『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル著:早川書房出版 2010年)を読んでみた。ハーバード大学の哲学教授がTVで話して人気となった正義をめぐる哲学の問題が書かれており、副題は「いまを生き延びるための哲学」となっている。「一人を殺せば5人が助かる状況で、あなたはその一人を殺すべきか?」「徴兵と傭兵」「人種優遇措置は権利を侵害するか」など、難題についての解説がなされている。じっくり読まないと理解しないまま終わりそうである。以下に参考になった内容に触れたい。
「正義」といえば「正義論」書いたジョン・ロールズである。イマヌエル・カントの社会契約という概念を塗り替えた。正義とは何かを考えるためには、平等の初期状態において人々がどのような原理に同意するかを問う必要があると述べている。そして2種類の正義の原理がある。1)基本的自由をすべての人に与える、2)社会で最も不遇な立場にある人々の利益になるような社会的・経済的不平等のみを認める、である。地域医療について考えると、医師に診療科の選択や働く地域の選択は原則認めるが、地域医療が崩壊しつつある現状にあっては、地域社会で最も不遇な立場にある人々の利益になるような政策(総合医の確保、地域医療への参加、等)を打ち出すということになるのではないだろうか。
「どうしたらコミュニティの道徳的な重みを認めつつ、人間の自由をも表現できるか?」という問いに、アラスデア・マッキンタイアの方法(物語的な考え方)を紹介している。人間は物語る存在だ。我々は物語の探求として人生を生きる。「『私はどうすればよいか?』という問いに答えられるのは、それに先立つ『私はどの物語のなかに自分の役を見つけられるか?』という問いに答えられる場合だけだ」と。患者の物語について書くアーサー・フランクも、混沌とした物語の中から患者が回復に向かうのは新たな物語を探求したときであると述べている。私にとっては地域医療という物語の中で生きることになるのだろう。
久しぶりに出会った歯ごたえのある本であった。(山本和利)