました。」(White KL et al:The Ecoligy of Medical Care.New England Journal of Medicine,1961の図を提示)
頭痛患者のごく一部しか医療機関に来ない。家庭医は「地域をカバー」している。
臓器別専門医のケア・モデルは、「病い・疾患 = 連続体 患者 = エピソード」である。
一方、家庭医療のケア・モデルは、「患者/家族 = 連続・継続 病い/ ライフイベント = エピソード」である。何かあったら相談に乗る。年代別年間死亡者数の推移をみると百万人。将来は160万人。その25%が在宅死。
在宅医療の実際の事例を次々に提示。高齢者と中年独身男性。グループホーム。多剤服用を減量。癌末期の患者の急変に対応(バッハを聴きながら永眠)。脳梗塞後遺症患者の胃ろう交換。肺がん末期。卵巣がん末期(配偶者へ誕生会を企画)。ごみ屋敷+猫問題をもつ患者。
アフガニスタン・カブール大学の研修:高度医療にしか興味がないことがわかったので、開き直って往診に同行させたり、問題症例のカンファランスを見せたりした。文化背景によって反応が異なることがわかった。(この研修が契機となりカブール大学の研修プログラムが変わったそうだ)。
「健康テーマパーク」突然、待合室であるテーマの講義を始める。「夏休みこども企画:医学部一日体験入学」夏休みの自由研究になる。子供にとって生きるとはと問うと、「間違えてうんこを踏んでしまうこと」という文章があった(一寸先は闇?)。
家庭医のよろず相談が大切。日本は医療システムの使い方を国民に指導しない唯一の先進国である。家庭医はとりあえず、なんでも相談にのる。
家庭医が高齢者をみる、医学的診断をつけることで解決する問題は、高齢者の場合は50%しかない。「物忘れ」「ころびやすい」「失禁」「元気がない」「ふらふらする」症状への対応を家庭医は得意とする。病気だけでなく、健康なところ、元気なところをのばすことに家庭医は関心がある。元気なところを伸ばす(健康生成論)。
在宅医療:家庭医は、自宅でできるだけすごしたいという願いを最大限かなえることができるように支援する。「がんの在宅緩和ケア(痛みや苦痛のコントロール)」。「非がんの在宅緩和ケア(アルツハイマー病、透析しない末期腎不全、末期心不全、老衰(むせやすくなり、食べられなくなったりすること))」
家庭医が思春期をみる。「予防医療が大事(アルコール、タバコ、クスリ、性感染症)」。「思春期独特の悩み相談」。「かぜ」やちょっとした「けが」のときに、予防的介入をしたりする。
家庭医がこどもをみる。小児科≠小児保健。「予防注射、乳幼児健診を積極的に行う。」「両親や祖父母も含めた健康相談にのる(家族指向性小児保健)」「比較的元気な急性期の症状に対応する(見逃してはいけない病気をつねに意識)。
家族をみる。「こどもからお年寄りまで相談にのれるので、家族全体の相談役=かかりつけ医=家庭医になれる。」「家族と病いは密接な関連をもっている。」「家族全体へのかかわり方を家庭医は知っている。」
予定の講義内容はまだまだあったが、あっという間に1時間が過ぎた。もう一度、聴きたい。家庭医療を将来の選択肢の一つに入れたい等、学生に大きな影響を与えてくれた。「藤沼先生、“どや顔”最高でした!!」という学生の声に、失礼と思いつつ噴き出してしまった(先生、御免なさい)。
藤沼先生、ありがとうございました。(山本和利)