『代替医療のトリック』(サイモン・シン、エツァート・エルンスト著:新潮社 2010年)を読んでみた。著者のひとりは科学ジャーナリストであり、もう一人は代替医療の教授である。
瀉血のことから話が始まる。ジョージ・ワシントンが感冒にかかり、その治療として行われた瀉血が原因で亡くなったことを取り上げている。対照比較試験で瀉血群の死亡率は10倍高かったが発表されなかったらしい(瀉血はこの時代の主流な治療法)。瀉血論争の後、壊血病の臨床試験(対照比較試験の導入)を取り上げている。加熱しない果物が治療のカギなのに、加熱濃縮果汁が推奨されたため普及が遅れた。ナイチンゲールの統計的研究、タバコに関する「英国医師研究」、下痢の回復を助ける経口補水等が歴史的に優秀な研究として取り上げている。逆に抜歯後の超音波療法や狭心症に対する内胸動脈結紮術は「プラセボ効果」にすぎなかった。
東洋医学に話が移る。ランダム化プラセボ対照二重盲検試験で鍼の有効性について検証したところ、鍼はプラセボにすぎないという結論になった。
18世紀末のドイツでザムエル・ハーネマンが提唱したホメオパシーも同様である。「毒をもって毒を制す」という考え方である。「ネイチャー」にジャック・バウバニストの「きわめて低濃度のIgE抗血清により、ヒトの抗塩基球の脱顆粒が引き起こされた」が掲載された。真偽の識別のためマジシャンであるジェイムス・ランディが参加。初めは再現性が認められた。しかしながら調査団が下した結論は別であった。内容は読んでのお楽しみとしよう。
カイロプラクティックも科学的根拠によれば、腰痛に直接かかわる問題を別にすれば、カイロプロクターの治療を受けるのは賢明ではない、という結論である。ハーブ療法も例外ではない。
結局、代替医療は効果がないということではなく、代替医療の効果はプラセボ効果であるにすぎないということである。問題は、プラセボ効果を最大に引き出すには、効果があると患者に嘘をつかなければならない点にあるということだ。そんなことをするよりも効果の証明された薬を処方してプラセボ効果を最大に引き出すべきである、と著者たちは主張している。
本書の結論は、個々の代替医療の有効性と安全性について下された判定は概ね否定的である。効果がないにもかかわらず、なぜ代替医療に人々は心惹かれるのか?ひとつには、主流の医療に対する不満があることだ。「冷たい主流の医療」に対して「暖かい代替医療」というイメージを人々が持っている。科学に対する反発もある。「ナチュラル」「トラディショナル」「ホリスティック」といった私たちの思考を停止させる強力な魅力があるらしい。巻末に代替医療便覧が掲載されており、様々な療法に根拠があるかどうか知ることができる。安易に代替医療に患者を紹介するのではなく、(人間力を磨いて)プラセボ効果も期待しながらエビデンスのある薬を処方すべきと再認識した。(山本和利)