12月17日、札幌医科大学においてニポポ・スキルアップ・セミナーが行われた。講師は山本和利である(3回シリーズの初回)。テーマは「臨床推論 理論と実践」で,参加者は8名。
要旨
・医師が経験を基に、患者の病歴・身体所見等から直感的に診断を下すヒューリスティックはツボに嵌ると効率がよいが、間違ってしまうことがある。そのような過ちに陥らないためにベテラン医師が行う診断のプロセスは、仮説・演繹法である。
・病歴・身体診察から仮説を立て、その可能性を、検査を介して微調整し、診断を検証するプロセスをとる。
・検査前確率を経験や文献から数値化する。
・治療で得られる利益と治療がもたらす不利益を想定して、治療域値を計算する。
・治療すべきか,経過観察すべきか決断が下せないとき,検査をする。
・陽性または陰性であるときの検査後確率を、検査前確率、感度、特異度(または検査前オッズと尤度比)から算出する。
・検査後確率を治療域値と勘案して治療を選択する。
・患者の意向(価値観)を尊重して、話し合って最終判断を下す。
診断のプロセス、1)パターン認識法、2)アルゴリスム法、3)仮説・演繹法、4)徹底的検討法の4つのパターンを説明。
医師がこれまでの経験を基に、患者の病歴・身体所見等から直感的に診断を下す方法をヒューリスティック(heuristic)、そして、それに付きまとう代表性バイアス(典型的な症状で診断を決める)、利用しやすさバイアス(すぐ思いつく診断に飛びつく)、係留・調整バイアス(一度決めた可能性にこだわり続ける)を説明。
病歴・身体診察から仮説を立て、その可能性を、検査を介して微調整し、診断を検証するプロセスをとる。ベイズ(Bayes)の分析方法を説明した。
事例のopening statementは、「亜急性の背部痛、下肢・膝関節上部痛で受診した避妊ピル内服中の29歳女性」。この情報から、4chest pain killers の一つである肺塞栓症(解剖学的:肺、病態生理的:血管性)を第一に考慮して話を進める。もちろん、しっかり問診をとって、合わせて急性冠症候群、緊張性気胸、解離性大動脈瘤、食道破裂、心タンポナーゼ等を除外する必要はある(must rule out)。
まず、肺塞栓症の可能性(検査前確率)を何%であるか想定(数値化)をする。問診と身体診察で肺塞栓を除外するルール(pulmonary
embolism rule-out criteria:PERC)を取り上げた論文で事前確率を検討する。8項目(50歳以上、脈拍100 /分以上、SpO2が95%以下、血痰、避妊ピル内服、深部静脈血栓症の既往、4週以内の手術・外傷、片側下肢の腫脹)すべて当てはまらない場合はPERC陰性、一つでもあればPERC陽性とする。文献によるとPERC陰性では有病率6.4%、PERC陽性では11.3%であった。この患者は、「避妊ピル内服」「下肢の浮腫」の2項目が当てはまる。PERC陽性なのでそれを参考にして検査前確率を約10 %と想定した。
ここで則、治療すべきかどうかを検討。
治療により得られる利益が、それによって被る損失よりはるかに大きければ、その疾患の可能性が低くとも行うだろうし、利益よりも損失が大きければ治療を控えることになる。
0 t:threshold 1.0
治療しない
|
治療する
|
↑ (0
ここで、実際にどのくらいの病気の可能性があったら治療を始めるか(治療域値:t)を説明。詳細は省略。
当該疾患の患者の利益をB、当該疾患でない者の損失をCと表現すると、治療閾値(t)はBとCの割合によって決まるとも言うことができる。結論としては、t=C/(C+B) または t=1/[(B/C)+1]と表すことができる。
PERC論文では、B/Cを生存率から推測して、肺塞栓症の治療閾値(t)=1/[(B/C)+1]=1/(49+1)=0.02と計算している。肺塞栓症である検査前確率を0.02以上と考えれば,治療をすべきであるという結論になる。
しかしながら,すぐに治療した方がよいと言われても,病気の可能性が低い場合にはなかなか実行しにくい.そこで大部分の医師は診断の確率を上げるか下げることができる簡便な検査をしてから治療するかどうかの決断することになる。
陽性または陰性であるときの病気の確率(検査後確率)は、感度、特異度に加えて、検査前確率の3つがわかれば計算できる。
D-ダイマーの肺塞栓症に関する感度は95%,特異度は50%であるので、これらの数値を用いて2×2表を用いて検査後確率を求める。
2×2表による計算
検査前確率0.1
|
肺塞栓症
|
検査後確率
|
||
あり
|
なし
|
|||
D-ダイマー
|
陽性(>500)
|
95
|
450
|
95/545=0.17
|
陰性(0-500)
|
5
|
450
|
5/455=0.01
|
|
|
100
|
900
|
1000
|
表Bから、検査後確率はD-ダイマーが陽性であれば0.17(17%)、陰性であれば0.01(1%)ということになる。
D-ダイマーが陽性であると、治療域値2%を明らかに超えているので、医師としては治療を選択することになる。
次に患者の意向(価値観)を尊重して、話し合って最終判断を下す(shared
decision making)。
実際には、エコー検査で深部静脈血栓症の確認を死、造影CTで肺動脈の血栓を確認する。
治療は、抗凝固療法を行い、ピル内服中止を指導することになろう。
参考文献
1) Kassirer JP, et. al. Learning Clinical Reasoning second edition. Boltimore:
Lippincott Williams & Wilkins, 2010.
2) Kline JA, et
al. Prospective multicenter evaluation
of the pulmonary embolism rule-out criteria. J Thromb Haemost.
2008;6(5):772-780.
3) Hugli O, et al. The pulmonary embolism rule-out criteria (PERC)
rule does not safely exclude pulmonary embolism. J Thromb Haemost.
2011;9(2):300-304.
4) Sox HC et.al: Medical Decision
Making,Boston,Butterworths,1988.
5) Pauker SG and Kassirer JP:
Therapeutic Decision Making; A Cost-Benefit Analysis :New England Jounal of
Medicine.1975; 293:229-234.
6) Fletcher RH, et al. Clinical epidemiology The essentals third
edition, Baltimore:Williams & Wilkins,1996.