74歳女性。
13年前に下垂体の良性腫瘍を摘出しその後、甲状腺ホルモン・副腎ホルモン剤を内服し安定していた認知症女性が、入院2日前より39度の発熱と、食事摂取不能がのため受診した。外来での採血検査・尿検査・胸腹部単純CTなどで腎盂腎炎からの重症敗血症に伴う腎機能障害と肝機能障害、両側下葉の肺炎+胸水などの診断で入院となった。
PIPC/TAZ+CLDMが開始となり、速やかに尿所見・腎機能障害・肝機能障害は改善した。しかし、入院後7日経っても38度の発熱が断続的に続くため、抗菌薬をCTRXに変更し、熱源精査のため、呼吸器科・循環器科・消化器科・泌尿器科を受診した。
それぞれ、「気管支鏡を行い発熱の原因となる所見なし」・「心エコーでは疣贅や心不全なし」・「CT上胆石があるが、腹腔内の消化器疾患ではない」・「尿所見は改善しており、現在の発熱は尿路感染ではない」。とのことで、入院から17日目に発熱精査(不明熱精査)のため総合診療科に紹介があった。
経過が長く複雑であるので、実際はこれまでの検査結果や画像所見をまとめた資料を渡しながら解説した。
大病院の総合診療科に発熱精査の依頼がある場合は、すでに大概の検査が行われていることが多い。もちろん抗菌薬も何種類も投与されている。古典的な「不明熱」とは違い、ある程度精査がされつくした院内「不明熱」に我々病院総合医は遭遇することが多い。
そうした特殊な『院内の発熱』に対してアプローチを会場に問うてみた。
入院時の診断エラー・腎盂腎炎の膿瘍化・薬剤熱・膿胸・偽痛風・ライン感染などなど、さすがこのカンファレンスに進んで参加しているだけあって、指摘が鋭い。
ここで、『院内発熱のチェック6項目』を提示した。
①副鼻腔炎
経鼻胃管 経鼻挿管
②人工呼吸器関連肺炎
人工呼吸器使用中
③カテーテル関連血流感染 末梢・CVルート
④カテーテル関連尿路感染 バルン使用中
⑤褥瘡感染
長期臥床
⑥CD関連腸炎 抗菌薬使用
院内の発熱は何をおいてもまずこの6項目をチェックすべしと。
理由は「頻度が多いから」である。「Common is Common」である。
この患者さんは末梢ルートを使用中であったが、特に発赤もなく、感染兆候はない。また、尿道バルンが挿入中であったが、泌尿器科医の診察により尿所見は異常なく尿路感染症は否定的であった。また、抗菌薬は使用中であったが、CD関連腸炎を思わせるような腹部症状はない。
そこで次にシステムレビューを行った。
今回のプレゼンテーションでは詳しく述べなかったが、不明熱の診療では「完璧な病歴聴取」と「システムレビュー」は最も大切であり、診断の手がかりが多い。
この患者さんは入院後から左膝が腫脹し、歩くのがつらくなり現在歩行器レベルとなっていた。歩き始めが特に痛いというわけはなく、常に痛いという感じであった。熱がないときは比較的元気なようである。
この時点で何を考え、どのような指示を出すか?もう一度グループで議論してもらった。
すべての病態を一つの病気で説明すると(オッカムの剃刀)
① 腎盂腎炎→血流感染→化膿性関節炎
② 感染性心内膜炎→化膿性関節炎
③ 肺炎→閉塞→肺膿瘍・膿胸(嫌気性菌の関与)
偶然に2つ以上の病態が重複したと考えると(ヒッカムの格言)
① 腎盂腎炎+偽痛風
② 腎盂腎炎+CD関連腸炎+変形性膝関節症
③ 腎盂腎炎+薬剤熱+変形性膝関節症
④ 腎盂腎炎+DVT
のように整理される。 このオッカムの剃刀とヒッカムの格言について説明した。
結局この患者さんは身体所見などから偽痛風が疑われたため翌日整形外科を受診し、関節穿刺と膝関節X線写真にて偽痛風の診断となった。関節液の廃液とNSAIDs投与で解熱し、痛みもなくなり歩行可能となった。
その後、入院患者の発熱についてのミニ講義を行った。
まずは先ほどの6項目のチェック。(よく起きる病気は実際よく起きる)
その次に全身のシステムレビュー。特に細菌の侵入門戸となる、体内の無菌部位への穴を徹底的にチェック。(目・鼻腔・口腔内・咽頭・気道・外耳道(鼓膜)・右上腹部(胆道系の出入り口のファーター乳頭)・肛門・膣・尿道・皮膚欠損部)
最後に問題臓器の絞り込みとして、
① 入院原疾患に関連する発熱
② 入院後の処置に関連する発熱
1)感染性(50%)
2)非感染性(50%)
③ ①②以外の原因による発熱(稀だが注意)
の順番に行うと漏れが少ないと説明した。(図参照)
最後の最後に院内発熱でまずチェックすべき6項目を短歌にして発表を終えた。
〽院内発熱 経鼻・経口 ラインにバルン
クロストリジウム 褥瘡感染
―詠み人知らず
(助教 松浦武志)