Step 1 臨床上の疑問の定式化
Step 2 情報収集
Step 3 情報の批判的吟味
Step 4 自分の患者への適用 のなかの、
Step 2 情報収集のところの実践的なスキルを教えるものである。
現在の多くの医学生はここの情報収集はネットで行うことが多い。しかし、その信憑性を担保するものは何もない。彼らには、「その情報を、自分の家族に適用することができるのか?」という視点をもつべきだと話した。
我々多くの臨床医は忙しい診療の合間に、根拠が明白で、信頼できて、すでに批判的に吟味され終わっていて、自分の家族にも使えそうな良質な情報を探さなければならない。
そのためにはPubMedや医中誌などで批判的吟味のされていない一次資料をあたるより、すでに専門家に批判的吟味をされた二次資料をあたるほうが効率が良い。そのためのツールとして、UpToDateとDyna Medを紹介した。しかしこれらは英語である。多くの学生は「英語」がハードルとなっているようだ。
そのハードルを下げるためにブラウザのGoogle Chromeに無料でついてくるGoogle翻訳とChromeの拡張機能である英辞郎On the Webを紹介し、実際に実習室でインストールしてもらった。その後、これらを使用して、身近な臨床的な問題を解決するために英語文献にあたってもらった。学生からはその翻訳の意外な正確さ・速さに驚きの声が上がった。
本日の課題は1つの臨床的な疑問に対して、日本語文献と英語文献とに分けて情報収集を行ってもらったが、ものの2時間程度で多くの学生が問題解決のための英語文献に到達できていたようだ。これは、驚異的な速さといえるだろう。
日本語と漢字・ひらがな・カタカナを通じて数十年間をここ日本で過ごした我々にとって、日本語表記は一字一字認識するものではなく、パターン認識であり、その点では英語表記の認識とは根本的に異なるものである。新聞を斜め読みできるのも、ほんの数秒眺めただけの文章から大体の意味を理解できるのも、我々が文章の中の漢字をパターン認識によって瞬時に意味を理解し、次の漢字に視線を移して、途中のひらがなを読むことなく、文章の意味を理解しているからである。
この認識方法は、たかだか中学時代から週5時間程度の接触しかない英語表記では絶対に無理である。この絶対的な差を埋めるために今から多大な努力をするのもいいが、私は、こうした自動翻訳技術を使って、英語を瞬時に日本語表記にしてその大まかなパターン認識から、「どこに何が書いてあるか」を大まかに理解することから始めることを授業で教えてみた。
「英語を日本語で理解する」という、多くの英会話教室や英語教室で教えていることとは真逆のことを教えているのである。当然、反発もあるし、医学会の中にも札幌医科大学の中にも賛否両論あることは承知の上である。勿論、学生には、この講義が札幌医科大学の公式見解ではなく、「松浦個人の12年間の経験に裏打ちされた、英語文献嫌いを克服する方法の一つ」であることは強調しておいた。
講義後の学生の感想では
「英語文献に対するハードルが下がった。」
「これなら、UpToDateを読んでみようという気力がわきます。」
「今までのレポートはもっと楽に書けたと思う」
「研修医になってDynaMedを存分に使ってみたい」
といった、好意的な感想がかなりの数に上った。
「この文献、ためになることが書いてあるから、明日までに読んでおけ」と言って、研修医に英語文献を渡して、「こんなにすごいことが書いてあるなら、これから英語文献にあたろうと思いました」なんて言わせられる指導医がどれほどいるだろうか?
取った魚を与えるのではなく、魚の取り方を教え、さらにそれを楽しいと思わせることこそが真の教育である。
The mediocre teacher tells. 凡庸な教師は指示をする。
The good teacher explains. 良い教師は説明をする。
The superior teacher demonstrates. 優れた教師は範となる。
The great teacher inspires. 偉大な教師は内なる心に火をつける。
ウイリアム・ウォード
今日の自動翻訳を学んだ学生諸君がこの技術のおかげで英語を全く勉強しなくなるとは到底思えない。英語文献の明快な記載や更新の速さなどそのメリット(もちろんその限界も)を十分に理解したうえでさらなるレベルを目指すのであれば、自然と英語そのものにも興味がわくようになるだろう。しかし、英語が嫌いなために英語文献に近寄ろうともしないいま、その内なる心に火をつけなければ、永遠にその興味は沸いてこないだろう。
自分が苦労したのならば、自分の後輩も同様に苦労すべきである。などという精神論をかざす教育とは決別したい。(助教 松浦武志)