4年生には先日「医療面接」の実習を行ったので、おそらく松浦の名前は覚えていてくれているだろうが、改めて自己紹介した。その中で強調したのは、自分が「北海道の地域医療がしたくて故郷を離れ、北海道に来たこと」「医学生教育がしたくて、長年勤めた病院をやめて大学へ来たこと」である。そのため、今日のこの「北海道の地域医療の講義」に、どれほどの意気込みで臨んでいるかを説明した。
この学年からは1コマ90分授業である。講義形式というのは実習とは違い、自らの手足を動かさないためどうしても受身になりがちで、集中力が途切れがちである。そもそも人間の集中力は15分間が限界とされている。90分の授業であるなら、途中で5回は気分を変えるような演出が必要である。延々と言いたいことを喋っただけでは何も伝わらない。
そこで今回は授業中にレポートを作成する時間をとり、授業に沿ってレポートを完成させていく形式を取った。
まず、学生諸君の問題意識レベルを探るため、いわゆる「地域医療の崩壊」と言われているこの状況をどう受け止めているかを書かせた。
「医師の過剰労働が続いているため医療は崩壊している」という意見から、
「なんだかんだ言って、必要な医療はまだ受けられているから崩壊はしていない」という意見まで現時点を「医療崩壊」と受け止めるかどうかについてはほぼ半々に分かれた。
ここで、北海道の医師数に関する統計データをいくつか示し、北海道は医師の地域偏在が起こっていることを説明した。
次に、医師の地域偏在の結果地域ではどのようなことが起きているか書かせた。
軽症の状態では病院にかからなくなる(受診抑制)
医師の過剰労働が起きる
重症になって運ばれた時には手遅れとなってしまう
地域社会の崩壊が進む
などなど、現実を鋭く捉えた意見などもいくつか出た。
最先端の医療から遅れないような配慮
月に2回は完全な休み。
困ったときに必ず相談できる上司がいること
子どもの教育環境
子供が小学校に上がるまでに札幌に帰ってこられる確約
給料
建学の精神の中には「地域医療への貢献」が高らかに唱われており、札幌医科大学の「最高レベルの医科大学を目指します」という理念の中にも、本道の地域医療に貢献すると記されている。
こうした理念の大学を「志願した」学生諸君は北海道の地域医療へ貢献する義務を負うと思うがどうか?と問いかけた。
また、警察官・消防士・救命士・小中学校の先生などはどんな僻地でも必ず常駐しているのは、それが憲法で保証された生存権を実現するために必要な「公共の福祉」だからである。では、「医療」は「公共の福祉」にはならないのだろうか? 医師だけが、自らの希望を優先して、僻地勤務を避けて通っていいのだろうか? と問いかけた。
このあたりがこの講義の最も伝えたいところである。出席率70%程度であったが、ほとんどの学生は聞き入ってくれていた(と信じたい)。
後半は、地域に求められる医師に必要な能力を学生に問いながら、「病院総合医」という概念を紹介した。
まず、総合医を「年齢・性別・臓器を問わず、よくある疾患について専門医と同等の知識・経験を有し、一般住民に生じる健康問題の80-90%に対応出来る医師」と定義し、臓器別専門医との守備範囲の違いをわかりやすい図を用いて説明した。例年、「総合医」の守備範囲を示す図の面積が不当に広すぎるという指摘を受けていたので、今年は、疾患・頻度・重症度の3軸を用いた立体図を提示して、総合医の守備範囲が広くなる理由を示した。
最後に、今後北海道の地域医療のために自分自身ができることはなんですか?と問いかけた。「もっと地域医療のことを勉強したい」「病院総合医についてもっと知りたい」など前向きな意見がかなり見られた。また、「札幌医科大学で学ぶ以上、地域医療に貢献することは責務だと思う」といった責任感あふれる意見も散見された。
この先学生諸君は大学内の「超専門家」の集まった中で研修を積んでいく。北海道の地域が直面する深刻な問題に肌で接する機会はほとんどないだろう。今回は学生諸君が地域の問題をなるべく身近に感じてもらえるような講義内容・構成にしてみた。その意図はおそらく伝わっているのではないだろうか?